地下墳墓2
「ああああああああ!!」
雄叫びを上げながら、秋斗はスコップを振り下ろす。スコップを頭部に叩きつけてやれば、ゾンビの頭は簡単に割れた。
「うへぇ……」
さらにグロテスクになったゾンビの姿を見て、秋斗は情けない声をもらした。しかも手に残る感触が最悪だ。地面に手をついたら、ちょうどそこに犬の糞があったかのような、そんな気分にさせられる。
その上悪いことに、ゾンビはまだ倒せていない。防御力は低いくせにタフネスは高いのだ。秋斗はイヤな顔をしながらさらに二撃三撃と攻撃を加え、ようやく最初のゾンビを倒した。だが寄ってくるゾンビはその一体だけではない。
「くっそ、この……!」
寄ってくるゾンビを弾き飛ばし、蹴り飛ばし、時には後退して距離を稼ぎ、どうにかして一体ずつ倒していく。そうやって六体目のゾンビを倒すと、ようやく後続が途切れた。秋斗は「ふう」と息を吐き、腐敗臭の残り香が口の中に絡みつくような気がして、また顔をしかめる。
それでもゾンビの遺体が残っていないだけまだマシだ。「モンスターの遺骸は魔素に還元される」というのがアナザーワールドの仕様だ。おかげでスコップに腐った肉片がこびりつくこともない。その仕様に秋斗は深く深く感謝した。
周囲を見渡せば、外から光が差し込んでいる。後退して距離を稼いでいたら、入り口の近くまで戻ってきてしまったのだ。秋斗は肩をすくめると、倒したゾンビの魔石を拾いながら、また奥へと進んだ。
[アキ、また来るぞ!]
入り口から二十歩ほど奥へ進んだところで、またシキの警告が響く。秋斗は反射的にスコップを構えた。暗視の利いた視界の中、再びワラワラと寄ってくるゾンビたち。酷い腐敗臭もグロテスクなビジュアルも、二度目となればインパクトは薄れる。だが彼は盛大に頬を引きつらせた。
「もしかして地下墳墓って、無限湧きか……?」
つまり際限なくモンスターが現われる、ということだ。実際に上限がないのかは分からないが、これまでと比べてモンスターの出現率が異常に高いことは間違いなさそうである。
[退いた方が良い。このままでは物量に潰される]
「ああ、そうしよう」
シキにそう答え、秋斗はさっさと身を翻した。来た道を軽快に走り、そのまま地下墳墓の外へ出る。ゾンビたちは地下墳墓の外までは追ってこなかった。そのことを確認すると、彼は「はあ」と一つ息を吐いてからダイブアウトを宣言する。こうして彼は地下墳墓から這々の体で逃げ出したのだった。
アナザーワールドから戻ってくると、秋斗はまずシャワーを浴びた。ゾンビの腐敗臭が染みついているような気がしたのだ。全身をくまなく洗ってラフな格好に着替えると、秋斗はちゃぶ台の前にどっかりと座る。始めるのは地下墳墓の攻略作戦会議だ。まずはシキがこう問題点を指摘する。
[暗いのは暗視でなんとかなるとして、問題はモンスターの数だな]
「ああ。あんな浅い場所で、あんな数が出るとは思わなかった」
秋斗はややうんざりした声でそう答える。数も問題だが場所も問題だ。つまりもっと奥へ進めばさらに多くのモンスターが出るか、もっと強いモンスターが出てくることが考えられる。そうなれば秋斗一人の手には負えない。物量に押しつぶされるだろう。
しかも厄介なことにこの問題、少し装備を良くしたからといって解決するようなものではない。仮に装備で解決しようというのなら、一度に多数を攻撃可能なマジックアイテムが必要になるだろう。そんなもの、現状では手に入れる方法さえ思いつかない。
正攻法で言うならば、物量には物量で対抗するのが良い。だがそれもまた難しい。頭数を揃えるには、まずアナザーワールドのことを説明するところから始めなければならない。また同意を得られたとして、その相手をアナザーワールドへ連れて行けるのかはまた別問題だ。
そもそもの話として、人数を増やすことに秋斗自身があまり気乗りしない。まず間違いなく面倒な話になるだろう。
すぐに思いつく対策二つがあっさりと却下され、秋斗は「う~ん」と唸った。一人であの地下墳墓を攻略するためには、発想の転換が必要だ。彼はもう一度「う~ん」と唸って頭をひねった。
「……なあ、シキ。魔法って使えないか?」
[わたしの方で、という意味ならしばらくは無理だ]
シキはハッキリとそう答えた。何しろ暗視を使えるようにしたばかりである。使えるリソースというか、経験値の蓄積が足りない。秋斗が残念そうに「そっかぁ」と呟くと、シキは続けてこう言った。
[アキが使えるようになれば良いのではないか?]
