地下墳墓3
「ひどい目に遭った……」
秋斗の部屋に閃光が走ってから数分後、ようやく回復した目をさすりながら彼はそう呟いた。魔石を握っていたはずの手のひらを開いてみると、そこには何もない。どうやら魔法の発動と同時に消えてなくなったらしい。
これはあらかじめ予想されたことだ。魔石とはエネルギー結晶体の一種であり、そのエネルギーを使って魔法を発動させるというのが今回の実験だった。使われたエネルギーがなくなる、より正確に言えば別の形に変換されて霧散するというのは、分かりやすい説明である。
[ともあれ、アキの尊い犠牲のおかげで、魔石を使って魔法を発動させられることは分かった]
「別にオレ、死んでないけどな。……でもまあ、魔法を使える目途が立ったってのは大きいよな」
シキの言葉に、秋斗も自負をのぞかせながらそう答える。もちろん問題もある。すぐに思いつくのは発動するまでの時間だ。魔石にしっかりと思念を込める必要があるためなのか、使いたいと思ってすぐに発動させることはできない。もっともこの点については、今後の練習次第で発動までの時間はある程度短縮できる見込みだ。
となると次に考えるべきは、「どんな魔法を使うのか?」という点だ。当然ながらその魔法は地下墳墓の攻略に資するものでなければならない。加えて数は少ないほうが、可能ならば一つだけというのが望ましい。多数の魔法を使い分けるとなると、「思念を込める」という段階で手間取る可能性が高いからだ。
「となると、対ゾンビというよりは、対アンデッドで考えたほうが良いか」
地下墳墓で出現するモンスターはゾンビだけではないだろう。だがダンジョンというくくりで考えると、出現するモンスターの傾向はだいたい予想できる。であればそれに合わせた魔法を考えれば良い。
「やっぱり聖属性、かな」
対アンデッド用の魔法といえば、それはもう聖属性しかないだろう。ファンタジー系サブカルチャーでも定番と言っていい。中には火で燃やす系の対策もあるが、あれは「アンデッドにも有効」というだけで、「対アンデッドに特化した対策」というわけではない。それに地下墳墓で火を燃やすと酸欠が怖いので、そういう意味でも今回はなしだ。
秋斗の方針にシキも異を唱えない。それで彼はさらに考えを進めていく。方向性としては大まかに二つ。直接的な聖属性の攻撃魔法か、いわゆるエンチャントで物理攻撃に聖属性を付加するやり方か。少し考え、彼はすぐに結論を出した。
「攻撃魔法だな」
[異論はないが、一応聞いておこう。その理由は?]
「戦闘中にエンチャントが切れたら、たぶんかけ直すのは無理だから。まとわりつかれて、そのまま圧殺されかねない」
[妥当な理由だな]
シキもそう言って理解を示す。攻撃魔法の方も、欠点がないわけではない。だが安全性という意味では攻撃魔法のほうが有利だ。「間に合わなそうなら逃げる」という選択肢を取れるからだ。いざという時、即座に逃げられるというのはとても大切である。
大まかな方向性が固まったところで、秋斗は早速魔法のデザインを始める。ただし魔石は握らずに。曲がりなりにも攻撃魔法をアパートの一室で発動させる勇気は彼にもなかった。そしておおよそのイメージが固まったところで、アナザーワールドへ行き実験をしようと思ったのだが、そこでシキがストップをかけた。
[今日はこれくらいにしておこう。忘れているかも知れないが、クマとやり合った後なんだぞ?]
「あ~、了解」
クマとの激闘を思い出し、秋斗はそう答えた。すると不思議なもので、彼は疲労を自覚する。確かにこのコンディションではこれ以上の探索は難しいと納得し、秋斗はこの日の探索を打ち切るのだった。
そして翌日。学校から帰ってくると、秋斗は早速探索服に着替え、アナザーワールドへダイブインする。この日の主たる目的は、「魔石を用いた聖属性攻撃魔法を習得し、それを練習すること」である。彼は道中のスライムを蹴散らして魔石を確保しながら、地下墳墓へと向かった。
[アキ、準備はいいか?]
「……ああ。良し、行こう」
左手にスライムの魔石を握りしめ、秋斗は地下墳墓へと降りていく。地下墳墓の入り口をくぐると、シキが暗視を発動させる。数回瞬きして目を慣らしてから、彼は地下墳墓の暗闇の中へ足を踏み出した。
同時に、左手に握った魔石へイメージを送り込む。昨日デザインした、聖属性攻撃魔法のイメージである。人間には危害を与えず、アンデッドにのみ効果を発揮する。放射状に広がり、範囲内に捉えたアンデッドを滅ぼす聖なる光。その光を浴びたアンデッドは……。
(砂のように崩れ落ちる……? いや、白い炎に焼かれる……。なら……!)
