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動画製作2


 アナザーワールドにダイブインすると、秋斗はすぐに川辺へ向かった。かつて石器を作った川辺である。今日そこへ向かう目的は、「魔石を使って鏃を作った」という内容の動画を撮影するためだ。魔石も石だから、また石器を作ろうというのである。


「まあ、実際に作るわけじゃないんだけどな」


 秋斗は苦笑を浮かべながらそう呟く。鏃を作っている様子をノーカットで撮影するつもりは、実のところ全くない。それが動画のメインではないからだ。よって作成過程はばっさりカットする予定で、「それなら最初から作っておけばいいんじゃない?」ということになって実はもう鏃は完成している。だからこれからやるのは、それっぽい動画を撮ることだけだ。


 予定の川辺に着くと、秋斗はストレージからヘルメットを取りだした。カメラはすでにヘルメットに装着してある。あごひもをしてしっかりとヘルメットを被る。それから彼はおもむろにカメラのスイッチを入れた。


[よし、映った。始めてくれ]


 シキの声が頭の中で響く。実はシキは今、スマホでカメラが撮影している画像をチェックしているのだ。専用のアプリと無線機能を使っての作業である。だから電波が行き来できるように、実はストレージの口が開いている。もちろん画面には映らないが。ちなみに秋斗の視界に干渉すれば彼も画像を確認できるのだが、今のところはまだそうしていない。


 シキの言葉に秋斗は心の中で頷く。そしてまずは視線を水平にしたままゆっくりと頭を動かし、周囲の風景を撮影する。視聴者に場所を分からせるため、つまり日本のどこかではないことを伝えるためのシーンだ。


 数秒かけてそれを取り終えると、秋斗は頭を傾けてカメラを足下に向ける。彼の目にはゴロゴロとした無数の石が映り、カメラにも同じモノが映っているはずだ。それから彼はポケットに入れておいた魔石を取り出し、それをカメラに写した。


[よし、字幕を入れるだけの尺は確保した。次のシーンに移ってくれ]


(あいよ)


 シキの言葉に、声は出さずに秋斗はそう応える。実際の動画ではここで「これからコレを使って鏃を作ります」みたいなテロップが入る予定だ。彼はまた視線を水平に戻し、川の方へ歩いて行く。予定ではここで一旦画面をフェードアウトさせ、次のシーンに切り替える事になっている。ただ編集は後でするとして、この場ではそのまま撮影を続行する。


 秋斗は適当なところで立ち止まる。そしてまたポケットに手を入れた。取り出したのは、小さな鏃が二つ。二つとも先を鋭く尖らせただけで、かえしは付いていない。いや、付けられなかったと言う方が正しい。


 かえしをつけるには魔石が小さすぎたのだ。一撃でモンスターを倒せなかった時のことを考えると、鏃は二つ以上欲しい。それで数を優先した結果、かえしは付けないことになったのだ。


 ちなみにこの鏃は、秋斗がリアルワールドで倒したモンスターの魔石から作られている。鑑定もしたし、魔石の品質に大きな差があるとは思わないが、念のためだ。もっともどうせ矢を射るのは秋斗なので、品質に差があろうとなかろうと関係はないのだが、まあそれはそれとして。


 秋斗は手のひらに魔石から作った二つの鏃を乗せ、それをカメラで撮影する。十分な尺が確保できたところで、シキが「カット!」の声をかける。それを合図にして秋斗はカメラのスイッチを切った。


「ふう」


 身体から力を抜き、秋斗は大きく息を吐いた。慣れないことをやっているせいで、しかも可能な限り身バレはしたくないので、どうにも緊張してしまう。ヘルメットを脱いでストレージに片付けると、彼は大きく身体を伸ばした。


[さて後は矢を作って、それを使ってモンスターを倒すわけだが……]


「アリスを呼ばないとだな。まあ、それも勲さんからケーキが届いてからだ」


 スケジュールを確認するシキに、秋斗はそう答えた。つまり動画の撮影に関しては、今のところもうやることはない。ダイブアウトしようかとも思ったが、少し考えてからスカイウォーカーを取り出した。川向こうの探索範囲を広げておこうと思ったのだ。


 そして動画の最初の部分を撮影した、その二日後。勲から荷物が届いた。真夏の炎天下、厳重に保冷されて届いたその荷物の中身は丸いホールケーキ。それもフルーツをたっぷりと使った、見た目にも美しいデコレーションケーキである。秋斗は一目見て「あ、これ高いヤツだ」と思った。


 ケーキをストレージに収めると、秋斗は準備を整えてからアナザーワールドへダイブインする。そしてすぐにコールプレートを取り出してアリスを呼び出す。「何用じゃ?」と聞かれたので、彼は「美味しいケーキがあるぞ」と答える。彼女は文字通り飛んできた。そして目とよだれを輝かせて秋斗に詰め寄る。


