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リアル・モンスター・ハント2


 魔石の買い取りだが、政府は専用の窓口を設けている。だがお役所仕事らしく土日は閉じているし、諸々の手続きが煩雑らしい。またもっとも評判が悪い点として、すぐに現金が手に入るわけではない。口座振り込みなのだが、実際に振り込まれるまで一ヶ月以上も時間がかかるのだ。


 一方で、今では貴金属の買い取り業者なども魔石の買い取りを行っている。業者はそうやって集めた魔石を政府の買取窓口に持ち込むのだ。だから中間マージンを取られているわけだが、すぐに現金が手に入るというメリットは大きい。それで現在ではこういう中間買取業者に魔石を持ち込むのが一般的になっていた。


 さて秋斗と友人の三原誠二が魔石を手に入れたのは土曜日。当然ながら政府の買取窓口は閉じている。だからといってどちらかが月曜日まで魔石を保管しておくのはトラブルの元になりかねない。また二人ともできればすぐに現金が欲しい。それで八王子市内の中間買取業者を訪ねた。


 すでに何件も魔石の買取をしてきたのだろう。店員さんの対応は手慣れていた。まず魔石をルーペで確認し、ついで重さを量る。その重さに基準となるグラム当りの単価をかけた数字が買い取り価格だ。そして二人が持ち込んだ魔石に対しては10万9680円が提示された。これは現在の金の価格と比べるといささか安い。


「いかがでしょうか。この先、魔石の値段は徐々に下がっていくと思われますが……」


「そうなんですか?」


「はい。需要はまだまだ多いですが、持ち込み量も増えていますから」


 店員からそう聞かされ、秋斗は誠二に視線を送った。彼が頷いたので、「お願いします」と答える。店員は笑顔で「かしこまりました」と答えて次の手続きに映った。言われるままに手続きをしながら、秋斗は店員にこんなことを尋ねてみた。


「……あの、やっぱり、魔石の持ち込みって増えているんですか?」


「そうですね。多い日はこの店だけでも二〇人から三〇人くらいの方がいらっしゃいますね。中には十個くらいを一気に持ち込む方もいらっしゃいますよ」


「十個!? スッゲーなぁ」


 横で聞いていた誠二がそう驚きの声を上げる。彼が驚いたのは買い取り価格を想像したからか、それともモンスターとの戦闘を想像したからなのか。もしかしたら両方なのかも知れない。


 買取店から出ると、秋斗と誠二はすぐにお金を分けた。まず二人で5万円ずつ分け、残りの9680円でお昼を食べに行こうという話になった。彼らは一人3000円の少しお高い食べ放題でお腹がはち切れそうになるまで食べた。


「これからバイクで帰るんだよな……」


「ヤバい……、バウンドしたら吐きそう」


 仕方がないので、二人はお腹が落ち着くまでベンチに座って時間を潰すことにした。この日の空は薄雲が広がっているが日差しは十分で、なんなら少し暑いくらいだ。食欲に負けた愚かな二人は、だらしなくベンチに腰掛けて空を見上げた。


「ジュースでも飲むか? まだ端数が残ってるけど」


「あ~、無理。てか、端数はそのままアキので良いよ。バイク出してもらったから、交通費分ってことで」


「お~、サンキュ」


「てか、アキ、スゲーな。めちゃくちゃ戦ってたじゃん。オレなんてビビって動けなかったよ」


「あ~、バイク壊されたくなかったし。あと、ミッチーがガチガチになってるの見たら、逆に落ち着いた」


 秋斗はそう答えて自分の実力を誤魔化した。とはいえバイクを壊されたくなかったのは本当だ。仮にバイクに被害が出ていたら、その修理費は10万では済まなかっただろう。保険が下りたかも怪しいところだ。


「次からはアレだな、もし収支がマイナスになったらミッチーにも負担してもらうからな」


「げっ、マジ!? バイクはもう止めとくかなぁ」


「てか、またやんの? モンスター・ハント」


「う~ん、保留……。腹いっぱい過ぎて考えらんねぇ……。アキはどうよ?」


「積極的にはパス、かなぁ。ガチ勢とかち合うのもなんか怖そうだし……」


「あ~、分かるかも。十個とか、どうやって狩ってるんだよって話だよな」


 買取店の店員さんから聞いた話を思い出して、誠二がぼやくようにそう話す。彼はさらに「レベチだよなぁ」と続けた。秋斗は頷いて話を合わせるが、頭の中では別のことを考えていた。店員の話からすれば、積極的にモンスター・ハントをしている連中はすでにいる。つまりそういう「ガチ勢」がレベルアップしないか、ということだ。


(まあ、するかしないかで言えばするんだろうけど……)


[うむ。筋トレをすれば筋肉が鍛えられる。それと同じだな]


 問題はどこまで影響が出るか、だ。これまでリアルワールドでは、レベルアップの恩恵は控え目だった。それは魔素が薄いからだと秋斗や勲は考えている。そしてそのおかげでレベルアップしても目立たなかった。


 だが現在、リアルワールドではモンスターの出現が常態化してしまった。ということはその分だけ魔素の濃度も上がっていると考えられ、それはレベルアップの恩恵が本来の水準に近づくことを意味している。


(これは本当に超人が現われるかなぁ)


[超人化するとして、それは警察や自衛官が先ではないか?]


