動画製作3
動画の撮影に関してアリスの協力を取り付け、秋斗は安堵の息を吐いた。これでリアルワールドでモンスターを捜し歩くことはしなくて良くなった。彼はアリスに礼を言い、それからおもむろに話題を変えて彼女にこう尋ねた。
「……それはそうとさ、この前言ってたシステムってヤツは、何か手がかりがあったのか?」
秋斗が尋ねたのは、魔素の物質化・アイテム化を司っているシステムについてのことだ。便宜上“システム”と呼んでいるが、このシステムがどこにどういう形で存在しているのか、それはまったく分からない。
だが存在していなければ説明できない事柄が多いので、どういう形であれどこかに存在はしているのだろうと思われる。そしてアリスは世界中を飛び回る傍ら、このシステムについても調べると言っていた。秋斗はその成果を尋ねたのだ。
「うむ。この前話していたように、この惑星を覆う積層結界が怪しいの。どうやらコイツは単純に魔素を封じ込めておくためだけのモノではないらしい。ただ、それが魔素の物質化も司っているかはまだ何とも言えぬなぁ」
切り分けたケーキをフォークの先に刺して、アリスはやや苦く笑いながらそう答えた。彼女の目から見ても、積層結界は非常に高度なモノだ。しかも惑星を丸ごと覆っているだけあって、全容を把握するだけでも一苦労である。
ただ今までに確認した範囲ですでに、この積層結界には魔素の押さえ込み以外にも役割があるらしいことが分かっている。それが例のシステムに関するものなのかはまだ分からないが、そうであったとしてもおかしくはない。
「アリスの直感としては、どんな感じなんだ?」
「どうかのぅ……。外れではないが、当りでもない、と言ったところかのぅ」
「なんだそりゃ?」
歯切れの悪いアリスの言葉に、秋斗は首をかしげる。だが彼女も上手く言葉にできないのか、それ以上の説明はない。それで秋斗も「どの道、不確定情報だし」と自分を納得させ、それ以上突っ込んで聞くことはしなかった。
そしてアリスがケーキを食べ終える。ワンホールあったケーキは、全てアリスの胃袋に収まった。「美味であったぞ」と満足げなアリスに、秋斗は「お粗末様でした」と応じる。それから二人は揃って立ち上がった。
「それで、モンスターの召喚じゃったな。ここで呼べば良いのか?」
「いや、近くに雑木林みたいのがあるから、そこで頼む」
アリスが一つ頷いてから、二人はその雑木林へ向かった。途中、モンスターは一体も現われない。それはまるで、アリスという絶対強者に恐れをなして息をひそめているかのように思われた。
雑木林に到着すると、秋斗は周囲を見渡した。ちょうど良く木々が生えており、それが目隠しになって遠くの風景は分からない。これなら撮影場所についてとやかく詮索されることはないだろう。
秋斗は一つ頷いてから、準備を始めた。ストレージからヘルメットを取りだして頭に被る。さらに弓を手に持ち、矢筒を腰に下げた。矢筒に入っている矢は二本だけで、その先端には魔石を加工した鏃が付いている。
手袋をしてから、カメラのスイッチを入れる。秋斗はまずその二本の矢を撮影した。特に魔石から作った鏃はしっかりと映るようにした。後でテロップを入れ、説明を加える予定だ。それから矢を矢筒に戻し、彼は雑木林のなかを歩き回った。「モンスターを探して歩き回っている様子」を撮影するためだ。ちなみにアリスは画面に入り込まないよう、秋斗の後ろから付いてきている。
[よし。こんなものだろう。ではアリス女史、モンスターの召喚を頼む]
「うむ。任せておけ」
そう力強く答えてから、アリスは足を肩幅に開いた。彼女は大きく深呼吸して集中力を高める。彼女が目を閉じると、魔素だか魔力だか分からないが、何か大きな力が彼女を中心に渦巻いていくのが秋斗にも分かった。
[凄まじいな、これは……]
「ああ……」
秋斗とシキは小声でそう言葉を交わす。渦巻く力は光を伴った風になり、アリスの髪やドレスの裾をなびかせている。彼女自身の美貌も相まって、その光景はいっそ神秘的だ。カメラで録画されているはずだが、こんなものを一般公開できるはずもないので、編集でカットしなければなるまい。
ただ秋斗は徐々に不安を覚え始めた。今アリスが行っているのは、モンスターの召喚である。だがこれほどの力を行使するとなると、召喚されるモンスターも強力になるのではないだろうか。そして彼が一度声をかけたほうが良いかと思い始めたちょうどその時、天高く腕を振り上げてこう叫んだ。
「こいっ!」
その瞬間、魔素が渦巻いた。モンスターが生み出されようとしているのだ。だがそのために用いられる魔素の量が尋常ではない。渦巻く魔素は加速度的にその量を増やしていく。空が暗くなり、風が強くなる。秋斗が「あ、これヤバいヤツだ」と思った次の瞬間、ソレはついに現われた。
