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情報共有1


「……そう言えば、コッチにも出ましたよ、モンスター」


 ある蒸し暑い夜。秋斗はテレビ電話で勲と話をしていた。彼が勲に話したのは、この前リアルワールドで倒したイヌに似たモンスターのことだ。


「そうか。秋斗君のことだから心配はしていないが、大丈夫だったかね?」


「ええ、弱かったですね。……たぶん、困ったことに」


「困る? なぜだ?」


 訝しむ勲に、秋斗はシキと話し合ってまとめた仮説を話す。つまり、これまではアナザーワールドで経験値を得ても、リアルワールドでは能力が抑制されていたこと。だがモンスターの周囲ではその能力が解放されるらしいこと。それは恐らくモンスターが持つ魔素が原因と思われること。と言うことはリアルワールドでもモンスターを倒せば経験値が得られるのではないか、という話だ。


「ふむ。なるほど……。私としてはこちらでは能力が抑制されるというのは、あまり意識していなかったのだが……。そうか、秋斗君は高校生だから周囲と比べる機会は多いか」


「はい。まあ、そうですね。レベルアップした能力がちゃんと発揮されるなら、長距離走とかでも運動部の連中にだって勝てるはずですから」


 秋斗の言葉に勲も頷く。ただ問題なのは能力が抑制されることではない。無用な問題や注目を回避するためには、能力の抑制はかえってプラスに働くだろう。問題なのはむしろモンスターの周囲では抑制されていた能力が解放されること、そしてリアルワールドでも経験値を得られる可能性があることだ。


「まず聞きたいのだが、秋斗君の体感的にはどのくらい能力が解放されていたように思う?」


「それは……。ちょっと良く分かりません。そもそも抑制されているのだって、普段からそんなに自覚があるわけじゃないですから」


「ふむ。まあ、そうか……」


「でも、そうですね……。完全にアナザーワールドと同じ、というわけではなかったと思います。それならたぶん、最初のケリだけで仕留められていたはずですから」


 秋斗は少し考えながらそう答えた。彼の言うことが本当なら、モンスターの周囲であってもいわゆる魔素濃度はアナザーワールドより低かったことになる。そしてそれは勲に嫌な予感を覚えさせた。


「秋斗君。昨今こちらで出現しているモンスター、つまり魔素の出所は言うまでもなくアナザーワールドだろう」


「それしか考えられませんね」


「うむ。ということはだ、アナザーワールドとリアルワールドは何らかの形で繋がったことになる。そして今はまだ、こちらの方が魔素濃度は低い。だが繋がった以上は、今後も魔素の流入は続くだろう。それこそ、濃度が均一になるまで」


「……モンスターがさらに強くなる、ということですか?」


「数が増えるということもあり得るな。もしくは頻度が増えるということもありえる」


「つまり、モンスターの被害はこれからさらにひどくなる、って事ですか?」


「……今のところ、この事態が収束する見込みはない。だが悪化する要因なら思い当たる。ならば、そういうことだろう」


「……嫌な予想ですね」


「ああ。我ながら外れてくれればと思うよ。だが根拠の無い楽観ほど危険なモノはない、と経営者時代に学んだものでね」


 そう言って勲は苦く笑った。だがそうやって見たくないモノから目をそらさなかったからこそ、彼は一代で会社を大きくすることができたのだ。だからその姿勢が間違っているとは思わない。だがその一方で、この問題を会社経営と同列において良いものなのか、とも感じていた。


 これが単なる経営上のリスクであるなら、彼には幾つか打つべき手がある。そして時間経過と共に状況が改善することも期待できるだろう。だが魔素とモンスターが相手では、果たしてどんな手が有効なのか、それ以前にどこに視点を置けば良いのか、それさえも定かではない。


「何より困るのは情報がないことだ」


 そう言って勲は嘆息する。彼は世の中の一般の人たちよりはモンスターに詳しいだろう。魔素やアナザーワールドについても知識がある。だがまったく足りていない。それが、彼がいま身動きが取れない大きな理由の一つだった。


 普通、情報がないならしかるべき調査を行うだろう。それによって必要な情報や知識を集めるのだ。だがアナザーワールド関係のこととなると、どうやって調べたら良いのかさえ分からない。


 リアルワールドで調べようがないことは確かだが、ではアナザーワールドで調べ物をすると言っても、そもそもまともな情報が残っていない。もっと広範囲に動けば良いのかも知れないが、勲一人ではそれも難しかった。


「モンスターや魔素関連のことは、これから科学者たちが調べれば色々と分かってくるだろう。だがそれによって事態が収束するとは思えない。鍵はやはりアナザーワールドなんだ。そして我々はアナザーワールドについて知らなすぎる」


