動画の反響1
夏休みが終わった。ちなみに勲が昇に例の動画のことを伝えた時には、すでに夏休みは終わっていた。とはいえ残暑は相変わらず厳しく、「夏休みはもうちょっと長くても良いんじゃないかな」と秋斗は思っている。
まあそれはそれとして。二学期が始まり、秋斗ら高校三年生は完全に受験モードに突入した。夏休みからそうだった者は少なくないが、授業もほぼほぼ受験に向けた内容になっている。放課後には補習も始まり、秋斗や紗希たちが自主的に行っていた勉強会は解散になった。
「アキ君ってさ、本当に大学行く気、あるの?」
「なんだ、紗希。藪から棒に」
ジト目を向ける紗希に、秋斗はそう聞き返す。彼女は秋斗の怠慢をこう指摘した。
「だってアキ君、夏休みもそうだけど、放課後の補習も全然出てないじゃない」
そう言われ、秋斗は少し困ったように苦笑する。紗希の言うとおり、彼は学校が用意した補習プログラムには出ていない。だがそれは決して勉強していないと言うことではない。それで彼はこう抗弁した。
「自分でやってるよ。ちゃんと」
「ホントに~? アイス食べて終わってるんじゃないの?」
「アイスではない。最近は、まんじゅうが多い」
「きぃ~、粒あんなんて邪道よ!」
いつぞやと同じようなセリフを繰り返す。ちなみにまんじゅうは勲が送ってきてくれたものだ。ただそう答えても、当然ながら紗希の疑わしい視線は緩まなかった。それで秋斗は肩をすくめてこう言った。
「まあ、次の模試で結果が悪かったら補習も出るよ」
ちなみに秋斗は次の模試でばっちりとB判定を出し、紗希を「ぐぬぬ」と悔しがらせた。
まあそれはそれとして。では例の動画の反響はどうであったのか。九月末の時点で再生回数は20万回を超えた。かなりの反響、と言って良いだろう。ただその一方で秋斗が心配していたような、直接接触を求めるような反応はほぼない。それで彼としてはちょっと肩すかしを喰らったかのような気分だった。
[そういう話が来ても、結局会わないのだろう?]
「そりゃ、当然」
「なら話が来ようが来るまいが変わらない。それに、実際に会って何を聞くのか、という話でもある]
「まあ、伝えるべきは動画の中で全部伝えてあるからな」
秋斗とシキはそう話し合う。コメント欄を見れば、懐疑的なコメントも多い。「CGだ」とか「フェイクだ」とか、予想通りのコメントが寄せられた。他にも「どうやってモンスターを見つけたんだ」とか「一体目をどう倒すかが問題」とか、そんなコメントもある。
ちなみにコメントの大部分は英語である。そのせいか、秋斗はどこか他人事のようにコメントを流し読みしていた。
「しかしまあ、好き勝手言っちゃって」
[そういう場所だろう、コメント欄とは。気になるなら、今からでも書き込みオフの設定にするか?]
「いや、別に良いけど。どうせ放置するし」
そう言って秋斗は肩をすくめるのだった。動画に関する直接的な反応はそんなものだったが、では勲が暗躍した成果はどれほどのものだったのか。実のところ、秋斗はまったく把握していない。そしてそれは勲も同様だった。つまり表だった成果はまだない。その理由について、シキはこう推測を述べる。
[数が少ないのだろう]
「数って、何の数?」
[確保している魔石の数と、そもそも出現するモンスターの数、だな]
確保している魔石の数が少なければ、当然ながら作ることができる鏃の数も少なくなる。つまり現場に十分な数が行き渡らないことになるわけだ。
またモンスターの出現数も、世界規模で見ればまだまだ少ない。少なくともアナザーワールドのエンカウント率にはほど遠い。すると新兵器を試したくても試せないような状況が起こることになる。
「モンスターが増えると被害も増える。だけどモンスターがいないと対策の有効性の確認もできない。なんともまあ悩ましい。二律背反だな」
[視聴者の中には、軍や警察の関係者もいるだろう。結果が出るまでは待ちの一手だな]
シキの言葉に秋斗も頷く。勲も同じようなことを言っていた。彼の場合、内心は秋斗よりも切実だろうに、それを表には出さない。その忍耐力は見習わなくちゃだな、と秋斗は思っている。
まあ、そんなわけで。動画を公開した成果と呼べるモノは今のところまだ何もない。それで二本目の動画についてはまだなにもない。ネタは幾つかある。だが「魔法の使い方講座」なんて、人類にはまだ早いだろう。秋斗としても、自分から積極的に動画を作ろうという気にはならなかった。
