お茶会5
「そ、それでさ。他にも聞きたいことがあるんだけど」
透き通った笑みを浮かべるアリスの姿に少々ドギマギしつつ、秋斗はやや強引に話題を元に戻した。アリスは笑みを浮かべたままこう答える。
「うむ。何が聞きたいのじゃ?」
「この世界が魔素まみれになって、誰もいなくなった理由は分かった。アリスが死にたくなった理由も。じゃあ、なんでオレはこの世界に呼ばれたんだ?」
秋斗がこのアナザーワールドを探索するようになった、間違いなく彼自身の意思による。だがどれだけ彼にその意思があろうとも、彼の力だけでこの世界に来ることはできなかった。いわば招かれたからこそ、彼は今ここにいるのである。
そう、彼がアナザーワールドへ来るようになったのは、人為的な作為によるものだった。そのことはあの夢や、この世界に設置された石版、クエストなどからも明らかである。明らかに準備がしてある。つまりこれは計画的な招待、もしくは召喚なのだ。
だからこそ彼はこれまでずっと、この世界は“設定”されたもので“運営者”がいるに違いないと考えていた。そう考えなければ筋の通らないことが多すぎるからだ。しかしその一方で腑に落ちないこともある。“運営者”の意図だ。
計画性があるということは、つまり時間をかけて準備したと言うこと。そこには当然、目的や意図があってしかるべきだ。だが秋斗がアナザーワールドの探索を初めて一年以上が経つが、彼は未だに“運営者”の意図を掴めずにいる。
「この世界を探索させたがっている、っていうのは何となく分かるんだ」
クエストが用意され、さらにはそのクリア報酬まである。それに挑ませる意図は十分に感じられる。だが何のために挑ませるのか。クエストに挑戦することで、秋斗には利益がある。だが“運営者”の利益は一体何なのか。
「最初は、探索させること自体が目的なのかと思った。それで“運営側”にどんな利益があるのかは分からないけど、それなら一応筋が通る。だけど探索させることが目的なら、このやり方は中途半端じゃないかと思う」
考えをまとめるようにしながら、秋斗はそう話した。彼が言う中途半端とは、つまり「探索を行わせるための仕掛け」のことである。率直に言えばクエストだ。積極的に探索を行わせたいのなら、クエストの数が少なすぎる。もしこれがゲームだったなら、プレイヤーは早々に離れて行ってしまうだろう。
また“運営者”がアナザーワールドの探索を行わせたいのだとしたら、探索者の数が少なすぎる。もちろん同じタイミングでダイブインし、さらにアナザーワールドで出会う確率というのは恐ろしく低いだろう。だがそれを差し引いてもアナザーワールドの探索を行っている人数は少ないと秋斗は断言できた。
その理由はネット上のアナザーワールドに関する情報の少なさである。いや少ないというか、ほぼ無いと言って良い。三回転半くらいひねれば「そうかも?」と思える情報はあったが、明示的に「アナザーワールドに関するモノ」と言える情報はこれまで一つも無かったのだ(シキ調べ)。
秋斗と同じタイミングで探索を始めたのだとしたら、すでに一年以上が経過している。それなのにこの情報の少なさは異常だ。仮に不特定多数の人間が探索を行っているのだとしたら、もっと情報が出てきて良いはずである。
[これはアナザーワールドへ招く人間を選別しているな]
『そうなんだろうなぁ』
シキと秋斗はかつてそう話したことがある。今になってもその考えは変わらず、むしろさらに確信を深めている。つまりアナザーワールドの情報を安易にネット上へ書き込んだりしない人間を意図的に選んでいる、ということだ。
だが仮に“運営者”の目的が「探索を行わせること」なのだとしたら、そういう選別を行うのは目的に矛盾する。むしろ情報はオープンにして誰でも参加できるようにしてしまった方が、探索は大規模に行われるだろう。その結果、リアルワールド側の社会体制がどうなるかはまた別問題だが。
つまり秋斗としては、“運営者”の目的は単純に「探索を行わせること」ではないのではないかと感じているのだ。だがそれ以外の目的となると、これまでの経験を踏まえても思いつかない。ゆえに彼はアリスに尋ねたのである。そして彼女はこう答えた。
「知らん」
「え゛!?」
「知るはずがなかろう。考えてもみよ。我はお主が探索を始めてから目覚めたのじゃぞ? それ以前のことなど知るはず無かろう」
「いやいや、調べて回ったんでしょ!? 次元坑掘削計画とか惑星脱出計画とか惑星炉計画とか、全部目覚める前の話じゃん!」
「それらに関しては資料が残っておったからな。だがお主が関わっておるこの件に関しては、おそらく資料は残っておるまい」
「なんで!?」
「なぜならこの件が計画されたのは、この星が封印された後であろうからじゃ」
「あ……」
秋斗も言われて気がついた。この星はおそらくずいぶん前から無人になっている。人類は宇宙にスペースコロニーを建造してそこで暮らしているのだ。そして惑星の封印後、この星に降り立つのはごく一部の人間だけで、しかも速やかに目的を果たしてさっさと退散するのが常だろう。
