最近のモンスター事例2
「なんか……」
[ん? どうした、アキ]
「なんか、モンスターがだんだん巨大化しているというか、大規模化しているというか」
シキがまとめてくれたモンスター関連のニュースを見ながら、秋斗は難しい顔でそう呟いた。彼の言うとおり、モンスターが現れ始めた頃と比べて巨大なモンスターが現われたり、群れを作ったりという例が多くなってきている。そしてそれは、リアルワールド側へ流れ込む魔素の量が増大していることの証左と思って良いだろう。
[うむ。ついこの前もクラーケンが現われたしな。その傾向は強まっていると見て良いだろう]
「ああ、アレは驚いたよな」
シキの言葉に秋斗はそう言って頷く。クラーケンというのは、五大湖に現われた巨大なイカのようなモンスターのことである。ネット界隈では「なんで淡水にイカなんだよ!」と話題になったが、事が全て終わったあとで考えればむしろ淡水で良かったというべきだろう。これが海だったら、捕捉するだけで一苦労だったはずだ。
さて、五大湖に現われたクラーケンは観光船をはじめとして船舶に大きな被害を出した。当然、人的被害も甚大である。一秒でも早い討伐が望まれたが、五大湖はアメリカとカナダの国境の湖でもある。国境線を気にしていては討伐作戦に差し障りがあるのは明白で、まずは両国の首脳の間で電話会談が行われた。
その結果、今回の作戦はアメリカ軍が主体となって行うことに決定。ちなみにアメリカ軍とカナダ軍による合同作戦という案もあったらしいが、指揮系統などの調整に時間を要するため今回は見送られた。
電話会談の後、合衆国大統領は軍に対しすぐさま「脅威の速やかな排除」を命令。ただちに作戦が立案され、空軍を主力とするクラーケン討伐軍が編成された。そしてクラーケンの姿が確認されたその翌日には作戦が実行に移されたのである。
作戦の第一段階は索敵である。クラーケンは水中に潜行しているため、まずはこれを見つけ出さないことには話にならない。そしてそのために哨戒機が多数飛ばされた。対潜水艦用のレーダーでクラーケンを探すためだ。
幸いにしてクラーケンにステルス性は皆無。またそれほど深く潜っていなかったこともあり、二〇分ほどで一機の哨戒機がクラーケンと思しき反応を探知した。哨戒機は直ちにこれを作戦本部へ報告。これを受けて作戦本部は待機していた攻撃機部隊へ命令を下した。
まず行われたのは航空魚雷による攻撃である。魚雷を装備した戦闘機が哨戒機からデータをもとにクラーケンへ接近。空中から魚雷を投下して攻撃した。合計十六本の航空魚雷がクラーケンに突き刺さったが、しかしそれでクラーケンを倒すにはいたらなかった。とはいえそれは織り込み済みである。
重要なのはクラーケンを水上へおびき出すこと。最悪なのは魚雷攻撃を無視されてそのまま潜行を続けられる事だったのだが、幸いにして最初の攻撃でクラーケンは水上へその姿を現わした。
クラーケンは巨大だった。水上へ出ている分だけでも、その高さは三〇メートル以上。全長はその倍以上はあったと見込まれている。ダイオウイカなど目ではない大きさだ。タイタンはさらにデカかったが、ここまで巨大だと生物と言うより建造物と言われたほうがしっくりくる。
さてクラーケンが水上へ姿を現わすと、今度は攻撃ヘリがクラーケンを取り囲んで攻撃を開始した。ただしこれはダメージを与えることを目的とした攻撃ではない。クラーケンが再び水中へ逃げることのないようにするための囮である。それでつかず離れずの距離を維持しながら散発的な攻撃を繰り返した。
討伐のための本命の攻撃は、やはり戦闘機によるミサイル攻撃だった。さらに大西洋の艦艇からも巡航ミサイルが発射される。合計で五〇発以上のミサイルが撃ち込まれ、クラーケンはついに力尽きたのだった。
クラーケン討伐の報告を受け、最も安堵したのは恐らく合衆国大統領であろう。実はこの作戦には地中貫通爆弾を搭載した戦略爆撃機も参加していた。だがタイタンの例もあり、地中貫通爆弾を用いても一発では倒せない可能性がある。
タイタンの場合、逃がす可能性はほぼなかった。だがクラーケンの場合、下手をしたら海へ逃げる可能性がある。そうなれば今度は世界中の船舶が危険にさらされる。アメリカは世界中からの批難を免れないだろう。また最大の被害を受けるのもアメリカであるに違いない。
それを避けようと思えば、どうしても核の使用が視野に入ってくる。自国の領土内での核兵器の使用。合衆国大統領にとっては悪夢だろう。だが今回は逃亡を許すことも切り札をきることもなく、モンスターを討伐することができた。最初に出した被害を除けば、最上の結果と言って良い。
ただ、モンスターが水中に現われたことは、多くの人に衝撃を与えた。今回は湖だったこともあり、海へ逃げる前に討伐することができた。だが今後、最初から海にクラーケンのようなモンスターが現われることは十分に考えられる。
いや、被害が確認されていないだけで、すでにモンスターが海中を跋扈している可能性は高い。なにしろこの地球は陸地よりも海のほうが多いのだから。各国政府や貿易業者などはこの点で頭を悩ませているに違いない。
特に日本の場合、島国であるから輸出にしろ輸入にしろ、海路に頼るところ大である。もしも海にモンスターがのさばるようなことになれば、日本の経済は大打撃を受けるだろう。いや、国民生活さえ成り立たなくなるに違いない。
(相談、来るかな……?)
