動画製作4
動画の撮影。そのTake3もあまり上手くは行かなかった。今度はモンスターが弱すぎたのだ。
「ヂュウ~!」
一体のネズミが秋斗を威嚇する。そのネズミは全身真っ黒で、目だけは赤く、さらに黒いモヤのようなモノを纏ってはいる。しかし小さい。普通のネズミのサイズだ。いや、ネズミとしては大きいのかも知れないが、小型犬のサイズにも遠く及ばない。そしてプレッシャーは皆無だ。
つまり弱い。いや、弱いのは構わない。だがあまりにも弱そうだと、映像としての迫力に欠ける。モンスターを倒したとしても、それが「鏃のおかげではなくただ単にモンスターが弱かったからだ」となっては、動画を公開する意味がない。加えて、こうも的が小さいと矢を当てるのも一苦労だ。
「ヂュヂュウ~!」
雄叫びを上げながらネズミが秋斗目掛けて飛びかかる。彼はそれを右手ではたき落とした。そして足で踏みつけ、そのまま討伐する。残った魔石は、スライムのそれより小さい。それを拾い上げて彼は苦笑した。そしてアリスの方を振り返ってこう頼む。
「アリス、もうちょっと強そうなヤツで頼む。大きさも、もうちょっと大きい方が良いな」
「ぬう、注文の多い奴め……」
アリスはちょっと面倒くさそうな顔をしたが、それでもすぐにTake4へ取りかかった。彼女が腕を突き出すと、先ほどネズミが出現したのと同じ場所で、また魔素が渦巻いて集束を始める。その量はケルベロスの時よりは少ないが、先ほどよりは多いように思えた。
Take3での戦闘は周囲への被害が皆無だったので、場所を移す必要はない。今度こそいけるか、と思い秋斗は弓に矢をつがえた。そしてモンスターが出現するのを待つ。数秒後、彼が見据える先でいよいよモンスターが出現した。
「グゥルルゥゥァァアアア!」
雄叫びを上げながら現われたのは、イヌのようなモンスターだった。サイズは大型犬くらい。秋斗の理想で言えばもうちょっと小さい方が良かったのだが、それでも許容範囲内だ。彼は弓を引き絞り、矢を放った。
「グァ!?」
秋斗の放った矢が前脚の付け根に刺さり、モンスターは悲鳴を上げる。だが一発では倒せなかった。そのことに秋斗はちょっと焦る。矢筒に入っている矢はあと一本。それで倒せなければ、動画は撮り直しだ。
(仕方ない……!)
秋斗は二射目を構え、そこへ少しだけ魔力を流した。シキが作ったこの矢は、実は素材の全てがアナザーワールド産。だから魔力を流すことによる武器強化とか相性が良い。秋斗はしっかりと狙い、モンスターが飛びかかってきたその瞬間、矢を放つ。その矢はモンスターの口の中へ飛び込み、上顎から後頭部へと貫通した
「ガァ……!」
モンスターは短い絶息の悲鳴を上げる。そしてそのまま空中で黒い光の粒子になって消えた。ポトリ、と魔石が地面に落ちる。シキに促され、秋斗はその魔石を拾い上げてしっかりと撮影した。
[カット! よし、こんなモノだろう]
シキの声が頭の中で響き、秋斗はカメラのスイッチを切る。それから彼は「ふう」と息を吐く。そしてアリスの方を振り返ってこう言った。
「アリスもありがとうな。おかげでいい絵が撮れた」
「それは何よりじゃ。では我はもう往くが、あのドラゴンと再戦したいのであれば、いつでも呼び出して良いぞ」
「いや、再戦なんてしないから。死ぬから」
秋斗が若干慌てた様子でそう答える。アリスはそれを見て悪戯っぽく笑ってから、背に白い翼を顕現させて飛び去った。それを見送ってから、秋斗はヘルメットを脱いでストレージに片付ける。そして矢を拾って回収してからダイブアウトを宣言するのだった。
「んじゃ、シキ。動画の編集よろしくな」
[うむ。任せておけ]
リアルワールドに戻ってくると、秋斗はシキに動画の編集を任せる。そして自分は受験生らしく勉強に勤しんだ。
動画が完成したのはその日の夜。秋斗は早速その動画を確認した。最初のシーンは川辺。数秒景色を映した後で、手に持った魔石が画面に映る。そこへ英語のテロップが入り、これからこの魔石を鏃へ加工することが説明された。ただし実際の加工シーンはカットされており、一度ブラックアウトした次のシーンでは完成した二つの鏃が映された。
「まるで三分クッキングだな」
[メインではないところに長々と尺を使っても仕方ないしな]
秋斗とシキはそう言葉を交わす。秋斗が作るとなるとどれだけ時間がかかるか分からないし、まあ当初の予定通りだ。そして動画は次のシーンへ続く。
次は雑木林の中を歩いているところから始まる。そして画面に二本の矢が映された。その鏃はどちらも魔石を加工したもの。そのことがテロップでも伝えられる。そしてさらに今はモンスターを探していることと、この矢を使ってモンスターを退治するつもりであることが説明される。
「この時、後ろにアリスがいたんだよな」
[うむ、いたな。画面に映っていないから、視聴者はまったく分からないだろうが]
「まあ、分かったら困るんだけどな。だけどこうしてみると、動画っていうのはやっぱり作為的っていうか何というか……」
そう呟いて秋斗が苦笑する。どんな動画も映されているのは一部だけで、しかも見せたいところを見せている、ということだろう。実際に動画撮影に携わってみて、彼はそれを強く感じた。
そして動画はさらに次のシーンへ続く。雑木林の中を歩いていたら、大型犬サイズのモンスターが出現する、というシーンだ。それを見て秋斗はまた苦笑を浮かべた。
「ドラゴンとケルベロスはカットか。まあ、当然だけど」
[ネズミもカットだな。ただ動画自体は保存してあるぞ]
「お、後で見よ」
そんなことを話している間に、動画の中ではモンスターが魔素へ還った。二射目は魔力を流して武器強化をしていたのだが、画像で確認する限り一射目と変わらないように見える。これなら公開しても大丈夫だろう。
最後にモンスターの魔石を映して動画は終わった。短い動画だが、伝えるべき事は全て入っている。効果音などの演出は皆無だが、それが逆にリアリティーを高めているのではないだろうか。秋斗はそう思った。
「……ただ、やっぱり揺れが邪魔だな」
[ヘルメットに取り付けたカメラだからな。仕方があるまい。まあ、臨場感が伝わって良いんじゃないか?]
