動画製作1
「……と、まあそんな感じです」
アリスからコールプレートをもらったその日の夜、秋斗はさっそく勲に通信アプリで連絡を入れた。勲はメモを取りながら彼の話を真剣に聞く。秋斗が話し終えると、彼は「ふう」と大きく息を吐いた。そしてメモを見返し、一度頷いてから秋斗にこう言った。
「教えてくれてありがとう、秋斗君。もう少し詳しく聞きたいところがあるのだが、良いかな?」
「良いですけど、オレも聞いたこと以上は分かりませんよ?」
「構わないさ。まずは……」
勲はメモを見ながら幾つか質問をした。秋斗は答えられるものは答え、分からないものはアリスに倣って「分からない」と答えた。そして「次に聞いておきます」と付け加える。勲は満足そうに頷いていた。そして質問を終えると、またメモを見ながらこう言った。
「なるほど……。興味深い話が幾つもある。ただ、今現在最も重要と思われるのは、やはり魔石のことだな」
勲の言葉に秋斗も頷く。現在、このリアルワールドでは多くの国がモンスターへの対応に苦慮している。その最大の理由は銃が、というより射撃武器全般の効きが悪いからだ。このせいでモンスターを駆除する方法は接近戦にほぼ限られてしまっていた。
だがアリスから聞いた話によれば、魔石をぶつける方法なら接近戦でなくともモンスターにダメージが入るという。もちろん、魔石をただぶつけるだけではダメだ。ダメージは入るが微々たるモノだろう。そこでアリスが提案していたのが、「魔石で鏃を作る」という方法だった。
「検証は必要だが……」
勲はそう言って苦笑する。秋斗も苦笑して肩をすくめた。アリスからもらったのはあくまでも情報。実際にやってみて検証する必要がある。だが勲と秋斗の二人では、この検証が行えない。
なぜなら二人とも、すでに十分な経験値を蓄積しているからだ。この二人なら、鏃に魔石を使おうが使うまいが、弓でモンスターを倒すことができてしまう。それでは検証にならない。
「かといって誰かに検証してもらうのも、な」
勲がそう口にすると、秋斗は表情を険しくした。勲には伝手があるから、この情報を公的な機関に伝えることはできる。だが与太話と思われたら、検証してもらうことはできない。信じてもらうためには詳しいことを話す必要があり、するとアナザーワールドや秋斗のことまで話さないといけなくなる。そのことを秋斗は警戒していた。
「やはり、嫌かい?」
「正直に言えば、嫌です」
しかめっ面をしながら、秋斗は正直にそう答えた。自分やアナザーワールドのことが世間に知られれば、どんな目に遭うか分からない。彼はそう思っている。警戒心が強いのか、はたまた被害妄想が強いのか、微妙なところだ。ただ彼の気持ちは勲も理解できる。それで勲はこう答えた。
「分かった。では別の方法を考えよう」
「……嫌だって言っておいてアレですけど、勲さんは良いんですか?」
「秋斗君の懸念は理解できるつもりだ。それに君との関係が拗れてしまったら一大事だからね。そのリスクは避けなければ」
「……ありがとうございます」
茶目っ気を見せる勲に、秋斗はややホッとした顔で礼を言った。勲は一つ頷いてから表情を引き締める。アリスから教えてもらった情報はとても有用だ。このまま死蔵することはできない。どうにかして世の中に伝える必要がある。それも秋斗と勲が表に出ない形で。
それらの条件をどう満たすのか。勲はしばらく考え込むと、にんまりと笑って秋斗にこう提案した。
「秋斗君。動画配信をしてみる気はないかね?」
- * -
夏休みのある日、秋斗はアナザーワールドへ来ていた。避暑のため、ではない。いやアナザーワールドの方が涼しいのは確かだけれども。秋斗がアナザーワールドへ来た理由。それは配信用の動画を撮るためだった。
事の発端は勲の提案である。アナザーワールドや秋斗の存在を隠したまま、しかるべきところへ情報提供を行う。そのために彼はまず、検証は後回しにすることにした。そして情報提供だけで良いのなら、今の時代は匿名で情報公開をする手段がいくらでもある。
勲が考えたのは次のような方法である。魔石を使って鏃を作り、それを使って実際にモンスターを倒す。その様子を動画に撮影するのだ。そしてその動画を投稿する。もちろん匿名で。勲はその動画をたまたま見つけ、その内容に興味を持ち、しかるべきところへ連絡を入れる、という筋書きだ。
『魔石は幾つか確保しているはず。検証は向こうでやって貰うとしよう』
『信じてもらえますかね?』
『それは分からない。ただ、現状何もとっかかりがないんだ。その中で情報が一つ出てきて、しかも検証もそれほど大変でないとすれば、やってみようと考える人はいると思うよ』
もちろんトリックや編集を疑われることはあるだろう。だが今は射撃武器を有効にするための手がかりが何もない状態だ。その中で情報が出てくれば、その真偽を確認することくらいはするだろう。大して手間もコストもかからないのならハードルも低い。勲がそう話すのを聞き秋斗も頷いた。
