新たなホームエリア3
奏の一件を除けば、東京に引っ越してきてからというもの、秋斗はまだ自宅以外からはアナザーワールドへダイブインしていない。これは何か考えがあってのことではなく、単純に機会というかそういうタイミングがなかったのだ。
その代わり、自宅からダイブインするホームエリアたる廃墟街エリアは順調に探索が進んでいる。というかすでに一〇〇棟以上あった廃墟街の探索は終わっていた。成果はそこそこ。モモ缶とサバ缶を見つけた時には、「だから何でやねん」と突っ込んでしまったが。
またある廃墟には地下室があり、そこには数本の酒瓶が残されていた。鑑定してみたところ、「赤ワイン」と「白ワイン」であるらしい。モモ缶やサバ缶よりは雰囲気のある戦利品だが、秋斗としてはこれもちょっと困ってしまう。彼はまだ二十歳になっていないのだ。
「飲めないんだけど。いや、コッチで飲めばいいのか」
[セーフティーエリアでもないのに酔っ払うのは危険だぞ。料理にでも使ったらどうだ?]
「いや、コッチで手に入れたお酒だぞ? すごい興味あるんですけど」
バレなきゃいいの精神で飲んでしまおうかとも思ったが、未だに彼はこれらのお酒には手を付けていない。なお酒瓶は他の廃墟からも見つかり、合計で十数本になったので、そのうちの数本を勲に進呈した。味の方は「まあまあだね」とのことだ。
由来不明の缶詰やお酒は例外としても、この廃墟街エリアは食材が豊富だった。動物タイプのモンスターが複数種類現われるので、多様な肉類を手に入れることができる。廃墟街から少し離れた場所を流れる川にはワニがいて、秋斗は生まれて初めてワニ肉を食べたのだった。
「肉だけじゃなくて、皮も結構手に入ったな。鰐皮」
[うむ。さて何に使うか……。財布でも作るか?]
「作りすぎてもストレージの肥やしになるだけだぞ」
「うぅむ……。しかし何もしなくてもストレージの肥やしだ。悩ましいな」
新たな悩みも出てきたが、それはそれとして。廃墟街エリアで手に入れた食材は肉類だけではない。なんと野菜まであった。イモ類や豆類、果物もある。廃墟の庭に自生していたのだ。もともとは家庭菜園だったのかも知れない。鑑定してみた結果、食用であることは分かったので、秋斗はありがたく使わせてもらっている。
「しっかし、やっぱりアナザーワールドだよなぁ」
野菜の収穫をしながら秋斗はそう呟く。この畑では(リアルワールドで)二日前にも一度収穫を行っている。その間にアナザーワールドでどれだけの時間が経過しているのかは分からないが、野菜の成長スピードが異常に早いことだけは彼にも分かった。
また季節も関係ない。シキが言うには、収穫時期がまるで異なる野菜が同時に実を付けているという。もしかしたら魔素のせいなのかな、と秋斗は思ったりもした。なんにしてもそういう「いい加減」な部分はいかにもアナザーワールドらしい。
「まあ、ありがたいっちゃ、ありがたいんだけどさ」
アナザーワールドで野菜が手に入るのなら、その分はリアルワールドで買う必要がない。特に秋斗は探索の関係で食事の回数が多いから、その分だけ食費がかかることになる。それを抑制できるのは大きい。実際、最近はスーパーで野菜を買っていない。
「……人間の身体は食べた物でできている」
[アキ、急にどうした?]
「つまりさ、オレの身体の半分くらいは、もうアナザーワールド由来かなって」
[ふむ。ならば魔素との親和性は高そうだな。レベルアップしやすい身体、と言えるのではないか?]
「わお、シキさんポジティブ」
そう言って秋斗は楽しそうに笑った。また彼は廃墟街でレシピ集、つまり料理本も手に入れた。廃墟の中に放置されていたわりには保存状態が良好で、同時に違和感バリバリだったが、中身は結構面白い。要するに異世界の料理本だったのだ。ちなみに彼が生まれて初めて手に取った料理本は、この異世界の料理本。今まではずっとネット検索だった。
「料理それ自体は結構似ているな。あと食材も」
[世界が違っても基本的な部分は変わらない、と言うことなのだろう]
秋斗とシキはそんな風に話し合ったが、料理本には問題もあった。まず異世界の言語で書かれているので読めない。ただアカシックレコード(偽)を使えば単語を調べることができたし、そもそも難しい文章はなかったので、何とか読めるようにはなった。
ただ読めるようになったからと言って、レシピ通りに料理を作れるわけではない。食材、とくに調味料の類いが全然足りないのだ。仕方がないのでまずはアカシックレコード(偽)でどういう調味料なのかを調べ、似ている調味料をリアルワールドで探す、という方法で対応した。なお後に納品クエストの報酬として調味料一式を手に入れ、この問題はひとまず解決した。
「うん、やっぱり正規の調味料を使った方が良いな、気分的に」
[気分か。味に大きな差がないのなら、どちらでも構わないのではないのか?]