シキの意見に秋斗も頷く。物事は前向きに考えたほうが建設的だ。どのみち、撮り直しをするつもりもないのだから。
さて、こうして動画は完成したが、秋斗はすぐにこれをどこかのサイトへ投稿して公開することはしなかった。その前に一度、勲に見せてチェックしてもらう。なお彼に動画を見せるさいには、アプリの画面共有機能を使った。
「……ほう、良くまとまっている。大したものだ」
動画を見た勲は、顔をほころばせながらそう感想を述べた。彼はまだシキのことを知らない。だから秋斗が一人で動画を作成したと思っている。そのことがちょっと心苦しかったが、話を複雑にしても面倒なので、秋斗は素直に「ありがとうございます」と言っておいた。
「じゃあ、このまま公開してしまって良いですかね?」
「ああ、良いと思うよ。公開したら、後で動画のURLを送ってくれ」
「分かりました」
最後にそう言葉を交わしてから、秋斗はアプリを終了した。そして翌日。彼は電車に乗って漫画喫茶へ向かった。そして個室を借り、そこのパソコンに持参したSDカードを読み込ませる。その中には例の編集した動画が入っている。
[ではアキ。指示通りに頼む]
「あいよ」
秋斗はシキに指示されるままパソコンを操作した。そして何やらよく分からない操作を繰り返した。ただ動画をどこかに投稿するだけなら、こんな面倒な作業はいらない。だが身バレの可能性を少しでも下げたい秋斗は、海外のサーバーを経由して動画を公開するつもりだった。今やっているのはそのための操作である。……繰り返すが、彼自身は何をやっているのはよく分かっていない。
[よし。フリーメールのアドレスも、jpじゃないドメインで取得できた。あとは……]
シキの声は楽しげである。秋斗は「なんだかなぁ」と思いながら作業を続けた。要するにIPアドレスを誤魔化すための作業なのだが、例えば情報機関が本気になって捜査をした場合、どこまで誤魔化せるかは未知数だ。
もっとも今回の動画に関しては、彼はあまり悲観していない。魔石で鏃を作るというのは、特別な情報というよりある種のひらめきというべきモノ。この動画を見たからといって、投稿者がモンスターに対して特別な知見を持っているとは考えないだろう。
何をやっているのか自分ではさっぱり分からない操作を繰り返し、彼は最後に最大手の動画投稿サイトに動画を公開した。ハンドルネームは「Mr.」。ちなみにコメントや問い合わせについては、一切無視を決め込むつもりである。
「よし。ちゃんと投稿できたな。あとはURLを勲さんに送って、と」
メールの送信ボタンをクリックすると、秋斗は「ふう」と息を吐いた。これで頼まれた仕事は終わりである。秋斗は肩の荷が下りた気分になった。そしてそんな気分のまま、動画を公開したサイトをなんとなしに見て回る。気付いたのは、モンスター関連の動画の多さだ。
「まあ、もちろんピンキリだけど……」
中には少数ではあるが、はっきりとその姿を捉えているモノもある。さらにその中でも、モンスターを討伐している動画というのはさらに少ない。そしてそういうモノは再生回数が桁違いだ。中には再生回数が一億回を突破している動画もあった。
「あの動画も、結構再生回数を稼げるかもな」
[広告料が入る設定にはしていないぞ]
「分かってるよ。惜しいことをしたもんだ」
そう言って秋斗はわざとらしく肩をすくめた。いずれにしても、こうして一つの動画がインターネット上に公開された。そしてその動画は、飛び道具を使ってモンスターを倒しているという点で、他には類を見ない動画だった。この動画の反響がどれほどのものになるのか、まだ誰も何も分からない。
秋斗「シキさんのデジタルスキル高過ぎ」
シキ「得意分野だ」