『なるほど……。でも、なんでオレが?』
『こういうのは、若者の方が得意だろう?』
『いや、やったことないんですけど……』
『何事も経験だよ、秋斗君。ああ、機材なんかはこちらで用意しよう。さすがにスマホだけというのは、やりにくいだろうからね』
どんどん外堀を埋められていき、秋斗が渋い顔をする。そんな彼に勲は小さく笑いながら決定的なことを告げた。
『秋斗君。今回はどうしても君でなければダメなんだ。ほら、こちらと向こうではモンスターの見た目が大きく異なるだろう?』
『あ……』
確かにアナザーワールドとリアルワールドではモンスターの見た目が大きく異なる。アナザーワールドでは普通の動物と大差ない見た目をしているが、リアルワールドのモンスターは黒一色で、しかも何やらモヤモヤとしている。そして当然ながら動画の中では後者のモンスターを倒す必要がある。
『いや、でもオレ、いつどこにモンスターが出てくるかなんて、分かりませんよ?』
『分かっている。そこでだが、アリス嬢の協力は得られないだろうか?』
勲にそう言われ、秋斗は「なるほど」と思った。つまりアリスに頼んで、黒くてモヤモヤしたモンスターを召喚してもらうのだ。実際問題として、彼女にそんなことができるのかは分からない。だが彼女は規格外だ。できる可能性はある。それに聞いてみるだけなら大した手間でもない。
『ケーキをホールで用意しておくかなぁ』
『分かった。準備が整ったらこちらで注文して、君のところへ送ってもらうようにしよう』
『……ありがとうございます』
やや躊躇いながら、秋斗は勲に礼を言った。勲にばかりお金を使わせてしまっている気がするが、実際に動画を作成するのは秋斗なのだ。ここはありがたくスポンサーの厚意に甘えることとする。
それから秋斗と勲はさらに計画の詳細を話し合った。動画に関しては基本的に秋斗に一任される。編集も好きにして良いということなので、都合の悪い部分は全てカットするつもりだった。ただあまりに編集しすぎると捏造レベルになって内容を信じてもらえなくなるので、あまり妙な編集はしないで欲しいと言われている。
『動画ができたら、一度勲さんに見せますね』
『ああ、そうしてもらえるとありがたい』
最後にそう話してから、秋斗はアプリを終了した。そしてそのまま、今度はシキと作戦会議を始める。議題は「どんな動画を作るのか?」である。
『大まかな流れとしては、まず魔石で鏃を作って、それを使ってモンスターを倒して、倒したモンスターの魔石を確認して、って感じかな』
[その流れでいいだろう。だが鏃を作っているところを全て動画に収める必要はないはずだ。一旦カットして、完成品を映せば十分ではないのか?]
今回の動画の目的は「鏃に魔石を使えば弓でモンスターを倒せる」のを示すことだ。決して「魔石の鏃の作り方」ではない。ならば尺のことも考えてばっさりカットするの手だ。秋斗も一つ頷きこう答えた。
『そうだな。それならあらかじめシキに作っておいてもらうこともできるし……』
[うむ。任せておけ]
シキが力強くそう答える。秋斗はむしろ作りすぎないように念を押した。多数の魔石を持っていると言うことは、多数のモンスターを倒したということ。モンスターによる被害が拡大しているとは言え、現在のリアルワールドでモンスターはまだまだ珍しい存在。あまり目立ちたくはない。
さらに言うなら、身バレする可能性も限りなく低くしておきたい。それで顔出しは当然NG、動画の中では一言も喋らないことが決まった。手はどうしても映るだろうが、手袋をすることにした。説明が必要な場合は字幕かテロップを入れる。ただし英語で。投稿者が外国人だと思わせるための小細工である。
[あとは撮影場所だな]
『全部アナザーワールドで』
リアルワールドで撮影してこの近所の様子を映すつもりはない、と秋斗は言い切った。その方針にシキも賛成する。ただ特徴的なものが入り込んでしまうとそれはそれで面倒なので、例えば遺跡エリアのような場所は避けることになった。
『鏃を作る、ように見せる場所は川辺。モンスターを倒すのは森か山の中。植生を突っ込まれたらどうしようもないけど……、まあ、そこまで気にするヤツはいないだろ』
そう呟き、秋斗は作戦会議を切り上げた。ここから先は機材がないと動きようがない。それまで秋斗は受験生らしく勉強に励むことにした。もちろんアナザーワールドの探索もした。
勲と動画配信について話してから五日後。勲から荷物が届いた。動画の撮影に使うための機材だ。簡単に言うと、ヘルメットとそこに装着するカメラである。これなら顔が映ることは絶対にない。
そしてカメラの扱いや映り方を確認した後、秋斗はいよいよアナザーワールドへ向かった。まずは最初のシーン、「鏃を作ろう」の撮影である。
秋斗「オレ、一応受験生なんだけどなぁ」
シキ[テストが近くなると突然部屋の掃除を始めるという、アレだな]
秋斗「いや、違うだろ……」