AMB
『よっ、三角コーンの人w』
百合子からそんなメッセージを貰い、秋斗は首をかしげた。一体何のことだと思いながら、彼は一緒に貼られていたリンクをタップする。そしてタムタムと言う人が配信しているインタビュー動画を見て絶句する。彼はとても苦い顔をしながらこう呟いた。
「マズかったかなぁ……。でもあそこで何もしないわけにはいかなかったし……」
あそこで秋斗が何もしなければ、あのトモという青年はたぶん死んでいた。高い確率でそうなるであろうと直感したからこそ、秋斗はそこで介入したのだ。さすがに人が死にそうな場面をただ見ているだけというのはできない。魔法の使用となると話は違ってくるが、そうでなければ「身バレ回避」の優先順位はやっぱり下がる。
渋い顔をしながら、秋斗はモンスター討伐動画も確認する。彼が登場するシーンはほんの数秒。しかもフルフェイスのヘルメットを被っているので、顔は全く映っていない。これなら少なくともこの動画だけで身バレすることはないだろう。だがネット民の調査能力というのは時に想像を超える。実際、シキがこんな報告をした。
[掲示板サイトで『三角コーンの人は誰だ!?』というスレが立っているな。一応、特定できたとしても実名や写真は晒さないように、と注意書きされているが]
「注意書きするくらいならそんなスレ立てるなよ……」
[今のところは、『バイクに乗って逃げた』というのが最も有力な情報だな。車種はまだ特定されていない]
「逃げてねーし。……しばらくはバイク控えるかなぁ」
秋斗はぼやくようにそう言った。ちなみにシキが情報収集に使っているのはスマホではなくノートパソコンだ。大学生になったのだからあったほうが良いだろうと言うことで買ったのだが、現在ほぼシキの専用機となっている。まあ、買う前からそんな気はしていたが。お値段およそ二〇万円で、シキの要望が色濃く反映された機種となっている。
「それはそうと、シキ」
[なんだ、アキ]
「なんて言うか……、このトモさんの鉄パイプ装備の件だけど、今後広がると思う?」
[……つまり対モンスター自衛のために民間人が武装する動きが広がるか、ということか?]
「そうそう」
[広がらんだろう。少なくとも日本ではそういうモノに対する忌避感は強いはずだ。これがアメリカなら分からないが……]
「そうか……」
[ただ、このままモンスターの出現数が増え続ければ、どう自衛するのかは避けては通れない問題になるだろうな。つまり警察がどこまで対応できるのかが鍵だ]
「いや、でも今でさえ通報してから来るまでに数十分はかかるんだぜ? モンスター相手にこれは致命的だろ」
[最大の焦点はどれだけの人がそれを経験するのか、だろう。警察の対応能力に疑問を持つ人が増えれば増えるほど、自衛のための武装というのは現実味を帯びてくる]
「なるほど……。そういうモンか……」
逆を言えば、それだけ日本の警察は信頼されているということだろう。だから「警察は頼りにならない」と人々が思わない限り、「自衛のために武装する」という世論にはならない、というわけだ。
「まあ、武装する必要がないっていうのが一番なんだけどな」
[うむ。平和が一番だな]
秋斗とシキはそう言葉を交わした。だが世界は平和や安定とは真逆の方向へ進んでいく。五月の半ば頃から世界中でモンスターの出現事例はその数をさらに増やし始めたのだ。それに比例して被害も拡大している。そして日本もその傾向と無関係ではいられなかった。
日本各地で頻繁にモンスターが現われた。日によってバラツキはあるが、少なくとも一日に一千件以上、多いときには一万件以上もモンスターの出現が確認された。そして「警察が到着する前に被害に遭う人たち」や「警察が到着する前にモンスターを倒してしまう人」が増えていった。
「警察は役に立たない!」
「自分の身は自分で守らなきゃダメだ!」
「我々には自衛する権利がある!」
日本各地で徐々にそういう声が上がり始めた。自衛への機運が高まり始めたのである。日本でさえそうなのだから、世界へ目を向ければすでに多数の民間人が対モンスター自衛のために武装している国々も珍しくない。
その筆頭は言うまでもなくアメリカだ。そしてこの年の初夏、そのアメリカで画期的な発表が行われた。なんと対モンスター用の銃弾が開発されたのだ。開発したのは大手銃器メーカーである。
開発された銃弾はAMB(Anti-Monster Bullet)と呼ばれ、魔石を利用して製造されている。タイプとしては大まかに三つあり、簡単に説明すると次のようになる。
一つ目は魔石の粉末を溶かした金属に混ぜて成形したもの。二つ目は魔石の粉末を混ぜた塗料で弾丸を塗装したもの。三つ目は魔石の粉末そのもので弾丸をコーティングしたもの。それぞれに何段階かのグレードがあり、基本的に魔石の使用量が多いものほど高価になっている。
AMBの登場は世界に衝撃を与えた。なにしろ銃器が通用しないことがモンスター対策でネックとなっていたのだ。AMBはその状況に風穴を開け、モンスターの駆除を容易にすることが期待された。
世界のモンスター対策にブレイクスルーを起こすことを期待されたAMBだったが、しかしすぐさま情勢を大きく変えるにはいたらなかった。理由は幾つかあるが、最大の要因は需要量に対する供給量の少なさだ。
