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動画公開


「良し。ここからは私の仕事だな」


 秋斗からのメールで知らされたURL。そのURLから例の動画を見られることを確認すると、勲は真剣な顔をしてそう呟いた。ただし彼はすぐさまこの動画を拡散するようなことはしなかった。


 この動画の画期的なところは、飛び道具を使ってモンスターを倒しているところだ。もしかしたら今後のモンスター討伐に大きな影響を与えるかも知れない。そんな可能性を秘めている。だからこそ少しでもその信憑性を上げる必要がある、と彼は考えた。


 勲はこの動画について、知り合いの大学教授に解析を依頼した。「フェイクかCGと思われる箇所があるかどうか調べて欲しい」と頼んだのだ。もちろん彼自身、そんなものはないと分かっている。だが客観的な証明を彼は求めた。


 そして数日後、結果が出た。「フェイクやCGと思われる加工は認められない」というのがその結論である。書面でその結果をもらい、勲は大きく頷く。そして彼はいよいよ動き始めた。


 彼はまず、ビジネスを通じて知り合った海外の友人達にメールを送った。もちろん例の動画について教えるためである。鑑定結果についても書き添え、そして「もし良ければしかるべきところへこの情報を伝えて欲しい」と書き加えた。


 次はいよいよ本命である。勲はスマホの連絡先を開き、目当ての人物のページを開く。その人物の名前は「前川まえかわのぼる」。内閣官房室に席を置く官僚であり、聞いたところによるとモンスター対策に従事しているという。


「コーヒーをご一緒しませんか? 予定を教えて下さい」


 勲は昇へそうメールを送った。後は返事を待つだけだ。



 - * -



「佐伯会長……!」


 前川昇は今しがた受信したメールの送り主を確認し、目を見開いた。佐伯商事の会長である佐伯勲とは、彼が社長だったころに知り合った。あくまでも仕事上の付き合いで、個人的に親しいわけではない。その彼からコーヒーに誘われ、つまり話したいことがあると言われ、昇は顔を険しくしつつ首をかしげた。


 昇は今、内閣官房室でモンスター対策に関わる仕事をしている。指揮を取っているわけではないが、まあそこそこの地位だ。ただし、肝心の仕事の方は芳しくない。


 モンスター対策と言っても、今のところは「出てきたら倒す」という、まるでモグラ叩きのようなことしかできない。彼らが求められているのはそれ以上の対策なのだが、未曾有のこの事態に頼れる専門家もおらず、有効な手立ては何一つ打てていないのが実情だった。


 唯一救いがあるとすれば、日本がことさら出遅れているわけではなく、世界中が同様であることだろうか。つまり昇らが無能なわけでは決してない。「コイツは政府のポーズだ」という話は聞かないでもないが、彼ら自身は真剣に仕事をしている。ただし前述した通り、それが結果に結びついているとは言いがたい。


 要するにモンスター対策は何もかもが手探りだった。そのくせ、情報化社会を反映してか持ち込まれる情報量だけは多い。しかもそのほぼ全てが役に立たない。玉石混淆というが、石ばかりで玉が見当たらないのだ。


 とはいえ“石”を“石”と確認する作業は必要だ。玉が混じっていることを期待し、今のところその期待は裏切られ続けている。成果の出ない、無為な仕事をしているようにも思われて、昇らの士気は決して高くない。それでも手を抜かないのは、必要であると分かっているからだ。


 さて、そんな中で送られてきたメールである。正直、昇は内心で「またか」と思っている。勲がモンスター対策について何か有益な情報を持っているとは思わない。要するにクレームの類いだと思ったのだ。これまでにも何度かあったことである。


(だが、無視するわけにもいかない、か……)


 会長職に退いたとはいえ、勲は今なお日本経済界の大物である。その人脈には幅広く、また各方面へのパイプは太い。気分を損ねては、今後どんなデメリットがあるか分からない。昇はため息を吐きつつ、イヤな仕事はさっさと終わらせようと思い、今日の午後なら時間があることを伝えた。


 そして指定された時間に指定された喫茶店へ向かう。その喫茶店はこじんまりとした小路にあり、どこか隠れ家的な雰囲気があった。店内に入ると、すぐにコーヒーの芳しい香りが漂ってくる。客の数は少ないが、これは時間帯も関係しているのだろう。


 ただそのおかげで昇はすぐに勲の姿を見つけた。彼が座っていたのは隅の席。昇が向かいに座ると、彼は笑顔を見せてこう言った。


「やあ、前川さん。お呼び立てして申し訳ない」


「いえ。ただ佐伯会長からコーヒーに誘われるとは、ちょっと思っていませんでした」


「ははは。私も最初はどこかのバーでと思ったのですがね。それだと時間は夜になる。孫が一人になってしまいますからね。あまり家を空けたくなかったのですよ」


「なるほど。そうでしたか」


 勲が孫娘を溺愛しているというのは、有名な話である。それで昇も不自然には思わず、そう相づちを打った。それからカウンターの向こうにいるマスターにアイスコーヒーを一つ頼み、それが来るまでしばし待つ。そしてアイスコーヒーを一口飲んでから、昇はこう切り出した。


