情報共有2
「……違和感と言えば、だ」
秋斗とテレビ電話をしながら、勲はメッセージから感じた違和感をひとまず横に置いた。そして別の違和感について話題を移す。彼はそれをこう口にした。
「アリス嬢が銀色の宝箱をくれた、と言ったね? モンスターなのだからそれらしい事をすると言って」
「はい」
「秋斗君。モンスターが宝箱を残すというのは、何というか、あまりにもゲーム的すぎるとは思わないかな?」
「いや、そう言われても……。そういうモノじゃないんですか、そもそも」
秋斗は苦笑しながらそう答えた。ゲーム的というのなら、アナザーワールドそのものがゲーム的だ。少なくとも彼が初めてダイブインしたときからは。だからこそ彼は今の今まで、アリスが宝箱(銀)をくれたことを不思議には思っていなかった。だが勲は首を横に振りながらこう反論する。
「私も最初はそういうモノだと思っていた。しかしだね、秋斗君。アリス嬢の話からして、アナザーワールドにおいてモンスターとはそもそも自然現象のはずだ。自然現象が宝箱という人工物を残すのは、そしてそこから何の縁もないまた別の人工物が手に入るというのは、不自然だとは思わないか?」
「それは……」
秋斗は咄嗟に反論できなかった。確かにアリスの話を聞く限り、アナザーワールドにおいてモンスターは自然発生する存在だ。それなのにそこから人工物が手に入るというのは、勲の言うとおり不自然にも思える。
「でも異世界です。本当にそういうモノなのかも知れません」
「そうだな。だから次にアリス嬢に会ったときには、是非そのことも確かめてみて欲しい」
秋斗の苦しい反論を叩き潰すことはせず、勲は大きく頷いてそう答えた。異世界であるアナザーワールドを、リアルワールドと同じ尺度で測ることはできない。少なくともそうするには情報量が少なすぎる。彼はそれを弁えていた。
「わ、分かりました。次に会ったら、聞いてみます。まあ、いつになるか分かりませんけど……」
秋斗の語尾が弱くなる。彼はアリスから加護をもらっている。だから彼がアナザーワールドにいれば、アリスの側からはその位置がだいたい分かるという。だが秋斗の側からは彼女がどこにいるのかは分からない。そして連絡手段も無い。だから話を聞こうにも、アリスの側から来てくれるのを待つしかないのが現実だった。
「まあ、それは仕方がないね。ということは、ふむ、聞きたいことはまとめておくべきか。……まずはやはり、モンスターへの有効な対処法は是非とも聞きたい。なぜ銃が効かないのか、という点については特に知る必要がある」
勲の重々しい言葉に、秋斗も大きく頷いた。現在、モンスターに対し「武器を手に持って攻撃すれば有効」ということは分かっている。だがそれは銃が有効ではないことの裏返しでもある。
効きにくいのは銃だけではない。弓やクロスボウと言った、いわゆる射撃武器全般がモンスターに対しては効果が薄かった。ラフレシアのように戦車砲まで跳ね返すバケモノは流石に少数だったが、拳銃程度では足止めにもならないというのが、今のところのセオリーである。
仮に銃が有効なら、モンスターの討伐はもっと容易になるだろう。現状、銃などの射撃武器が効かないのはなぜなのか。その理由が判明すれば、モンスターによる被害や影響はもっと抑える事ができるに違いない。勲がそのあたりのことを是非知りたいと思うのも当然だろう。
「あとは、そうだな……。近いうちにリストでも作ってメールか何かで送っておくよ。よろしく頼む」
「分かりました。……でも、そうやって知り得た情報をどうやってしかるべきところに伝えるんですか?」
「それはまあ、任せておきなさい。これでも伝手はいろいろとあるのでね」
「いえ、そういうことじゃないんです。つまり、どんな情報にせよ、相手はその出所を知りたがると思うんです。だけどオレや勲さんがアナザーワールドに関わっていることを知られるのは、まだちょっと……」
秋斗は言葉を濁したが、彼がろくでもないことになると考えているのは明らかだった。モンスターに関して世間は敵と原因を探している。使い捨てにされるか、あるいは責任をなすりつけられるか。そう考える程度に彼は悲観的で、勲もまたそれに理解を示した。
「ふむ。いや、秋斗君の懸念も分かる。……となると、工夫が必要だな。しかしまあ、それは後で考えることにしよう。何しろどんな情報が飛び出してくるのか、定かではないからね」
「好物があれば、アリスも口が軽くなるかも知れません」