(それはそうかも知れないけど……)


[まあ超人化それ自体が問題というのもあるがな。とはいえ、モンスターが現われる以上はレベルアップする者が現われるのは避けられない]


(そうなんだよなぁ)


 秋斗はそう心の中で嘆息し、空を見上げた。それを見て秋斗が上の空だと思ったのか、誠二が彼にこう声をかける。


「アキ、どうかしたか?」


「ああ、いや……、モンスターを倒して、それでレベルアップでもしたら、本当にゲームみたいだなって思ってさ」


「レベルアップ! それがあったか!」


 誠二が顔を輝かせる。気楽でいいな、と秋斗は思わず内心で苦笑してしまった。



 - * -


「約3万2000個か」


 官僚としてモンスター対策に従事している前川昇は、報告で上がってきた数字を見てそう呟いた。これは先週中に政府の買取窓口に持ち込まれた魔石の数だ。


 十個集めるのにあくせくしていたのが遠い昔のように感じられて、昇は思わず苦笑する。だが実際にはまだ二年も経っていないのだ。状況は恐るべきスピードで変化していると言わなければならない。


 まあそれはそれとして。魔石の持ち込み数が約3万2000個ということは、最低でもそれだけの数のモンスターが現われて討伐されたことを意味している。この数が多いのか少ないのか、ソレを判断するには現状まだサンプルが少ないと昇は思っている。ただ先々週の持ち込み数は5万個を超えていた。それと比べれば先週は少なかったと言える。


 もっとも数を比較することにあまり意味はない。重要なのは対処可能なのか、という点だ。例えば先週分の内、警察や自衛隊が回収した魔石は2万2000個弱。三分の二以上は公的機関が対応したことになる。ただし同時に、1万件以上も民間人がモンスターを討伐したことも意味している。


(本来なら由々しき事態、なのだが……)


 昇は内心で苦くごちる。「モンスターの駆除・討伐は公的機関が担うべき」というのが政府の基本方針で、彼もそれは正しいと思っている。だが先週だけで1万件以上(先々週なら2万3000件以上)というのは、この方針がすでにほとんど破綻していることを意味していると言って良い。


 ただ、1万件の全てで公的機関が「間に合わなかった」わけではない。そもそも通報すらせずに民間人がそのまま倒してしまった例が多数あり、さらにその大部分はいわゆるモンスター・ハントによるもの。つまり民間人が能動的にモンスターを退治しているわけだ。


 政府としては、民間人が積極的にモンスターを狩ることは推奨していない。買取窓口はあくまで「やむを得ない事情」で手に入れてしまった魔石の提供をお願いするもの。しかし現状はそれに即していない。その理由は買い取り価格が高額になっているからだ。


 では買い取り価格を下げれば良いのかというと、そういう訳にも行かない。実際にアメリカの銃器メーカーは高額で魔石を買い取っており、日本国民はそれを知っているからだ。下世話な話をすれば、いまさら買い取り価格を下げれば内閣支持率も下がる。


 それに、日本政府は魔石を必要としている。AMBを調達するためだ。日本政府は現在、アメリカの某銃器メーカーに魔石を提供する代わりに、提供量に応じて一定量のAMBを格安で購入できる枠を設けてもらっている。だが現状AMBはまったく足りておらず、要するに魔石がもっと必要なのだ。となるとやはり、民間の力に頼らざるを得ない。


「前川」


 昇が難しい顔をして報告書を読んでいると、同僚の一人がまた別の報告書を手に持ってやって来た。彼が担当していた案件を思い出し、昇は思わず立ち上がる。そしてやや食い気味にこう尋ねた。


「それで、どうだった? 新しい鏃は」


「ダメだな。効果があったモノもあるが、結果にゆらぎが大きすぎる。詳しくは報告書にまとめたが、信頼性に欠けてとても実戦では使えない」


 それを聞くと、昇は「そうか」と言って残念そうに顔を歪めた。彼の同僚が担当してた新しい鏃というのは、AMBを参考にして考案されている。だから魔石は用いられているのだが、芳しい成果は出なかった。


 日本社会の銃に対する忌避感というのは根深い。クロスボウのほうがまだ当りは柔らかいという。だが魔石を一つずつ鏃に加工するのは結構手間で、それなら一度粉末にしてしまった方が効率はよい。それで新たな鏃の開発が進められているわけだが、結果はご覧の通りだ。


「なんだろうな、AMBはちゃんと効くのに。運動エネルギーの差か?」


「かもしれないな。しかし新しい鏃が使えないとなると、しばらくは魔石をそのまま加工するしかないか……」


「ま、その中間報告を室長にあげたら、次はもっと魔石の比率を上げてみるさ。他にも現場から意見が出ている。試して見る価値はある」


 報告書を返し、同僚の言葉に昇は重々しく頷く。日本社会の事情は別にするとしても、AMBは銃弾であるゆえに使い捨て。その点クロスボウの矢なら数回程度は再利用できる。また現在の鏃の脆さを解消するという意味でも、やはり新しい鏃は必要だ。


「まったく、状況の変化が早すぎる」


 昇は思わずそう愚痴った。同僚も苦笑しつつ頷く。それから二人は仕事に戻った。



誠二「臨時収入ゲット! でもバイトは続けるぜ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 警官や自衛隊員とかの公務員が職務中に得た魔石は どうなるのでしょうか?。 職務中だから国に取られるか買い取って貰えるのか 気になります。
[一言] 秋人の討伐数とワールドエンド由来の食材でのパワーアップを見た限り、 毎日10体くらい倒したとしても体感や目に見えるほどの効果は出なそう。 そうなると数年くらいじゃ超人は現れないんじゃないかな…
[一言] 普通の武器で倒せる様に成ってしまったならこんなに高額な必要は無さそうだけどな。
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