地下墳墓1
「クエストか……」
唐突に始まったクエスト。しかし秋斗は比較的冷静だった。もちろん、彼も驚いてはいる。ただある程度予想はできていた。「モンスターの跋扈する世界でクエストをクリアする」。ありがちと言えばありがちな話だ。
「制限時間は148時間だから……、一週間か」
意外と長いな、と秋斗は思った。それだけ難しいクエストなのだろうか。いや、これが初めてのクエストだから、そもそも比較対象がないのだが。
石板から得られた情報は、「地下墳墓を攻略せよ!」という命題が一つだけ。肝心の地下墳墓がどこにあるのか、どうすれば攻略したことになるのか、そういった情報は何もない。相変わらずの言葉足らずだ。
秋斗は肩をすくめると、ひとまずクエストについては後回しにした。そもそもここまで来たのは、高い位置から周囲を確認するためだ。それで彼は山の頂上からぐるりと360°を見渡した。
ただ見渡してみても、特にめぼしい物があるわけではなかった。遺跡エリアを除けば、見渡す限りに人工物は見受けられない。双眼鏡があれば良かったな、と秋斗はそう思った。主にコストの問題で手が出なかったのだ。
「シキ、もう良いか?」
[うむ。もう良いぞ]
秋斗の頭の中で、シキの満足げな声が響く。これにて山頂を目指した当初の目的は完了だ。だが山頂ではクエストという別のイベントが発生してしまった。とはいえこれを避けて通る理由もない。「地下墳墓の攻略」。秋斗はやる気になっていた。
となればまずは、地下墳墓とやらを見つけなければならない。だが先ほど周囲を見渡した限りでは、それらしい物はなかった。まあ「地下墳墓」というのだから、山頂から眺めてすぐにそれと分かるようなモノではないのかも知れないが。
どうしたものかと秋斗は考え込み、ひとまずダイブアウトしようかと考える。ただその前にふと、彼はもう一度山頂の石碑に触れてみた。
【クエスト:地下墳墓を攻略せよ! 残り時間:147:23:59】
頭の中で、また文字が躍る。秋斗は驚いた。ただしそれは石碑がもう一度反応したから、ではない。残り時間が全く減っていなかったからだ。
「まさか、リアルワールドで一週間なのか……!?」
[カウンターが壊れているのでないのだとしたら、そうなのだろうな]
だとしたら、この一週間という時間は長いのか、それとも短いのか。秋斗は咄嗟に判断がつかなかった。ただ都合は良い。なぜならその期間は、ゴールデンウィークと重なっているからだ。ちなみに今年のゴールデンウィークは五連休である。
ともかく、秋斗は「ダイブアウト」を宣言してリアルワールドのアパートに戻る。トイレを済ませてから考えるのは、地下墳墓のありかだ。まずは場所を特定しないことには、攻略もなにもあったものではない。そして彼にはある予想があった。
「たぶん、地下墳墓があるのは遺跡エリアか、その近くだ」
たぶん、と言いつつ秋斗の口調は断定的だった。自分の予想に自信があるのだ。そのことは彼の頭の中にいるシキにも伝わる。シキはこう尋ねた。
[そう考える理由は?]
「地下墳墓っていうのは要するにお墓で、人工物だ。人がいなかった場所に地下墳墓だけあるっていうのも、ちょっと考え難いだろ? で、今まで探索した中で人がいた痕跡があるのは、あの遺跡エリアだけだ」
[遺跡エリアは、すでに探索済みだ。地下墳墓らしきものなど無かったぞ]
「いわゆるインスタンスダンジョンってやつだろ。イベントの時だけ現われるみたいなさ。オレはやったことないけど、ネットゲームとかだとワリとありふれたシステムらしいぞ」
[ふむ……]
秋斗の頭の中でシキはそう呟く。証拠も何もないが、彼の推測は概ね筋が通っているように思える。そもそも現状、手がかりは何もないのだ。なら秋斗の言うように遺跡エリアをもう一度探してみるのもいいだろう。ただシキは釘を刺すかのように、一応こう指摘しておく。
[アナザーワールドはあからさまに用意された、もしくは調整された世界だ。実際にあの状態のアナザーワールドで人が生活していたとは思えない。となれば地下墳墓という性質や、そのバックグラウンドから立地を探るのは無意味だ。それ以前の背景が反映されているというのなら意味はあるだろうが、それならそれですでに見つかっていなければおかしい]
「う……」
[それに、アキの言うように今回の地下墳墓がインスタンスダンジョンなら、バックグランドとかストーリーとか、そういうものは一切無視して何の脈絡もない場所に設置されている可能性もある。それこそ運営の都合というヤツで]
「うう……」
[しかしまあ、こうしてクエストが出てきたということは、少なくとも挑戦させる気はあるのだろう。であれば、すでに探索済みの範囲に地下墳墓が出現している可能性は高い。手近な遺跡エリアから見て回るのは、順当だと思うぞ]
釘は刺しつつ、方針それ自体にはシキも賛成する。要するに、「遺跡エリアになくてもそんなに落ち込むなよ」という、遠回しな優しさなのだ。秋斗がそれに気付いたのかは分からない。ただシキが反対ではないと分かると、彼は笑みを浮かべて「よし!」と呟いた。
