アカシックレコード(偽)
東京から帰ってきた後、秋斗はゴールデンウィークの残りを受験生らしく勉強漬けで過ごした。とはいえずっと勉強していたわけでもなく、適宜身体を動かしてもいた。ただしアナザーワールドで。
「ふう。いい汗かいた」
スコップを片手に持ちながら、秋斗はもう一方の腕で汗を拭う。今しがた、彼は何十体かのヒュージ・スライムを討伐したばかりである。いつもの身体強化と浸透攻撃の訓練だが、本日に限って言えばストレス発散の意味合いの方が強かった。
[アキ。ペンデュラムがもう使えるぞ]
「そう言えばそうか。じゃ、アリスからもらった銀箱を開けてみますか」
そう言って秋斗はまず【鑑定の石版】のところへ向かった。そして幸運のペンデュラムを使ってから宝箱(銀)を捻って開封する。中から出てきたのは、黒い石版だった。
タブレットは片手で持てるサイズで、薄いが持ってみると意外とずっしりしている。表面は美しく研磨されていて光沢があり、角や縁は滑らかに削られている。ただどう使うのか皆目見当も付かず、秋斗は素直に【鑑定の石版】を頼った。
名称:アカシックレコード(偽)
アリスのデータベースを参照できる。ただし権限レベル1。
「お、おお。(偽)とは潔い、のか?」
秋斗は困惑げに首をかしげる。アカシックレコードというからなんだか凄いモノのような気がするが、(偽)とついているせいでなんだか確信が持てない。まあアリスのデータベースがアカシックレコードであるはずがないので、順当と言えば順当か。ただ使い方の説明がなく、どう使って良いのか分からない。
[念じてみたらどうだ?]
「念じる、ねぇ……」
シキのアドバイスに秋斗は苦笑を浮かべる。念じるのだとして、何を念じるのか。またどうやってその念を伝えるのか。分からないことだらけだ。とはいえ「分からない、出来ない」と言っているだけは出来るようにはならない。秋斗は黒いタブレットの上に右手を置き、そしてこう呟いた。
「目次」
すると黒いタブレットが反応した。光沢のある表面に文字が浮かんだのだ。ちなみに日本語。秋斗が「目次」と念じたので、それはどうやらデータベースの目次であるらしかった。最初、その一覧は端が切れていたが、タッチパネルのように指で操作してやると続きを見ることができた。
さてタブレットに表示された目次は、明るい文字と暗い文字に分けられていた。明るい方をタップしてみると、その内容を参照することができる。だが暗い方をタップしてもタブレットは反応しなかった。
「これは権限レベルが足りないのかな?」
[恐らくそうなのだろう]
「どうやったらレベルを上げられるかな?」
[アリス女史に媚を売ったらどうだ。具体的にはデパ地下のスイーツがおすすめだ]
「むしろ砂糖食わせとけばいい気もするけどなぁ」
アリスの甘党っぷりを思い出しながら、秋斗はやや遠い目をしてそう呟いた。アリスへの貢ぎ物はまた後で考えるとして、今はこのアカシックレコード(偽)だ。秋斗はさらに使い方を調べていく。
その結果、語句の検索やページの指定もできることが分かった。語句の検索の場合、権限レベルが足りなくても検索結果は表示される。一方でページ指定の場合、権限レベルが足りないとそのページは開かれず、代わりに「権限レベルが足りません」というメッセージが表示された。
そして最も大切な点として、アカシックレコード(偽)はストレージの中でシキも使うことができた。どうやって念を込めているのかまったく謎だが、まあ念の込め方は一つではないのだろう。何より、今は使えるという事実の方が大切だ。
[ほうほう、これはこれは! 実に興味深い!]
