新たなホームエリア2
「ウェアウルフ……、いやコボルトか……」
二足歩行するイヌ頭のモンスターを見て、秋斗は小さくそう呟いた。遺跡エリアで満月の度に戦ったウェアウルフとよく似ている。だがウェアウルフのような剣呑さは感じないし、見る限り“犬種”はさまざまで、つまりオオカミではない。それで彼はこの新たなモンスターをコボルトと呼ぶことにした。
コボルトは小柄に見えた。身長は一六〇センチほどか。秋斗よりも背は低いように見えたし、ウェアウルフと比べればかなり低い。ただ結構しっかりとした装備を持っている。軽装ではあるが防具を身につけ、手には槍や弓などの武器を持っている。腰の辺りには鉈のような短剣も見えた。
そんなコボルトが全部で六体。だが俯瞰図に映る赤いドットの数はそれ以上ある。残りはコボルトたちの足下にいた。こちらは本物のイヌである。コボルトがイヌを従えているのは、人間がサルを従えるようなものなのだろうか。秋斗は一瞬そんなことを考えてしまった。
「猟犬、か……?」
馬鹿な想像はさておくとして、秋斗は小声でそう呟いた。ぱっと見の印象だが、コボルトたちがここで生活しているようには見えない。コボルトたちはこの場所へ狩猟のために来たのではないだろうか。連れてきた犬たちはそのための相棒、つまり猟犬。そう考えると目の前の状況はしっくりくる。
(ま、そういう設定なのかも知れないけど)
秋斗は心の中でそう付け加えた。ゴブリンにしろオークにしろリザードマンにしろ、これまで遭遇してきたいわゆる亜人タイプのモンスターというのは、しかし生活感がなかった。恐らくだが、上辺だけの設定をそれっぽくトレースしている、ただそれだけなのだろう。彼はそんなふうに思っている。
まあ何にしてもやることは変わらない。秋斗は息をひそめながら魔石を握った。彼はコボルトらの動きを注視しながら、その魔石へ思念を込める。十分な思念を込めると、彼はその魔石を放物線を描くように放った。そして地面に落ちる寸前、雷魔法が発動した。
「「「「ガァァァ!?」」」」
コボルトと猟犬らの悲鳴が重なる。その瞬間、秋斗は飛び出した。走りながら抜剣し、その流れで飛翔刃を放つ。その一撃でコボルトを一体仕留めると、敵はさらに混乱した。彼はそこへ飛び込む。
まずは突き、刺突を首もとにねじ込んでまたコボルトを一体仕留める。そのコボルトが地面に倒れるよりも早く、秋斗は竜牙剣を無尽に振るった。銀色の軌跡が幾筋も描かれ、同時に放たれた伸閃によって血霞が舞う。これで猟犬も含めて多数の敵を仕留めた。だが全てではない。
「ガァァァァ!」
雄叫びを上げながら、一体のコボルトが槍を突き出す。秋斗はそれを踏み込んで回避した。さらにそのまま動きを止めず、脇をすり抜けつつすれ違いざまに竜牙剣を振り抜く。倒せたかは分からない。だが彼は戦果を確認せず、そのまま走り抜けて一旦距離を取った。
「ガゥ! ガゥガゥ!」
コボルトの苛立ち混じりの怒号が響く。その声に突き飛ばされるようにして猟犬たちが秋斗の後を追う。間合いはぐんぐん縮まり、ついに猟犬たちは彼の背中へ飛びかかった。だが彼は急激なサイドステップでそれを避ける。さらに彼は身体を強引に回転させ、猟犬たちの側面へ回った。そして竜牙剣をきらめかせる。
「っらぁ!」
強引な方向転換のため、秋斗の動きは精密さを欠いている。間合いがひらきすぎて竜牙剣の刃はモンスターに届かない。だが彼はそれを伸閃でカバーした。彼の後を追った猟犬たちは為す術なく切り裂かれ、黒い光の粒子になって消えた。
[アキッ!]
「っ!」
ホッとする間もなく、シキの警告が飛ぶ。同時に生き残りのコボルトたちが彼目掛けて矢を放つ。彼は地面の上を転がってそれを避けた。矢は立て続けに放たれるが、二射目の前に彼は身体を起こしており、膝立ちになりながら竜牙剣で矢を切り払う。
「ガゥガゥ!」
弓矢では埒が明かないと思ったのか、一体のコボルトが槍を逆手に構えた。そしてそれを投擲する。それより一瞬早く、秋斗は駆け出していた。彼は身体を捻って槍を回避し、その動きのまま刺突を放つ。一体のコボルトが胸を突かれてよろめき、それを見た他のコボルトたちの注意がそちらへ逸れる。その間に彼は鋭く間合いを詰めた。
突っ込んできた秋斗へ、コボルトたちは槍を突き出す。だが彼はそれをスルスルと回避した。そして流れるように竜牙剣を振るい、コボルトたちにダメージを負わせていく。コボルトたちは何もできずに数を減らした。腰の鉈を抜いたコボルトもいたが、それはかえって悪手だ。大振りになったところを狙われて致命傷を負った。
「ふう……」
コボルトと猟犬を全滅させると、秋斗は大きく息を吐いてから竜牙剣を鞘に収めた。そしてドロップを回収する。猟犬が残したのは魔石だけだったが、コボルトはいろいろと残している。とはいえ武器や防具など、そのまま使えそうなものは少ない。ただ矢は使えそうなのが何本か手に入った。
面白かったのは道具袋だ。コボルトが腰に吊していた革袋で、これ自体はただの袋だったのだが、中には色々と入っていた。針と糸が入っていたのを見つけ、秋斗は「コボルトも裁縫をするんだろうか」と考えてしまった。一方でぱっと見て何なのかよく分からないモノも入っている。秋斗はそれを鑑定のモノクルで調べて見た。
名称:コボルトの傷薬
人間にも使える。
[……だ、そうだぞ?]
