山岳道路エリア5
(オーク・ジェネラル、ってことにしとくか……)
大剣を持つオークと睨み合いながら、秋斗は声に出さず胸中でそう呟いた。多数の兵を率いているから「将軍」にしただけであって、コイツが本当に将軍的な立ち位置にいるのか、彼は興味がない。ちなみにキングにしなかったのはその雰囲気を感じなかったからで、ボスと呼ばないのはこれがクエストではないからだ。
「ブォォォォオオオオ!!」
オーク・ジェネラルが雄叫びを上げながら大剣の切っ先を秋斗に向ける。それを合図にして駐車場に残っているオークたちが一斉に動き始めた。隱行のポンチョは装備しているが、この段階ではもう効果は期待できないと思った方が良い。そしてオークたちの動きに合せて、秋斗も動き始めた。
(シキ、オブジェクトの回収は後だ)
秋斗はまずシキにそう指示を出した。前回は戦闘中にオブジェクトを回収した。だが今回はオークを全て討伐するつもりで来ている。ならば戦闘中に障害物となりえるオブジェクトは残して置いた方が良い。またその方がシキも戦闘に集中することができる。
その“車のようなオブジェクト”の間を縫うように移動しながら、秋斗はまず普通のオークらの数を減らしていく。オークと比べ、小回りの利く体型を存分に活かした戦い方だ。また伸閃を多用することで、攻撃を受け止められてしまうリスクも避ける。一撃で倒すことには拘らず、足を止めないことを優先した。
もっとも止めを刺せるならそのチャンスは逃さない。秋斗の動きに翻弄され、オークたち一体また一体とその数を減らした。動きを止めない秋斗に対して、オークたちは数の強みを活かせない。
「ブォォオオ! ブォ! ブォ!」
オーク・ジェネラルが苛出しげに叫ぶ。するとオーク達の動きが変わった。個々で動くのではなく、三~四体で組を作り、その単位で秋斗を追い始めた。どうやらオーク・ジェネラルが指示を出したらしい。さらにそれまで静観していたオーク・ジェネラル自身も動き始めた。
[なかなか上手い指揮だな]
(ならそれに合せるだけだ)
声には出さずにシキにそう答え、秋斗は左手で魔石を握った。彼はオーク・ジェネラルから逃げ回りつつ魔石に思念を込める。そしてその魔石を組になって追ってくるオークたちの方へ投げつけた。
けたたましい放電音が響く。広がった紫電はオーク達を舐めるように焼いた。さらにそこへ、秋斗は飛翔刃を叩き込む。一発ではなく三発四発と放ち、二体のオークを仕留めた。オーク・ジェネラルが苛立たしげに迫るが、彼はすぐに間合いを広げた。
武技に雷魔法に身体強化。使える手札の全てを駆使して、秋斗はオークたちを翻弄し続けた。オーク・ジェネラルは怒り心頭の様子で、オブジェクトを投げつけるなどもしたが、どの攻撃も大味すぎる。避けるだけならば簡単で、秋斗は飄々と立ち回った。
そしてついに、オーク・ジェネラルと一騎打ちの舞台が整えられた。秋斗的にはここからが本番、とまでは言わないものの「ようやく下準備が終わった」という気分ではある。つまりオーク・ジェネラル相手にこれまでのような戦い方は通用しない、と彼も分かっている。
十メートルほどの距離を取り、秋斗はオーク・ジェネラルと向かい合った。手に持つ得物は変わらずシミター。交換は可能だが、まずは小手調べだ。そのためには使い潰せる武器の方が良い。
(まず、はっ!)
大きく踏み込み、集気法も使いながら、秋斗は飛翔刃を放つ。鋭い刃が放たれたが、オーク・ジェネラルは大剣を振り回してそれを切り払った。だが防がれるのは想定内。秋斗は構わずに次の飛翔刃を、それも立て続けに放つ。手数での勝負だ。
オーク・ジェネラルは最初、大剣で飛翔刃を切り払っていたが、シミターと同じ速度で大剣を振り回すのは無理がある。すぐに対処出来なくなり、その身体には幾つもの切り傷が刻まれた。
だがどれも浅い。オークの肌の防刃性はそれほど高くない。実際、普通のオークたちには良く利いていた。だがオーク・ジェネラルが深い傷を負っているようにはまったく見えない。肌ではなく、その下の筋肉の差だろうか。なんにしてもオーク・ジェネラルの防御力は高い。
「ブォォォォオオオオ!」
オーク・ジェネラルが雄叫びを上げる。そして幅の広い大剣を盾代わりにしながら大胆に間合いを詰め始めた。秋斗は飛翔刃を放っているが、大部分は大剣に防がれ、当たったとしても敵の足を止めるほどではない。たちまちオーク・ジェネラルは彼の眼前に迫り、大剣を振り上げた。
大剣が猛烈な勢いで振り下ろされる。秋斗はそれを斜めに踏み込んで避けた。大剣が舗装された地面を割る。小さな瓦礫が飛び散る中、彼はオーク・ジェネラルのすぐ脇を駆け抜ける。そしてすれ違いざまにがら空きになった脇腹をシミターで斬りつけ……。
