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駅前モンスター退治


「秋斗がバイクの免許を持っているのは知らなかったわ」


「まあ、足が欲しくてね。でも車の免許は自分で取れって言われたよ」


「わたしもそろそろ車の免許取ろうかしら。でも時間がネックなのよねぇ」


 百合子をバイクの後ろに乗せて、秋斗は駅へ向かっている。街灯は明るく、田舎道に比べれば格段に走りやすい。赤信号で停車していると、百合子が後ろからさらにこんなことを尋ねた。


「……ところで、奏ちゃんはもう乗せてあげたの? さっき、結構視線が凄かったわよ?」


「あ~、まだ乗せてないな。ていうか必要ないだろ、奏ちゃんの場合」


「そういう問題じゃないでしょ。まあ、わたしが口を挟むことじゃないかもしれないけど」


「奏ちゃんはほら、いろいろ混ぜこぜになって勘違いしてるんだよ、たぶん」


「勘違いだとしても、本人の主観がそう認識しているなら、少なくとも本人にとってはそれが真実よ」


 百合子はそう断じた。彼女の思いがけない強い口調に、秋斗はヘルメットの中で苦笑する。そして小さく肩をすくめてからバイクを発進させた。そして少し走らせてから、呟くようにこう話し始めた。


「……奏ちゃんに言われたよ、『どうしてそんなにアナザーワールドに入れ込むんですか?』って」


「何て答えたの?」


「『何かしたい。何かできると信じたい。今は、そんなところかな』って。納得した感じじゃなかったな」


「…………」


 百合子は何も答えなかった。なぜなら彼女は納得してしまったからだ。彼女にはバイオリンという明確な目的がある。一方で仮にいま秋斗に明確な目的がないとしても、経験値蓄積の有用性はすでに証明されているのだから、彼がアナザーワールドに入れ込むことは少なくとも無駄ではない。彼女はそう考えるタイプの人間で、そういう面で秋斗に似ていた。


「で、オレも言われて思ったわけ。自分が思う以上に軸足が向こうに移っていたのかなって」


「……気付いて、少しは戻す気になったの?」


「それがならないんだよなぁ。困ったことにさ」


 全然困っているように聞こえない声で、秋斗はそう答えた。それを聞いて百合子は何も言えなくなる。アナザーワールドへどれだけダイブしても、リアルワールドで経過する時間はたった一秒。しかもどれだけ長時間アナザーワールドで過ごしても老化することはない。しかしだからと言ってその時間がなかったことになるわけではないのだ。


 さて、駅が見えてきた。駅前はさすがに明るく、人通りが多い。秋斗はスピードを落としてバイクを走らせ、そしてロータリーの隅っこに止めた。工事中なのか、赤い三角コーンが幾つか置かれている。ただ通行を妨げるものではない。百合子がバイクから降りると、秋斗は彼女からヘルメットを受け取る。そしてその時、シキの声と悲鳴が重なって響いた。


[アキ、出たぞ!]


「キャァァァァアアア!?」


「なんだ、コイツ!? な、何なんだ!?」


 駅前が一気に騒然とする。秋斗と百合子は反射的に悲鳴が上がった方へ視線を向けた。二人はそこで“影”を目撃する。目だけを赤く爛々と輝かせた、黒くのっぺりとした存在。バケモノじみたその見た目は明らかに異質。そしてその正体を告げる叫び声が上がった。


「モ、モンスターだ!!」


 その声で騒然としていた駅前が、今度は混沌とし始める。サルのようなモンスターが通行人に襲いかかって怪我を負わせると、その混乱にさらに拍車がかかった。それを見て百合子は思わず駆け出そうとする。だが秋斗が手を掴んで彼女を止めた。


「秋斗!」


 百合子は批難の声を上げたが、秋斗は黙って首を横に振る。フルフェイスのヘルメットを被っているせいで、彼の表情はよく見えない。そのせいか一瞬、百合子には彼が得体の知れない何かに見えた。そしてそうこうしているうちに、また事態が動く。


「うぉぉぉおおりりゃぁぁぁああ!!」


 ヤケクソ気味な雄叫びを上げながら、髪を明るいブラウンに染めた青年がモンスターに向かって突撃する。その手にはなぜか鉄パイプを持っていた。青年が鉄パイプを振り回すと、モンスターの注意がそちらへ移る。その隙に周りにいた人たちが怪我人を避難させた。


「この、コイツッ、当たれよ!?」


 青年が興奮気味に鉄パイプを振り回す。だがモンスターには当たらない。しかしモンスターのヘイトは彼に集中し、周囲には少し余裕ができた。人だかりができ、人々がスマホを取り出す。秋斗はその様子をやや冷めた目で見ていた。


「ユリ。アイツは?」


「……一般人よ。経験値の蓄積はゼロね」


 混乱と喧騒のなか、秋斗と百合子は小声でそう言葉を交わす。なるほど一般人らしく、鉄パイプを振り回す青年はへっぴり腰だ。不慣れな様子が見てすぐに分かる。だが一般人がなんで鉄パイプなんて持っているのか。秋斗にはそちらの方が気になった。


「き、君! 止めなさい、落ち着いて!」


「ああ!? じゃあコイツどうすんだよ!?」


 駅員が到着し、青年を宥める。それに対して青年をキレ気味にそう答えた。恐らく駅員もどうすれば良いのか分からなかったのだろう。それで得体が知れていて、少なくとも話の通じる方を抑えようとしたのだ。だがこの場合、それは意味がないどころか悪手だった。


「ギィィィィ!!」


 注意がそれた青年にモンスターが襲いかかる。青年は咄嗟に鉄パイプでガードしたが、モンスターは彼を押し倒した。人だかりからまた悲鳴が上がる。だが青年を助けようとする者はいない。駅員でさえ腰が引けている。仕方がないことなのかも知れないが、秋斗はそれを見て舌打ちした。


