ショッピングin東京
「あ、秋斗さん! コッチです!」
「や、奏ちゃん。待たせちゃったかな、ごめんね」
「いえ、わたしも今来たところですから!」
まるで恋人同士のように言葉をかわし、それから奏と秋斗の二人は可笑しそうに笑い声を上げた。秋斗のスマホに奏からのメールが入ったのは、彼が食べ過ぎて帰ってきたその日の夜のことだった。
『合格祝いにどこか連れて行って下さい!』
その文面を見たとき、秋斗は最初首をかしげた。「祝われるのは自分なのに、どうして『連れて行って下さい』なのか?」と。そして首をかしげたまま数十秒考え、そしてはたと気付いて手を打った。
『ああ! 合格って高校か!』
完全に忘れていたが、奏はこの前まで中学三年生で、つまり高校受験をしていた。彼女も無事に志望校に合格できたのだろう。そして「お祝いをよこせ」と強請っているわけだ。秋斗は少し考えてから、こう返信を打った。
『連れて行けと言われても、良さげな場所を知らないよ。ただ服を買いたいから、どこか良い店を知っているなら教えてくれると嬉しい』
『ちょうど良いショッピングモールがありますよ。一緒に行きましょう! 都合の良い日を教えて下さい』
その提案に秋斗は「了解」と返事をし、予定をすり合わせた。その結果、最速で翌日(つまり今日)なら二人とも予定が空いていることがわかり、やや急ではあるがこうしてお出かけすることが決まったわけである。
『それじゃあ明日、駅前で待っていますね』
『よろしく。コッチのお店はまだ全然分からないから助かった』
『お礼はクレープでいいですよ? 今、美味しいお店が入っているんです』
『了解。腹ぺこのお嬢様』
秋斗がそうメッセージを送ると、抗議の返信が送られてきた。しかも連投だ。秋斗は苦笑すると「ごめんごめん、明日はよろしく」とメッセージを送る。するとやや遅れてから「まあいいです。クレープはスペシャルなやつにします」と返信が来た。
それを見て秋斗は「食欲が怒りに勝ったか」と思ったが、それを指摘すると奏はまた毛を逆立てた猫みたいに騒ぐだろう。それで彼はそこでメッセージのやり取りを止めた。どうやらその判断は正しかったらしい。ショッピングモールの最寄り駅で合流した奏は機嫌良さげである。そしてモールへ向かって歩きながら、秋斗は奏にこう尋ねた。
「……今日はオレの買い物に付き合わせちゃった形だけど、奏ちゃんは何か買う予定あるの?」
「まずはスペシャルなクレープですね」
「うんまあそれはね。催促されなくても奢りますよ。ってか、本当にスペシャルなクレープをやってるの?」
「はい。コレです」
そう言って奏はスマホを秋斗に見せる。そこにはトッピングごて盛りのクレープが。メニューも「特☆製クレープ!」になっていて、なるほど確かに「スペシャルなクレープ」だ。ちなみに秋斗は「カロリーエグそう。こんなん食べたら太るんじゃね?」と思ったが、賢明にも口には出さなかった。
「クレープの他には、そうですねぇ、色々見てみて良さげなのがあったら、ですね」
そう言って奏はスマホをしまった。遊びに行くのがメインで、必ずしも欲しい物があるわけではないのだろう。秋斗がそんなふうに納得していると、悪戯っぽい笑みを浮かべながら奏が彼を下からのぞき込む。そしてこんなことを言った。
「それよりも秋斗さん。わたし、もうすぐJKですよ、JK! JKとデートできるなんて秋斗さんは運がいいですね。もう、感涙してむせび泣いちゃっていいですよ?」
「JKとは、ちょっと前までしょっちゅうランチを一緒に食べてたから、そんなにありがたみはないかなぁ。ていうか奏ちゃん、まだ入ってないじゃん、高校」
「細かいことは良いんですよ。もう制服も買いましたし。あ、今日も着てくれば良かったですね!」
「うん、高校時代を思い出して受験勉強しなきゃいけない気分になるから止めてくれ」
秋斗が肩をすくめてそう答えると、奏はやや不満げに頬を膨らませた。その様子はともすれば年齢以上に幼く見える。だがそれを言えば奏はまたプンスコ怒るだろう。それで秋斗は話題を変えてこう尋ねた。
「そういえば、奏ちゃんの高校は私立だったっけ?」
「あ、はい。私立です。吹奏楽部が結構有名なところなんですよ。わたしのレベルだとまだまだ全然ダメなんですけど、何とか三年生までに大会に出れたらいいなぁ、って思ってます」
「そっか、頑張れ。奏ちゃんがやってる楽器は何なの?」
「アルトサックスです」
「お~、カッコいい」
「えへへ。わたしも動画で見てカッコいいなぁって思っちゃって。でも吹奏楽部って結構大変なんですよ? 肺活量を鍛えるために結構走ったりとか」