「さあさあさあ! ケーキを出すが良いぞ! そして我に貢ぐのじゃ!」


「分かった、分かったから! ちょっと離れろ!」


 鼻のてっぺん同士がくっつきそうな距離まで詰め寄ってくるアリスを、秋斗は何とか引き離す。引き離して、ホッとして、ちょっと残念に思ってしまったのは内緒だ。アリスがイスとテーブルを用意する。彼女が「早く、早くっ」と急かすので、秋斗は一度大きく息を吐いてからケーキを取り出した。


「おおぉ~!」


 美しくデコレーションされたケーキを見て、アリスが歓声を上げる。彼女の表情は緩みっぱなしだ。だが彼女はケーキに魅了されるだけの腹ペコキャラではない。むしろ彼女は暴君だった。秋斗がケーキを切り分けようとすると、彼女はその前にケーキを丸ごと自分の方へたぐり寄せたのである。


「え……、まさかワンホール全部一人で食べるつもりか……!?」


「無論じゃ。そもそもコレは我への貢ぎ物であろう? ならば我が食べるのは当然であろう。あ、それと茶を所望じゃ」


 アリスは偉そうにそうのたまった。そして秋斗のことなど気にもせずに、どこからともなくフォークを取り出してケーキを食べ始める。カットされたフルーツに生クリームをたっぷりつけて口に運ぶ。彼女は「うまい!」と叫んで顔を蕩けさせた。


 その様子を見て口の端をヒクヒクさせながら、それでも秋斗は紅茶の準備を始めた。今回はなんとティーバッグ持参だ。お湯も、熱いヤツがポットに入っている。マグカップを取り出し、お湯を注いでからそこにティーバッグを沈める。確か「蓋をして、揺らさずにそのまま待つ」のがコツだったはず。


(いっそ無茶苦茶渋いヤツを淹れてやろうか……)


 ささやかな復讐に心が揺れるが、しかし秋斗は自重した。これから頼み事をしようというのだ。ヘソを曲げられては困る。そしてそんな彼の事情を見透かしたかのように、アリスがニヤニヤと笑いながらこう言った。


「だいたい、じゃ。わざわざこんなモノを用意して呼び出したということは、またぞろ聞きたいことか頼みたいことでもあるのじゃろう?」


「う……」


 図星を指されて、秋斗は言葉を詰まらせる。バツの悪そうな顔をして視線を彷徨わせる彼に、アリスはニンマリと笑ってわざとらしくこう言った。


「茶はまだかのぅ?」


「……少々お待ちください」


 秋斗は畏まってそう答えた。いろいろとごまかそうとしているのがバレバレだが、アリスは楽しげに笑うだけで何も言わなかった。そして彼女は秋斗が差し出した紅茶を美味しそうに飲む。当然、砂糖がたっぷりと入った紅茶だった。


「……で、今日は何用じゃ?」


 ケーキを半ホールほど平らげたところで、アリスは秋斗に視線を向けてそう尋ねた。ブラックコーヒーをチビチビと飲んでいた彼は、「いよいよ本題だ」と思って居住まいを正す。そしてこう話し始めた。


「実は動画を撮っているんだけど……。ほら、経験値のない人間でも魔石を使えばモンスターを倒せるっていうアレ。アレの実証動画みたいな感じなんだけどさ……」


「実証動画? じゃがお主では実証したことにならぬであろう?」


「それっぽく見えれば良いんだよ。どうせアッチじゃ、経験値うんぬんなんて誰も知らないんだから」


「んん? では何のための実証動画なのじゃ?」


 ケーキを食べながらアリスが首をかしげる。秋斗はどう説明したものかと考えながらこう答えた。


「あ~、つまりアッチだとまだモンスターへの対処がまだ上手く行っていないんだ。だから『こういう方法があるぞ』っていうのを見せるための動画、っていうか……」


[端的に言えば、身バレせずに情報公開するため、動画の投稿という方法を選んだわけだ]


「なるほどの。じゃがモンスターを倒しているところを撮影するだけなら、我の力など必要あるまい?」


「そのモンスターってのが問題なんだ。向こうのモンスターはコッチのモンスターとは見た目が違うんだよ」


 そう言ってから秋斗はリアルワールドで出現するモンスターの外見について説明する。つまり、墨を塗りたくったように真っ黒で、目だけは赤々としていて、そして黒いモヤのようなモノを纏っていることが多い、という外見だ。そして彼はさらにこう続けた。


「……こういうモンスターは、コッチじゃ見たことがない。だけどアッチで探し回るのも現実的じゃない。だからアリス先生にお願いすれば、そういうモンスターを用意してもらえないかなぁ~、って思ったわけ」


「ふむ……。全身真っ黒で、しかもモヤのようなもの、か……。そうじゃなぁ……」


 そう呟き、アリスは空を見上げた。その目は薄く閉じられている。そしてしばらくすると、彼女は秋斗の方を向いてこう言った。


「やった事はないが、まあ、たぶんできるじゃろう。馳走になったこのケーキの分くらいは、協力してやらぬこともない」


 そう言ってニヤリと笑い、アリスは残りのケーキに取りかかるのだった。


アリス「我、貢がせる女」

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