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奏のアナザーワールド探索4


 百合子の魔法の検証が一段落してから少しすると、まずは勲が目を覚まし、そのすぐ後に奏も仮眠から目覚めた。その二人と入れ替わりに、今度は百合子が仮眠を取る。不寝番は勲が務めることにして、奏は【魔法の石版】を試して見ることになった。道中のボディーガードは秋斗である。


 二人はまず拠点の周囲を一周してゴブリンを蹴散らす。奏はこれまで通り、一回の戦闘につき一体か二体のゴブリンを倒した。ただ傍に勲がいないせいか、彼女はやや緊張している様子だった。


「奏ちゃん、大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫ですよ!」


 そう答える奏の表情はやはり少し硬い。とはいえ周囲に強敵がいるわけではないので「大丈夫だろう」と思い、秋斗は彼女を連れて【魔法の石版】のところへ向かった。


 ただ奏が【魔法の石版】に触ってもやはり反応はない。彼女は少し残念そうに石版をペタペタと触った。もっとも最初からこの可能性は聞かされていたので、落胆はさほど大きくない。彼女はすぐに気を取り直して石版から離れた。


「やっぱダメかぁ。しょうがない、奏ちゃん、戻ろうか」


「はい。……あの、その、秋斗さん。さっきはごめんなさい。態度、ヤな感じでしたよね」


「ん? ……ああ、アレね。いいよ、気にしてないから」


 そう言って秋斗は心配そうな奏に笑いかけた。彼の笑顔を見て、奏の表情がふっと緩む。それから二人は拠点に戻るために歩き出し、しかしほんの数歩歩いたところで秋斗は不意に足を止めた。頭の中でシキにこう言われたのだ。


[アキ、団体客だ]


 同時に秋斗の視界に俯瞰図が表示される。それで敵の位置を確認すると、彼はすぐに身を翻した。そして物陰から敵の姿を確認する。


 敵はゴブリンで数はなんと二〇近い。さらにこれまでのゴブリンと比べると装備が充実していて、しかも一体身体の大きな上位種が混じっている。そいつは偉そうに輿に乗っていた。ハイ・ゴブリンとでも呼ぼうか。まあどうせ適当だ。


「秋斗さん……?」


 秋斗は物陰に隠れながら、声を出さないようにとジェスチャーで奏に指示を出す。彼女が硬い表情で一つ頷くと、秋斗は手招きして彼女にゴブリンの団体さんを見せた。これまでにない数のゴブリンを見て奏が息を呑む。彼女の緊張が伝わってきて、秋斗は苦笑した。


 正直に言って、秋斗からすればこの程度の敵は大したことない。輿に乗っている上位種も、かつて戦ったゴブリン・ロードと比べれば二回り以上小さい。奏が一緒でなければ様子見なんてしないでさっさと仕掛けていただろう。彼一人なら悩むことなどなかった。


(さて、どうするかな……)


 選択肢は二つ。逃げるか、戦うか。逃げた場合、拠点に向かうことになるから、ゴブリンどもをそこまで案内してしまう危険性がある。一方で戦うとすれば、奏の安全確保が課題だ。ただあまり悩んでいる時間はない。


(やるか)


 秋斗はここでゴブリンどもを倒しておくことにした。ただそのためには護衛役が必要だ。奏の意識がゴブリンたちに向いているのを見て、秋斗はそっとストレージを開いてナイトを取り出す。使うつもりはなかったのだが、仕方がない。それから彼は奏の肩を叩いて彼女に話しかけた。


「奏ちゃん」


「はい……? ……っ?!」


 ナイトの姿を見て奏が叫び後を上げそうになる。秋斗はすぐに彼女の口を塞いだ。「大丈夫だから」と言って彼女を落ち着かせ、それからさらにこう言った。


「これ、護衛ね。いざとなったら盾にして」


 奏はコクコクと何度も頷いた。秋斗は彼女に物陰に隠れているように言ってから行動を開始した。隱行のポンチョを取り出して装備し、廃墟の物陰に隠れながら一度奏から距離を取る。彼女がゴブリンどもに見つからないようにするためだ。


(さて、と……)


 ポジションについた秋斗は、まず魔石を二つ取り出した。一つ目の魔石でインスタント・アーマーを発動させ、二つ目の魔石には雷魔法を込める。そして十分に思念を込めた魔石をゴブリンらの方へ放り投げた。


 次の瞬間、けたたましい放電音が響く。そこへゴブリンたちの絶叫が混じった。秋斗は竜牙剣を抜いて突っ込む。飛翔刃を放って輿を担いでいるゴブリンを倒し、ハイ・ゴブリンをひっくり返らせる。そして間合いを詰めると、伸閃を駆使して次々にゴブリンを斬り伏せた。


「ギィ! ギギィ!」


 彼が半数ほどのゴブリンを倒したところで、ようやくハイ・ゴブリンが起き上がる。そして部下のゴブリンどもを叱咤して秋斗を囲ませた。だが彼は慌てない。むしろ焦ったのは、その様子を物陰から見守っていた奏だった。


「秋斗さん!?」


 思わず、彼女は声を上げて物陰から飛び出した。だがそんなことをすればさすがに気付かれる。ハイ・ゴブリンと目が合うと、奏は「しまった」という顔をした。一方でハイ・ゴブリンの目に彼女は弱い獲物と見えたらしい。部下の一部を彼女のほうへ差し向けた。