秋斗は相づちを打ちながら奏の話を聞く。話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、奏はあれやこれやとたくさん話した。そうやっておしゃべりしている内に二人は目的地であるショッピングモールに到着する。建物の中に入ると、奏は「さて」と呟いて気分を仕切り直した。
「今日はまず秋斗さんの私服でしたよね。わたしもメンズのお洋服はあんまり詳しくないので、まずはぐるっと見て回って候補を絞り込みましょう」
「いや、知ってる店が入ってたからそこで……」
「ダメですよ! まだ見ぬブランドやお洋服との出会いがショッピングの醍醐味なんですから。さあ、行きましょう!」
グッと拳を握り出陣する奏。どう見ても奏の方が気合いが入っている。秋斗は小さく肩をすくめて彼女の後を追った。
二人はまずショッピングモールの中のメンズファッションのお店をぐるりと巡り、予算と相談しつつ幾つか目星を付けた。そして主に奏と店員さんが相談しながら服を選んでいく。そのテンションと熱量に秋斗は圧倒されっぱなしだった。
とはいえ実際に着るのは彼である。また譲れない一線というものはあって、少々過激もしくは挑戦的な方向へヒートアップしていく服選びの中、それを死守するべく彼は戦わなければならなかった。
「秋斗さん、コレなんてどうですか!?」
「いやいや、ハデすぎるから。もっとシンプルなヤツを……」
「え~、秋斗さん、これくらいなら大丈夫ですよ。イケますって。店員さんもそう思いますよね?」
「はい。少々着こなしの難しい商品ですが、こちらのボトムスと合わせればすっきりとして良い感じだと思いますよ」
「いや、そのズボンもかなりファッショナブルですよね……」
[うむ。私見だが、その組み合わせ以外はなかなか使いづらいのではないか?]
二対一の戦いは終始劣勢であったが、シキの援護も得つつ秋斗は何とか納得できる衣服を買いそろえることができた。これで夏までは何とかなるだろう。自分の買い物が終わり、秋斗は精根尽き果ててグッタリとしていたが、一方の奏はニコニコと楽しそうにしている。秋斗は少し不思議に思って彼女にこう尋ねた。
「男物の服なんて選んで、楽しかった?」
「はい、楽しかったですよ。おじいちゃんは着るのがだいたい決まってますからね。普段はこうやって選ぶことがほとんどないですし、店員さんからも色々と教えてもらっちゃいました」
未知の分野でいろいろと刺激を受けた、と言うことなのだろう。秋斗は勝手にそう解釈した。ただそれを楽しかったと思えるのは、奏自身がファッションに興味を持っているからに違いない。なんにしても楽しかったのなら良かった、と彼は思った。
「……クレープ、食べようか?」
「良いですね、行きましょう!」
そう言って二人はクレープ店のある一階へ移動した。もともとは別の場所に店を構える有名なクレープ専門店なのだが、期間限定でこのショッピングモールに出店しているのだという。評判は良いらしく、数人の列が途切れる様子はない。二人もその列に並んだ。
「ここのクレープ、食べてみたかったんですよね」
「ああ、それでこのショッピングモールにしたんだ?」
「えへへ。えっと、イヤ、でしたか?」
「全然。服も良いのを買えたし、クレープも美味しそうだしね」
秋斗がそう答えると、奏はパッと顔を輝かせた。数分並んでいると、二人の順番が来る。秋斗は「特製クレープ二つ」と注文した。スペシャルなクレープだけあってお値段も少し高めだったが、その分トッピングは豪華で色鮮やかだ。ずっしりと重いクレープを二つ受け取り、その片方を彼は奏に渡した。
「あ、美味しい」
「本当ですね。美味しい……!」
奏はニコニコしながらクレープを頬張る。彼女はこれを「案内料」と言っていたが、今日付き合ってもらった対価として考えるなら格安だろう。喜んでもらえて良かったと思いつつ、秋斗もまた一口クレープを食べた。
(アリスも好きそうだな)
[アリス女史の場合、嫌いなスイーツなど存在しないのではないか?]
(そうかもな。ま、どのみち持っていってやることなんてできないんだけど)
[やろうと思えばできると思うが……。まあ、それは良いとして、だ。アキよ、デート中に他の女のことを考えるのはマナー違反だと思うぞ]
(……デートじゃないだろ)
一拍遅れてから秋斗はそう反論する。シキは何も言わなかったが納得していないのは明白で、それどころかニヤニヤと面白がるような笑みを浮かべている姿が容易に想像できた。身体どころか顔もないくせに。
奏「吹奏楽部は準運動部です!」