動画の反響2
「本当ですか!?」
受話器を取った前川昇は、電話の相手から報告を聞いて思わず歓声を上げた。魔石を加工して作った鏃。その鏃を用いたボウガンの矢が、見事にモンスターを仕留めたというのだ。
佐伯商事の会長、佐伯勲から情報提供を受けた後、昇らは独自にその動画について検討を行っていた。その結果、一定程度は信憑性があると判断したのだが、実際に検証を行い、そして結果が出るまでは平坦な道のりではなかった。
『そんなオカルトみたいな話、君たちは本当に信じているのか。もし失敗して、挙句に死者でも出たら、どう責任を取るつもりだ』
まず一部の議員や閣僚からそんな発言が出たのだ。要するに責任を取りたくないのである。動画自体は全世界に公開されている。海外での検証結果を待てば良い。彼らはそう主張したが、昇はこう反論した。
『各国がすでに動き出しているという情報もあります。平等に情報公開されている中で日本だけが出遅れれば、世論はどう思うでしょう? ましてその間に被害者が出たら? 今の政府には危機対応能力がない、とまた野党に攻撃材料を与えることになります。野党も件の動画のことはそのうち知るでしょうし、当然国会で追及するでしょう。その場合、支持率がどうなるか……』
ラフレシア事件以来、現内閣は支持率を下げ続けている。その最大の理由は「モンスター対策が進んでいないから」、つまり危機対応能力を疑問視されているのだ。さらに現在にいたるまで、「現場任せ」以上の対策を打ち出せていない事についても、世論の目は厳しい。
この上、日本が対策で出遅れ、さらにそのために被害者が出てしまったら、内閣支持率はどこまで下がるか分ったものではない。要するに「この件では何もしないことがリスクだ」と昇は訴えたのだ。
『いや、しかしだな、前川君……』
『もちろん検証を命じたからと言って、すぐさま検証を行えるわけではありません。我々が確保している魔石は少ないですから。当然、鏃の数も少なくなります。さらにモンスターはどこに出現するのかわかりません。もしかしたら海外の方で先に結果が出ること言うこともあるでしょう』
『ならそれを待てば良いではないか』
『しかし野党は「政府は何をしていたのか」と言うでしょう。まさか「何もしていませんでした」と答えるわけにはいかないはずです。迫られて検証を行うことになるよりは……』
『検証を命じておけば、結果が出ずともアリバイにはなる、か……』
昇は大きく頷いた。検証についてのゴーサインが出たのは、この翌日のことだった。もっとも彼自身が語っていたように、検証を始めたからと言ってすぐに結果が出るわけではない。現場に特製の矢を配り終えた後、彼はジリジリと焦る気持ちを抑えながら結果を待った。
結果を待つ間、昇らは海外の動きを注視していた。やはり件の動画について知ったのだろう、似たような検証を行う動きが各国に見られた。中国では民間人が持つ魔石を強制的に徴用しているとかで、すでに一万本近い矢が作られているという噂だった。
動いているのは国だけではない。民間企業、とくに軍需産業関連の企業も動き出している。その動きが特に活発なのはアメリカだった。ある企業は「モンスターにも通用する銃器を開発する」とぶち上げ、窓口を設置して魔石を買いあさっている。この動きは他の企業にも広がり、一時魔石はグラム当りの値段が金よりも高くなった。
『現代のゴールドラッシュ』
あるネット記事はこの動きをそのように評した。それが適切であったかはわからないが、供給量でいえば魔石は間違いなく金よりも貴重だった。モンスターを狩るためのハンター集団が各地に誕生しているとかいないとか、そんな話がまことしやかに語られた。
さらに全米ライフル協会は企業の動きを支持。「国民の自由と財産と安全を守るため、国は軍需産業へ予算を投じるべきだ」と主張してロビー活動を活発化させている。モンスターという新たな脅威を前にして、銃規制の機運は萎みがちだった。
さて、昇が見込んだ通り、件の動画の検証結果は日本よりも海外で先に出た。それが最初の例であったのかは分からないが、最初に世界に向けて結果を公表したのはオーストラリア。車載カメラで撮影された、サイのようなモンスターの身体にボウガンの矢が刺さる様子が公開された。
こうして件の動画が本物であることが確認された。鏃の素材に魔石を用いれば、射撃武器であってもモンスターに通用するのだ。この知見は画期的と言えた。ただこの一例をもって世界が変わったわけではない。魔石の価値は上がったが、しかしそれだけだ。魔石の価値とモンスターの脅威は比例していて、今のところ落ち着く気配はなかった。
[魔石を用いればモンスターに対処しやすくなる。だがそのためにはまずモンスターを倒さなければならない。トートロジーというか何というか……]
『ま、要するにまったく足りてないってことだよな。そして足りる頃には用なしになっている可能性が高い、と』
[重要なのは魔石に値段がついたこと、つまりその価値が認められたことだ。それはモチベーションに繋がる]
『日本でどうなるか分からないけど……。今のところはそれで納得するしかない、か』
[国際郵便で魔石を送ってみたらどうだ? もしかしたら大金が振り込まれるかもしれないぞ]
『止めとく。どっかで消えそうだ』
ある高校生とその相棒がそんな会話をしたとかしなかったとか。まあそれはさておき。海外での検証結果は出たが、日本での検証結果は出ていない。日本独自の検証は続行された。そしてその結果が出るまでの間、昇らは何もしなかったわけではない。
