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果てと壁2


 コールプレート(アリス)で連絡してから数十秒後、アリスは純白の翼をはためかせて秋斗の近くへ舞い降りた。本日の装いはツナギのような黒いボディースーツ。グリフォンを調教中だったからなのかな、と秋斗は思ってしまった。


 とまれ、呼び出しておいていきなり用件に入るというのもアレだ。秋斗はまずイスとテーブルを出してもらい、そこへお茶の用意をした。紅茶は相変わらずティーバッグだが、勲からもらったモノなので、それなりのモノだ。たぶん。


「ほう、これは、なかなか……」


 専門家みたいな顔してマカロンを食べるアリスだったが、秋斗は知っている。彼女の紅茶は砂糖の大量投下のためにゲル状になっていることを。「それじゃあ味なんて分からねぇだろ」と心の中で呟きながら、秋斗は彼女の向かいでブラックコーヒーを啜った。


「そう言えばさ……」


「ん、なんじゃ?」


「なんでまた、グリフォンの調教を?」


「暇つぶしと、あとはちょっとした確認かの」


「暇つぶしは良いとして、確認って何の確認だ?」


「まず前提じゃが、モンスターのテイムというのは、有史以来成功した事がない。そもそもモンスターはまともな生物ではないからの。脳ミソや胃袋をもっているわけではない以上、そこへ訴えかけて手懐けることはできないわけじゃ」


 そう言ってアリスは肩をすくめた。だが秋斗には別の手段が思い浮かぶ。彼はその点についてこう尋ねた。


「魔法的にはどうなんだ?」


「それも検証されたが、魔法的な干渉というのはどうも弾かれるらしい。かといって干渉を強めればそのまま倒してしまう。まあそんなわけでモンスターのテイムはこれまで成功してこなかった」


「でも、アリスはそれをやろうとした?」


「うむ。当然じゃがこれまでテイムを試みてきたのは全て人間じゃ。一方で我はモンスターじゃ。モンスターがモンスターをテイムすることは可能なのか。暇つぶしがてら、ちょっと検証してみたわけじゃ」


 なるほど、と秋斗は思った。例えばオーク・ジェネラルやゴブリン・ロードのように、モンスターがモンスターを率いるという事例は珍しくない。ただ上記の例は何というか、「そうあれかし」と規定された上で出現しているようにも思える。モンスターによるモンスターのテイム。その成果はいかに。秋斗は率直に尋ねた。


「それで、調教のほうはどんな感じなんだ?」


「うむ。“お手”を覚えさせたぞ。次は“お座り”じゃな」


 アリスは得意げにそう答えた。犬のしつけでもしているかのような口ぶりだが、彼女が調教しているのはグリフォンである。グリフォンが“お手”と“お座り”をしている様子を想像して、秋斗は思わずほっこりしてしまった。


「んん! じゃあ、モンスターならモンスターをテイムできるってことでいいのか?」


「さて、の。思い通りに操れるのかは分からぬし、戻ったらもう我のことなど忘れておるかも知れぬ。あまり期待はしておらぬよ」


 アリスはむしろ淡々とそう答えた。ただその一方で、過去において“お手”も“お座り”も成功させた人間はいないことを彼女は知っている。だから彼女は自分の成果に一定の手応えを感じてはいた。


 もっとも、だからといってどうこうというわけではない。仮にグリフォンを一〇〇体従えてみたとして、それでもアリス一人の方が強い。片手間に殲滅できるだろう。そもそも彼女が今欲しいのは手足ではなく頭脳。そういう面から言っても、モンスターを何体テイムしたとして、そのことに暇つぶし以上の意味はない。


(まあ、自分のスペックの確認じゃな、これは)


 アリスは心の中でそう呟いた。そして最後のマカロンを口に運ぶ。饗されたスイーツを全て平らげると、彼女はおもむろに本題に入った。


「して、アキトよ。今日は何の用じゃ? マカロンを我に貢ぎたかっただけなら、大義と褒めてつかわすが」


「んなわけあるか。……アレが何なのか聞きたかったんだよ」


 そう言って秋斗は“壁”を指さした。半透明の、淡い黄色をした巨大な壁。いや壁というよりは障壁と言った方がイメージ的には近いかも知れない。ともかくこちら側と向こう側を隔てるソレを指さして、秋斗はその正体を尋ねる。果たしてアリスの返答は簡潔だった。


「それは次元の壁じゃな」


 アリスは秋斗が指さす壁を一目見てそう答えた。「さすが」と思う反面、何を言っているのか秋斗には良く理解できない。彼が視線で説明を求めると、彼女はさらにこう言葉を続けた。


「要するにこちら側と向こう側の間に、位相のねじれた空間が存在しているわけじゃ。三次元的に見るとすぐに道路が続いているように見えるが、より高次元の視点から見ればもっと距離が空いているように見えるじゃろうな」