イメージが固まるにつれ、徐々に魔石が熱を帯びていく。実はこの時、数体のゾンビが接近していた。当然シキはそれを探知していたが、集中している秋斗の邪魔をするまいと今は黙っている。そして秋斗は左手を掲げてこう叫ぶ。
「汚物は消毒だぁぁあああ!」
その瞬間、白い光が放たれた。その光は地下墳墓を一瞬だけ明るく照らす。だがその効果は絶大だった。白い光を浴びたゾンビたちが、白い炎に包まれて絶叫している。そしてものの数秒で燃え尽き、後には魔石だけが残った。最後のゾンビが燃え尽き、地下墳墓の通路がまた暗闇に包まれると、シキはやや納得がいかない様子でこう呟いた。
[なぜ、そうなった……]
「ん? 何がだ? 大成功だろ」
[そういう意味ではないのだが……、まあいい]
シキのやや疲れた声が頭の中に響く。それを聞きながら、秋斗は得意げにニヤニヤと笑う。要するに彼は故意犯だった。とはいえ分かりやすいイメージがあった方が魔法を使いやすいの事実。そういう意味であのかけ声は有用だったりするのだ。
ゾンビがドロップした魔石を回収すると、秋斗はさらに奥へ進む。するとまたすぐにゾンビが団体で現われる。彼はそれも魔石を用いた聖属性攻撃魔法でなぎ払う。例のかけ声も忘れずに。当初シキは微妙な空気を垂れ流していたが、本人が楽しそうでちゃんと効果があるならまあ良いか、と最終的には気にしない方向でいくことにした。
「それにしても、本当に多いな、ゾンビ」
魔石を拾いながら、秋斗はぼやくようにそう呟く。息つく間もない波状攻撃というわけではないが、遅々として探索が進まないくらいにはモンスターの数が多い。「魔石を回収している間に次の団体が来る」という具合で、忙しいワリには前へ進めないのだ。
それでも聖属性攻撃魔法が使えるようになったことで、状況はかなり好転している。少なくとも、これだけモンスターが出現しているにもかかわらず、物量に押しつぶされる気配はない。それだけでも画期的なことだ。加えてスコップで殴るような距離まで接近されることが減ったので、ゾンビのすえた臭いも多少はマシになった。
だがいい加減、ちょっとうんざりしてくるのも事実だ。モンスターの数が多く、ともすれば無限に湧くことも想定している。だがそれにしても前へ進めなさ過ぎだった。魔石を放置すれば良いのかも知れないが、聖属性攻撃魔法のためにも魔石は十分な数を確保しておきたいところだ。
「なあ、シキのほうでドロップを回収できないか?」
[ふむ……、ストレージの開閉はこちらでもできるから、やってやれないことはない、か……?]
「なら頼む。というか、できるようになってくれ」
[オーダー了解だ、アキ]
そんな会話を交わしてからしばらく、秋斗は開き直って聖属性攻撃魔法の習熟に専念してゾンビを燃やしまくり、シキはどうにか床に落ちたドロップを回収できるよう自身の能力を発展させていく。食事休憩も挟みつつ、この日はもう地下墳墓の攻略は諦めて、次回以降のための下準備と二人は割り切ることにした。
その代償というべきか。地下墳墓のマッピングは最初の分かれ道までたどり着かなかった。というよりこれはそこまで行く気が無かったのであって、実際秋斗はある程度まで進んだら入り口まで引き返すのを繰り返している。そのまま外に出て休憩した回数も多い。
地下墳墓の中では、同じ場所でどれだけモンスターを倒しても出現率が下がらないらしいのを良いことに、いつでも外に出られる場所で練習を重ねたのだ。ハッキリ言って、わきの良いポイントでレベル上げをしていたのと大差ない。
そしてそれだけの成果はあった。反復練習を繰り返したことで、魔石を用いた聖属性攻撃魔法の発動に要する時間は三秒程度まで短縮された。これくらいの発動速度であれば、モンスターがある程度近づいてきていても、攻撃魔法を間に合わせることができる。足の遅いゾンビならば、なおのこと。
シキの方にも成果があった。ドロップアイテムを回収できるようになったのだ。ただしそのためには、秋斗を中心として半径一メートル程の範囲に対象物を捉える必要がある。つまり近づかなければ回収できないわけだが、それでもいちいちしゃがみ込まなくて良くなった分、秋斗の負担はかなり減った。また半径一メートルという範囲も、経験値を蓄積することで今後さらに広くなる可能性がある。
ドロップ回収の効果はモンスター討伐の速度に如実に表れている。この日だけで二〇〇体以上のゾンビを討伐できたのは、間違いなくシキのおかげだ。しかも時間配分に余裕ができた。つまり次々に出現するモンスターを倒しながら地下墳墓をマッピングする目途が立ったと言える。
またドロップの方でも少し成果があった。宝箱(白)が一つ、ドロップしたのだ。入っていたのは魔道ランタンで、「魔石をセットすると明かりがつく」という仕様だ。本来であれば地下墳墓の攻略に役立ったのかもしれないが、秋斗はすでに暗視が使える。微妙な顔をしながらストレージにしまうことになった。
「まあ、何はともあれ、攻略できそうな感じにはなったな」
[うむ。次からいよいよ本格的にアタックだな]
秋斗とシキはそう言葉を交わす。そしてゴールデンウィークがやって来る。
シキ[ああ、アキの脳筋化が進んでいく……」
秋斗「失敬な!?」