「はは、そうか。よろしい。実弾を用意しておこう。確かデパートで北海道フェアをやっていたはずだ」
「日持ちするヤツでお願いします」
「うむ。了解した」
勲がそう答えると、二人は揃って笑い声を上げた。笑いが収まると、秋斗は話題を変えて勲にこう尋ねた。
「そういえば、この前送ったアレ、見ました?」
「ああ、見たとも。一瞬、レシピ集かと思ったよ」
勲がそう冗談をいうと、二人はまた揃って笑った。秋斗が勲に送ったのは、納品クエストの報酬として手に入れた剣術武芸書、の写しである。挿絵にいたるまでしっかりと写した(シキの)力作だ。
「それで、どうでしたか?」
「うむ、使えたよ。飛翔刃だったか、あれは便利だな。それと盾だが、こちらもなかなか使えそうだった」
「良かったです。……じゃあやっぱり、アレはそれ自体がマジックアイテムというわけじゃないみたいですね」
秋斗は思案顔でそう呟いた。もし剣術武芸書がマジックアイテムだったなら、写本は何の役にも立たなかっただろう。だが勲は飛翔刃を覚えることができた。ということは、あの武芸書は書かれていることにこそ意味があるのだ。
「出版したら、売れますかね?」
「売れるかはともかく、イロモノ扱いだろうね。それに私としては、アレが売れるような世界にはなって欲しくないよ」
勲がそう言うと、秋斗はバツが悪そうに頬を書いた。剣術武芸書が売れると言うことは、その需要が大きいと言うこと。つまりモンスターの脅威が高まっているということだ。確かにそんな世界にはなって欲しくない。それは秋斗も同意見だ。
「それに売れたら売れたで、あの剣術は『宗方流剣術』とか呼ばれるんじゃないかね? きっと弟子入り志望者が押しかけてくるぞ」
「うげ……、出版は諦めます。著作権のこともありますしね。……それはそうと、勲さんの方は何かありましたか?」
「そうだね……。秋斗君の大冒険に比べると私の探索など散歩のようなモノだが……。そういえば最近、奥多摩のほうに足を伸ばしたよ」
「奥多摩、ですか」
「うむ。このあたりはゴブリンばかりなのでね。経験値を得るには良いが、食材のドロップは得られない。なら、奥多摩のほうからダイブインしたらどうかと思ってね」
勲はやや冗談めかしてそう語った。彼が食材のドロップを求めるのは、それを食べることでも経験値が得られるからだ。ただし彼は自分が食べるためにそれを欲しているのではない。最愛の孫娘たる奏に食べさせるためだ。彼女はアナザーワールドにダイブインできないので、そういう形でしか経験値を得られないのだ。
「はあ……、それで成果は?」
「まあ、ぼちぼちだな。もっとも足りていないので、今後も送ってくれるとありがたい」
「分かりました。肉多目で見繕っておきます」
「ああ、頼むよ。それで奥多摩からダイブインした時なのだがね、不時着した宇宙船のようなモノがあったんだ」
「う、宇宙船ですか……!」
勲の話を聞いて、秋斗は驚いた。ファンタジーにいきなりSFがぶっ込まれたように感じたのだ。ただアリスの話によれば、あの世界の人類はすでに宇宙で暮らしている。なら宇宙船の一隻や二隻は驚くに当たらない。とはいえ令和日本で暮らす秋斗からしてみれば、宇宙船と言われて驚くなと言うのも無理な話だ。
「そ、それで中には入ったんですか?」
「いや、外から見るだけにした。どんなモンスターが出てくるのか、ちょっと予想が付かなかったのでね」
勲は表情を厳しくしてそう答えた。中にゴブリンが入り込んでいるくらいなら、恐れることは何もない。だがSFらしく、レーザーやビームを放つモンスターがいた場合、一人で探索するのは手に余る。彼はそう考えて近づかなかったのだ。
「……なるほど、あり得ますね。アナザーワールドはそういうところ、結構手が込んでますから」
話を聞いて、秋斗は理解を示した。ただ「外観で良いんで、今度写真を送ってください」と頼むのを忘れない。勲が笑って了解したところで、二人はテレビ通話を終えた。そしてアプリを閉じたところで、秋斗はふとこう呟いた。
「宇宙船か……。回収できるかな……?」
[本気か?]
「でも、できるならしてみたいだろ?」
[うぅむ……。大きさにもよるが、現状のストレージの性能では恐らく無理だな]
「んじゃ、その時に備えて経験値を稼ぎますかね」
シキにそう答えて、秋斗は大きく伸びをする。そして受験生らしく、問題集を取り出して勉強に励むのだった。
シキ[宗方流西洋剣術、だな]
秋斗「だから止めろって」