時間的にはもちろんのこと、体力的もまだ余裕はある。秋斗は再びアナザーワールドへダイブインした。そしてストレージからスコップを取り出し、スライムを蹴散らしながら遺跡エリアで地下墳墓を探す。
探索を始めておよそ三〇分。果たして、それは確かにあった。二本の朽ちた石柱。その間に地下へ続く階段がある。今までは何もなかった場所に、忽然とそれは現われていた。周囲の様子と見比べても違和感はない。まるで最初からそこにあったかのように、地下墳墓への入り口はそこで静かに訪れる者を待っていた。
「ここか……」
[そのようだな]
秋斗はゴクリと唾を呑み込んだ。階段を降りた先に扉はない。四角い入り口がそのまま口を開けている。地下墳墓、という事前情報があるからだろう。彼にはその入り口が少々不吉に見えた。
とはいえ、せっかく見つけた入り口を前にして、立ち尽くしてばかりもいられない。秋斗は「よし!」と意気込み、頬をバシバシと叩いて気合いを入れると、初めてのクエストに挑戦するべく地下墳墓へ降りていった。
地下墳墓の中は、当たり前だが暗い。中に光源がないのだ。入り口近くは外から光が入ってくるが、十歩も進めば真っ暗になる。当然ながらまともな探索などできず、秋斗はすごすごと入り口まで引き返した。
「さて、いきなり壁にぶち当たったな……」
[わたしの方は、なんとでもなるのだが……]
「いや、シキが大丈夫でもオレが大丈夫じゃないし」
そう言って秋斗は肩をすくめた。シキが行っているマッピングや索敵は、視覚に頼ったものではない。イメージ的にはレーダーに近く、周囲が真っ暗でも影響は少ない。
だが秋斗は思いっきり視覚に頼っている。シキのナビがあれば暗闇のなかでも動き回ることはできるだろう。だが戦闘となると難しい。そして地下墳墓にはモンスターが出る。何の対策も講じずに飛び込むのは自殺行為と言えた。
「単純に考えるなら、たいまつとかヘッドライトということになるけど……」
自分でアイディアを出しつつ、しかし秋斗はあまり乗り気ではなかった。たいまつは片手が塞がれる。ヘッドライトは購入しなければならない。手を塞がず、しかも手持ちの手札で何とかする方法はないか。秋斗は頭をひねった。
「……なあシキ、暗視とかできないか?」
彼が次に出したアイディアは「シキのサポートに頼る」というものだった。順当と言えば順当だろう。ストレージを創ってからそれなりに時間も経っている。経験値的な蓄積も十分だろう、と思ったのだ。
[ふむ、暗視か……。イメージしてみてくれ]
シキにそう言われ、秋斗は自分が思う暗視をイメージする。基にするのは、暗闇を映していた映像が、高感度カメラのそれに移り変わった瞬間。そのイメージを脳内でさらに補正し、映像を鮮明にしていく。
[……よし、いいぞ。地下墳墓に入ってみてくれ]
頭の中で響くシキの声に一つ頷いてから、秋斗は地下墳墓に再挑戦した。入り口から三歩ほど入ったところで、彼の視界が切り替わる。真っ暗だった暗闇のなかに、レンガ造りの通路が現われたのだ。
見えるようになった範囲はそれほど広くない。半径五メートル強と言ったところか。シキが「少し待て」というので秋斗が立ち止まると、見える範囲がさらに広がった。ただそれでもまだ半径十メートルには届くまい。
[今はこんなところか。あとは使いながらアップデートしていく]
「見えると見えないじゃあ、雲泥の差だよ。ありがとな」
シキに礼を言ってから、秋斗はさらに地下墳墓の奥へ踏み込んだ。入り口から十歩の距離を越え、さらにもう十歩。暗視は正常に働いていて、周囲の様子はよく見えた。ただやはり、見える範囲はまだ狭い。それでモンスターの接近に気付いたのはシキの方が早かった。
[正面、来るぞ!]
シキの警告に一拍遅れ、秋斗の視野にもモンスターが映る。同時に強烈な腐敗臭が漂ってきて、彼は思わず顔をしかめた。
「ゾ、ゾンビか……」
現われたモンスターはゾンビだった。その強烈な腐敗臭とグロテスクなビジュアルに、秋斗も思わず腰が引ける。しかも数が多い。二体、三体と増えていく。まさにバイオなハザード状態だった。
「ま、まあ、予感はしてたけど……」
生理的に受け付けないものを感じ、秋斗は思わず半歩後ずさる。地下墳墓というのだから、こういういわゆるアンデッド系のモンスターが出るのだろうということは、彼も予想していた。だがこの臭いとビジュアルは、正直に言って予想を超えていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ゾンビの腐りかけた声帯がかろうじて音を出す。その声はまるで怨嗟の声のように思えた。秋斗の顔が強張る。怖かった。単体どころか三体まとめても、恐らくはゾンビよりクマの方が強い。それでも、彼はクマよりゾンビの方が怖かった。だがここで臆していて、地下墳墓を攻略することはできない。
「ああああああああ!!」
秋斗は大声を出して自分を奮い立たせた。そしてもう一度恐怖が湧き起こってくる前に、スコップを振りかざしてゾンビに立ち向かうのだった。
ゾンビさん「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛(ようこそ地下墳墓へ!)」