 そう言って勲は小さく頭を振った。そしてさらにこう続ける。


「今は少しでも情報が欲しいよ。そうすれば、打つべき手も見えてくると思うんだが……」


「…………」


「いや、すまない。秋斗君にこんなことを言っても仕方がないな。秋斗君だって、私と大して条件は変わらないのだろうしね。……ん、秋斗君、どうかしたのかね?」


「あ~、その、実は勲さんにはまだ話していない情報がありまして……」


 バツの悪そうな顔をしながら、秋斗はアリスから聞いた話を勲にも話した。秋斗はかいつまんで話そうとしたのだが、勲は詳しく聞きたがったので、結局彼は結構な時間をかけて話をすることになった。


 勲はいろいろと突っ込んだことも聞きたがったが、秋斗としてもアリスから聞いた事柄以外には答えようがない。分からないモノは正直に「分からない」と答えた。そして全てを聞き終えると、勲は深いため息を吐いた。


「あの、勲さん……?」


「……これが部下の報告であれば、怒鳴りつけていたところだ」


 勲の低い声に、秋斗は生唾を呑み込む。彼が「怒られる」と身構えた矢先、しかし勲はふっと表情を和らげてこう言った。


「だが秋斗君は私の部下ではないしね。そもそも私たちの間に報告の義務があるわけでもない。秋斗君、話してくれたこと、感謝する。それと今後はできるだけ密に情報交換をしたい。良いかな?」


「はい。分かりました」


「うむ、ありがとう。……しかし、そうか、そんなことが……」


 秋斗の話を聞いて、勲は顎先を撫でながら考え込んだ。今聞いた話の中に、現在リアルワールドで起こっている問題の原因は、明示的には含まれていなかった。だが魔素はそもそも次元の壁を越えて異世界から流入するモノだという。であればやはり、現在こちら側へ流れ込んで来ている魔素は、アナザーワールド由来の魔素であると考えて良いだろう。


「鍵となるのは、あの石版のメッセージだろうね」


「はい。そう思います」


 勲と秋斗は頷き合う。二人ともアナザーワールドへ招待されたときには、同じような夢で同じような石版を見た。厳密に言ってその石版に書かれていたメッセージが同じだったかは今のところ確かめようがないが、似たようなメッセージだったのだろうと思われる。そしてアリスによれば、そのメッセージは次のようなモノだった。


 曰く「突然に、それもこのような仕方であなた達を巻き込んだことを申し訳なく思う。だが我々が滅びを免れるにはこうするしかなかったのだ。とはいえあなた達にとっては関係のない話だ。あなた達からすれば、我々の所業は利己的で醜悪で罪深いものであるに違いない。ゆえに許しを乞おうとは思わない。我々にその資格はないからだ。ただ幸運だけを願っている」


「このメッセージからすれば、向こうの者たちは我々の状況についてある程度は把握していることが窺える。ただ……」


「ただ?」


「……違和感を覚えるんだ。事故にしろ故意にしろ、アナザーワールドの魔素をこちらへ流入させておいて、何の責任も取らないというのは確かに『醜悪』だ。だがこのメッセージを受け取ったとき、私たちが得たのはあくまでアナザーワールドへのアクセス権だ。このメッセージに滲む罪悪感が本物であるとして、ならばもっと別の形で私たちを巻き込んだ方が、こちら側の被害はもっと抑えられるはずだ」


 勲は考えをまとめながらそう話した。確かに、モンスターによる被害と影響に悩まされているのは、あくまでもリアルワールド。それなのにアナザーワールドへ招待するというのは、ちょっと筋違いが否めない。彼はさらに考えを進めながら、呟くようにこう話した。


「……メッセージというのは、伝わってこそ意味がある。だが伝わらないメッセージは、ただの騒音、落書きと同じだ」


「まあ、そうですね」


「最初に私たちが受け取ったメッセージというのは、理由はともかくとしてアナザーワールドへ“挑め”というものだった。その一方で、あの石版のメッセージは読むことができなかった。ということはつまり、あちらさんはやっぱりアナザーワールドに挑ませたいんだろう」


「じゃあ、それはなんで、って話になるんですけど……」


「まあ、そうだね」


 勲は苦笑してその先は分からないことを認めた。それからまた考え込み、そしてこう呟く。


「……だが、やはり違和感はある。あるいはこの違和感こそが鍵になるのかも知れない」



秋斗(画面越しでもちびりそう……)

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― 新着の感想 ―
[一言] 勲さん良い人。確かに上司部下とか一緒に攻略してるなら怒られても仕方ないけど二人の関係性は年の離れた友人とか孫を治療した恩人だけどちょっと怒って釘をさしつつやんわりと窘める所マジで敏腕会長。
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