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ゼファーとシドリム1


 一人の男がスペースコロニーの展望台から宇宙を眺めている。彼の目に映るのは一つの惑星。かつて彼らの先祖が暮らしていた惑星だ。今は魔素に汚染されて無人になっている。その原因は彼らの欲望であり愚かさであり、要するに他人を顧みることをしなかったからなのだろうと彼は思っている。


「ゼファー。またここにいたのか」


「シドリム……」


 ゼファーと呼ばれた男は、展望台にやって来たもう一人の男の方を見、それからまたすぐに宇宙へ視線を戻した。宇宙に浮かぶ母なる星。だがその星はもう人類が生存するには適さなくなっている。他でもない人類のために。


 だが人類は未だにこの星を離れて生きていくことはできない。出来の悪い子供が親のすねをかじり倒しているようなものだな、とゼファーは内心で自嘲した。そしてその直後にこう思い直す。実際にはもっとひどいな、と。


「シドリム、私たちがやっていることは正しいのだろうか……?」


「その話か。何度問われても私の答えは変わらない。これは必要なことだ。善悪の問題ではない」


「だが……!」


 ゼファーは苦悩するように顔を歪めて俯いた。友人の隣に立つシドリムはその様子を横目で見て、すぐに視線を外した。彼としても友人の苦悩を「くどい」と切り捨てることはできない。彼自身、業を背負ってしまったという意識はある。それでも、「必要である」との信念は揺らがない。


 問題の根本にあるのは、魔素である。前述したとおり、彼らの母星は魔素のために人類の生存には適さない環境になってしまった。だが今なお人類は、特にエネルギーをこの星に依存している。すなわち「惑星炉計画」である。


 この計画では魔素を積層結界によって惑星の大気圏内に閉じ込め、それを大気圏外に建設した魔道炉プラントによって利用しやすいエネルギーに変換している。これにより、人類はエネルギーの制約からほぼ解放されたと言って良い。


 ここまでは良かった。だがやはり完全無欠な計画というのは存在しないらしい。人類が母なる星を捨ててからおよそ一〇〇年後。新たな問題が彼らを悩ませることになった。惑星大気圏内に封じ込められている魔素の濃度が高くなり、そのせいで惑星を覆う積層結界に干渉し始めたのだ。


 これは由々しき事態だった。単に内圧が高くなったというだけなら、打つべき手はいくらでもある。実際、内圧の上昇はこれまでにも何度か問題になり、そのたびに積層結界をアップデートして対応してきた。積層結界も魔素を動力源としているので、強化それ自体はさほど難しい話ではなかったのだ。


 だが今度の問題は、単に「結界を強化すれば解決する」という類いのモノではなかった。前述した通り、魔素が積層結界に干渉し始めたのだ。別の言い方をすれば、魔素が結界を浸食、もしくは蝕み始めたのだ。


 例えて言うなら、内圧の上昇というのは結界のハード面への攻撃で、干渉もしくは浸食はソフト面への攻撃と言えるかも知れない。ともかく一つ言えるのは、従来通りの対策ではダメだったと言うことだ。科学者たちは頭を悩ませながら対応策を考えた。


 まず考え出されたのは「惑星隔離計画」。これは物理的な隔壁によって惑星を丸ごと閉じ込めてしまおうという計画。術式に頼らない封印方法なら、魔素による干渉も受けないだろうという考え方だ。


 しかしこの計画はボツになった。必要とされる資源量や、それを加工するための生産能力などを勘案した結果、隔壁の完成までに三〇〇年以上を要するとの試算が出たのだ。また仮に完成したとして、今度は維持管理しなければならない。そのコストは間違いなく人類社会を圧迫するだろう。


 他にも、経年劣化は当然考えるべき要素で、最終的にはどこかのタイミングで隔壁の全面的な交換を行わなければならなくなる。だがそれをどう行うのか。隔壁を取り払えば魔素が溢れてくる。それが原因で強大なモンスターがコロニーを襲わないという保証はない。


 そもそも魔素の濃度が高まり続ければ、その分だけ人類が対応できないほど強力なモンスターが誕生する確率が高まるのだ。惑星と魔素を物理的に隔離したとして、ある日突然、終末の使者がその隔壁を破って現われるかもしれない。その可能性は無視できないように思われた。


 となれば、内圧を下げるしかない。だが内圧を下げるためには、流入量以上の魔素をどこかへ流出させなければならない。チビチビと汲み上げているだけでは焼け石に水で、かといって大量の魔素を積層結界外へ出すとなると、今度は結界そのものへの影響が懸念される。迂闊には手が出せなかった。


 様々な検討が行われた。その結果、「総合的に勘案して最も継続性に優れ、なおかつ人類社会への負荷が少ない」として一つの計画が承認された。その計画を「第二次次元坑掘削計画」、またの名を「異世界バイパス計画」という。要するに異世界へ魔素を迂回させようという計画だった。


 なぜわざわざ異世界だったのか。それは別の機会に語るとして、ともかく計画は承認され実行に移されることになった。ただしこの計画が倫理的な、もしくは道義的な問題を抱えていることは明白である。


 何しろこの計画は言葉を飾らずに評するなら「持て余した魔素を異世界におしつける」というもの。しかも捨てる先である異世界の都合など一切考慮されていない。いっそすがすがしいほどに自分たちの都合しか考えていない計画だった。