大地を踏みしめる太い四肢。前身は堅牢な鱗に覆われている。皮膜のついた翼と長い尾を持ち、口からは鋭い牙が覗いている。ドラゴンだ。しかも小山のように巨大である。もしかしたらギガ・スライムより大きいかも知れない。
「ガァァアアアアア!!」
天地を揺るがすほどの咆吼。放たれるプレッシャーは尋常ではない。鍾乳洞で戦ったドラゴン・ゾンビなど比較にもならない。秋斗はまったく勝てる気がしなかった。彼が咄嗟にダイブアウトしようとしたとき、アリスのちょっと焦ったような声が響いた。
「おっと、これはいかん」
そう言ってアリスは指をパチンッと鳴らす。すると次の瞬間、暗くなった空を貫いて白い光の矢が幾筋も降り注いだ。そして次々にドラゴンへ突き刺さる。ドラゴンは悲鳴を上げて身をよじるが、降り注ぐ白い光の矢の前に何もできず、そのまま一歩も歩くことなく討伐されたのだった。
「いや~、すまんすまん。なにぶん初めてなものでな。勝手が分からなかったのじゃ。許せ」
ドラゴンを瞬殺したアリスが、気楽な調子でそう謝罪する。暗かった空は明るくなり、風も鎮まっている。ドラゴンはすでに跡形もなく、プレッシャーもウソのようになくなっている。ドラゴンそれ自体が夢だったのではないかと思えるほどだが、周辺には破壊痕が残っている。ただしこれはアリスの攻撃によるものだ。
「アリス。アレは無理。絶対に無理だから」
顔を強張らせたまま、秋斗はアリスの方を振り返ってそう言った。確かに全身真っ黒で、目だけは赤く、さらに黒いモヤのようなモノを纏ってはいた。だがアレは無理だ。弓矢二発で倒せるようなシロモノではない。アレはラスボスレベルだった。だが一方のアリスに悪びれた様子はない。
「すまんと言っておるじゃろう。……ほれ、コレをやるから機嫌を直せ」
そう言ってアリスはドラゴンの魔石を秋斗へ放った。彼女は軽く投げていたが、キャッチしてみるとずっしりと重い。大きさも間違いなくこれまでで最大級だ。秋斗はまた頬を引きつらせた。
「怒ってるわけじゃない。ただ、冷や汗をかいただけだ」
「そうか。ま、次はもう少し上手くやれるじゃろ」
相変わらず、アリスは気楽な調子でそう言った。まるで先ほどのドラゴンのことなど、何とも思っていないかのようだ。いや実際に瞬殺しているのだから、彼女にとってあの程度は歯牙に掛けるほどのものではないのだろう。
そのモンスターに秋斗は「勝てない」と思わされたわけだが。つまりそれがアリスと秋斗の実力差だ。彼女と戦った時のことを思い出し、「あの時は本当に手加減してたんだなぁ」と秋斗は遠い目をするのだった。
まあそれはさておき。ドラゴンのインパクトが強すぎて忘れてしまいそうになったが、今やっているのは動画の撮影だ。先ほどの映像も一部始終カメラに収められているが、まさかそれを公開するわけにはいくまい。撮り直しをする必要がある。ただ派手な破壊痕が残るこの場所で、というわけにもいかない。それで秋斗とアリスは同じ雑木林の別の場所へ移動した。
「Take2じゃ。ゆくぞ」
そう言ってアリスはまた集中を始めた。今度は手を水平に伸ばしている。集束していく魔素の量は、一回目と比べればかなり少ない。「あ、これならいけるかも」と秋斗は思ったが、それは一回目と比べての話で、つまり比較対象が狂っている。いや狂っていたのはドラゴンを目の当たりにした彼の感覚かも知れない。現われたモンスターの姿を見て、彼はそう思った。
「「「グゥルルゥゥァァアアア!」」」
現われたのは三つの首を持つイヌのモンスター、ケルベロスだ。ドラゴンと比べれば大きさもプレッシャーも数段劣る。だがウェアウルフ並の格がある。つまりこのモンスターも、今回の趣旨から言えば強すぎる。
「アウトォォ!」
秋斗はすぐに動いた。弓を放り出し、ストレージからロア・ダイト製の六角棒を引っ張り出す。だが彼がそれを構えるより早く、ケルベロスは三つの首から炎を吐き出した。熱波を感じつつも秋斗はそれを回避し、そのままケルベロスの側面へ回り込む。そして土手っ腹に浸透打撃を全力で叩き込んだ。
秋斗の手のひらに伝わるのは、重い手応え。次の瞬間、ケルベロスの身体は胴体から爆散した。黒い光の粒子になって消えていくケルベロスを見て、秋斗は「ふう」と息を吐く。そして「お~」と言いながら小さく拍手をしているアリスの方を振り返り、こう注文を付けた。
「まだ強すぎるから。もうちょっと弱いヤツを頼む」
「む、まだダメか」
アリスは顔をしかめたが文句は言わなかった。そして二人はまた別の場所に移動する。ケルベロスが吐いた炎のせいで、地面が焦げてしまったからだ。
ちなみにケルベロス戦も録画されていたが、当然コレも公開はできない。
ドラゴンさん&ケルベロスさん「呼び出されたら瞬殺されたでござる」