トレント・キング討伐戦
トレントの森の探索を始めてからおよそ68時間後。秋斗は目的地としていた、以前にトレント・キングと戦った場所に到着した。ただしそこにトレント・キングの姿はない。ただアリスがトレント・キングを吹き飛ばした際のクレーターだけが残っている。それを見て彼は小さく肩をすくめた。
「ま、予想はしてたけど」
[それで、どうする? トレント・キングは諦めるのか?]
「いや、もう少し探してみようぜ」
[アキがそうするというのなら、わたしはサポートするだけだ]
そう言うシキに一つ頷いてから、秋斗はさらに森の奥へと進んだ。行く手にはやはりトレントが点在していて、秋斗はそれを伐採しながら進む。これまでの分と合せ、もうすでにかなりの量のドロップが備蓄されている。ストックの確保という点ではもう十分だろう。
まあ、経験値確保の観点からトレントは倒すし、ドロップの回収もするのだが。ともかく、あとはトレント・キングを見つけるだけだ。そして森の中を歩きながら、秋斗はこんなことを言いだした。
「……それにしてもさ。この森にトレント・キングが何体かいるんだとしたら、それぞれに治めている領地みたいなのがあるのかな」
[そもそもトレント・キングと名付けたのはこちらの都合だがな。まあ、同種族だからこそ縄張りみたいなモノはあるのかもしれないな]
「トレントの縄張り争い、いや抗争か。日光と養分を奪い合っているんだろうな」
[日光はともかく、養分の中には動物が含まれていると思われるぞ]
「じゃ、養分にされないように気をつけないと」
そう言って、秋斗はまた一体のトレントを伐採した。そうやって探索を続ける事、さらに4時間。秋斗はついに二体目のトレント・キングを発見した。周囲の木よりも一回り以上も大きなその樹は、いつぞや見たトレント・キングとそっくりである。そしてシキも「間違いない」と彼に告げた。
前回のトレント・キング戦では、近づく王を守る兵士のように樹兵と名付けたモンスターが現われた。棒人間のようなタイプとゴリラのようなタイプの二種類だ。今回もこれらの従兵が現われるのだろう。ただまだ距離があるからなのか、樹兵はまだ現われていない。そこで秋斗はニヤリと笑い、斧を大きく振りかぶって構えた。そして魔力を練り上げてこう叫ぶ。
「まずは小手調べ!」
彼は斧を一直線に振り下ろした。そして飛翔刃を放つ。もともとは剣術武芸書で紹介されていた武技だが、シンプルな技なのでこうして斧でも使うことができる。放たれた魔力の刃は、しかしトレント・キングの障壁によって阻まれた。
「やっぱりあるよな」
[これでトレント・キングと確定したな]
シキの言葉に秋斗が頷く。そんな彼の視線の先で、地面から次々に棒人間タイプの樹兵が現われる。どうやら敵と認定されたらしい。とはいえ彼は最初からそのつもり。彼は獰猛に笑ってこう叫んだ。
「さあ、リベンジマッチだ!」
秋斗は鋭く踏み込み、勢いよく距離を詰めた。そして群がる樹兵を斧で叩き斬っていく。予想していたとおり、倒しても倒しても樹兵は現われる。秋斗はそれを捌きながら機を窺った。
「っ!」
秋斗が樹兵を蹴り飛ばす。そしてトレント・キングへの道を空けた。彼は一気に間合いを詰め、勢いよく斧で一撃する。だがその攻撃はあっけなく障壁に阻まれた。とはいえそれも想定内。彼は一旦距離を取り、群がる樹兵をなぎ倒しながらまた機を窺う。
(やっぱり、ただの攻撃じゃダメだな)
秋斗は内心でそう呟いた。斧で伸閃を放ってみるが、手応えはやはり硬い。さらに浸透攻撃も試して見るが、やはりこれも弾かれた。
[打つ手なし、か?]
「さあ、どうかな。もうちょっと頑張るさ」
秋斗はそう言ってまたトレント・キングから距離を取る。するとゴリラ型の樹兵が三体現われた。こちらは棒人間タイプの樹兵よりもタフで手強い。秋斗は身体強化と武器強化を駆使して三体のゴリラ樹兵を討伐した。
ゴリラ樹兵を全て倒すと、現われるのはまた棒人間タイプに戻る。彼はそれを確認すると、動きは止めないものの、集気法を何度か使って魔力を回復させる。そして斧をストレージにしまって代わりにロア・ダイト製の六角棒を取り出した。
秋斗は六角棒を振り回して樹兵を弾き飛ばす。倒せてはいないが、合間と空白を作り出すという意味ではこちらの方が都合が良い。そして作り出したその機を逃さず、秋斗はトレント・キングへ六角棒を突きだした。
「どうだ!?」
放つのは浸透打撃。その攻撃は、しかしまたしても障壁に防がれた。だが秋斗は顔をしかめることなく、むしろ「おっ」という顔をする。僅かだが、これまでと手応えが違うように感じたのだ。
群がってくる樹兵らに対処するため、秋斗はまたトレント・キングから距離を取る。そして樹兵をしばき倒しながら、彼は先ほどの浸透打撃で感じた手応えの差について考えを巡らせた。
これまではずっと「硬い」という感じだった。どんな攻撃も弾き返されてしまうような、まるでコンクリートの壁でも殴っているかのようだった。だが浸透打撃を叩き込んださっきは、ちょっと柔らかく感じたのだ。
もし六角棒で普通に突いただけだったなら、やはり普通に障壁に弾かれていただろう。浸透打撃だからああいう手応えになったのだ。これは攻略の鍵になるかもしれない。秋斗は唾をゴクリと飲み込み、口の端を好戦的につり上げた。