「下がれ!」


 秋斗がそう怒鳴ると、奏は少し戸惑ってから身を翻した。その背中を三体のゴブリンが追う。だが両者の間にナイトが割って入った。一体をランスで貫き、二体をシールドバッシュで弾き飛ばす。それを見て奏は足を止め、ナイトの背中に隠れてショートソードを構えた。


 一方で、怒鳴ると同時に秋斗も動いていた。奏と合流しようとするが、ハイ・ゴブリンがその進路を妨げる。さらに残りのゴブリン達が一斉に彼へ飛びかかる。秋斗は舌打ちをしたが、ナイトが動いているのを見てまずは雑魚を片付けることにした。


 ゴブリンの間を縫うようにして動き、すれ違いざまに斬り捨てる。一度包囲した状態を崩してしまえば、脅威度は一気に下がる。とはいえ時間はかけたくない。秋斗はやや前のめりになってゴブリンを排除する。そしてその勢いが小さな隙をうんだ。


「ギギィ!」


 ハイ・ゴブリンが得物、金棒を振り上げて秋斗に打ちかかる。彼は今しがた一体のゴブリンを斬り捨てたばかりで、後の先を取るには一拍足りない。それでも回避しようと思えばできるタイミングだ。しかし彼は回避せず、左腕をかかげてその一撃を受け止めた。


「秋斗さんっ!?」


 奏が悲鳴じみた声を上げる。秋斗は「大丈夫だ」と答える代わりに竜牙剣でハイ・ゴブリンの身体を貫いた。そしてそのまま投げ飛ばす。周囲を見渡せば、瀕死のハイ・ゴブリン以外にモンスターの姿はない。「じゃあ止めをさすか」と思っていると、奏が飛翔刃を放ってハイ・ゴブリンを倒した。


「秋斗さんっ、腕、腕、大丈夫ですか!?」


 奏がショートソードを放り出して秋斗に駆け寄る。秋斗は少し困ったように「大丈夫だよ」と答えた。だが彼女は安心しない。秋斗の左腕をさすりながら叫ぶようにこう言った。


「だって、あんなにまともに受けて……!」


「大丈夫だって。ほら」


 そう言って秋斗は左腕をグルグルと動かしたり、左手を握ったり開いたりしてみせる。攻撃を受け止めたはずの彼の左腕が、しかし全く無傷であるのを見て、奏は目を点にしてパチクリとさせた。


「え、なんで……? だって……」


「あらかじめ防御用の魔法をかけておいたから。まあ、テストもかねて、ね」


「…………」


「それに回避しようと思えばできたしね。だけどちょうど良いかな、って。……ん、奏ちゃん?」


 奏が黙ってしまい、秋斗は首をかしげる。呑気な様子の彼を、奏はつり目でキッと睨み付た。……目の端に涙を溜めながら。


「秋斗さんのバカッ。もう知りません!」


 奏はそう叫んで何度も秋斗の胸を叩いた。残念なことに、もうインスタント・アーマーの効果は切れている。何発かみぞおちに入って、秋斗は「ぐえっ」という顔をした。


「あの、奏ちゃん……。みぞおちは……」


「知りません。防御魔法かけてあるんですよね」


「いや、もう切れて……」


「かけてあるんですよね!」


 叫びながら奏が頭突きする。それがきれいにみぞおちに入って、秋斗は「ぐおっ」と声をもらした。しゃがみ込みそうになるが、そこは意地で我慢する。結局、むくれてしまった奏を宥めるのに数分を要した。


 その後、二人は散らばったドロップを回収した。魔石の数は全部で二一。この内、ハイ・ゴブリンを含めて三体を奏が倒したという。ちなみにハイ・ゴブリンの魔石は「他よりちょっと大きいかな」くらいだった。


 また奏の意識がドロップ回収に向いている隙に、秋斗はナイトをストレージに回収する。奏がナイトの姿がないことに気付くと、彼は「もう片付けたよ」とだけ答えた。


 ドロップを回収し終えると、二人は拠点としている廃墟へ向かって歩き始めた。その途中、奏は秋斗にこう尋ねた。


「その、前から聞きたかったんですけど……、秋斗さんはなんでそんなにアナザーワールドに入れ込むんですか?」


 秋斗がゴブリンに囲まれたとき、奏は彼が絶体絶命のピンチに陥ったと思った。しかし蓋を開けてみれば、彼はそれを無傷で切り抜けている。しかも新しい魔法の実験までしているのだから、大概だ。


 それはつまり奏の想像も付かないくらい、秋斗が経験値を溜め込んでいるということ。しかもたった一人で、だ。彼女からすれば普通ではない。いや、まともではない。一体何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。


「う~ん、そうだなぁ」


 秋斗はちょっと考え込む。そして空を見上げながらこう答えた。


「何かしたい。何かできると信じたい。……今は、そんなところかな」


 奏は納得できた様子ではなかったが、それ以上は何も聞かなかった。もしかしたら聞いても理解できないと思ったのかも知れない。


 拠点に戻ると、二人は勲に起こったことを説明した。勲は話を聞いて驚いたが、奏が無傷なのを見てホッと胸をなで下ろす。そして秋斗に「ありがとう」と礼を言った。一方の奏はちょっと納得いかない様子だった。


ハイ・ゴブリンさん「自分、騎乗が苦手でして……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 胸を叩いてたまにみぞおちに入り頭突きもみぞおちに入る、 これは秋斗の背が高いのか、奏の背が低いのか、どちらのせよ身長差がありそう。
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