川向こう4
宝箱のこと以外にも、秋斗がアリスに聞きたいことは多い。それで秋斗はアリスにまた色々と質問をした。大半は勲から「聞いておいて欲しい」と頼まれた事柄だ。アリスは分かるものについては答え、分からないものについては「分からない」と答えた。また推測の場合はそう前置きしてから答えた。ちなみにメモはシキがとった。
「こんなもんか……。で、最後なんだけどさ」
「うむ。何じゃ?」
「こっちからアリスに連絡を取る手段って、ないかな?」
「あると言えばあるが……。ん~、どうするかのぅ。我、モンスターじゃし。そう簡単に便利グッズをくれてやるのものぅ」
ニヤニヤと面白そうに笑いながら、アリスはそう答えて出し惜しみする。秋斗が「何をすれば良いんだ?」と尋ねると、彼女はにんまりと笑ってこう答えた。
「なに、そう身構えることはない。少し意見を聞きたいだけじゃ。……この世界では現在、魔素を使って宝箱やその中身を作っている。だがこれは人為的なモノじゃ。ならそれを成すためのシステムが必要になる。ではそのシステム、どこにあると思う?」
「どこって……。アナザーワールドのことは、アリスのほうがよっぽど詳しいだろ?」
「それは否定せぬ。ただ別の視点からの意見が欲しいだけじゃ。ほれ、何でも良いから答えてみよ。ただし、面白くなかったら我と模擬戦じゃ」
最後の一言を、アリスはニヤリと笑って付け加えた。一方で秋斗は「げっ」と言う顔をする。模擬戦なんぞしたら、正直叩きのめされる未来しか見えない。彼は険しい顔をし、腕組みをしながら考え始めた。
魔素を物質化させるためのシステムがどこかにある、というのは恐らくその通りだろう。ではそのシステムとはどのようなモノだろうか。まず前提としてこの惑星は無人である。つまりシステムは全てオートで動作していることになる。少なくともこの惑星上では。
また魔素の物質化、つまりアイテムのドロップはアナザーワールドの全ての場所で行われている。秋斗のところでは宝箱がドロップするが勲のところではドロップしない、ということはない。つまりシステムはこの惑星全体をカバーしているのだ。
惑星規模のシステムとして秋斗が思い浮かべたのは、インターネットだった。まあ彼はインターネットがどのようなシステムなのか、決して熟知しているわけではないが。それでも概要くらいは知っている。
インターネットというのは、各地のサーバーをケーブルで繋いだ、網の目のような通信システムだ。少なくとも秋斗はそのように理解している。そして魔素の物質化を司るシステムもこれと同じようなモノではないか、と秋斗はまず考えた。
つまり基地局的なものが世界中にあり、それが何らかの通信手段によって接続されている、というイメージだ。だが秋斗はすぐにそれが現実にそぐわないことを認める。この世界ではいつどこにモンスターが出現するか分からない。そのせいで施設を維持するのが困難なのだ。だからこそこの星の人々は宇宙へ脱出せざるを得なかった。その人々が施設に依存するシステムを構築するとは考えにくい。
(無人で、施設に依存しないシステム?)
自分で考えておいてなんだが、秋斗はそんなモノが存在するとはまったく考えられなかった。そこで彼は考え方を少し変える。アリスによれば、惑星炉計画において魔道炉プラントは宇宙に建設された。そこならばモンスターの脅威にさらされることはないからだ。同じように、宇宙に施設を建設しているとしたらどうだろう。
だが宇宙に施設があったとして、そこで魔素の物質化が行われているわけではないだろう。宇宙でアイテムを作れば、今度はそれを輸送する手間が必要になる。さらにはモンスターにアイテムを「込める」必要があるわけだが、まさかそんな作業を実際に行っているわけではないだろう。
であれば、宇宙にある施設は何か術式的なものを展開しているのではないだろうか。いかにもファンタジーだが、アナザーワールドは十分にファンタジーな世界である。それに実現可能かどうかはあまり大きな問題ではない。要するにアリスが「面白い」と思うようなアイディアであるかどうか。いま重要なのはそこだ。
「……魔素からアイテムを作り出すシステム。その本体は宇宙にあって、惑星全体を覆うような術式を展開している、ってのはどうだ?」
「ふむ。72点」
「また微妙な……。っていうか何点満点?」
「魔素のアイテム化、物質化のシステムを術式だけで制御できるのかについては、残念ながら疑問を感じざるを得ぬ。だが実際に我がこの世界を飛び回ったその結果としては、稼働している施設はなかった。それを踏まえるなら、アキトよ、お主の意見は突飛ではあるが荒唐無稽とまでは言えぬな」
何点満点なのかには答えず、アリスは秋斗の意見をそう批評した。秋斗としては、点数も合せてあまり評価されているようには思えなかったが、アリスの口元には面白がるような笑みが浮かんでいる。そして彼女はこう言った。
「まあ合格でよかろう。……これを受け取るが良い」
