表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/286

新たなホームエリア4


 東京での新たなホームエリア、「廃墟街エリア」。食材の採取や納品クエストの消化など、秋斗の探索は順調に進んでいる。ただ順調であるために一つ問題があった。いわゆるボスモンスターが出てこないのだ。


 ちなみに彼は大きな魔石(1kg以上)を残すモンスターを「ボスモンスター」と定義している。1kgを区切りとしたのは経験則に基づく直感。だいたいこれくらいの大きさの魔石を残すモンスターは「ボス」と呼ぶに相応しい強さだった、と彼は認識しているわけだ。


 もちろん、秋斗は強いモンスターと戦いたくてアナザーワールドの探索を行っているわけではない。ただ大型の魔石は秋斗にとって切り札ともなる、いわば戦略物資。まだ在庫はあるとはいえ、東京に来てからの入手がいまだゼロというのは、やはりちょっと問題があるように思える。


「とはいえ、新月とか満月の夜にダイブインしても何も出てこなかったしなぁ」


 秋斗はそうぼやく。彼としてはウェアウルフが出てくることを期待していたのだが、そのアテは外れた。こうなると地道にボスモンスターを探すしかない。だが今のところそれらしいモンスターは見かけていないし、またボスを期待できそうなクエストも見つからない。


「こうなると……」


 こうなると、もう地道に探索範囲を広げていくしかない。ダイブする場所を変えるという手もあるが、秋斗はそうしなかった。ボスクラスが出てこないことを除けば、このエリアは極めて優良と言える。要するに離れ難かったのだ。


 さてそんな事情もあり、この日彼はスタート地点から徒歩で十時間ほどの場所にある森へ来ていた。廃墟街エリアではトレントが出現する。ならばどこかにトレント・キングもいるのではないか。そう考えてのことだ。


 森へ入ってすでに六時間以上。秋斗はすでにずいぶんと森の深い場所へ来ている。ただ実のところ、「今回はハズレかも」と彼は思い始めていた。その理由はトレントの数。トレントは確かにいるが、その数が少ないのだ。


 かつてトレント・キングを倒したあの森には、たくさんのトレントがいた。むしろトレントしかいなかったと言って良い。そしてそんな森だからこそ、複数のトレント・キングがいたのだ。


 だがこの森はトレント以外にも多様なモンスターがいる。腕と爪が大きく発達したグローブ・ベアに、シキの索敵でさえ捕捉が困難なステルス・リンクス。頬に貯めた木の実で射撃してくるシューティング・スクワールや、木々の間を立体的に動き回る四腕サル。この他にも多種多様なモンスターと秋斗はこの森で戦った。


 ちなみにシューティング・スクワールが放つ木の実は、実はレア物で、秋斗は狙撃される度にキャッチを試みて成功したり痛い思いをしたりした。あとステルス・リンクスはなぜかネコ耳カチューシャをドロップした。相変わらずアナザーワールドの仕様はナゾである。


「ステルス・リンクスはあれかな、自前のネコ耳の上にカチューシャを被ってたのかな」


[そんな訳はないと思うが……]


「鑑定してもこのカチューシャにステルス機能はないんだよなぁ。『ネコ耳カチューシャ』としか出てこないし」


[ステルス機能があったら使うのか?]


「…………、いや……、使わ、ない」


[悩んだな。まあないのだから仕方がないが。それよりアキ、ネコ耳カチューシャはすでに三つ目だぞ]


「驚きのドロップ率だよな。こんなにあってもどうすりゃいいんだが」


[売るか? 妙な機能が付いていないのなら、リアルワールドに放出しても影響はないと思うが]


「ヤだよ。性癖疑われるわい。同じ理由で誰かにあげるのもなしだ」


[ふむ。ではドールにでも装備させてみるか。見た目の圧迫感が和らぐかもしれん]


「軽くホラーだから止めて下さい」


 まあネコ耳カチューシャのことはいいとして。こうして多様なモンスターが出現する反面、トレントの数は少ない。もしかしたら他のモンスターに倒されたりしているのかもしれない。いずれにしてもこの様子だとトレント・キングはいないか、いたとしてもごく少数だろう。それをこの広大な森の中から見つけ出すのは、大変に時間がかかる。


「そもそもいないかもしれない訳だしなぁ」


[ここはもう普通の探索と割り切った方が良いだろう]


「だなぁ。ま、ボスっぽいのがいたらその時考えるって事で」


 そう呟いて気分を切り替え、秋斗は探索を再開した。そうやって森の中を歩き続けること、さらに三〇時間。これまでとは種類の異なる喧騒を、秋斗の耳が捉えた。彼は耳を澄ましてその喧騒がどこから聞こえ得てくるのかを探る。そして方向を見極めると、小走りになってそちらへ向かった。


「これは……!」


 秋斗は思わず息を呑んだ。繰り広げられていたのはコボルトの狩り。ただし追っている獲物は普通ではない。葦毛あしげの馬だが、頭には立派な一本角が生えている。だがユニコーンではない。宙を駆けて、木々の間を疾走している。ただし目は赤い。モンスターだ。


「麒麟、か……?」


 秋斗は小さく首を捻った。モンスターの種類はともかく、空を飛べるのなら、もっと高度を上げればコボルトなんて簡単に振り切れそうなものだ。なぜそうしないのか。答えはすぐに分かった。麒麟は左後ろ足を負傷している。そのせいで思うように飛べないのだろう。


(なんにしても、チャンスだな、これは……!)


