奏のアナザーワールド探索2
いよいよ奏の経験値稼ぎが始まる。百合子は「バイオリンの練習をする」と言って拠点に残ったので、他の三人は外へ向かった。獲物となるゴブリンを探す前に、勲は秋斗と奏にこう言った。
「秋斗君。複数のゴブリンが出たときは、一体だけ残してあとは任せて良いかな?」
「分かりました」
「奏は必ず一体だけを相手にするんだ。そのほかは私と秋斗君で何とかする」
「分かった」
「私はできるだけ奏の傍にいるようにする。だから気負わずにやりなさい。無理だと思ったらダイブアウトすればいい」
勲はそう言って緊張気味の奏の頭を撫でる。それから彼らはゴブリンを探し始めた。秋斗と百合子が一度掃除したとはいえ、徹底的にやったわけではないし、そもそもモンスターはリポップする。すぐにシキの索敵に反応があった。
「来ます」
秋斗が勲と奏にそう声をかける。二人が彼の指さした方へ視線を向けると、物陰からゴブリンが姿を現わした。数は三体。ゴブリン達のほうも彼らに気付き、醜悪な顔をさらに歪ませて騒いだ。
「ギィ! ギィギィ!」
「ギギィ!」
「ギィギィ! ギギィ!」
ゴブリンらに威嚇され、奏が顔を強張らせる。一方で秋斗と勲はどこ吹く風だ。とはいえこのまま三体のゴブリンを奏と戦わせるわけにはいかない。秋斗は勲に視線を送り、彼が小さく頷くのを見てから気負いなく歩いて前に出た。
歩きながら竜牙剣を鞘から抜く。それを見てゴブリン達も身構えた。だが秋斗に対してはほとんど無意味だ。彼は鋭く間合いを詰め、最初の一突きで一体を仕留める。さらに次の一振りでもう一体。そのまま三体目を仕留めるのは容易だが、それでは奏を連れてきた意味がない。それで彼は三体目のゴブリンを蹴り飛ばして壁に叩きつけた。
「奏ちゃん!」
「は、はい!」
秋斗に促され、奏がショートソードを振り回す。そして飛翔刃を放った。お世辞にも出来が良いとは言えず、さらに狙いもデタラメだったが、ゴブリンはすでにグッタリとしている。乱発した飛翔刃のうち三発ほどが当たって、奏はゴブリンを討伐することができた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
自分が倒したゴブリンが黒い光の粒子になって消えていくのを見送ると、奏は腰が抜けたのかその場に座り込む。そして荒い呼吸を繰り返した。勲はそんな彼女の肩に手を置いてこう声をかける。
「奏、良くやった。……大丈夫か?」
奏は強張った顔をぎこちなく動かして祖父を見上げ、それからしっかりと頷いた。彼女の眼には強い決意が滲んでいる。それを見て勲は「これなら大丈夫だろう」と思い、ゴブリン・ハントの続行を決めるのだった。
そして奏が最初のゴブリンを討伐してからおよそ二時間。彼女は全部で三三体のゴブリンを討伐していた。初めてのダイブでこれだけのスコアを稼いだのだから、まずまずの結果と言って良い。ただこの戦果は控え目に言って下駄を履かせてもらった結果だった。
ここまでの全ての戦闘で、奏が必ずゴブリンと一対一になれるよう、秋斗と勲は敵の数をコントロールしていた。また奏が戦う分も適当に弱らせてから戦わせるようにしている。さらに飛翔刃が上手く当たらずに接近を許してしまえば、二人のうちのどちらかが即座に介入するという過保護っぷりだった。
そしてその成果だが、討伐数が二〇を超えた頃から、奏も慣れたのか動きが良くなってきた。緊張もほぐれてきた様子で、表情にも余裕がある。それを見て秋斗は少しギアを上げることにした。
それまで奏が倒すゴブリンは一回の戦闘につき一体だけだった。これは安全と彼女の負担を考えての事だったが、秋斗はもう少し数を増やせると思ったわけである。とはいえ一対二で戦わせるわけではない。
複数のゴブリンが現われた際に、まず一体を奏に倒させ、さらに二体目をキープしておくのだ。こうすれば一度の戦闘で二体倒すことができ、つまりそれまでと比べて得られる経験値が二倍になる。
『奏ちゃん。はい、もう一体』
奏にそう声をかけてから、秋斗は踏みつけて動きを封じていたゴブリンを彼女の方へ蹴り飛ばす。二体目を追加された奏は少し戸惑ったが、ゴブリンはその時点ですでに息も絶え絶えで、すぐに飛翔刃を叩き込んでそれを倒した。
さてそんなふうに経験値を稼ぎながら三人は拠点の周囲をグルグルと何周かしたのだが、そうやって同じ範囲で討伐数を重ねていると、徐々にモンスターの出現率は下がっていく。効率が悪くなってきたところで、勲がこう言った。
