モンスターのいる世界
オーク・ジェネラルは魔石と宝箱(白)をドロップした。魔石の大きさはウェアウルフと同じくらい。秋斗はひとまず、それらのドロップアイテムをストレージに片付けた。そして周囲に敵がいないことを確認してから、“車のようなオブジェクト”の回収を始める。
[“車のような”というよりは、車そのものだがな]
「やっぱり?」
[うむ。鑑定のモノクルを使ったときにはそう出た。ただ、動くような状態ではないが]
シキがそう言うと、秋斗は納得した様子で頷く。見た目のデザインからして、「車以外はありえない」とは思っていたのだ。
さて周囲に敵がいないので回収は順調に進んだ。戦闘の余波で傷ついてしまっているモノもあったが、残さずに回収する。大型のものを回収するため、さらにストレージへリソースを投入する必要はあったが、秋斗は駐車場にあった全ての車を回収したのだった。
次に彼は、駐車場の端にあるコンクリートの平屋を調べる。前回はたいまつを投げ込まれ、煙で燻されたあの平屋だ。そのせいで前回はしっかりと調べることができなかった。
さほど広くない平屋を、隅から隅まで調べる。だがめぼしいものは何も無かった。「オークの宝物庫」でもないかと期待したのだが、どうやら外れてしまったらしい。もしかしたらこの平屋は、オーク達にとっては狭かったのかもしれない。
ダイブアウトし、ドライブコースの途中にある展望台へ戻る。周囲に人がいないことを確認してから、秋斗はストレージからバイクを取り出した。ヘルメットを被って家に帰り、またすぐにアナザーワールドへダイブイン。【鑑定の石版】のところへ向かった。
幸運のペンデュラムを使ってから宝箱(白)を開封する。中から出てきたのは、青い半透明のカード。宝箱(黒)のトラップを解除するセキュリティーカードに似ているが、色が違う。秋斗はそのカードを【鑑定の石版】にのせた。
名称:閲覧権限カードキー
アカシックレコード(偽)の閲覧権限レベルを一つあげる。
[おお! これでさらなる情報を得られるな!]
「使えそうな情報があったら教えてくれ」
そんなことを言いつつ、秋斗はストレージからアカシックレコード(偽)を取り出した。そこで彼はちょっと悩む。「さてこのカードキー、どう使うのか?」と。試しに黒いタブレットの上に置いてみると「ピピッ」と電子音がして、それからカードキーは白い光の粒子になって消えた。目次を呼び出してみると、確かに閲覧できる項目が増えている。
一方で目次の項目自体に追加はない。アリスは今もアナザーワールドを飛び回って色々と調べているはずだが、なかなか進展はないようだ。だが彼女が調査をサボっているとは、秋斗は少しも思わない。むしろ大変な仕事を頼んでしまったと恐縮している。それでもアリスなら何か手がかりを掴んでくれるだろう。彼はそう思っていた。
さて、秋斗の高校は夏休みに入ろうとしている。アナザーワールドの探索について言えば大きな進展はない。二つ目の【クエストの石版】をコンプリートしたくらいだ。コンプリート報酬は十万円。ありがたいことはありがたいのだが、できればマジックアイテムが良かったな、と秋斗は思ってしまった。
しかし一方でリアルワールドには大きな変化があった。いよいよモンスターの存在が世界中に知れ渡ってきたのだ。それらのモンスターは全て、全身真っ黒という不気味な姿をしていた。そして当然ながら被害も出ている。その中には人的な被害もあった。
例えば、イギリスのロンドンではデュラハンが首なしの馬にまたがって主要道路を疾走。合計五台の車が絡む多重事故を引き起こした。白昼のことで何人もの目撃者がおり、またスマホなどで撮影された動画が幾つもインターネット上にアップされた。その中にはデュラハンと首の無い馬が黒い光の粒子になって消えていく様子もあり、コレがまともな生物ではないことを世界中に印象付けた。