前述した通り、AMBは魔石を原材料の一つとしている。逆を言えば、魔石がなければAMBは作れない。だが魔石に鉱脈などはなく、メーカーが魔石を手に入れるにはモンスターを倒した誰かから買い取るしかない。当然、メーカーは買い取りを大規模に行っているが、それでも需要を満たすだけの量を確保できないのが現状だった。
また別の要因としては、AMBの不確実性が上げられる。つまり効かない場合があるのだ。ただあるモンスターには効かなくても別のモンスターには効いたり、一発では効かなくても連続して撃てば効いたり、使用する銃器を換えたら効いたりと、ハッキリとした線引きが困難というのが現状だった。
とはいえAMBが画期的だったことは間違いない。世界は大きく反応した。開発したメーカーの株価は大幅に上昇し、同時に魔石の買い取り価格も一時さらに高騰した。まずは警察や軍隊への供給が優先されるが、AMBが民間にも広がればモンスターによる被害はかなり抑えられるはず。合衆国大統領もそういう趣旨の発言をした。
一方で日本は事情が異なる。厳しい銃規制が敷かれているからだ。AMBが世界中で普及したとして、日本の民間人がそれを使ってモンスターを討伐することはまずあり得ない。すると日本はモンスター対策で大きく遅れを取ることにならないか。この問題は国会でも取り上げられた。
「……アメリカではAMBが開発され、大統領もこれの普及を後押しする旨の発言をしています。一方で我が国には厳しい銃規制があり、少なくとも民間でAMBを利用することはほぼ不可能です。それで総理にお尋ねしますが、我が国における銃規制を緩和するおつもりはあるでしょうか?」
「そのつもりはまったくございません」
「私としましても銃規制の緩和が正しいとは思っていません。ですが現実問題としてモンスターの出現事例とその被害は増加の一途をたどっております。その中でAMBが使えないとなると、国民は自衛の面で諸外国の方々と比べ、大きなハンデを抱えることになります。一方で警察や自衛隊がモンスターに対応できているとは言い難い。国民の生命と財産を守るために政府としてどのような方針をお持ちなのか、お聞かせ下さい」
「政府としましては、それこそAMBなどの装備を充実させることで、警察や自衛隊の対応力を強化し、それによって国民の生命と財産を守る所存でございます」
「はたして装備の問題でしょうか。通報を受けてから現場に到着するまでの間に被害が出る。このパターンがほとんどです。これを警察と自衛隊だけで対処しようとしても、それこそ人員を十倍にしたって間に合いませんよ。であればどうしたって自衛ということを考えなければならない。国民の自衛をどこまで認めるのか、政府の考えをお聞かせ下さい」
「え~、政府としましては、国民の皆様におかれましては、モンスターに遭遇した場合は刺激することなく身の安全を最優先に考えていただきたいと考えております。もちろん国民の自衛する権利を否定するつもりはありませんが、積極的にモンスターを攻撃するような真似は是非とも控えていただきたいと思います」
「ですから、それで被害が出ているのが現状なんですよ! 国民の生命と財産が脅かされている現状を、政府は憂慮しないのですか!?」
「当然憂慮しておりますが、しかしながらだからこそ、国民の自衛に頼って現状を打破しようというのは、政府として無責任であろうと考えます。日本には警察があり自衛隊があるのですから、まずはそれをもって事に当たるべし。それが政府の基本方針であります」
予算委員会における質疑を抜粋して要約すると、だいたい以上のようになる。要するに日本政府は国民が積極的にモンスターを討伐することには後ろ向きだった。だがある世論調査では、政府のこの方針に対して賛成と反対が拮抗した。それほどまでにモンスターの被害が増えていたのである。
一方で政府としても、モンスター対策の姿勢が一貫していたとは言い難い。前述した通り、「モンスターの駆除は警察や自衛隊が担う」というのが政府の方針である。しかしそのためには、例の鏃にしろAMBにしろ、魔石が必要になる。だが警察や自衛隊が入手する魔石だけでは足りない。そこで政府は魔石の買い取りを始めたのだ。だがこれは批判を浴びた。
「これは国民に対してモンスターを積極的に狩れと言っているのと同じですよ! 言ってることとやっていることがちぐはぐじゃないですか!」
「あくまでも致し方のない経緯で入手された魔石の買い取りをお願いしているわけです。決して積極的に集めてくれと、そんなことをお願いしているわけではございません」
政府はそう説明したが、あまり説得力はなかった。何しろ買い取り価格の参考としたのが、AMBを開発したメーカーの買い取り価格。つまり非常に高額だったのだ。価格は時間とともに落ち着くとは思われたが、しかし最初に発表される数字というのはやはりインパクトがある。つまり「魔石は儲かる」と人々は思ってしまったのだ。
折しも、モンスターの出現数は増えている。若者を中心にモンスター・ハントをしようとする者が増えた。実際に魔石を売ってそれなりのお金を手に入れた若者が、それを動画で紹介したこともこの動きに拍車をかけた。そしてその動画の中には「トモ」のもあった。そういう様子を秋斗はやや呆れながら眺めていた。
「すんげぇな。魔石フィーバー到来って感じ」
[アキも一つぐらい売ってみたらどうだ?]
「う~ん……、今はまだパス」
秋斗はそう答えた。だがモンスター・ハントの波は彼のすぐ近くまで来ていた。
トモ「魔石は儲かる! 動画と組み合わせればさらに!」