最近のモンスター事例1
紗希に東京とまったく関係のない土産を渡して微妙な顔をされてから数週間が経った。この間にもモンスターの出現数とその被害は世界中で増加の一途をたどっている。世界はまだ落ち着くにはほど遠い状態だった。
例えばニュージーランドでは牧場にブラックウルフの群れが現われた。ブラックウルフというのは要するに真っ黒でイヌに似たモンスターだ。大型犬並の体躯で、このブラックウルフが合計23体で群れを作っていたのだ。
このブラックウルフの群れが牧草地で草を食んでいた羊の群れを襲い、そして92匹の羊が殺された。牧場主の男性は車で辛くも難を逃れたが、しかし飼っていた羊の群れは全滅してしまったのである。
男性はすぐさま警察に通報。ただし警察が駆けつけたときには、無残に殺された羊の死体が残るだけで、ブラックウルフの群れは姿を消していた。とはいえ、これを放置することはもちろんできない。
最終的に二百人以上の警察官が動員され、ブラックウルフの群れの討伐作戦が行われた。ちなみに上の方では軍との鍔迫り合いがあったらしいが、ともかくこの作戦は警察の指揮下で行われた。
ただ軍との関係がギクシャクしてしまったせいで、この作戦には不安要素が残った。例の魔石で作った鏃を付けた矢だが、これが全部で十六本しか確保できなかったのだ。この時点でブラックウルフの群れの正確な数は分かっていなかったが、十分とは言いがたい数であることだけは確かだった。二百人以上の動員数はその不安の裏返しでもあったわけである。
何にしても、作戦は実行された。まず柵を作り、そこにエサとなる羊を入れて置く。実は当初、ブロック肉を入れた罠を設置していたのだが、一週間経っても成果はなく、逆に別の牧場で新たな被害が出てしまった。「生きたエサでなければ効果がないらしい」ということで、こういう形になったのだ。
同時に周囲の牧場からは一時的に家畜の避難が行われた。まとまったエサがあるのが一カ所だけになり、果たしてブラックウルフの群れはそこへ現われた。ブラックウルフの群れが柵の中に入り、羊たちを蹂躙していく。そこへクロスボウが一斉に放たれる。鏃は当然魔石製だ。十六本の矢は七体のブラックウルフに命中、この内三体を倒した。
切り札を使った成果としては、はっきり言って満足できるものではない。内心で不満を覚えながらも現場指揮官は直ちに次の命令を下した。強化プラスチック製の盾を構えた隊員達が、一斉に柵とブラックウルフの群れを包囲する。
まずはアサルトライフルによる射撃が行われた。ただやはり効果はほぼない。銃の代わりに斧が用意された。一方でブラックウルフらにとって、これらの人間は新たに現われたエサである。柵を跳び越え、あるいは破壊して外に出、隊員達に襲いかかった。
そこから先は比較的順調だったと言って良い。飛びかかってくるブラックウルフを盾で受け止め、弾き返したところを別の隊員が斧で仕留める。ブラックウルフがバラバラに動いたこともあり、討伐自体は二〇分ほどで完了した。ただし噛付かれるなどして、警察の側にも少なからず負傷者が出ている。
また別の例では、シリア軍が実弾演習を行っているまさにその場に、大型のモンスターが現われた。そのモンスターは後に「モンスター・ビートル」と呼ばれ、カブトムシが巨大化したような姿だった。
どれくらい巨大だったかというと、角を除いた身体の大きさが戦車並だったと言えば想像しやすいだろうか。当然ながら角も巨大で力も強く、戦車一台と装甲車二台がひっくり返された。
戦車砲や機関銃で攻撃が行われたが成果は確認されていない。そして攻撃ヘリが到着すると、モンスター・ビートルはなんと飛び始めてそのヘリを追いかけ回し始めた。もっともそのおかげで時間を稼げた側面がある。
戦車などの部隊がその場から退避すると、携帯型の地対空ミサイルでの攻撃が行われた。十数発が打ち込まれ、内数発が命中したものの、やはり目立ったダメージはなし。ただこの攻撃のおかげでモンスター・ビートルは一度地上へ戻った。
そこへ、少し離れた場所で展開していた部隊から地対地ミサイルが撃ち込まれた。そして合計六発の地対地ミサイルによってモンスター・ビートルは討伐されたのだった。シリア軍はこの戦果を誇ったものの、各国の受け止めは否定的だ。正規軍がモンスターの討伐に手間取ったと受け取られたのだ。だがこれを超える例がオーストラリアで起こった。
オーストラリアの砂漠地帯、エアーズロックから二〇キロほどの場所に現われたのは、巨大な陸亀だった。どれくらい巨大かというと、甲羅の長辺が一〇〇メートルを超えている。エアーズロックと比べればさすがに小さいが、これまで現われたモンスターの中では間違いなく最大。「タイタン」と名付けられた。
これだけ巨大だとクロスボウをチマチマ打ち込んだところで効果はないだろう。オーストラリア政府はそう考え、当初から軍による討伐が画策された。幸いだったのはタイタンがあまり動かなかったこと。準備のための時間は十分に確保された。
ただし、準備したからといって討伐できるかは別問題である。空対地ミサイル、地対地ミサイル、巡航ミサイルなど合計で一〇〇発以上のミサイルが打ち込まれ、榴弾砲にいたっては一〇〇〇発以上が叩き込まれた。だがその全てをくらってタイタンは無傷だった。