またロシアのサンクトペテルブルクではクマの様なモンスターが出現。歴史的建造物の中で暴れ回り、絵画や調度品に大きな被害を出した。直ちに警察が出動したが、拳銃はもちろんライフルのような銃器もあまり効果がない。モンスターは警察の包囲網を破って逃走し、ロンドンの場合と同じく多重事故を引き起こした。そして最終的にはトラックに轢かれ、やはり黒い光の粒子になって消えたのだった。
さらに別の例としては、ブラジルのリオデジャネイロで川からワニのようなモンスターが上陸。スラム街へ乱入するという事件が起こった。このモンスターを倒そうとして銃が乱射され、流れ弾のために数十人の死傷者が出た。ただやはり銃の効き目は悪く、最終的にこのモンスターは倒壊した住宅の下敷きになった。姿が消えたので、他の例と同じく黒い光の粒子になって消えたと思われている。
これらはほんの一例である。ネット上ではすでに「モンスター」の単語が検索ランキングの上位に入り、動画はその数を増やし続けている。また地上波でその姿を見ることも珍しくなくなった。世界中で、しかも突発的にモンスターの出現は続き、その被害は拡大を続けている。そしてそれは日本も例外ではなかった。
日本で最初に隠しようのない形でモンスターが出現したのは、東京の渋谷だった。スクランブル交差点の真ん中に、突如として「まめの木」のようなモンスターが現われたのである。出現時てっぺんには蕾があり、後に巨大な花が咲いたことから、このモンスターは「ラフレシア」と呼ばれた。
ラフレシアが出現したとき、当然ながらスクランブル交差点は大混乱に陥った。ただ幸運なことに、ラフレシアはその場から動かなかった。それで転ぶなどして怪我をした人はいたものの、この時点ではまだラフレシアに攻撃された人はいなかった。
警察の動きは迅速だった。直ちに出動し、周囲に規制線を張ってラフレシアの半径十メートルほどの範囲を立ち入り禁止にした。さらに出現から一時間以内に該当区画からの一般人の避難と封鎖が東京都知事によって決定。この時点では要請だったが、素早い避難が行われ、後に一定の評価を得た。ただし、迅速だったのはここまでだ。
肝心のラフレシアにどう対処するのかという点において、日本政府の対応は混迷を極めた。首相は「基本的に東京都知事の責任において対処されるものと考えます」と発言し、その都知事は「海外の例から危険な存在であることは明白なのですから、国の責任において駆除していただきたい」と発言。国と都で責任を押しつけ合った。
「専門家の意見も聞きつつ……」という発言もあったが、そもそもモンスターの専門家などいるはずもない。どこぞの高校生なら有効な助言ができたかも知れないが、国や都が彼の存在を把握しているはずもなかった。
ラフレシアが何か大きな動きをすれば、国にしろ都にしろ、腹をくくって事に当たったかも知れない。だがラフレシアはその場から動かない。そのせいで強攻策を採るには踏ん切りが付かず、しかしかといって有効な手立てもない。さらには「その内、消えてなくなるのではないか」などという楽観論まで出て来る始末。周囲の封鎖以外には何も手を打てないまま、ただ時間だけが過ぎた。そしてその間、ラフレシアは何もしていないわけではなかった。
ラフレシアの蕾は、徐々に開こうとしていたのだ。その様子はリアルタイムで監視されていたが、前述した通り何か手が打たれることはなかった。そして出現から三日後。蕾が完全に花開いたとき、それは起こった。
まず超音波と思われる凄まじい振動が周囲を襲った。それにより周囲の窓ガラスは全て割れた。だがこれはいわば「雄叫び」であり、ラフレシアにとっては攻撃ですらなかった。花を咲かせたラフレシアはビーム、もしくはレーザーとしか形容できない破壊光線を周囲に発射。警察官と警察車両を排除した。周囲の建物では火災が発生し、かといって消防車両を出すわけにもいかず、延焼で大きな被害が出た。
