新生活4/ゼファーとシドリム2
三人目の同類を見つけた(正確には向こうから接触してきた)その日の夜。秋斗はさっそく通信アプリを使ってそのことを勲に報告した。
「…………っと、まあ、こんな感じですね」
「……思っていた以上に東京での生活を楽しんでいるようで何よりだ」
ラーメン屋で霧島百合子と出会い、情報とアイテムの交換を行い、それから一緒に餃子を作ったという話を聞かされ、勲は内心で反応に困っていた。「情報とアイテムの交換」は分かる。彼でもするだろう。
だがなぜそこから餃子を一緒に作ることになるのか、そこに理解が追いつかない。少なくとも出会って一日未満の男女がすることではないだろう。彼としてはそう思うのだが。
(最近の若者はこう、突拍子もないことをするものだな……)
これがジェネレーションギャップというヤツか、勲は内心で呟いた。自分が歳を取ってしまったことを思わぬ形で自覚して寂しさも覚える。「その二人がヘンなだけですよ」と教えてあげられる人物はその場にはいなかった。
「……それで、その百合子さんに私のことはもう教えたのかな?」
「もう一人探索をやっている人がいるってことは教えました。ユリのことを勲さんに教えるのは本人からOKをもらっています。勲さんはどうしますか?」
「構わないよ。というか、一度三人で顔を合せる機会を作りたいね」
「じゃあ今度web会議アプリでも使って話をしますか?」
秋斗がそう提案すると、勲は一瞬戸惑ってから同意した。勲にとって「顔を合せる」と言えば、それは対面で会うことを意味する。だが秋斗はアプリを使って、つまりオンラインで会うことを考えた。ジェネレーションギャップだなぁ、と勲はしみじみ思った。
もっとも秋斗の場合、深い意味があってオンラインでの顔合わせを提案したわけではない。その方が各自都合が付けやすいだろうという、その程度の考えだ。もっとも無意識にそういう考えが出てくるのだから、そういうところは彼も「最近の若者」と言うべきなのかも知れない。
まあそれはそれとして。百合子との顔合わせは秋斗に調整を頼むとして、勲は「招待チケットのことだけど」と言って話題を変えた。そのアイテムについて初めて話したとき、秋斗は「奏ちゃんに使わせるのはどうですか?」と提案していたのだ。
「……奏とも話してみたのだけどね。興味はあるようだけど、抵抗もあるようだよ」
「それはまあ、そうでしょうね」
奏の反応を聞いて、秋斗は苦笑しながら一つ頷いた。招待チケットを使えば、一枚につき一度とはいえ、アナザーワールドへ行くことができる。経験値とレベルアップの恩恵については奏も知っているし、少なからず実感もしているだろう。興味を持つのは当然だ。
だが「アナザーワールドへ行って経験値を稼ぐ」とは、つまり「モンスターと戦う」ことと同義だ。しかもこれはゲームではない。殴られれば痛いし、刺されれば最悪死ぬかも知れない。奏が躊躇うのも当然だろう。それで秋斗はこう答えた。
「オレの方で使うアテはないんで、ゆっくり考えて下さい」
「ありがとう。そう伝えておくよ」
「……勲さんとしては、どう考えているんですか?」
「……もちろん本人の意思が大前提だが、私としてはチケットを使っても良いんじゃないかと思っているよ」
「向こうは危険ですよ?」
「確かに向こうは危険だ。だがコチラが安全かと言えば、そうとも言えなくなってきた。そして今後、状況はさらに悪化するだろう。なら、使えるモノは使っておくべきだ」
「なるほど」
「それに、今なら私が付き合える。だが一年後二年後となると、この身体がどこまで動いてくれるか分からないからね」
「またまた。十年後でも勲さんは元気だと思いますよ」
勲が茶化し気味に言ったので、秋斗も冗談だと思ったのだろう。彼は気楽な調子でそう答えた。実際、勲もレベルアップしているわけだから、彼の身体能力が同世代を大きく上回っていることは間違いない。
だが勲は決して冗談を言っているつもりはなかった。どれだけレベルアップしようとも老化はするのだ。どこかの時点で限界はやって来る。それが一年後なのか、それとも十年後なのかは分からない。だが秋斗よりは早くタイムリミットを迎えるだろう。
勲としてはその前に奏をアナザーワールドへ連れて行きたかった。少なくとも孫を一人で向こうに送るなど、彼にとっては考えられない。だからこそ秋斗が次に言った言葉は彼にとって心強かった。
「まあ、奏ちゃんがチケットを使うときはオレも付き合いますよ」
「……ああ、その時は頼むよ」
勲は穏やかに微笑んでそう答えた。
- * -
「ゼファー。また展望台にいたのか。最近はずっとここだな」
「シドリムか……。どうした?」
「つい先ほど、計画がフェーズ3に移行した」
「そうか。ではもう止まらないな」
「ああ。だが当初の計画では想定されていなかったフェーズ3を入れたんだ。これでフェーズ4へ移行するまでの時間稼ぎができるし、運が良ければここで止まる」
「止まってくれれば良いが……。想定されている、フェーズ4へ移行するまでの時間は?」
「こちらの時間で一年ちょっとだな」
シドリムがそう答えるのを聞いて、ゼファーは顔を歪めた。つまりフェーズ4への移行はほぼ確実で、あとは時間の問題ということだ。仮に一年が十年になっても、それは変わらない。
シドリムは「運が良ければここで止まる」と言っていたが、その確率は一体どれほどか。計算はできるだろう。だが実際にはゼロに等しい。ゼファーは顔を歪めた。
