報酬の鑑定
ゴールデンウィーク後の週末。秋斗はアナザーワールドでバイクにまたがっていた。遠方で見つけた【クエストの石版】のところへ向かうためだ。東京に行った際、勲とアイテムを交換したことで、幾つかのリストを消化できる状態なのだ。
バイクを走らせて【クエストの石版】のところへ到着すると、秋斗は早速納品を行った。報酬として出てくるアイテムは様々だが、【鑑定の石版】がないので詳しく調べることはできない。ともかくストレージに突っ込んでおいた。
[アキ、これも頼む]
「あいよ。って、なんだコレ?」
[前に車っぽいのを回収しただろう? アレをバラして取り出したパーツだ。勲氏に借りたモノクルで鑑定し、ちゃんとリストにある物品だと確認してある。納品してくれ]
「アレ、解体しちゃったんだ……」
[そのままでは使い物にならんし、なんならまた回収してくればいいだろう?]
「ま、それもそうか」
ゴキブリ扱いしてくれた礼もしないとだしな、と呟きながら秋斗は何かの機械パーツを石版の上に置いた。するとパーツは回収されて、代わりに報酬が石版の上に現われる。ポーションの様だが、色は赤でも青でもなく緑。さて何に効くのやらと思いつつ、秋斗はそれをストレージに収めた。
さて、現在可能な納品を終えると、リストは残り五分の一ほどになった。ただ残ったのは全て、現状では入手のアテが無いものばかり。「どうしたもんかな」と考え、秋斗はとりあえず【クエストの石版】の周囲を探索することにした。
彼は三日ほど探索を行い、その成果としてさらに幾つかリストを消化することができた。入手のアテがない、つまり初めて入手するアイテムを【鑑定の石版】も使わずにそれと特定することができたのは、アカシックレコード(偽)のおかげである。各種図鑑を参照して調べることができたのだ。もっともやはり全て調べられたわけではないが。
また別の幾つかについては、今のところ現物は見つかっていないものの、リストの名前から図鑑を使って納品対象物について調べることができた。どのような場所で入手できるのかも書かれていたが、それがどこまでアテになるかは分からない。シキがそう告げると、秋斗は首をかしげてこう尋ねた。
「何でだ?」
[具体的な地名が出てきてもそれがどこにあるのかは分からないし、また現在地の地名も調べようがない。そもそもこれらの情報は全て、この世界が魔素に覆われる以前のものだ。現在どこまで正確かは、分かったものではないな]
「なるほど」
シキの説明を聞いて、秋斗は納得する。アカシックレコード(偽)から得られる情報は、あくまでも参考程度に考えておいた方がいいだろう。もっとも、参考程度でも情報が有るのと無いのとで大きく違う。秋斗もシキも、使えるモノは使うつもりだった。
さて、秋斗は一度ダイブアウトすると、またすぐにダイブインした。【鑑定の石版】を使い、報酬として手に入れたアイテムを鑑定するためだ。秋斗はまず緑色のポーションから鑑定した。
名称:緑ポーション
経口状態異常回復薬。
「要するに毒消し、いや万能薬か」
[字面ほど万能かは分からんがな。とはいえ複数個服用すれば、それに近い効果は得られるかもしれん]
「花粉症とかにも効くかな?」
[試してみたらどうだ?]
「いや、患ってねーし。……将来のために取っておくか」
[必要な時には躊躇わずに使えよ]
そんなことを話しながら、秋斗は緑ポーションをストレージに片付ける。彼が次に取り出したのは銀色に輝く杯。ちなみにデザインは中世ヨーロッパ風。鑑定の結果は以下の通りだ。
名称:ミスリルのゴブレット
ミスリル製。
「よし、素材行きだな」
[いいのか、せっかくのミスリル製ゴブレットだぞ?]