つまり何かをしっかりと計画するのなら、それは全てスペースコロニーで行われているはずなのだ。よってその資料は地上にはない。星から出られない、出るつもりのないアリスがその資料を目にすることもまたないのだ。
「そっかぁ……。まあ、そうだよなぁ……」
「ただ、手がかりなら、ないこともない」
「え、マジ?」
「うむ。マジじゃ」
「じゃ、じゃあ、その手がかりって言うのは……?」
「お主が最初に見たという、あの夢じゃ。石版が出てきたと言っていたであろう。手がかりというのは他でもない、その石版に書かれていた事柄じゃ」
「いや、でもオレ、あの石版の細かいところなんて、全然思い出せないんだけど……」
「心配要らぬ。以前、イメージを読み取らせてもらった際、すでにその内容も読み取っておる」
アリスはそう言って自慢げに胸を張った。秋斗としてはなぜその時に教えてくれなかったのかと思うのだが、それは口に出さない。黙って彼女の次の言葉を待つ。そして彼女はこう語った。
「『突然に、それもこのような仕方であなた達を巻き込んだことを申し訳なく思う。だが我々が滅びを免れるにはこうするしかなかったのだ。とはいえあなた達にとっては関係のない話だ。あなた達からすれば、我々の所業は利己的で醜悪で罪深いものであるに違いない。ゆえに許しを乞おうとは思わない。我々にその資格はないからだ。ただ幸運だけを願っている』。……石版にはそう書かれておった」
「……あんまり楽しい内容じゃないな。不吉というか、剣呑というか……」
「そうじゃな。ただこの内容から察するに、この世界とお主の世界の間に繋がりができてしまったのは、ある種の事故だったのじゃろう」
アリスはそう自分の推測を語った。少なくとも、決して本意ではなかったことが窺える。ではその事故は、一体どのような事故だったのか。
「これもざっくりとした予想でしかないが、魔素が関わる実験であろうな。時空を超えて影響を及ぼしているのだから、魔素が関わっているのは間違いあるまい。もしかしたら次元坑を塞ごうとしたのかもしれぬ」
「で、失敗した?」
「あるいは想定外の結果になったのかも知れぬ。別の、同じく魔素が存在する世界との間にある種のパスができてしまった、とかかの」
アリスはそう語った。だが秋斗は納得できない顔をしている。彼はこう反論を述べた。
「オレの世界に魔素なんてモノはないぞ。いや、最近はちょっと浸食され気味だけど……。でも今までずっとそんなモノはなかった」
「む、そうなのか。だとすると、偶発的な事故というのは、違うのかも知れぬ……」
そう呟いてアリスは難しい顔をした。魔素が存在しないと言うことは、つまり次元の壁がしっかりとした状態であるということ。偶発的に繋がりができてしまったと考えるのは、ちょっとそぐわない。それよりは狙って繋がりを造ったと考えた方が、納得感がある。
「つまり意図的ってことか? じゃあ、その意図は何なんだって話になって、……最初に戻ってきたなぁ」
「そうでもあるまい。石版に書かれていたじゃろう? 『滅びを免れる』ためじゃ」
「それもずいぶんざっくりしてるけど……」
「ふむ……」
秋斗とアリスが揃って考え込む。少ししてから、アリスが秋斗にこう尋ねた。
「……そう言えば、さっき言っていたお主の世界が魔素に浸食され気味というのは、どういうことじゃ?」
「ん? ああ、ここ最近になってモンスターが現われ始めたんだ。オレが知ってるのはまだ一体とか二体とか、そんなレベルだけど」
「これまでにモンスターはおったのか?」
「いや、いなかっただろ。いや、オレも全世界のことなんて把握してないけど。だけどコッチの世界と違って、魔素の影響なんて欠片も受けてこなかった世界だぞ」
「ではやはり、ここ最近になって魔素が流入し始めたと考えるべきじゃろうな。そしてそれは、お主がこちらに呼ばれた事と無関係ではあるまい。……ふむ、では少し調べて見るか」
「調べるって、何を?」
「お主の世界に流れ込んでおる魔素の源流がこの世界、というかこの惑星なら、何かしらの痕跡があるじゃろう。それを調べてみる」
「いいのか?」
「どうせすることも無い。あとは連絡方法じゃが……、ふむ……」
そう呟くと、アリスはおもむろに立ち上がった。彼女はテーブルを迂回して秋斗に近づく。そして彼の顔を両手で包み込むようにして掴むと、そのまま流れるような自然さで口付けをした。
ブチュッと。たっぷりと数十秒。しかも舌をねじ込んで。アリスが口を離すと、細い透明な橋が両者の唇に架かった。
「……お主に我の加護を与えた。これでお主がコチラへ来ればだいたいの居場所が分かる。……ん、アキトよ、どうした?」
「はじめてだったのに……」
両手で顔を覆いながら、秋斗は消え入りそうな声でそう答える。するとアリスは腰に手を当て、満面の笑みでこうのたまった。
「奇遇じゃな、我もじゃ!」
彼女は顔どころか耳まで真っ赤になっていたのだが、秋斗はそれに気付かなかった。
秋斗「もうお婿に行けない……」
シキ「入り婿希望だったのか?]