秋斗の頭の中でシキが歓声を上げている。どうやら新しいオモチャがとても気に入ったようだ。秋斗は苦笑しながらシキにこう声をかけた。
「こうやってアリスのデータベースを参照できるようになったから、今までに手に入れた用語集とか辞典はもう要らなくなったな」
[いや、そんなことはないぞ。辞典に載っていても、権限レベルが足りなくて参照できない情報が結構ある。当面は両方必要だし、なんなら別の情報源も欲しいくらいだ]
「そっか……。まあ無駄にならずに済んで良かった」
[うむ。それよりこの偽アカシックレコード、興味深いぞ]
「それはさっきも聞いた」
[まあ聞け。目次に【次元坑掘削計画】や【惑星脱出計画】、【惑星炉計画】の項目もある。権限レベルが足りなくて参照は出来ないがな]
シキがそう話すのを聞き、秋斗は「へえ」と呟いて少しだけ真剣な表情をした。シキが上げた三つの計画は、アリスが封印処理され眠っていた間に立案され、実行された計画である。つまり本来アリスのデータベースには記載されていないはずの計画だ。
アリスがそれらの計画について話すことができたのは、目覚めてから独自に情報を集めたからである。つまり別の言い方をするならば、データベースを更新したのだ。そしてアカシックレコード(偽)で参照できるデータにも、それが反映されていることになる。
「じゃあ、今後も増えるかも知れないわけだ」
[うむ。まあ、権限レベルが足りるかは別だが]
「ホント、デパ地下に行くかなぁ」
そんなことを呟きながら、秋斗はひとまずアカシックレコード(偽)の検証を終えた。ちなみにアカシックレコード(偽)では将棋に似たボードゲームのデータも参照することができ、なんとプレイすることもできた。COM対戦はできなかったが、シキの分も秋斗が操作することで対戦ができたのだ。そして彼はケチョンケチョンにされた。
さてゴールデンウィーク明け。秋斗は学校でドリームランドのお土産を配った。担任の教師にも渡したら、大変呆れた顔をされた。それでもうるさいことを言われなかったのは、彼の成績がそれなりのレベルだったからだろう。
「はあ、アキ君、本当にドリームランドに行ったんだ」
秋斗は紗希にもお土産を渡した。彼女に渡したのはキャラクターのキーホルダー。彼女は呆れたやら羨ましいやらといった顔でそれを受け取った。
「紗希はゴールデンウィーク、どうしてたんだ?」
「受験生らしく勉強してましたよ~だ」
やや不機嫌な様子で紗希はそう答える。どうやらドリームランドで遊びほうけていたと思われているらしい。実際、一日全力で遊んで、夜のパレードまで見てきたのだから、反論はしづらい。ただ秋斗は一応こう抗弁しておいた。
「別に遊ぶためだけに東京に行ったわけじゃないよ。ほら、この前話した気になっているっていう大学、見学してきたし」
「ふ~ん。で、どうだったの?」
「結構面白そうだったよ。研究室は見れなかったけど、パネル展示があったし。設備も充実しているみたいだった」
「へぇ~。じゃ、ドリームランドは?」
「遊び倒しました。楽しかったです」
「いいなぁ~! あたしも行きたい!」
「アトラクション最高でした。ショーも楽しかったです。パレード凄かったです。あとレストランまで凝ってました」
「くぅ~。な、夏休みで地獄を見ればいいわ!」
ここで冗談でも「落ちろ」と言わないあたり、紗希の人の良さが滲んでいる。秋斗は笑いながら肩をすくめた。そして、負け惜しみを言ってすっきりしたのか、彼女は気分を変えて秋斗にこう強請った。
「ね、写真撮ったんでしょ? 見せてよ」
秋斗がスマホを渡すと、紗希は指で画面をスワイプして写真を眺めていく。「いいなぁ、楽しそうだなぁ」と言っていたが、ある写真のところでふと彼女の表情が固まった。奏と一緒に映った写真だ。
「ア、アキ君。この娘、だれ?」
「ん? ああ、今回のスポンサーのお孫さん」
「前から仲良くしているの?」
「前からって言うか、顔を合せたのはほんの最近だよ。今回誘ってくれた勲さんとの繋がりで」
やや言葉を濁しながら、秋斗はそう答えた。勲や奏との関係を語るには、アナザーワールドのことが切っても切れない。そこをぼかしながら話そうとすると、少々苦しくなる。だが幸いにも紗希は「ふ~ん」と言ってそれ以上追求しなかった。
紗希「ふ~ん」
紗希「ふ~ん」
紗希「ふ~ん」