「自分たちさえ良ければそれで良いだなんて、それが文明人のやることなのか」


「だが合理的だ」


「無駄がなければ良いというものじゃないだろう。倫理や人権を無視した計画は、結局は我々自身の首を絞めるぞ」


「我々の本質は難民だ。宇宙に築かれた我々の社会には余裕がない。人々が思う以上に、な。削れる無駄は削らねばならん」


「だがそのせいで、異世界では死ななくて良かったはずの人たちが死ぬ」


「だが計画を実行しなければ我々の社会が死ぬ。緩慢にな。そしてここは宇宙だ。社会の死は人類の絶滅を意味する」


 ゼファーとシドリムは視線を合わせず、淡々と意見を戦わせた。二人は初期の頃から計画に携わっている科学者だ。文字通り人類の命運を賭けたこの計画へ真っ先に呼ばれるのだから、二人とも優秀であることは間違いない。


 二人が計画の詳細について知らされたのは、機密保持の誓約書類にサインしたあとの事だった。以来、二人の間でこの手の議論はもう数え切れないほどした。ゼファーは言葉の上ではいつも反対の立場だったが、しかしそれでも計画から去ることはせず、またシドリムも冷徹な言葉で反論しつつも合理性だけを追求しているわけではない。


 ゼファーはもちろんシドリムも、この計画が倫理上もしくは道義上の著しい問題を抱えていることは承知している。いやこの計画に携わる全ての者はそれを承知している。だから内心で葛藤を抱えている者は他にもいるのだろう。


 だが現在の人類が余力を保ちながら次の一〇〇年を生きるためには、この計画以外に採るべき策はない。そのこともまた彼らは理解している。「数十億人の同胞のため」と言われれば、個人的な葛藤は脇に置かざるを得ない。だが葛藤がなくなるわけではないのだ。


「……せめて計画について情報公開するべきだ。そして世論の合意を得る。社会のためだというのならそれが筋だろう」


「情報公開すれば社会は滅ぶ。魔素のためでも外敵のためでもない。対立と分断のために、な。我々にそんな贅沢はもう許されないということだ」


 自分たちの社会の行く末について議論するのは贅沢な事だろうか。ゼファーは内心でそう自問する。そして「贅沢な事かも知れない」と自答した。


 議論とはそれを行う時間的な余裕と、対立意見の存在を容認できるだけの社会的度量がある場合にのみ成立するのだ。そして彼らのおかれた状況はそのどちらも乏しいと言わざるを得ない。だがそれでも、心を納得させるのは簡単ではない。ゼファーは腹立たしげにこう呟いた。


「なにが『ワールド・エンドをもう一度』だ……!」


「まあ、その言い草は俺もどうかと思うが」


 ゼファーが険しい顔をしているのを横目で見て、シドリムは苦笑気味にそう話す。「ワールド・エンドをもう一度」。それはプロジェクトに参加する研究者達の間で囁かれている言葉だ。


 母星を荒廃させ、そして今また別の世界を滅ぼそうとしている。その諧謔だという話だが、ゼファーにしてみればタチの悪いジョークにしか思えない。その点についてはシドリムも同意見だったが、それでも彼はゼファーをこう諭した。


 「隠れて悪事を犯しているなんて、卑屈に考えることはない。人類のために業を背負ったのだと思えば良い。それが、科学者である俺たちができる社会への献身だ、と」


「そうだとして、醜悪だよ、これは」


「そうだな、醜悪だ。だがこの計画のおかげで苦しむことも、まして死ぬこともなく過ごせる人たちは確かにいる。クソの掃きだめであろうとも花は咲くものだ」


「……コロニーでは、汚物や生ゴミはバイオプラントで処理されているから、花は咲かないぞ」


「そうだったな」


 ゼファーの冗談ともつかない返しに、シドリムは小さく笑いながらそう答えた。それで少しは肩の力が抜けたのか、ゼファーがため息を吐く。そんな友人にシドリムはさらにこう言った。


「一応、何もしていないわけではない。可能な範囲内で手は打った」


「計画に支障をきたさない範囲で、しかもさらに安全マージンを確保した上で、な。迷惑料にすらなっていないぞ」


「仕方がないさ。優先順位の問題だ。本来の目的が阻害されてしまっては、元も子もない」


 シドリムがそう言うと、ゼファーはやや不機嫌そうに押し黙った。とはいえ彼も分かっている。計画の本筋からすれば、いわば本来渡る必要のない橋を渡ったのだ。計画に支障のない範囲とはいえ、そこに費やしたリソースは決して小さなものとは言えない。例え自己満足でしかないとしても、それが残された良心の一欠片であることは確かなのだ。


「はあ」とため息を吐いてから、ゼファーは母なる星を眺める。積層結界に覆われたあの星で、計画は今も進行している。詫びることに意味があるとは思わない。いやその資格すら彼らにはないのだ。巻き込まれてしまった異世界人たちに、彼はただ心の中で幸運を願った。



 - * -



 一方で、幸運を願われた側のとある高校生。もうすぐ大学生になる彼は……、


「マンモスゥゥゥゥ!! 肉寄越せ、ニクゥゥゥゥ!!」


 原始人の如く、食欲の権化と化していた。


ゼファー&シドリム「このお話は異世界よりお送りしました」

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― 新着の感想 ―
惑星丸ごと惑星炉にして、宇宙に脱出してから100年? その間エネルギーを莫大に消費しながらと考えると、他の次元に押し付けても惑星一つ分だとそんなに持たないような気しかしない。 それとも相手側は許容量こ…
最高のザマァを期待しております
[一言] 穴を埋めるのではなく他所へ産業汚染廃棄物を捨てるために穴を開けたと。理由は明白で自分たちの利用しているエネルギーを手放したくないから。いやぁ、被害受ける側から見れば宣戦布告の上、滅亡まで企図…
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