「えっと、つまり?」


「物理的な壁ではなく、空間的な壁ということじゃ」


 アリスとしては簡潔にまとめたつもりなのだろう。だが秋斗にはやっぱりさっぱりだ。彼が眉間にシワを寄せていると、アリスは苦笑してさらにこう説明する。


「空間的な断絶じゃからな、物理的に破壊することはできぬ。というか無意味じゃ。この壁を越えるには、そうじゃなぁ、一種ワープ的な手法が必要になるやもしれぬ」


「何か良く分かんないけど……。なんだってそんなモノがこんなところに……」


「別にここだけの話ではないぞ。似たようなモノは世界中、アナザーワールド中にある。魔素のせいで諸々の法則がおかしくなっておるからな」


 やれやれ、と言わんばかりにアリスは肩をすくめた。つまり世界中で自然法則や物理法則がおかしな事になっているのだろう。それも魔素のせいで。ちょっと前に見つけた石版の言葉が思い出されて、秋斗はこう呟いた。


「【魔素は摂理を再定義する】か……」


「ん、何じゃ? その言葉は」


「さっき石版を見つけてね。そこからの情報」


「ふぅむ……。【魔素は摂理を再定義する】か……。言い得て妙じゃの」


 そう言ってアリスは感心したように一つ頷いた。ということはこの言葉は彼女から見ても的を射ているのだろう。ウソ情報だとは思っていなかったが、真実味というか、重要性が増したように秋斗は思えた。


 まあそれはそれとして。今は壁の話である。アリスが言うところの「次元の壁」があるために、秋斗は向こう側へ行くことが出来ずにいる。そしてこの壁はあまりにも巨大で、迂回もできそうにない。それで彼は率直にこう尋ねた。


「どうにかして向こう側に行けないか?」


「ふむ。行くだけなら我が連れて行ってやっても良いが。我は空間跳躍ができるからの」


「お、じゃあ……!」


「……いや、やっぱりダメじゃ」


「え~、何でだよ?」


 心変わりしたアリスに、秋斗は不満げにそう尋ねる。彼女は足を組んでこう答えた。


「壁は自力で越えなければならぬ。それができないと言うことは、向こう側へ行く資格がないということじゃ」


 アリスは真剣な眼差しでそう答える。その眼差しに射貫かれて、秋斗は反論の言葉を失った。もしこの壁がふるい的な役割を持っているとしたら、他力を借りて壁を越えても、後で困るのは結局自分ということになりかねない。


「そういうこと、なのか……?」


「知らん。それっぽいことを言ってみただけじゃ」


「おい」


 秋斗がジト目で睨むが、アリスはニヤニヤと笑ってどこ吹く風だ。それでも彼が睨むのを止めないと、アリスは肩をすくめてこう言った。


「それにじゃ、我の空間跳躍がお主にとって安全かは分からぬぞ?」


「む……、それは、そうだけど……。じゃあ、壁に穴を開けて抜け道を造るとかできないか?」


「恐らくできるじゃろうな。ただ見たところ、穴を開けても時間が経てば元に戻ると思う。その度に呼び出されるのは、ちと億劫じゃな」


 アリスの笑みがやや凄みを増す。まるで「そうそう便利に使えると思うな」と言われているようで、秋斗はちょっとギクリとした。


 今回だけということにすれば、アリスはたぶん抜け道を造ってくれるだろう。だがそれ以降はどうするのか。それにアリスは「知らん」と言ったが、この壁に篩的な役割があるかどうかは決して否定されたわけではないのだ。


 ではどうするのか。結局、自分でやるしかないということだ。だが秋斗は空間跳躍も次元の壁に抜け道を造ることもできない。できないことと分からないことばかりが目の前にあって、何かする前から「無理だ」と思ってしまう。


「…………」


 それでも彼は立ち上がった。彼は壁に近づいて竜牙剣を構える。そして集中力を高め、魔力を練り上げる。念じるのは一つの言葉。


(【魔素は摂理を再定義する】……。なら魔素に命じてこの壁を突破することもできるはず……!)


 秋斗が魔力を練り上げるにつれて、彼の周囲にふわりと風が吹く。それを見てアリスが「ほう」と呟いた。彼は眉間が痛くなるほど集中力を高め、ゆっくりと竜牙剣を大上段に振り上げる。そして……。


「……っ、ハァァアアア!」


 彼は勢いよく竜牙剣を振り下ろした。身体にも剣にも、これまでで間違いなく最大の魔力を込めてある。加えて集気法を使い、さらに底上げをしている。そこに込められているのは「壁を突破する」という思念。その思いを乗せた刃は真一文字に振り下ろされ、


「っ!?」


 しかし次元の壁は小揺るぎもしなかった。しかも「諸々の法則がおかしくなっている」はずなのに、作用反作用の法則は間違いなくはたらき、つまり衝撃の全てが跳ね返ってきた。多量の魔力を喰わせていた竜牙剣は無事だったが、しかしだからこそ跳ね返ってきた衝撃は全て秋斗の手首へと襲いかかる。


「ぐぅぅぅぅ……!」


「阿呆じゃのぅ」


 手首を押えてうずくまる秋斗へ、アリスは生暖かい視線を向ける。しかしその口元には面白がるような笑みが浮かんでいるのだった。


アリス「間抜けじゃのう」

秋斗「ひどくなっている!?」

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