「そろそろ休憩にしようか」
その言葉に秋斗と奏が揃って頷く。それから彼らは拠点としている廃墟の一室へ戻った。拠点のほうへ歩いて行くと、百合子が練習しているのだろう、バイオリンの旋律が聞こえてくる。ちなみに秋斗がバイオリンを生で聞いたのはこれが初めて。巧拙などは分からないが、「結構上手いんじゃないかな」と思った。
「あら、お帰りなさい。一旦休憩?」
「そ。ユリはずっと弾いていたのか?」
「ええ。おかげで練習がはかどったわ。やっぱり参加して正解ね!」
そう言って百合子は晴ればれとした笑顔を浮かべた。秋斗ら三人が戻ってきたので、百合子も一度練習を切り上げて一緒に休憩を取る。アナザーワールドにダイブインしてからすでに四時間近くが経過しているので、彼らは食事の支度をすることにした。
スープを作り、さらにステーキを焼く。主食のパンは持ち込んだものをそのまま出した。簡単なものとはいえ食事の体裁は整っており、何より暖かいモノを食べられるのは大きい。そのことを認めつつも、百合子は呆れたようにこう言った。
「秋斗。あなた、いつもこんなことしているの?」
「コッチでの活動時間を延ばすためには、食事は重要だろ?」
「それはそうだけど……。って、ちょっと待ちなさい。あなた、いつもだいたいどれくらい連続してコッチにいるの?」
「平均すると……、三〇時間くらいか? 最長だと二〇〇時間オーバー」
「にひゃ……! 然もありなん、ね……」
百合子は思わずため息を吐いて頭を抱えた。ただ同時に納得もする。秋斗のバケモノじみた経験値の量はそういう事だったのか、と。そして彼の衝撃の告白に驚いていたのは百合子だけではなかった。勲が困惑気味にこう尋ねる。
「秋斗君。二〇〇時間だと、一睡もしないのはさすがに無理だと思うのだが……」
「そこは色々と工夫して。セーフティーエリアがあるときはそこを使いますし」
秋斗がぼかして答えたので、勲はそれ以上は追求しなかった。ただ秋斗がアナザーワールドでの寝泊まりに慣れているというのは心強い。招待チケットの在庫はない。奏がより多くの経験値を稼ごうとすれば、当然ながらより長い時間コチラで活動する必要がある。
そしてそのためにはアナザーワールドでどう休息を取るかがポイントになるのだ。その部分で手慣れたメンバーがいるというのは間違いなくプラス要素だろう。まあだからといって奏に無理をさせるつもりはないのだが。
さて一時間ほど休憩してから、四人はまた動き始めた。今度は百合子も薙刀を手に持っている。どうやら彼女も戦うつもりらしい。秋斗が「バイオリンの練習はいいのか?」と尋ねると、彼女はやや好戦的な笑みを浮かべながら「まずはモンスターを駆除しなくっちゃね」と答えた。
「それにせっかくコッチに来たんだもの。経験値も稼いでおきたいわ」
「なるほどね」
秋斗はそう答えて納得を示した。ただ四人で連れ立って動いても効率が悪い。また百合子は途中でバイオリンの練習に戻るつもりでいるので、彼女は単独行動することになった。彼女を見送って三人になると、奏がやや心配そうにこう呟いた。
「ユリさん、お一人で大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫だと思うよ。あれで結構腕が立つし」
秋斗はそう答えた。実際、百合子の戦い振りを見た限り、彼女がゴブリンに遅れをとるとは思えない。また自己申告していたとおり、彼女は「眼」が良い。ただこれは単純な視力や動体視力というだけの話ではない。確認したわけではないが、どうも視野そのものが広いように思われるのだ。そして彼女の眼にはまだまだ他にも秘密が隠されているに違いない。
(アナザーワールドへ招待されてからここまで、伊達に一人で戦ってきたわけじゃない、ってことだな)
秋斗は心の中でそう呟いて一人頷いた。そんな彼を奏は「じとー」とした目で見つめる。その視線に気付き、秋斗は彼女にこう声をかけた。
「奏ちゃん、どうかした?」
「……ユリさんとずいぶん仲が良いんですね」
「ん? まあ、仲が悪いよりは良いんじゃない?」
「……知りません。おじいちゃん、行こ」
奏はそう言ってツンとすまし、さっさと歩き出してしまった。秋斗と勲は顔を見合わせる。勲は苦笑を浮かべ、秋斗は肩をすくめた。それから二人は奏の後を追った。
その後のゴブリン・ハント、奏はやる気に満ちていた。勲は「ストレス発散か」と呟いていたが、秋斗は礼儀正しく聞かなかったことにした。
奏「きぃ~~~」