およそ一分の間、破壊の嵐が吹き荒れた。その中心にいたラフレシアは、再び花を蕾に戻して沈黙した。スクランブル交差点には静寂が戻ったが、その意味が分からない者はもう一人もいなかった。すなわち、放っておけばまた花が咲くのだ。いや、ともすれば数が増えることさえあるかも知れない。
事ここに至り、政府はようやく自衛隊の出動を決定。現場は警察から自衛隊に引き継がれた。自衛隊は最初、自動小銃による排除を試みたが、海外の例と同じく効果は芳しくない。使用できる銃器はほぼ全て試されたが、最終的に戦車砲の砲弾さえ弾かれ、自衛隊も政府も頭を抱えることになった。
そしてラフレシアの花が六分咲きを過ぎた頃、ついに自衛隊が採りうる最終手段が用いられることになった。すなわち空爆である。これでダメなら在日米軍に出動要請するしかなくなるが、幸いにして使用された精密誘導爆弾は対象を跡形もなく吹き飛ばした。こうしてラフレシアは出現より五日目に討伐されたわけだが、各方面への影響は深刻である。日本政府はその危機対応能力の無さを世界に露呈することになったのだった。
ただその一方で、多様な銃器が用いられたことによる知見は、広く世界で共有されその後のモンスター討伐方法へ大きな影響を与えることになる。特に戦車砲でさえ弾いたことは世界中に衝撃を与えた。ラフレシアが特殊な個体であった可能性も語られたが、他の事例とも合せて、「モンスターに対して銃器は有効では無い」とのセオリーが確立された。
では何が有効なのか。その答えは案外早く出た。ウクライナのキーウ近郊の農地で小型のモンスターが現われたのだが、農場主の男性が三つ叉フォークでそのモンスターを倒してしまったのである。つまり「接近戦、もしくは肉弾戦は有効」という可能性が出てきたのだ。
当初、農場主の男性が魔石を手にその話を語っても、世間の反応は芳しくなかった。ウソをついているとは思わない。だがそのモンスターが弱かっただけだろう、と誰もが思ったのだ。銃が効かないのに三つ叉フォークが効くなんて、そんなの常識的に考えてあり得ない。それが人々の反応だった。
だが実際にモンスターを駆除しなければならない現場の人間にとっては一筋の光明と言って良い。銃が有効で無いとされる中、ようやく出てきた可能性なのだ。検証してみる価値はある。そう考えるのは当然だ。
そしてアメリアのロッキー山脈の麓でシカに似たモンスターが現われた際、現地の警察官らはアサルトライフルではなく斧と警棒を握りしめて現地へ向かった。そして四方八方から囲んでたこ殴りにし、そのまま討伐してしまった。その様子は車載カメラに録画されており、後日全世界に公開された。
このほかにも多数の検証が世界中で行われた結果、「武器を手に持って攻撃するのは有効」という結論が出た。これにより人類はともかくモンスターに対抗する手段を得たのである。ただしそれはモンスターの出現が一向に止まず、世界中で被害が拡大していることの裏返しでもあった。人類はモンスターという災害に対し、根本的なところで解決策を持ち合わせていなかったのである。
これらの事態に際し、秋斗と勲はお互いに相談した結果、二人はそれぞれ沈黙を守った。抜本的な解決策を持ち合わせていないのは彼らも同じなのだ。下手に口を出してアナザーワールドのことを明らかにした結果、スケープゴートにされてはたまらない。そして世界中にいるであろう同類たちが同じように考えている事は、一向にアナザーワールドの情報が出回らないことから察せられた。
[いま名乗りを上げて全てをつまびらかにすれば、この世界に何かを刻みつけることができるかも知れないぞ?]
「まだ早い」
煽るようなシキの言葉に、秋斗はただ短くそう答えた。それを保身というのであれば、彼はそれを否定しない。ただ彼としても急激な事態の進展に戸惑っているのだ。この時の彼はまだ、自分が持つジョーカーにも似たカードを持て余し気味だった。
― 第四章 完 ―
ラフレシアさん「我、臭くない。名前、不本意」