 秋斗は内心でそう意気込む。麒麟を追うコボルトの中に、一体だけ毛色の違うヤツがいるのだ。そのコボルトは他より頭二つ分は大きく、肩幅は倍もありそうだ。そいつは他のコボルトに指示を出しているように見え、秋斗はコボルト・リーダーと呼ぶことにした。そして彼の見たところ、コイツはボスクラスであるように思える。


 探していたトレント・キングではないが、待望のボスモンスターだ。しかも相手は麒麟を追い回すのに夢中で、秋斗には全く気付いていない。秋斗はこのチャンスを逃すつもりはなかった。彼は竜牙剣の柄に手をかけ、一度大きく深呼吸してから一気に飛び出した。


 低い姿勢で秋斗は駆ける。麒麟を逃がさないためなのか、コボルトたちは大きく散開している。自分たちが狩られるとは思っていないらしい。秋斗は遠慮なくそこへつけ込んだ。奇襲を仕掛け、コボルトたちを各個撃破していく。


 抜剣と同時に飛翔刃を放ち、まず一体。さらに刺突を放ってもう一体。そのまま次の獲物を定めてそちらへ向かう。そのコボルトが混乱しつつも武器を構えるのを見て、秋斗はもう一段階スピードを上げた。そしてすれ違いざまに伸閃で斬り捨てる。


 秋斗が三体のコボルトを倒したことで、コボルトたちの陣形に穴が空いた。追われていた麒麟はそれを見逃さず、秋斗の頭の上を駆け抜けて包囲網を突破する。一瞬、麒麟の視線が自分のほうへ向いたように思ったが、彼はすぐに「気のせいだろう」と考えた。


 さて麒麟は逃げた。脚を怪我しているとはいえ、足の速さはコボルトとは段違いである。もう追いつけない。それを悟り、コボルト・リーダーは怒りで顔を歪ませた。そしてその怒りは不埒な乱入者である秋斗へ向かう。


「グルゥゥァァァアアアアア!!」


 コボルト・リーダーは大きな咆吼を上げた。それを受けて浮き足立っていたコボルトたちが動き出す。だがその動き方は上手くない。散開していた陣形を立て直すことなく、そのままバラバラに秋斗のほうへ殺到してきたのだ。これでは数が多くても圧力に欠ける。


(シキ、俯瞰図)


[了解]


 秋斗の視界に俯瞰図が表示される。赤いドットの動きに注意しつつ、彼は次の獲物を定めた。そして足を止めることなく動き回り、時間差を付けながら次々にコボルトを撃破していく。コボルトたちの攻撃はかすりもしない。また茂みに隠れているコボルトもあっさりと片付けている。それを見てコボルト・リーダーがまた吼えた。


「ガァァウ! ガァゥ、ガァゥ!」


 指示を受け、コボルトたちはリーダーの周囲に集まる。一旦戦力を集中させることを選んだらしい。それを見て秋斗も足を止める。彼は左手で魔石を握った。そしてコボルトたちの集結が完了するよりほんの少し早く、彼はその魔石を放った。次の瞬間、雷魔法が発動して紫電が広がり、けたたましい放電音が響く。そこへコボルトたちの悲鳴が混じった。


 それを聞きながら秋斗は緩やかに間合いを詰める。同時に多数の飛翔刃を放った。それでさらに数体のコボルトを仕留める。紫電が収まると、彼は一気にギアを上げた。鋭く間合いを詰め、刺突でさらにもう一体。その後、コボルトたちの周囲を旋回するように動き、削り取るかのようにしてさらに数を減らしていく。


「ガァァァアア!!」


 コボルト・リーダーが吼える。そして秋斗目掛けて得物を両手で振り下ろした。分厚い鉈のような剣だ。彼はそれを余裕を持って回避したが、少しだけ顔をしかめて一度距離を取った。地面がはぜている。身体強化か武器強化か、あるいはその両方か。何にしても油断できない相手だ。


(いいね、ボスっぽい)


 秋斗は内心でそう呟き、小さく笑った。その笑みをどう解釈したのか、コボルト・リーダーが苛立ちを見せる。そして牙を剥き出しにして彼に襲いかかった。だが間合いは秋斗の方が圧倒的に広い。彼はスッと竜牙剣を構えて鋭く振り下ろす。伸閃の不可視の刃が、コボルト・リーダーの頭上から襲いかかった。


「ガァ!?」


 コボルト・リーダーは急制動をかけ、分厚い剣を掲げてその一撃を防ぐ。足が止まったコボルト・リーダーは後回しにして、秋斗はまず残っているコボルトを片付ける。雷魔法のダメージが残っていることもあり、一方的な戦いになった。そして彼はコボルト・リーダーと一対一で向かい合った。


「グゥゥゥゥ……!」


 コボルト・リーダーがうなり声を上げて威嚇する。秋斗は顔色を変えずにそれを受け流しながら、改めてコボルト・リーダーの様子をよく見た。


 顔はドーベルマンっぽい。普通のコボルトよりも大柄で、筋肉隆々だ。防具は軽装で、ベルトのところには手投げナイフのようなものが幾つか見える。そっちも注意だな、と秋斗は内心で呟いた。


コボルト・リーダーさん「横殴りはマナー違反ですよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 猫耳カチューシャつけたドール想像したら笑っちゃいました。 ちょくちょくギャグ挟んでくるのいいですね。
[一言] ネコ耳カチューシャww 何の能力も付加されて居ないなら意味不明だよね……汗
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