新生活1
秋斗が進学した都立理工学大学は「基礎研究の重要性を忘れず、その上で現実的な社会問題に対処する方策を追求する」ことを方針として掲げている。そしてそのために六つの学科が設けられていた。
基礎数学学科、基礎物理学学科、基礎化学学科、災害・都市工学科、環境・エネルギー工学科、AI・システム工学科である。六つの学科に分かれているとはいえ、学科間の交流は盛んで、内容が重なる分野では共同で研究を行ったりしている。
まあ秋斗は入学したての一年生であるから、研究室に入るのはまだ先だ。ただ学科は入学前に決めなければならない。彼が選んだのは環境・エネルギー工学科。その名の通り、環境とエネルギーの問題を研究する学科だ。さらに研究室ごとにそれぞれ研究テーマがあるのだが、それはまあ良いだろう。
それにしても大学というのは自由なところだ。秋斗はそう感じている。まず服装が自由だ。制服は存在しないし、髪を染めたりピアスをしたりしても、それで生活指導の先生に呼び出されるなんてことはない。恋愛や、ともすれば結婚だってできる。
さらに「自分のクラス」というモノがない。学生たちは講義ごとにそれぞれの教室へ向かい、そこで講義を受けるのだ。席は決まっておらず、それぞれが好きな場所に座る。出席もルーズで、担当する教授によっては出席確認すらしない。まあだからといって甘いわけではないのだが。
時間割も自由だ。最低限取るべき科目や単位数は定められているが、それ以外は自分で決めることができる。他学科の教授が行っている講義を受けることもでき、要するに学びたい学生は時間の許す限り学ぶことができる。
講義のない時間は、そもそも大学に来なくて良い。あるときはお昼から大学に来たり、あるいは途中で一度家に帰ったりもできる。また講義以外にも様々なプログラムが行われていて、それに参加したりもできる。高校までは考えられなかった自由度だ。ただし自由である代わりに自己責任の度合いも強まっている。それが大学という場所だ。
[まあ、高校までは集団生活を学ぶという側面もあるからな。それと比べれば大学は純粋に勉強をするための場所、ということなのだろう]
「憧れのキャンパスライフ、モラトリアム万歳! みたいなヤツもいるみたいだけど?」
[単位さえ取れていればそれで良いのだろうさ。取れなければ留年するだけだ。学費さえ払ってもらえれば、大学側としてはどちらでも良いのではないか?]
「オレも気をつけますかね。自由な分、一度ダラけたら戻すのが大変そうだ」
[それほど心配する必要はあるまい。日本の大学は卒業しやすい、という話だ]
「あ、それはオレも聞いたことがある。アメリカは入りやすい代わりに出にくくて、日本はその逆だって」
[うむ。どちらが良いのかはともかく、アキの場合はもう入ったのだから、留年にだけ気をつけて楽しめば良いのではないか?]
「いやいや、キャンパスライフばっかり楽しんではいられないだろ」
秋斗は苦笑しながらシキにそう答えた。確かに彼は大学生だが、彼の興味や熱量は主にアナザーワールドのほうへ向けられている。そういう意味では、彼も学業に専念する模範的な学生とは言い難い。とはいえ未知に挑むという点では、研究者の本質に近いのではないのだろうか。彼は勝手にそう思っていた。
さてアナザーワールドの探索だが、まず彼は自宅からダイブインできるエリアに「廃墟群エリア」と名付けた。この廃墟群は老朽化が進んでおり、ともすれば崩落してしまう。中に入る場合には注意が必要だった。
この新たなホームエリアとも言うべき廃墟群エリアだが、探索は順調に進んでいる。この前の探索では、住宅の庭だったと思しき場所で石版を見つけた。【クエストの石版】で、彼が見つけた三つ目の納品クエストの石版だった。
秋斗のストレージの中にはすでに大量のアイテムがストックされている。その膨大さたるやすでに本人が把握できていない程だ。もっともシキが管理してくれているので、彼としては丸投げしている面もある。ともかくその大量のストックを駆使して、彼はいきなりリストの半分以上を消化することができた。
「一角兎の角、十五本か。引っ越し前にストックしておいて正解だったな」
[うむ。こちらではまだ確認していないからな]
納品するべきアイテムを石版の上に載せながら、秋斗とシキはそう言葉を交わす。もしかしたらこれも、初めてこのエリアにダイブする前に幸運のペンデュラムを使った効果だろうか。彼はそんなことを考えた。ちなみにこれを納品して手に入れたアイテムは次のようなものである。
名称:魔道コンロ
燃料として魔石を使用する。
「コンロか……。魔石は燃えるっていうけど、直接魔石を燃やしてんのかな?」
[火は出ているが、さてどうだろうな。解体しても良いのであれば、調べてみるが]
「いや解体はちょっと……。それより、IHヒーターと魔道発電機の組み合わせと、どっちが効率良いかな?」
[仕様書がないからな。だが炎は一次エネルギーだ。しかもコンロであればそのまま使うことができる。電気を熱に変換している今のやり方よりは、こちらの方が効率は良いのではないか?]