秋斗は樹兵の一体に浸透打撃を叩き込んで粉砕する。樹木系のモンスターに対しても、浸透打撃の相性は悪くないように見える。彼は先ほどよりも念入りに魔力を練り上げると、猛然とトレント・キングに肉薄した。そして集気法も使いつつ、裂帛の声を上げながら浸透打撃を叩き込んだ。
「はぁぁぁああああ!」
ドンッ、と大きな音がした。手応えは明らかにコレまでと違う。衝撃が伝わったのか、トレント・キング本体も振動している。ダメージとしては皆無だろう。だが初めてトレント・キングの本体に届いた。その成果に秋斗は好戦的な笑みを深くした。
だがトレント・キングも危機感を覚えたのか、樹兵の召喚パターンに変化が生じる。ゴリラ樹兵が常に混じるようになったのだ。厄介だが、しっかりと浸透打撃を叩き込めば一撃で倒せる。
秋斗は攻撃を浸透打撃一本に絞り、そちらに割く意識の割合を少なくし、なるべく視界を広く持つように心がけた。魔力の消費量が大きくなるが、その分は集気法でカバーする。そして機を作り出してはトレント・キングに強烈な浸透打撃の一撃を喰らわせていく。そのたびにトレント・キングの幹や枝は細かく振動した。
それを数回繰り繰り返していると、しかし秋斗の表情は徐々に険しくなっていく。なるほど衝撃は伝わっているのだろう。だが肝心のダメージが入らない。結果だけ見れば、浸透打撃を無駄打ちさせられているのが現状だ。これでは討伐というところまでは届かない。
(なんだ、何が足りない……!?)
眉をひそめながら秋斗は考える。どうも単純に浸透打撃の威力を上げれば良いという話ではないらしい。いや一〇〇倍とか二〇〇倍とかなら、さすがにダメージを与えられるだろう。だがそれだけの威力をたたき出すのは、今の彼には無理だ。つまり力押しはできないということ。なら一つか二つ、工夫がいる。
(【魔素は摂理を再定義する】。そして【魔素は想いや感情に反応する性質を持つ】……)
樹兵を倒しながら、秋斗はこれまでに得た石版の情報を頭の中でもう一度整理し、そして考察する。この二つの情報からすれば、「魔素を介することで、思いや感情は摂理を再定義できる」と言えるのではないか。
もちろん理論的にそうだからと言って、今の秋斗にそれが可能であるとは限らない。「E=mc2」の方程式が真だからと言って、その反応を簡単に起こせるわけではないのと同じだ。だがいま彼は「摂理を再定義」したいわけではない。彼はトレント・キングの障壁を破りたいのであって、それは魔素の作用としてよりハードルが低いはずだ。
(重要なのは想い、いや意思ってことか……?)
秋斗はこれまでずっと、特に浸透攻撃の攻撃力というのは使用した魔力量に比例するのだと思っていた。そしてそれも間違ってはいない。だが足りなかった、のだろう。そこになにを込めるのか。それもまた重要、なのかもしれない。
(ま、試して見ればいいさ……!)
秋斗は樹兵を六角棒で払いのけて道を作る。彼は一気にトレント・キングへ肉薄した。そして六角棒を突き出す。その際、思念を込めることを忘れない。
(障壁を、破る!)
最初の一撃は、あまりうまくいかなかった。これまで通り、トレント・キング本体を多少揺らす程度に留まる。秋斗はすぐに下がり、樹兵を蹴散らして合間を作ってからまた仕掛ける。彼はそれを何度も繰り返した。
回数を重ねる毎に、徐々に雑念が消えていく。それに伴ってこのやり方が自分に馴染んでいくのを秋斗は感じていた。そしてそれを証明するかのように、一撃毎の威力が増していく。彼はついにトレント・キングの障壁がたわむのを感じた。
(ここ!)
秋斗はズンッと地面を踏みしめた。そして突き出したままの六角棒をさらに押し込む。魔力を流し込み、そこへ思念を混ぜ合わせ、浸透打撃の形で一気に放つ。たわんだ障壁はその攻撃を受け止めきれない。ついに破裂するかのようにして破られた。
「はああああ!」
障壁を破った勢いそのままに、秋斗はトレント・キングへ吶喊する。そしてロア・ダイト製の六角棒をその巨木の幹へ突き立てる。そして浸透打撃を叩き込んだ。
トレント・キングの幹と枝を激しい衝撃が駆け抜ける。そして葉が吹き飛んだ。それだけでなく幹にも無数のヒビが入っている。そしてトレント・キングは自重に耐えかねるようにして崩れ落ち、そのまま黒い光の粒子になって消えたのだった。
ただ、トレント・キングを倒しても一度召喚された樹兵は健在である。秋斗は素早く残存する樹兵を片付けた。それから彼はようやく「ふう」と息を吐いた。
トレント・キングがドロップしたのは魔石と宝箱(白)。魔石の大きさは、だいたいウェアウルフと同じくらいだ。ウェアウルフよりも苦労した気がするのだが、しかしトレント・キング自体は何も攻撃してこなかったので、そんなモノかも知れない。
ドロップ品はひとまずストレージに片付ける。宝箱を開けるのは後だ。秋斗の意識はすでに次へ向いている。城砦エリアで佇むナイトの姿を思い浮かべながら、彼は一度ダイブアウトを宣言した。
トレント・キングさん「我を倒しても次なるトレント・キングが日光と養分をかっ攫うだろう……」