そう言うと、アリスは右手の人差し指で宙に小さく円を描く。するとそこに白い光が集まり、やがて半透明のプレートが現われた。スマホくらいのサイズだが、ズボンのポケットに入れておくには少し大きめだ。
「アナザーワールドでそれを使えば、我と連絡をとることができる。直接会う必要があるなら、我の方から出向こう」
「遠くにいる場合は?」
「我は空間跳躍が使えるから問題ない。……これも、本来は想定されておらぬスペックなのじゃがなぁ」
アリスは苦笑しながらそう呟いた。ただ魔素の物質化の時よりはショックを受けていない。アナザーワールドはそれ自体時空が歪んでおり、だからこそ空間跳躍が可能になっている、という側面があることを彼女は理解していた。要するに納得はしやすかったのだ。
まあそれはそれとして。通信用のプレートを秋斗に手渡すと、アリスは小さく「ふむ」と呟いて、プレートを作り出した手順を反芻する。そして彼女が抱いた感想は、「あまりにもスムーズじゃな」というものだった。
スペック上可能であることと、実際に使えるかどうかは別問題だ。だがアリスはそれをあまりにもスムーズに成し遂げた。まるで人間が両足で歩くかのような自然さで。もちろんそうと意識した上で見返せば粗はある。だができてしまったこと自体は、この機能が本能に近いレベルですり込まれていることを意味する。少なくともアリスはそう感じた。
(これは、取り込まれておるかのぅ……、システムに)
何となくだが、アリスはそう感じた。システムを使っているのではなく、システムに取り込まれている、と。だとすればこのシステムは単純な魔素の物質化のためのシステムではなく、もっと広範な範囲に影響を与えるものなのかもしれない。
(可能なのかのぅ、そんなこと)
アリスは頭を捻る。それは理論的にどうこうという話ではなく、技術的に可能なのかということだ。彼女が知る技術レベルでは、これほどのシステムは実現不可能だ。だが彼女が封印処理されてから現在までに長い年月が経過している。その間にこの世界の技術レベルは少なからぬ発展を遂げているだろう。だとすれば不可能とは言い切れない。
今後はその点も調べなければなるまい。「調べてどうするのか?」と問われると、アリス自身もどう答えて良いのかは分からない。だが放っておくことはできない。システムに取り込まれているなら、今のこの自我さえ、いつどうなるか分からないのだ。
(もしも……)
もしも今の自我が消えるかも知れないとして、その時自分はどうするべきなのだろうか。今のアリスには答えられない。いや、そもそもこの意識でさえ、もしかしたらシステムによって規定されたモノなのかもしれないのだ。そう考えていると、自分が一体何者なのかどんどん分からなくなっていくようで、アリスは思わず顔をしかめた。
(………、………っ!)
顔をしかめたアリスの、眉間のシワがさらに深くなる。ついさっきから連続で頭の中に通知が来ているのだ。秋斗が先ほど渡した通信用のプレートを使っているのだが、その呼び出しが執拗でウザいのだ。彼がまだ慣れていないせいだというのは分かるのだが、ウザいモノはウザいのだ。アリスはテーブルの下で彼の足を踏んづけて黙らせた。
秋斗の「痛っ」という悲鳴を聞きながら、アリスはすまし顔で紅茶を啜る。アリスは守護天使だ。少なくとも「そうあれかし」と望まれたその想いは、彼女の中に残っている。例えシステムに取り込まれていようとも、消えることのなかったその想いこそが本物なのだ。彼女は自然とそう考える事ができた。
「……さて、我はそろそろ行くとするかの」
大皿に盛り付けられていたスイーツを平らげると、アリスはすまし顔で立ち上がった。秋斗は空になった大皿を呆れたように見つめる。そして彼女にこう言った。
「大好きなスイーツも、やろうと思えば魔素から作れるんじゃないのか?」
そう言われ、アリスは少し考え込む。確かにやろうと思えばできるだろう。だが彼女はにやりと笑ってこう答えた。
「何を言っておる。我ほどの美女であれば、貢がせて当然であろう」
「それはそれで安い女だな」
「やかましい」
アリスは小さな魔力弾を放って秋斗の額にぶつける。悶絶する彼を尻目に、彼女は純白の翼を顕現させてその場から飛び去るのだった。
アリスが去った後、秋斗はもう少し探索を続けた。ただ本来は数日の予定だったのを早めに切り上げる。一度アパートに戻ってから、彼はもう一度ダイブインして【鑑定の石版】のところへ向かった。アリスからもらったプレートを鑑定するためだ。
名称:コールプレート(アリス)
スイーツを用意しておくのじゃぞ。
「美女じゃなくてただの腹ペコキャラじゃねぇか」
[通信料の代わり、ではないな]
シキもフォローできない。秋斗は思わず天を仰いだ。だがこうして要求された以上、用意しておかなかったらヘソを曲げかねない。かといって勲にだけ頼るのも、そろそろいかがなモノか。
「手作りを視野に入れるべきか」と思案しながら、秋斗はダイブアウトするのだった。
シキ[一歩間違えばストーカー案件だぞ]
秋斗「な、慣れてなかっただけだし!」