「……っ!」
ゾワリ、と背中が粟立ち秋斗は咄嗟に攻撃を中断してガードを固めた。次の瞬間、オーク・ジェネラルの左腕が振り抜かれる。裏拳だ。ガードが間に合い、彼はその拳をシミターで受け止めた。だが踏ん張りが利かず、弾き飛ばされる。
「……っち」
盛大に舌打ちしながら、秋斗は跳ねるようにして立ち上がる。するとオーク・ジェネラルもすでに間合いを詰め始めていて、今度は斜めに大剣を振り下ろした。秋斗はそれを今度は後ろへ飛んで回避する。
「ブォォォォオオオオ!」
距離を取ろうとする秋斗を、オーク・ジェネラルは雄叫びを上げながら追撃する。オーク・ジェネラルの攻撃は力任せだが、その分勢いと迫力は凄まじい。その攻撃を捌きながら、秋斗はひとまず後ろへ下がる。
下がる秋斗と追うオーク・ジェネラル。しばらくはその構図が続いた。秋斗が後ろを見ずに逃げ回れるのは、当然ながらシキがサポートしているからだ。だがそれでも限界はくる。真っ先に悲鳴を上げたのは武器だった。
秋斗はオーク・ジェネラルの大剣をまともに受け止めたりはしていない。武器強化をしてもたぶん防ぎきれないと見ているからだ。だから彼はオーク・ジェネラルの攻撃を受け流すか避けるかしていた。だがそれでも、武器には大きな負荷がかかっていたようだ。
――――ピシィィ……。
「…………!」
オーク・ジェネラルの猛攻を防ぐ中、シミターから不吉な音が響く。見ればその刀身にヒビが入っていた。武器強化はしていたのだが、オーク・ジェネラルの攻撃は受け流すだけもキツいらしい。
なんにしても、もうシミターは使えない。ヒビのせいで魔力の通りも悪くなり、武器強化も切れてしまったのだ。これではもうあの大剣は受け流すこともできないだろう。秋斗は少々強引でも距離を取ることにした。
オーク・ジェネラルが大剣を振り下ろす。秋斗は身体強化も使いながら集中力を高め、その軌道を見極める。そして紙一重でかわしつつ身体を回転させ、大剣の横っ腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「ブォォ!?」
突然横方向のベクトルが加えられ、オーク・ジェネラルも驚いた。持っていかれそうになる大剣を保持するため、オーク・ジェネラルの動きが止まる。その間に秋斗はその場を離脱。大きく間合いを広げ、それからシミターの具合を見てこう呟いた。
「これはもうダメだな」
[まあ、もともとそんなに質の良い武器ではなかったからな]
「一日も早い、竜の牙を使った剣の製作が望まれるな」
[そちらはおいおいだ]
そんな軽口を叩きつつ、秋斗はシミターをストレージに放り込んだ。次に取り出したのはロア・ダイト製の六角棒。この場にオーク・ジェネラル以外の敵はいない。そしてこの後さらに強敵が控えているということもない。全力全開、身体強化も武器強化も、あとは浸透攻撃も駆使してケリをつけるつもりだった。
「おおおおおおっ!」
全身に魔力を巡らせる。その際に湧き起こる衝動のままに秋斗は叫んだ。そしてオーク・ジェネラルへ猛然と間合いを詰める。オーク・ジェネラルは大剣を振り回して彼を迎え撃った。
秋斗はすぐに攻撃を仕掛けたわけではなかった。まずは回避に専念する。だがその様子は先ほどまでとはまったく違った。後ろへ下がらず、むしろ前へ出て背後や側面を狙う。彼を懐へ入れまいと、オーク・ジェネラルの方が下がり気味だった。どちらが主導権を握っているかは一目瞭然である。
オーク・ジェネラルがやりにくそうにして距離を取ろうとする。それに合せて、秋斗は六角棒を突きだした。そして集気法を使いながら、アリス戦で使ったあの散弾を放つ。ちなみにこの技にはまだ名前をつけていない。放たれた散弾はオーク・ジェネラルの顔面を襲った。
「ブォォオ!?」
ダメージ自体は大したことはないだろう。だが顔面を攻撃されて、オーク・ジェネラルは反射的に怯んだ。それでも咄嗟に防御するのではなく、大剣を振り回して反撃するのは流石と言うべきか。だが腰が引けているせいで迫力に欠ける。秋斗は臆せずさらに前へ出た。そして六角棒を突き出す。
彼が狙ったのはオーク・ジェネラルの腕だった。浸透打撃をたたき込み、敵の左腕を潰す。すると敵の攻撃の勢いが明らかに鈍った。いかにオーク・ジェネラルの怪力と言えど、片腕ではあの大剣を自在に振り回せないのだ。
この時点で趨勢は決した。秋斗は単調になった攻撃を簡単にかいくぐり、オーク・ジェネラルの背後に回り込む。そして心臓目掛けて浸透打撃を叩き込んだ。重い手応えに彼は致命傷を確信する。オーク・ジェネラルは前のめりに倒れ、そのまま黒い光の粒子になって消えたのだった。
オーク・ジェネラルさん「筋肉付けろよ、筋肉!」