しばらくは様子見だな、と秋斗は思っている。ただ勲の予想が正しいのであれば、モンスターによる被害はこれからもっと拡大していくことになる。果たして様子見なんてしていて良いのだろうか、という想いも彼の中にはあった。とはいえそれでも“身バレ”したいとは思わない。それがやはり彼が積極的にならない理由だった。
さて動画とは関係のない話になるが、特に装備の分野で、最近秋斗には成果があった。以前から「欲しい」と言い続け、主にシキが取り組んできた、ドラゴンの牙を使った剣がようやく完成したのである。
少し振り返っておくと、この剣を作るために必要不可欠だったものは大きく二つ。製法と素材である。製法はアカシックレコード(偽)から参照することができた。権限レベルが上がったことで閲覧できるようになった情報なのだが、「そもそもの情報量が多すぎて調べるのに時間がかかった」とシキは言っている。
[おまけに古文書扱いでな。盲点だった]
そう言ってシキは悔しがった。ただ考えてみれば当然である。アリスが開発された時代、モンスターはすでに一般の人々からは縁遠い存在だった。ドラゴンも同様で、ならばその牙を使った武器の製法が当時の社会で一般的であるはずがない。
ドラゴンの牙を使った武器が作られていたのは、当然、ドラゴンが存在した時代のはずなのだ。そしてそれは大昔であり、その当時の記録が「古文書」と呼ばれているのは必然と言って良い。
そして古文書であることがまた、その解読に時間がかかる要因になった。アカシックレコード(偽)は日本語で読むことができる。ただしそれは文字として登録されたものだけ。つまり画像として登録されたものの中に異世界語が書かれていると、それは日本語には翻訳されないのだ。
そして件の製法が書かれていた古文書は、画像としてアリスのデータベースに登録されていた。当然使われているのは異世界語で、しかも大昔の言語であるから、日本語で例えるならば「古典」である。解読に時間がかかるのも当然であろう。
[イラストがなかったら、それと気付くこともなかっただろうな]
シキはそう振り返る。古文書の中にデフォルメされたドラゴンの挿絵があったことが、シキがその古文書に目を留めた理由だという。そして挿絵があったということは、恐らくソレは清書されたもので、そのおかげで崩した書体が使われていることはなく、そのおかげで何とか解読は可能だったという。
[崩し字は、個人のクセもあるからな。使われていたら解読はお手上げだった]
まあその場合はアリスに解読を頼むという手もあるのだが、それはそれとして。製法は分かった。次は素材である。これはミスリルを使うことになった。例のゴブレットを鋳つぶすのだ。ただしミスリルは必ずしも最適な素材ではなかった。
[ミスリルはどちらかというと、触媒として優れているという話だ。直接ぶつけ合う武器に使うのなら、オリハルコンかヒヒイロカネを使いたいところなのだが……]
「出たな、ファンタジー金属。……そう言えば、ロア・ダイトはダメなのか?」
[ロア・ダイトか……。いや、ダメだな。恐らく刀身自体が脆くなる]
「そっか……。じゃあまあ、ミスリル使うか。無いものは無いんだから仕方ないだろ」
[手に入るまで待つ、という選択肢もあるぞ。今のところ、バスタードソードでも間に合っている]
「……いや、作ろう。余らせていても困らないけど、いざ必要になった時にないと困る」
秋斗はそう言ってドラゴンの牙で剣を作ることに決めた。ただその完成品を見たとき、彼はちょっと自分の決定を後悔した。完成した剣は、バスタードソードに比べかなり短かったのである。
「えっと、シキさん?」
[ミスリルの量が足りなかった]
「あ~、そっかぁ……。ゴブレット一個分だもんなぁ」
そう言って秋斗はシキの説明に納得した。そして改めて完成品に目を向ける。大きさは小太刀くらいだろうか。片刃で、しかも刀身が僅かに反っている。刀なのかと思ったが、分類的にはあくまで剣だという。
[片刃なのは、素材の形状を生かすためだ。あとはこの長さなのでな。斬ることに特化させた]
秋斗は一つ頷いてから、その小太刀のような剣を振るってみる。感触は悪くない。そもそも刀身が短ければ、その分だけ軽くなるしモーメントも弱くなる、つまり扱いやすいのだ。思った以上に使えそうで、ガッカリしていた気分がちょっと上向いた。
「あとは実戦でどれだけ使えるか、だけど……」
折しも満月が近い。この新しい剣がどこまでやれるのかを測る上で、ウェアウルフは良い相手になるだろう。
秋斗「紗希ってこしあん派?」
紗希「え、別に?」