「まあそうなんだけど。でもやっぱり一回くらいはレシピ通りに作ってみたいじゃん」
[まあ、それは分からないでもないが]
いつもレシピを見ながら作っているわけではないが、それでも指標として「本来の味」というものを知っておきたい、ということなのだろう。それはシキにも理解できる考え方だった。
その納品クエストだが、こちらのほうも進捗は順調と言って良い。廃墟街から見つけた物品なども納品しつつ、すでに大部分を終えている。報酬として手に入れたアイテムの中には、使いやすい物もあれば使いにくいモノもあった。例えば次のようなアイテムがあった。
名称:正絹蜘蛛の糸
絹っぽい。
「絹っぽいってなんだよ、絹っぽいって」
[絹ではないが絹のよう、ということだろう]
「そんなことは言われなくても分かる」
[しかし糸を五束だけもらってもな。使い道がない。いや、レース編みでもするか……?]
「シキさん、多才だな。いつの間にそんなスキルを」
[本当は機織り機が欲しいのだがな]
「そいつは糸が確保できるようになってからにしようぜ」
そう言って秋斗は正絹蜘蛛の糸の束をストレージに片付けた。なお後に彼はフィールドで正絹蜘蛛を見つけ、これを討伐することで糸を手に入れた。糸が確保できるようになったわけで、すると当然シキから機織り機のオーダーが来る。
「機織り機って言われても……。ネットで買う? 簡易的なヤツなら結構安いぞ」
[いや、自作する。さあ、図書館で設計図を漁るぞ]
「ええぇ……」
テンション高めのシキに押し切られ、秋斗は幾つかの図書館を巡る羽目になった。それでも機織り機の詳細な設計図というのは見つからず、結局アカシックレコード(偽)を頼ることになった。「最初からそうすれば良かったじゃん」と秋斗は文句を言ったが、シキは「無駄ではなかった」と主張している。
また別の報酬としてはセキュリティーカードも手に入れている。秋斗はそれを使って百合子と物々交換した宝箱(黒)を開封した。出てきたのは次のアイテムである。
名称:認識阻害メガネ
メガネしか印象に残らなくなる。なお伊達。
「なんて恐ろしい……」
[ふむ。アナザーワールドではあまり使い道がなさそうだな。リアルワールドでなら使えるか?]
「なんて恐ろしい……」
[……恐ろしいなら使わなければいいだろう]
「いや、使うけどさ。でもどんなタイミングで使うかなぁ」
肩をすくめてから、秋斗は認識阻害メガネをストレージに片付けた。百合子と物々交換したアイテムはこれだけではない。彼も初めて目にするアイテムとしては、「宝箱(緑)」という物もあった。鑑定してみても説明文は「空」の一言だけで、詳しいことは分からない。
秋斗とシキの予想としては、「宝箱という名前の収納アイテムだろう」と思っている。とはいえ検証は必要だ。それで彼は時間を取ってこのアイテムの検証をアナザーワールドで行った。結論から言うと、宝箱(緑)は収納アイテムで間違いない。ただし、必ずしも使い勝手の良いアイテムとは思えなかった。
宝箱(緑)の使い方は次の通りだ。まず宝箱(白)を開けるときのように箱を捻る。このとき中身が空だと箱は展開されない。そして箱を捻った状態で収納したい物品に触れさせると、箱が展開されてその物品を収納してくれるのだ。中身を取り出したいときは、また箱を捻って開封すればよい。
ただし宝箱(緑)に収納できる物品は一つだけ。これが使い勝手が悪く思える理由だ。ただ厳密に一つだけと言うわけではなく、例えば「荷物を入れた段ボール箱」は一つとしてカウントされる。とはいえその荷物を自由に出し入れできるわけではないのだから、やはり道具袋やストレージと比べて使い勝手は悪い。
「とりあえずコンテナくらいは入るみたいだけど……」
[普通なら十分過ぎるほどに画期的なのだがな]
「オレらにとっちゃ、ちょっと使い道がないよな」
[そうでもない。例えばストレージの入り口を通らないアイテムを一度ソレに収納してからストレージに入れる、なんて使い方を想定できる]
「ああ、なるほど」
秋斗は頷いたが、あまり感銘を受けた様子はない。実際ストレージの入り口はもうすでにかなり大きい。なにしろコンテナを収納できたくらいだ。これを通らないとなるとかなり巨大である。そんなブツを回収する機会があるだろうか。彼はちょっと懐疑的だった。
「ま、いいや。とりあえず検証はしたってことで」
厳密に言えば、宝箱(緑)の検証は終わっていない。最大容量が分かっていないからだ。とはいえコンテナ以上のサイズの物となると、ちょっと手持ちにはない。またそんなに大きな物を収納する機会もほぼない。分からなくても困ることはないだろうと思い、秋斗はそこで検証に区切りを付けたのだった。
秋斗「認識阻害メガネは、着用者の存在感を薄くするのか、それともメガネの存在感が強いのか、それが問題だ」