「発電機はともかく、ヒーターはリアルワールド製だもんな。んじゃまあ、しばらくはコッチを使ってみるかなぁ」
こうして彼は魔道コンロを探索の際に常用するようになった。ただ特にポータブル魔道発電機は探索で使わなくなったわけではない。電子レンジを使う際にはどうしても電源が必要なのだ。
さて納品クエストで提示されたリストの中には、普通であれば集めるのが大変なアイテムも含まれている。その一例が「重さ1kg以上の魔石三つ」だ。魔石はモンスターを倒せば手に入るが、1kg以上となるとかなりの大物を倒す必要がある。秋斗の感覚で言えば、ボスモンスタークラスだ。
「ウェアウルフを乱獲しておいて良かったな」
[一度に一体しか現われないから、乱獲というほどではないがな。だがチャンスを逃さなかったのは確かに正解だった]
秋斗が持っている魔石の中では、ちょうどウェアウルフの魔石が1kg強の重さだった。そしてウェアウルフは満月の夜ごとに出現したので、ストレージの中には十個以上のストックがある。彼はそれを納品した。
ちなみに、東京に引っ越してきてからだと、秋斗はまだいわゆるボスモンスターを見つけていない。ストックがなければこの項目を消化するまでにかなりの労力が必要になっただろう。そしてその報酬として手に入れたアイテムがコレである。
名称:招待チケット
チケット一枚につき一人を、アナザーワールドへ一度だけ招待できる。
「これは……」
[何というか。下手をしたら世界がひっくり返りそうなアイテムだな]
シキの感想に秋斗も頷く。額面通りに受け取るなら、このアイテムを使えば例の妙な夢を見ていない人間であっても、アナザーワールドへ行けるようになるのだ。今のところチケットは一枚しかないが、誰を連れて行くかによってはシキの言うとおり世界がひっくり返りかねない。
「ストレージに死蔵しておくのは簡単だけど……」
[使うアテがあるのか?]
「勲さんが知れば、奏ちゃんを連れて行きたがるんじゃないかなぁ、と思ってさ」
[ああ、それはあり得るな。アキとしてはどうなのだ?]
「本人が望むなら、付き合うのはやぶさかじゃないよ」
秋斗はそう答えた。招待チケットを使わせるのなら、その相手は知り合いに限られる。少なくとも今の時点で政府関係者などにこのアイテムを渡すつもりはさらさらない。そしてそうなると候補者は限られる。
第一に信用でき、情報の漏洩を心配しなくて良い人物。第二にアナザーワールドのことをすでに知っている人物。そして第三に秋斗がこの貴重なアイテムを使っても良いと思える人物。これらの条件を満たす人物は奏しかいない。
相手が奏なら、秋斗はレベル上げに付き合っても良いと考えている。その程度には友達だと思っているのだ。また勲も、昨今の情勢を鑑みれば、孫には相応の自衛力を持たせたいと思っているだろう。当然、奏のレベル上げには彼も協力するはずで、秋斗と勲の二人がいれば負担はそう大きくはならないだろう。
ただ、是非それを勧めたいかと言われると、秋斗にそこまでの熱量はない。それにレベル上げとはつまりモンスターとの戦闘を意味する。特にゴブリンのような人型のモンスターを奏は攻撃できるのか。連れて行ったとして、何もできないのでは貴重なアイテムが無駄になるだけだ。
「ま、勲さんと相談かな。今のところ奏ちゃん以外に使える相手はいないし、二人でゆっくり考えてもらうさ」
そう言って秋斗は招待チケットをストレージにしまった。別に腐るものではないし、時間と共に価値が下がるわけでもない。勲と奏が納得するまで話し合う、その間待つのは大したことではないだろう。
さて納品クエストのリストの中には初めて聞くアイテムの名前もある。そういう場合、アカシックレコード(偽)を使って調べるのだが、そこから得られるのはあくまでも参考情報。有ると無いとでは雲泥の差であることは間違いないが、しかしそのまま役に立つわけではない。また中には権限レベルが足りなくて閲覧できない情報もある。
「さてさて、どこで手に入れれば良いのやら」
秋斗はそう言って肩をすくめた。ただ彼の口調は軽い。廃墟群エリアも完全にマッピングしたわけではないし、また当然ながらその外にもフィールドは広がっている。そのうち手に入るだろうと思っているのだ。
「あとは、そのうち奥多摩の方にも行ってみたいんだよな」
[奥多摩というと、例の宇宙船のようなシロモノ、か?]
シキの問い掛けに秋斗は頷く。以前に勲が奥多摩でダイブインしたとき、そこで不時着もしくは墜落した宇宙船のようなモノを見つけたと言っていた。そんなの見てみたいに決まっているし、また可能なら回収できないかとも考えている。今度もうちょっと詳しい話を聞いてみようと彼は思った。
「いや~、結構やることがあるな」
秋斗は楽しそうにそう呟く。もしかしたらキャンパスライフよりこちらのほうが楽しいかも知れない。まあ決して大学がつまらないわけではないのだが。ともかく彼は彼なりに東京での新しい生活に順応しつつあった。
シキ[大学生の本分も忘れずに]