この間に彼らが行ったのは法整備である。それ自体は以前から行っていたことだが、その法案が国会へ提出されたのはオーストラリアの一件のすぐ後だった。
簡単に説明すれば、これはモンスターを「モンスター」として定義し、普通の動物と区別するための法案である。なぜそんなモノが必要なのかというと、日本には動物愛護法があり、狩猟も免許が必要だからだ。つまりモンスターを動物と定義すると、これをハントした一般人は罪に問われる可能性がある。
そこでモンスターを「モンスター」と定義し、動物愛護法などの枠外に置くことにしたのだ。ちなみにその定義だが、簡単に言えば「死体を残さず、魔石を残す存在」とされていて、つまり討伐してみるまでは確定できない。本末転倒な気もするが、モンスターがまともな生物でないことは倒してみるまでもなく一目瞭然なので、あまり問題にはならなかった。
『政府は国民に対し、モンスターの討伐を奨励するのか?』
法案が出されたのがオーストラリアの一件のすぐ後だったこともあり、そのような声は各方面から聞こえた。「政府は対応能力がないことを認めた」とか「政府が魔石を確保するための法案」という見方が出たのだ。
政府はそれを否定したが、国際的な潮流のなかで日本政府もまた後に魔石の買い取りを行うようになる。そして日本におけるその流れを作る一端となったのが、この法案であることは間違いないだろう。
そしてオーストラリアの一件からおよそ一ヶ月後。海外で同様の結果が次々に発表される中、ついに待ち望んだ検証の結果が昇のもとへ報告された。結果自体に目新しさはないが、日本における最初の結果という点では意味がある。そしてこれでともかく日本だけが出遅れるという事態は避けられたわけである。
「……はい、はい、分かっています。現状が実験以上のものではないことは承知しています。対策として実効性を持たせるには、何よりも現物が必要。こちらとしてもできる限りのことはしたいと思っています」
昇は電話の相手にそう答える。それから彼は受話器を置いた。彼は手応えを感じていたが、同時に今後の見通しが厳しいことも認めている。この検証はただの実験。この結果を生かしてモンスターの被害を抑えるためには、しかし魔石が足りていない。
(各国はすでに魔石の確保を急いでいる)
銃が効かない現状、モンスターに対して離れた位置から攻撃するには魔石を用いるしかない。いやそれ以上に、魔石を加工した武器がモンスターに対して有効であることが分かったのだ。さらに魔石に関しては今後さらに新たな知見が出てくる可能性もある。すでに戦略物資と言って良く、これの確保を急ぐのは当然のことだろう。
だが「確保する」と言っても簡単ではない。魔石の鉱脈など存在しないからだ。魔石を得るにはモンスターを討伐しなければならない。為政者にとっては頭の痛い特性だろう。ただしこの点、昇はむしろメリットと捉えている。
鉱脈がないということは、この戦略物資を他国に依存する必要がないということでもある。日本は資源の乏しい国だ。資源を他国に依存することの苦しさを彼もよく知っている。だが魔石に関しては各国横一列であり、ある意味において極めて公平だ。
(とはいえ……)
とはいえ日本のお国柄として、国民に対して「積極的にモンスターを狩りましょう!」なんていうキャンペーンは行えない。中国あたりは国家が主導し、アメリカなどは企業が率先しそうだが、日本では無理だ。官民のどちらからもそういう動きは出ないだろう。少なくとも現時点では。
(現状できることは……)
一般人が自衛などのためにモンスターを討伐した場合、決して罪に問われることのないようにする。まずはこれが最重要だが、そのための法案はすでに出している。あとは一般人が手に入れた魔石を政府で買い取るための予算が必要だ。
問題は民間の動きだ。民間でも魔石を買い集めるような動きがあれば、その値段は際限なく跳ね上がっていくことになる。現在でさえ、グラム当りの単価は金より高いのだ。ただこれは量が少ないことも関係している。買い取り数が少なければ予算は抑えられるし、数が増えれば自然と値段は下がるだろう。
(まあ、戦闘機よりは安いさ)
昇はそう内心で嘯いた。さらに考えなければならないのは魔石の国外流出だ。前述した通り魔石はすでに戦略物資であり、その国外流出は何としても阻止しなければならない。そのための法案も必要だろう。
さらに昇は必要と思える対策を箇条書きにしていく。そして項目ごとに具体的にどうするのか、その概要をまとめる。その作業をしている最中、彼の頭にふとこんな疑問が浮かんだ。
(あの動画を公開したMr.とは、一体何者なのか……)
幾つかのSMSサービスでMr.を探してみたが、それらしき人物は見つからなかった。動画では全編英語が用いられていたので、海外の人間だとは思うが、要するに何も分からないというのが現状だ。
ただ彼の公開した動画で世界が動いたことは事実だ。彼が公開している動画は今のところ一つだけだが、今後さらなる動画の公開もあり得るだろう。そこから一体どんな知見を得られるのか、楽しみであり恐ろしくもある。
本格的に捜査するべきだろうかと考え、昇はそれを否定する。魔石を鏃にするというのは、ある種のひらめきだ。そのひらめきがブレイクスルーに繋がったことは事実だが、投稿された動画はまだ一本だけで、つまり「たまたま上手くいった」のだろう。
(まあ、チャンネル登録くらいはしておくか)
そう考え、昇はスマホを取り出した。同じように考えた者は多数いたらしく、Mr.のチャンネル登録者数はすでに四桁に届いていた。
昇「Mr.……。逆に女かもしれんな」