この結果にはオーストラリアの政府も軍も頭を抱えた。最終的にオーストラリア政府はアメリカ軍に出撃を要請。これを受けてアメリカ軍はすぐさま戦略爆撃機を発進。地中貫通爆弾による攻撃が試みられた。
「一撃で仕留めてやるぜ」
当初そう息巻いていたアメリカ軍だが、すぐにその顔を引きつらせることになった。地中貫通爆弾は見事タイタンにダメージを負わせたものの、討伐するにはいたらなかったのである。
すぐさま二発目の地中貫通爆弾が投じられた。だがタイタンはそれにも耐えた。祈るような思いで投じられた三発目の地中貫通爆弾によって、ようやくタイタンは討伐されたのだった。
この一件の後、ネット上では「モンスター硬すぎ問題」があちこちの掲示板などで盛り上がった。そこでの考察によれば、「モンスターは障壁のようなものを持っていて、個体差はあれど一定以下の攻撃は全て弾いてしまう」のではないか、とされた。
「ただし、近接戦闘は除く」
「ゼロ距離で銃を撃ってもモンスターには効かないぞ。むしろ怪我する」
「斧大活躍中。むしろ槍が必要じゃね?」
「槍衾を作って突くんだよっ!」
「原始人は正しかった。いまや石器が最先端」
「歴史は繰り返す、ということか……」
「一体何周してんだよw」
「いや、真面目な話、魔石で石槍作れば最強じゃね?」
などなど。ネットのコメントが無責任なのはいつものことだが、しかしいつも的外れというわけでもない。特にどこかの高校生はこの考察が結構いい線をついているのではないかと感じていた。
[では、検証してみたらどうだ?]
「ヤダよ、あんな怪獣に突っ込むなんて。だいたい、オレじゃ検証にならないだろ」
まあそんな高校生のことはさておいて。モンスター関連で言うと、面白い結果を出したのは中国だった。
あるとき北京の天安門広場に、「帯玉」と呼ばれる事になるモンスターが出現。帯玉は直径が二メートルほどの球体で、魔石を中心に何本もの帯が巻き付いているようなモンスターだった。そしてその帯がほどけて周囲を攻撃するのだ。
帯玉は二つの点で特異なモンスターだった。第一に生き物を模した姿ではない。これまでのモンスターは動植物っぽい姿をしていたが、帯玉はその例から外れた。第二に生きている間から魔石が確認された最初の例となった。魔石がモンスターにどう作用しているのか、今後それを研究する上で重要な資料になると言われている。
さて、天安門広場には警備のための兵士が多数配置されていた。突然のモンスター出現に驚きつつも、彼らはすぐに行動を開始した。まずは発砲が行われたが、当然のように効果はない。ただ幸運だったのは、彼らが銃剣を装備していたことだ。
兵士たちは帯玉を取り囲み、銃剣を駆使してその“帯”を一枚ずつ処理していった。当然ながら兵士たちの側にも被害が出たが、そこは人海戦術でカバー。最後に魔石を銃剣で砕いて帯玉は討伐された。ちなみに魔石を砕いた兵士は後に国家主席から直々に勲章を授与されている。
さてこの戦闘のなかで、実はもう一つ興味深い事柄が起こっていた。最初に発砲が行われたが、そのうち一発の銃弾が帯をかいくぐって魔石に届いていたのだ。もちろん魔石は無傷だったわけだが、興味深いのはそこではない。
この銃弾、どうも魔石に直接弾かれたというわけではなさそうなのだ。残されていた映像を見る限りでは、どうも魔石に触れる直前に弾かれている、ようなのだ。つまり魔石の周囲に何か特殊なフィールドがあり、それが銃弾を弾いたのではないか、と考えられるのだ。
モンスターに関する新たな、そして重大な知見と言って良い。だが中国政府はこの情報を秘匿。一般には公開しなかった。
後日公開されたのは「人民解放軍兵士の勇壮なる戦い」と題する動画で、編集と効果音などによってまるで映画のようにドラマチックな内容になっていた。要するにプロパガンダであり、「中国式社会主義の優位性が証明された」と謳っている。
何に対する優位性なのかはともかくとして。各国政府が注目したのはプロパガンダではなく、銃剣のほうだった。動画を見る限り、編集分を差し引くとしても、銃剣はモンスターに有効だ。まあ、直接手に持つ武器なので当然と言えば当然なのだが。だが銃剣なら斧よりもリーチが長いし、訓練を受けている兵士もいる。
それでこの天安門広場での一件以降、モンスター討伐の現場に銃剣を装備した兵士が多数投入されていくことになる。日本の自衛隊でも同様の検討が行われ、対モンスター用に銃剣部隊が設けられたりした。
「銃が事実上使えないのに、わざわざ銃剣にする必要があるのか?」
そういう意見もあったが、すでにある装備を活用するという意味でも、銃剣は対モンスター用に有用だった。槍だの剣だの、そんな中世の武器を大真面目に運用している軍隊などどこにもないのだから。
ちなみに。自衛隊で銃剣部隊が設けられたことが報道されると、警察庁は対抗して「抜刀隊を設立してはどうか」などという案が出た。それを知った某高校生は「明治かよ」と突っ込んだとか。余談である。
シキ「しかし、アキは抜刀隊を笑えないのではないのか?」
秋斗「アナザーワールドはファンタジーだから良いんだよ」