「っち……」


 彼はヘルメットを被ったまま駆け出した。そして三角コーンを引っ掴む。底辺を両手で持ち、尖った方を前に押し出すようにしながら彼は走る。人混みは自然に分かれ、彼は青年にのし掛かって噛付こうとしているモンスターを三角コーンで突き飛ばした。また悲鳴が上がる。だがモンスターの目にはもう青年しか映っていない。


「こ、このっ……!」


 青年が立ち上がり、鉄パイプを振りかぶる。そして飛びかかってきたモンスター目掛けて振り下ろした。頭は外したが肩に当り、モンスターは地面に叩きつけられた。しかし赤い目はまだ死んでいない。


「このっ、コイツッ、くたばれっ!」


 青年は何度も鉄パイプでモンスターを殴る。全部で十回ほども殴っただろうか。肩で息をする青年の目の前でモンスターが黒い光の粒子になって消えていく。青年が魔石を拾い上げる。次の瞬間、人だかりから爆発的な歓声が上がり、まるで映画スターが出てきたかのようにフラッシュが焚かれた。


 一方の秋斗はその喧騒から一歩先に逃げていた。青年がモンスターを下に叩きつけた時点で彼はその場から離れていたのだ。三角コーンを元の場所に返し、小走りになってバイクのところへ戻る。百合子の姿はすでになく、ヘルメットだけが置かれていた。


「アイツ、逃げたな」


 秋斗はそう呟いて苦笑する。そして彼もバイクにまたがるとすぐに駅を後にするのだった。その後、彼が家に帰ってからスマホを確認すると、百合子から「お先に」とメッセージが入っていた。時間はちょうど秋斗がモンスターをド突いた頃。全く心配する素振りもない文面に、彼はまた苦笑するのだった。



 - * -



「はい、視聴者の皆様、こんばんわ~。タムタムのチャンネルへようこそ~。今日はですね、スペシャルなゲストをお招きしています。トモさんです、どうぞ~」(ぱちぱちぱち)


「ト、トモです。よろしくお願いします」


「え~、情報通の皆様はトモさんのことをご存じかも知れませんが、少し説明しておきますね。先日、○○駅前にモンスターが現われ、通行人数名が襲われ怪我をするという事件が起こりました。トモさんはその場に居合わせ、見事! モンスターを退治されたわけです。ちなみにその時私が撮影した動画は、ご本人様の許可を得て別にアップしていますので、良ければそちらもご覧ください。トモさんの勇姿がばっちり映ってますよ!」


「いやいや、恥ずかしいです」


「またまた。それで今回の動画の趣旨なんですけど、なんと! トモさんに独占インタビューしちゃいます! 録画配信はご本人様の希望ですが、質問等あればコメント欄に書き込んでもらえれば、第二回をやっちゃうかもしれません。そちらもお願いします」


「お願いしま~す」


「では、さっそくインタビューさせてもらおうと思うんですが、トモさん、良くあそこで飛び出せましたね!」


「無我夢中でした。怪我人は出ちゃいましたけど、大きな怪我をした人がいなくて良かったです」


「ホント、トモさん、ヒーローですよ! なにか武道とかやられてたりするんですか?」


「中学の時の体育で剣道をやったくらいですね。でもやっぱりそれくらいじゃダメですね。押し倒されて、危なかったですし」


「いや、本当にあの時はヒヤッとしました。三角コーンの人が来なかったら、マジでヤバかったですよね」


「あの時は、何が起こったのかよく分かんなかったンですけどね。後でタムタムさんの動画見て、ああこんな感じだったんだ、と。そういえばあの三角コーンの人、あの後どうしたんですか?」


「それが気付いたらいなくなっていて。僕もトモさんの動画を撮るのに夢中で……」


「あ、いや、一言お礼が言いたくて……。三角コーンの方、ありがとうございました」


「三角コーンの方、この動画を見ていらしたら、ぜひ僕の方までご連絡下さい。……それでトモさん、あの後駅員さんに連れて行かれちゃいましたけど、大丈夫でした?」


「怒られました。でもちょっと納得いかないんですよね。だったらお前ら前に出ろよ、と」


「そうですよね。トモさんが頑張らなかったらもっと怪我人が出ていたわけで。最悪死者だって出ていたかも知れない。実際、海外ではそういう例もあります。……警察にも話を聞かれたと伺いましたけど、やっぱり鉄パイプのことでしたか?」


「そうですね。それもありました。なんであんなもん持ってたんだ、って」


「なんでですか?」


「最近は日本だけじゃなく世界で、モンスターに襲われるっていう話が増えてます。そして警察が来るまでには時間がかかる。だったら自分の身は自分で守るしかない、って思ったんです。実際それで人助けができたし、持ってて良かったと思ってます」


「警察はそれで納得しましたか?」


「どうなのかなぁ……。厳重注意を受けましたけど。まあ、警察は警察でそうしなきゃいけない部分ってのはあるんでしょうけど。でもやっぱりちょっと納得いかないですよね」


「警察はそもそも間に合いませんでしたもんね」


「そう! そこなんですよ。警察が来ていれば俺だって出しゃばらないですよ。でも警察来ないし、モンスター暴れるし、なら自衛するしかないじゃんって思うんですけど……」


「まあ、警察が間に合ってくれれば一番良いのは確かですよね。で、次にお伺いしたいことなんですど……」


タムタム「こ、こいつはバズるぜ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 秋斗くんの冷ややかな目を向けるの理解出来る。 トモの乱入からヘイトが移った隙に怪我人の避難までは良かったけどその後のカメラ構え出すの本当に危機感が足りない。 戦えとまではいかないけど物を投げ…
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