「う~ん、まあそうなんだけどさ」
そう答えつつ、秋斗は気乗りしない様子だった。地下墳墓攻略のための三つ目の方策として「魔法」を思いついたのは、サブカルチャーに汚染された彼にとって当たり前のことと言って良い。ただ「魔法」が使えるようになればそれで万事解決とは、彼もさすがに思えなかった。
魔法が使えるようになったとして、「一発につきゾンビ一体を倒せる」程度では意味が無いのだ。それならスコップを振り回しても同じ事だ。一度に多数を攻撃できるくらいのものでなければ、魔法を使う意味はない。
そういう魔法が使えるようになることを、不可能だとは思わない。だがそれができるようになるまでに、どれくらいの時間がかかるのか。クエストの期限を過ぎてしまっては、魔法を覚えられたとしても意味が無い。
しかも魔法はタダで使えるわけではないだろう。いわゆるマジックポイント的な力を消費することになる。コストがかかるのだ。下手をしたら、地下墳墓のど真ん中で力尽きそのままゾンビに蹂躙される、なんてことになりかねない。魔法は使えることだけでなく、どれだけ継続的に使えるのかも重要なのだ。
[では、魔石を使ってみる、というのはどうだ?]
「魔石を? どうやって?」
シキが提案した四つ目の方策に、秋斗は思わず首をかしげた。シキが何を意図しているのか、すぐには分からなかったからだ。まさか魔石を投げつけるわけではないだろう。怪訝な顔をする彼に、シキはこう語った。
[石板からの情報によれば、魔石はエネルギー結晶体の一種であり、さまざまな用途に使える。なら魔石が持つエネルギーを使って、魔法を使うこともできるのではないか?]
「いや、そうかも知れないけど……。でもどうやって?」
[まず、魔石はモンスターを倒すことでドロップし、モンスターは魔素によって構成されている。であれば、魔石もまた魔素によって構成されていると考えられる]
シキは以前と同じ説明を繰り返した。秋斗も一つ頷く。シキはさらにこう説明を続けた。
[そして魔素は想いや感情に反応する性質を持つという。ならば魔石に思念だの情念だのを込めてやれば、魔石を構成する魔素がそれに反応して魔法が発動されるのではないか?]
「う~ん、そんなに簡単にいくかなぁ」
疑わしげに秋斗はそう呟いた。もちろん「できない」と決めてかかっているわけではない。シキの説明も、一応は筋が通っているように思えた。何より彼自身、この方法で魔法が使えるようになれば、それに越したことはないと思う。
だが「魔石に思念だの情念だのを込める」と言われても、具体的にどうやれば良いのか。まあそれを言ったら、魔石を使わずに魔法を使うのも、具体的にはどうすれば良いのかさっぱりなのだが。
[実験してみれば良い]
「まあ、そうだな」
シキの言葉に軽く頷き、秋斗はストレージから魔石を取り出した。現在保管している魔石は二十個ほどで、彼が倒したモンスターの総数と比べるとかなり少ない。これは定期的に魔石を砕いて魔素に還元し、その魔素を吸収することで経験値を蓄積しようとしているからだ。
なお、本当にこの試みが上手く行っているのかは、今のところ判断する術がない。上手く行っていることを願うのみだ。
まあそれはそれとして。保管している魔石を一つ取り出し、秋斗はそれを手のひらに握った。そしてどんな魔法を使おうかとイメージを膨らませる。そこへシキの忠告が飛ぶ。
[危険のないものにしろよ。火事でも起こしたら大変だ]
「わ、分かってるよ」
内心でギクリとしつつ、秋斗は目を瞑った。炎とか雷とか暴風とか、そういう危なそうなイメージは除外する。「安全なモノ」と思い定めて、彼は「光」をイメージすることにした。
(光、明かり、ライト、LED、パッと輝く……)
イメージが膨らむにつれ、秋斗の手のひらの中で魔石が徐々に熱を帯びていく。彼の思念に反応しているのだ。その反応に内心でガッツポーズしながらも、秋斗はイメージを途切れさせないよう、そちらに意識を集中させる。そしてそろそろ握っているのが難しくなってきた頃、秋斗は目を見開いてこう唱えた。
「光れっ!」
その瞬間、秋斗の言霊に応えるかのように、手のひらに握った魔石が眩い閃光を発した。物理的な破壊力はないものの、かなり強烈な光で、指の間から漏れ出た光だけでアパートの一室を真っ白に染める。目を見開いていた秋斗は網膜にその光をまともに受けて……、
「ぎゃぁぁぁあああ!? 目がぁぁぁああ!?」
目を押さえてのたうち回った。
秋斗「ここは言わねばなるまい……! 『バ○ス!』」
シキ[本当に発動したらどうするのだ……]