「それで佐伯会長。今日はどんなご用件でしょうか?」


「では前川さん。まずお尋ねしたいのですが、対策室の方では最近、何か有効な手立ては見つかりましたかな?」


「残念ながら目立った進展はありません。ただご承知いただきたいのは、これは我々だけの話ではなく、全世界で同様だということです。モンスターはこれまでにない災害です。予兆もなく、突然始まりました。専門家と呼べる方もいらっしゃいません。つまり今はまだ何も分からない状態なんです。その状態で『対策を』と言われても場当たり的なことしかできないのは……」


「前川さん、落ち着いて下さい。政府の対応を批判したくて、今日来ていただいたわけではないのです。むしろ、対策室の方々はよくやっていらっしゃると思いますよ」


「……失礼しました」


 昇は小さく頭を下げ、それからアイスコーヒーをもう一口飲んでクールダウンする。そんな彼に勲はスマホを差し出してこう用件を切り出した。


「今日、前川さんに来ていただいたのは、見せたいモノがあったからです」


「見せたいモノ?」


 昇が勲のスマホに視線を落とすと、そこには大手動画投稿サイトのページが開かれていた。すでにある動画が視聴できる状態になっていて、要するに「見せたいモノ」とはこの動画なのだろう。


 正直言って期待はしていない。モンスター関連の動画は大抵目を通してあるからだ。だが勲の気分を害さないように断るのも面倒である。見れば満足するだろうと思い、昇はイヤホンを取り出して動画を再生した。


 動画自体は短い。だが動画を見る昇の表情はすぐに真剣なものになった。そして再生が終わると、もう一度同じ動画を見る。それからイヤホンを外し、スマホを勲に返す。昇の表情はやや険しい。


「いかがでしたかな?」


「……本物ですか?」


「知り合いの大学教授に解析してもらいましたが、CGの類いではないようです」


 そう言って勲はクリアファイルに入った書類を昇に見せる。昇はその書類に目を通したが、彼はまだ半信半疑な様子でこう言った。


「大変興味深い動画でした。……しかしトリックという可能性もある。動画は好きに編集できますから」


「はい。それは否定しません。ですが私はこれをお伝えするべきと考えました」


「……その根拠はなんですか?」


「勘です」


「なるほど、勘ですか」


 そう言って昇は薄く笑った。馬鹿にしたつもりはない。経済危機を何度も乗り越え、一代で会社を大きくした経営者の勘である。根拠としては十分だろう。


「……しかし意外でした。会長もこういう動画をご覧になるのですね」


「ははは。実は他人事ではないものでしてね」


 そう言って勲はテーブルの上にあるモノを置いた。それを見て昇の表情が変わる。それはモンスターを討伐すると後に残るモノ。ネット界隈では「魔石」などと呼ばれている石だった。


「遭遇、されたのですか?」


「はい。私ではなく孫が、ですが。ああ、そちらの手落ちだなどと言うつもりはありません。何しろ、ラフレシア以前の事ですから。ただまあそういうこともあって、私なりに色々と調べていたわけです」


「なるほど」


 勲の話に昇も大きく頷く。身内が、それも溺愛している孫娘がモンスターに遭遇したとあっては、確かに他人事ではいられないだろう。昇はそう思いながらアイスコーヒーをまた一口飲み、話題を変えてこう尋ねた。


「ところで佐伯会長。動画の件ですが、私以外にもどなたかにお伝えしましたか?」


「ええ。主に海外の友人たちにメールで。日本に限れば今のところ前川さんだけですが」


「なるほど。よく分かりました」


 昇は大きく頷いた。各国の政府機関がこの動画について知る可能性は高いと思ったのだ。もちろん取り合うかどうかは別だが、情報が持ち込まれる可能性は高い。ならば毎度のごとく日本だけ出遅れるようなことは避けなければならない。ただでさえ現在、内閣支持率は下がっているのだから。


「情報提供に感謝します、佐伯会長。持ち帰って、もう一度精査してみようと思います」


「いえ。そう言って下さればコーヒーにお誘いした甲斐があったと言うものです。よろしければこちらもお持ち下さい」


 そう言って勲は鑑定書と魔石を昇のほうへ押しやった。昇は「よろしいのですか?」と尋ねたが、勲は「構いません」と答える。昇は礼を言ってからそれを受け取った。そしてアイスコーヒーを飲み干してから、慌ただしく喫茶店を後にする。勲はそれを見送ってから、ホットコーヒーのおかわりを注文する。それをゆっくりと飲みながら、彼はこれからのことを考える。


 これであの動画のことをしかるべきところへ伝えることはできた。国がどう動くかは分からないが、最悪日本政府が動かなくても、別の国で実証実験が行われてその結果が公表されればそれで良い。重要なのはモンスター対策を次のステップへ進める、そのとっかかりを掴めるようにすることだ。


(とは言え、これで万事解決とはならない)


 勲の予測はあくまで厳しい。動画で提示されているのはあくまで対症療法であり、その場凌ぎでしかない。昇が言うところの「場当たり的な対応」に変わりはないのだ。根治、つまり以前の状態に戻すことは無理でも、何とか有効なマニュアルを作るところくらいまでは持っていきたい。


(そのためには……)


 そのためにはどんな情報を表に出す必要があるだろうか。場合によっては権力者の欲を刺激するようなこともしなければならないかも知れない。そんなことを考えながら、勲はゆっくりとコーヒーを飲んだ。


昇「ウチはクレーム処理室じゃないんだぞ」

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