「たった、たったの一年か……」
「それでも何とかひねり出した一年だ。その間に上手く順応してくれることを願うしかない」
シドリムはそう言ったが、ゼファーは顔を歪めたまま宇宙に浮かぶ母なる星を睨んでいる。「一年で順応」というが、そう上手く行くだろうか。ゼファーの科学者としての理性はほとんど不可能であると判断している。
「第二次次元坑掘削計画」、もしくは「異世界バイパス計画」と呼ばれるこの計画において、まず問題となったのは「どこへ向けて次元坑(つまり次元バイパス路)を掘るのか?」ということだった。当たり前の話だが、あてどもなく延々と坑だけ掘っているわけにはいかないのだ。
まず大前提として、バイパス路はどこかへ繋がらなければならない。水路だけ掘っても河川の氾濫を防ぐことができないのと同じだ。別の河川や海へ接続することで、水路は初めてバイパス路として機能し氾濫を防ぐことができるのだ。
また水路の場合、水位のより低い場所へ繋がなければならない。水は高い場所から低い場所へ流れる。水位のより高い場所へ繋いでしまっては水が逆流することになり、氾濫を防ぐための水路としてはむしろ逆効果になる。
次元バイパス路の場合、魔素を別の場所へ逃がそうというのだから、より魔素の濃度が低い場所へ繋ぐ必要がある。まかり間違って魔素濃度のより高い場所へ繋いでしまった場合、世界と人類の滅亡は待ったなしだ。
ただ繋ぐ先があまりに近くの異世界というのも、実は都合が悪い。「近い」ということはその分だけ次元の壁が薄いと言うこと。坑を開けたことでたちまち破けてしまっては、計画にどんな影響が出るか分かったものではない。
またそれだけ「近い」と、そもそもその世界にも魔素が存在する可能性がある。魔素濃度が低ければ逃がす先として機能するが、魔素を利用する技術が存在していた場合、異世界側からの反撃が予想される。それを予防する意味でもある程度「遠い」世界、そして魔素がまったく存在しない世界が望ましかった。
さらに外せない条件がもう一つあった。生命の存在、それも知的生命体の存在である。なぜなら魔素は想いや感情にひかれる性質を持っているからだ。つまりバイパス路を繋いだ先の魔素濃度が低くても、そこに知的生命体がいないと魔素がうまくそちらへ流れてくれないのだ。このため計画には倫理的問題がつきまとうということになった。
さてこうして条件を挙げてはみたものの、実際の候補地を探すのは難渋した。条件が厳しかったから、と言うわけではない。むしろ緩すぎたのだ。海へ連れて行かれて、「魚を探せ」と言われているようなモノだった。
候補は多い。むしろ多すぎると言って良い。ただしそれぞれの候補について詳しいことはほとんど何も分からない。ぼんやりと“有る”ことしか分からず、事実上手探りに等しい。狙いを定めることができないのだ。
これが魚を探すだけなら、適当に釣り糸を垂れれば良い。釣り上げた魚が気に入らなければ、リリースしてまた別の魚を待つことができる。もう少し計画性があるなら、狙った魚に応じてエサやルアー、釣るポイントなどを事前に考えておくことができるだろう。
だが計画は一発勝負だ。しかも魚と違って、異世界についてそこがどんな場所なのか詳しく調べることは困難。だがやってみて「ダメでした」というわけにはいかない。計画を実行する以上は、ある程度狙いを定める必要がある。
ではどうやって狙いを定めるのか。そのためには具体例があればよい。ゼファーやシドリムをはじめとする科学者たちはそう考えた。では何をモデルとするのか。モデルとできるモノは事実上一つしかない。すなわち彼ら自身の世界だ。
彼らは自分たちの世界をベースにしてモデリングした。つまり自分たちの世界と似た異世界を探したのだ。それはその世界に自分たちとよく似た知的生命体が存在することを意味する。
『これは侵略だ』
ゼファーはそう言ったことがある。下手をすれば将来に異世界との間で戦争が起こるかも知れない。その場合、不利なのは明らかに自分たちだ。母星を覆う積層結界を破壊されたら、それで文明がほぼ詰むのだから。他の科学者たちが沈黙する中で、しかしシドリムがこう反論した。
『次元間航行は、我々でさえ実現できていない。まして魔素が存在していなかった世界では、一朝一夕にできるようになるものではない。百年先の可能性より、まずは十年先の問題だ』
『問題の先送りだよ、それは』
『そうだ。先送りできる問題は先送りする。そうでなければ計画の実現はおぼつかない』
『だが禍根を残すぞ、これは』
『それ以上は言わないことだ。「ならば禍根を断て」という者が出てくる。相手を絶滅させるわけにいかない以上、こちらから手を出すのは愚策だ。次元抗だけなら不幸な自然現象に見えるだろう』
『科学者が希望的観測を口にするとは……』
ゼファーは苦しげにそう呟いたが、それ以上の反論はしなかった。そして計画も変更されることなく今日にいたっている。
(フェーズ3……。次元抗掘削の停止と、次元壁が十分に薄くなったことによる魔素の本格的な浸透の開始。そして次元壁が圧力に耐えられなくなって破れることにより、最終的な流入、フェーズ4へ移行する……)
計画はもはや人の手を離れた。ゼファーはただ異世界の人々の幸運を祈る。それしかできない己を歯がゆく感じながら。
勲「それはそうと私も餃子食べたい」