「いや、使わないよ。他にちゃんとあるし。まあ、取っておくけどさ」
そう言って秋斗はコボルトの傷薬をストレージにしまった。そして次のアイテムを手に取る。組紐を何かの石に通して作られた、アクセサリーのようなシロモノ。彼はそれを鑑定してみる。
名称:コボルトのタリスマン
コボルトのお守り。
「う~ん、説明が説明になってないなぁ」
[マジックアイテムというわけではないのではないか?]
「いや、ファンタジーなお守りだぞ?」
[特殊なアイテムなら、コボルトも全滅する前に使うだろう]
「……それもそうか」
秋斗はちょっとガッカリしつつ、シキの主張に同意した。そんな彼にシキはさらにこう言った。
[それよりアキ、その石だけ鑑定できないか?]
「石だけ? できるかな……」
シキに促され、秋斗はタリスマンの石の部分だけを鑑定のモノクル越し注視する。するとさっきとは違う結果が出た。
名称:カルセドニー
青色。
「おお! ってことはコレ、本当に宝石か?」
秋斗の声に喜色が滲む。カルセドニーなる宝石がリアルワールドに実在するのか、彼は知らない。だがもし実在してそれなりの値段が付いているのなら、コレは立派な換金アイテムということになる。彼の物欲のボルテージが上がった。
「コボルトを倒せば、また手に入るかな。それこそルビーとかサファイアとか」
[可能性はあるな。だがわたしとしては原石をどこから手に入れているのかが気になる]
「……鉱脈があるかも、ってことか?」
[もしくは別のモンスターがドロップするのかもしれん]
「その可能性もある、か」
コボルトたちは狩猟のためにこの森へ来たのではないかと秋斗は最初に考えたが、そのターゲットはそういう宝石をドロップするモンスターなのかも知れない。あるいはこの森の廃墟群に宝石を使った装飾品の類いが埋もれている、という可能性もある。いずれにしてもこのエリアを探索するのは楽しくなりそうで、秋斗はウキウキとした。
さて、コボルトらを蹴散らした後も秋斗は探索を続けた。廃墟の中に何が埋もれているのかとても気になるが、まずは周囲のマッピングを優先する。やはりというか廃墟が残る範囲、つまり区画整理された住宅地であっただろうと思われる範囲はそれほど広くない。ただ当然ながら、その外にもこのエリアは広がっている。
だが秋斗はまず廃墟が集中して残るエリアの探索を優先することにした。シキがマッピングした地図で確認すると、ぐるりと一周するだけなら三時間ほどで回れてしまいそうな広さの範囲で、その中に一〇〇棟弱の廃墟が建っている。ただしっかりと調べたわけではないので、数はもっと多いかも知れない。
「んじゃ、手近なところから始めるか」
そう呟いてマップを閉じ、秋斗は休憩を切り上げる。それから一番近い廃墟の中へ入っていく。廃墟は繁茂する植物に覆われていて、どこに玄関があるのか分からない。秋斗はシダやツルを払いのけつつ、壁が崩れている場所から廃墟の中をのぞき込んだ。
廃墟の中はボロボロだった。外よりはマシだが、やはり植物の浸食を受けている。天井は崩れ落ちて二階は一部しか残っておらず、さらにその上からは日の光が差し込んでいる。そして秋斗が廃墟の中に入ると、すぐにモンスターの反応があった。
「どこだ……?」
[アレだな]
秋斗の視界にターゲットアイコンが映る。それが指し示したのは植物タイプのモンスターで、しかも樹木タイプであるからトレントで良いだろう。結構大きくて、枝や根が廃墟のいたるところへ食い込んでいる。
トレントなら秋斗にとってはカモだ。彼はストレージから斧を取り出した。それを手に持ち、慎重にトレントへ近づく。そして身体強化と武器強化を併用し、力任せに斧をトレントへ叩きつけた。
トレントの幹が不自然に震える。秋斗は構わずもう一撃食らわせた。それでトレントは倒せたのだが、本当にマズいのはその後だった。
[アキッ、退避しろ!]
シキがそう言うが早いか、秋斗は手近な窓から外へ飛び出した。次の瞬間、廃墟の残っていた二階部分が崩れ落ちる。どうやらあのトレントを倒したことで支えが失われてしまったらしい。派手に土埃が舞うのを見て、秋斗は頬を引きつらせた。トレントの魔石は回収できそうにない。
「こういうパターンもあるのか……」
崩れ落ちた瓦礫の山を見ながら、秋斗はそう呟く。廃墟は他にも多数ある。同様のパターンは頭に置いておくべきだろう。彼は小さく肩をすくめてから探索を再開した。
秋斗「コボルトの傷薬はイヌにも使えるんだろうか……?」