「水を飲むなら普通のコップでいいし、ミスリルなんてファンタジーメタル、リアルワールドじゃ買い取ってくれないだろ。つまり換金もできない。マジックアイテムだって言うんならともかく、そういうわけでもなさそうだし。これじゃあ、素材にするしかないな」
[ふぅむ……。まあ、鋳つぶしていいのなら何かに使うが]
「おう、有効利用してくれ」
そう言って秋斗は興味を失ったかのように、ミスリルのゴブレットをストレージに放り込んだ。次に鑑定するのはシンプルなデザインの杖、いやゲーム風に言うのならロッドの方が適切かもしれない。結果は次の通りである。
名称:スカイウォーカー
魔力で足場を作ることができる。
「お、マジックアイテム。これは役に立ちそうだな」
[うむ。川を越えるのに使えそうだな。まあ、検証は必要だが]
シキの言葉に秋斗も頷く。これまではあえて川を越えることはしなかった。水上や水中でモンスターと戦うのを避けるためだ。また強いて川を越えるべき理由がなかったからでもある。だがこのスカイウォーカーが使い物になるのであれば、今まで避けていた場所も探索できるようになる。
ただ秋斗は今すぐにスカイウォーカーの検証を行うつもりはなかった。まだ鑑定していない物品が幾つかある。それを鑑定するのが先だ。そう思い、彼はスカイウォーカーをストレージに片付けて次のアイテムを取り出した。一本の巻物で、表紙には達筆な毛筆で「剣術武芸書」と書かれている。中に何が書かれているかは、まだ確かめていない。鑑定結果は次の通り。
名称:剣術武芸書
剣術武芸書
「たまにあるよな、こう説明が説明になってないヤツ」
[四の五の言わずに読め、ということだろう]
「いや、読むけどさ。でも後で」
そう言って秋斗は剣術武芸書をストレージに片付けた。次に取り出したのは一つの腕輪。銀色に輝いていて、表面には木の葉の紋様が描かれている。彼はそれを【鑑定の石版】の上に載せた。
名称:森避けの腕輪
森の中を移動する際、枝や蔓草などに悩まされなくなる。
「お、マジックアイテムだったか。またただのアクセサリーかと思った」
[良いのではないか。これでまた探索範囲が広がる]
「今でも探索してない部分の方が多いけどな」
そんなことを話しつつ、秋斗はさらに幾つかのアイテムを鑑定した。すぐに使えそうなモノもあれば、しばらくは使い道がなさそうなモノもある。ともかく鑑定するべきを全て鑑定すると、秋斗はアナザーワールドからダイブアウトした。
リアルワールドに戻ってくると、秋斗はまずシャワーを浴びた。クリーンの魔法でも良いのだが、やはりシャワーを浴びた方がすっきりする。それから彼はちゃぶ台の前に座り、剣術武芸書を取り出して広げた。
剣術武芸書のタイトルは日本語で書かれていたが、広げてみると中身も日本語で書かれている。やはり毛筆っぽい書体だが、楷書が基本になっているようで、秋斗でも容易に読むことができる。読めないという事態は回避され、秋斗はさっそくその武芸書を読み始めた。そして読み始めてすぐに、彼は苦笑を浮かべた。
「これ、西洋剣術だな」
[そうなのか?]
「うん。だって盾の使用が前提になってる」
日本の剣術なら、少なくとも盾の使用は前提にしないだろう。さらに巻物を広げてみると、西洋甲冑にロングソードと盾を装備した騎士の挿絵が途中に挿入されていた。その挿絵もなぜか毛筆で描かれている。山水画みたいな西洋騎士の絵を見て、秋斗はさらに苦笑を深くした。
「内容と書体のミスマッチが凄いな、これ」
かと言って内容に合わせて例えばラテン語で書かれていたりしたら、秋斗は絶対に読めないわけだが。彼は一度肩をすくめてから、改めて武芸書を読み始めた。
[どうだ、使えそうか?]
「部分的には」
武芸書を読み進めながら、秋斗はそう答えた。彼の剣術は自己流である。勲から簡単な指導は受けたが、流派を名乗るほどのものではない。最も影響を受けたのは地底湖のボスリザードマンだが、秋斗はリザードマン剣術を名乗るつもりはさらさらない。
要するに、秋斗はすでに自分のスタイルをある程度確立している。だからこうして武芸書を得たからと言って、そちらに鞍替えするつもりはない。とはいえ武芸書は読書のための本ではないし、知識は使われてこそ価値を生む。使えるモノは貪欲に使うつもりだ。
武芸書には幾つかの武技が解説されている。盾の武技には興味を引かれなかったが、片手剣の武技は秋斗にも有用だろう。シンプルな武技は、なんなら槍でも使えそうである。秋斗はその部分をじっくりと読み込んだ。
シキ[また、バラしたい……]
秋斗「シキさんがマッドに!?」