勲から、である。彼は長年貿易商社を率いてきた男。今回のクラーケンに対して、いろいろ思うところはあるだろう。だが水中の敵とどう戦うのか、今のところ秋斗に良いアイディアはない。
「……それにしても、現代兵器が結構頑張ってるなぁ」
埒が明かない思考を切り替えて、秋斗はそう呟いた。モンスター・ビートルやタイタン、そして今回のクラーケンも、討伐のためには現代兵器が用いられ、そして成果を上げている。
[うむ。結果を見る限り、ミサイルなどはそれなりに有効と言っていいだろう。一撃で倒すことに拘らなければ、十分な成果が望める。少なくとも現時点では、な]
「せっかく魔石の利用法を動画で公開したのに、そっちは下火になるかなぁ」
[いや、そんなことはない]
シキはそう言い切った。秋斗が首をかしげながら「なんで?」と理由を尋ねると、シキはこう説明する。
[なぜなら、大型のモンスターが出現するようになった一方で、いわゆる小型・中型のモンスターも出現数が増えているからだ]
それを聞いて秋斗も「あっ」という顔をする。センセーショナルでショッキングなのは、つまりニュースになりやすいのは大型モンスターだろう。だが出現数で言えば、小型と中型のモンスターの方がはるかに多い。被害も同様で、モンスター被害の八割以上が小型・中型のモンスターによるものだ。
そしてその小型・中型のモンスターに対して大いに有効なのが、他でもない魔石を用いた鏃とそれを利用したクロスボウなのだ。実際、現場ではこれを求める声が日増しに高まっている。それはあるアメリカ企業が設定している魔石の買い取り価格からも明らかだ。需要がなければ下がるはずなのに、むしろ高くなっているのである。
もちろん小型や中型のモンスターに対して現代兵器が効かないと言うことはない。ミサイルを撃ち込めば倒せるだろうし、戦車砲やロケットランチャーなんかも効くだろう。だがそれらの武器を速やかに現場に運んでモンスターを排除できるかというと、それは別問題だ。
また小型・中型のモンスターは街中で見つかることが多い。そんな場所で戦車砲をぶっ放し、それが外れでもしたら大きな被害が出ることは誰の目にも明らかである。となれば、こういう兵器は街中では気軽に使えない。
その点、クロスボウは良い。保管も持ち運びも容易だ。仮に射撃を外したとしても、所詮はクロスボウであるから周囲に大きな被害を出すことはない。人間に当たってしまう可能性は否定できないが、それは銃も同じ事と言える。むしろクロスボウのほうが圧倒的に威力は低いのだから、そういう意味では「人道的」とすら言えるだろう。
要は使い勝手の問題、とでも言うべきか。小型・中型のモンスターに対してクロスボウは使いやすいのだ。最大の問題は数が十分でないことだが、シキが言ったとおりモンスターの出現数は右肩上がり。つまりそれだけ魔石も手に入りやすくなっている。まあそれでも買い取り価格が上がるのだから、どれだけ需要があるのかという話だ。
[あの動画を公開したのは、決して無駄ではなかった。むしろ被害者の数を大きく減らしたはずだ]
シキがそう断言すると、秋斗は小さく肩をすくめた。ただしその顔は間違いなく嬉しそうにしている。そしてそれを誤魔化すかのように彼はこんなことを言った。
「そ、それにしても、これで陸海ときたな。次は空か?」
[五大湖は海ではないのだが。だがそうだな、ふむ……]
「シキさん、どした?」
[……今のところ各国政府、特にアメリカは自分たちの空軍力に絶対の自信を持っているだろう]
「対モンスターって話なら、まあそうかも知れないな。実際、タイタンもクラーケンも航空戦力で潰したようなもんだし。あとラフレシアも」
「うむ。だから空を抑えている限り、どんなモンスターも最終的には討伐できるだろう。深海のモンスターとかは無理だが、そんなものはそもそも討伐する必要がないからな。だが……」
「空にモンスターが出てきて、挙句に制空権を奪われたら、か……」
[うむ。ただまあ、モンスターは基本的に生き物を模している。音速を超えて飛行できる生き物などいないし、いたとしても現代兵器は対応できる。デカくなれば、強くなるかも知れないが、その分だけ攻撃を当てやすくもなる。実際、タイタンが空を飛んだとして、討伐自体は可能だと思うぞ]
もっともその際は核を使うことになるかも知れないが。シキはあえてその点には触れなかった。
シキの言ったことを秋斗も自分なりに考えてみる。今後恐らく、空にもモンスターは現われるだろう。ただシキの言うとおり、機動性や速度で戦闘機を上回るモンスターはそうそう現われないに違いない。
(でも……)
秋斗の脳裏に浮かぶのは、アリスが召喚したあのドラゴン。あのドラゴンみたいなモンスターが地球の空に現われたら、人類はそれを討伐できるのだろうか。秋斗に限って言えば、できる気はしないのだが。
「まだまだ心配事は多いなぁ」
どこか他人事のように秋斗はそう呟いた。それは彼の願望であったのかもしれない。
秋斗「モンスターが騒がれる度に魔石の買い取り価格が上がっている気がするなぁ」
シキ「職業:魔石ハンターの出現が現実味を帯びてきたな」