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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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お茶会3


「ここから先は、我の推測混じりになる」


 アリスはまずそう前置きした。何しろ彼女のデータベースには彼女が封印処理される前までのことしか記載されていない。目覚めてから情報収集は行ったが、何しろ世界はこのありさまで、思うように情報を集めることはできなかった。


「しかも情報の質が悪い。フェイクと思われるものがあちこちに混じっておる」


 鬱憤を滲ませながら、アリスはそう話した。かろうじて読み取れる情報が残っていたとしても、それが正しいのかは別問題。残された情報の中には互いに矛盾するものも多く、一体何が起こったのかを把握するために、アリスは情報の整理でも苦労することになった。それを思い出したのか渋い顔をする彼女を、秋斗は苦笑しながらこうねぎらう。


「それはご苦労様。でも、成果は出たんだろう?」


「ふん、まあの。推測混じりではあるが、大筋は掴めたはずじゃ」


 そう言ってアリスは腕を組んだ。彼女は視線を横に向けて、秋斗の顔ではなくどこか遠くを見つめる。その横顔はどこか寂しげに見えた。そして遠くを見つめたまま、彼女はこう語り始めた。


「全てのはじまりは、『次元坑掘削計画』。それは魔素の不足を解消し、その偏在を是正するための計画じゃった」


[アリス女史。その計画名からして、次元の壁に坑を掘る計画のようだが、それがどのように魔素と関係しているのだ?]


 シキがアリスにそう尋ねる。秋斗にとってはなんだか新鮮なパターンだ。とはいえそれは置いておいて、アリスはこう答えた。


「魔素はの、こことは異なる世界から次元の壁を越えてやって来るのじゃ」


[……つまり、魔素とは異世界から流入するエネルギーである、と?]


「うむ。そうじゃ」


「そいつはまた、何というか……」


 魔素の思わぬ出所に、秋斗とシキは揃って絶句した。だが二人ともそれを否定することはしない。否、できない。少なくとも異世界が実在することを彼らは身をもって知っている。そして「異世界は一つしかない」というのは、それこそ筋の通らない考え方だろう。


 ただし「異世界から流入するエネルギー」というのも、魔素の一面であって正体ではない。前述した通りその正体は「不明」である。異世界から流入してくる何かにエネルギーとしての側面がある、というのが今のところ最も正しいのかもしれないが、まあそれはそれとして。


「……良いかな、話を続けるぞ。魔素は異世界から流入してくる。魔素を資源として捉えた場合、それはメリットでありデメリットでもあった」


 鉱脈や油田に依存しているわけではない以上、魔素が枯渇することはない。これは大きなメリットだ。もしかしたら流入が止まることはあるのかも知れないが、有史以来魔素は常に存在していたので、多くの人はその事態を想定していなかった。


 ではデメリットは何か。それは供給量を増やせないことだ。鉱脈や油田があるのなら、供給量を増やすことは可能だ。しかし魔素にはそれがない。流入してくる一定量でやり繰りするより他になく、そのやり繰りに人類は大いに頭を悩ませた。


 その上、魔素は偏在している。国同士は魔素を奪い合い、その争いがさらに魔素の需要を大きくした。いつしか魔素は常に不足するようになり、持つ者と持たざる者の格差は拡大するばかり。そんな中で持ち上がったのが「次元坑掘削計画」だった。


「次元坑掘削計画とは、つまり魔素を汲み上げるための井戸を掘る計画じゃ。需要に供給が追いついておらず、しかも需要を抑える手立てもない。仮に抑えたとして、その分は他の誰かが使うだけ。ならば供給量を増やせばよい。発想としては単純じゃな」


 アリスはそう語った。次元坑掘削計画はかなり大がかりな計画であったらしく、あちこちにその情報の断片が残されていた。収集した情報をつなぎ合わせて考察したところ、どうやらその計画は実行に移され、そして成功したようだった。ただしその成功は最悪の結果をもたらした。


「井戸は掘り抜かれた。じゃが開いたのは地獄の門であった」


 要するに想定を大幅に超える量の魔素が、その坑から流入するようになったのだ。需要と供給の関係は、一気に供給過多になった。消費されない魔素はよどみ、やがてモンスターを生み出した。歴史から忘れ去られた異形の化け物が、再びその姿を現わしたのである。


「それでも当初は楽観視する声が強かった。魔素の不足が解決されたのは事実。強力な兵器もすでに数多く配備されており、モンスターは昔ほど大きな脅威ではない。どのみち魔素の需要量はこの先も増えていくのだから、そのうち需要と供給はつり合うだろう。そう考える者が多かったのじゃ」


 しかし事態はそのように推移しなかった。需要量は確かに増えたが、供給量はそれを上回って増えたのだ。つまり全体としては供給過多が加速したことになる。その原因を探るために調査が行われ、そして次元坑が徐々に拡大していることが判明した。


「恐らくじゃが、世界を隔てる次元の壁は、もともと薄くと言うか、脆くなっておったのじゃろうな。さらに魔素が流入してくるということは、向こう側のほうが圧力は高いということ。それなのに、そこへ坑を掘ってしまった。針の一刺しじゃ。それをきっかけに、次元壁はいわば“裂けた”のじゃろうな」


 アリスはそう自分の推測を語った。少なくとも次元坑掘削計画は裏目に出る結果となった。魔素の流入量は増え続け、それに伴ってモンスターの出現数も増加した。そしてついに取り返しの付かない被害が出ることになる。


「それが破滅の始まりであったのかは分からぬ。だが集めた情報の中に象徴的と思える事件のことがあった。ある魔素溜まりに極めて強力なモンスターが現われたのじゃ。そのモンスターは後に【ベヘモス】と名付けられた」


「まさか、討伐できなかった、のか?」


「いや、討伐はできた。言ったであろう、その当時はすでに強力な兵器が数多く配備されておった。だが討伐されるまでに出した被害は甚大であった」


 ベヘモスが出現したのは魔素溜まり。「魔素溜まり」とはその名の通り、魔素が集まりやすいポイントのことを指す。つまり大規模な魔道炉プラントを建設する絶好の立地と言って良い。そしてベヘモスが出現した魔素溜まりにも、多数の魔道炉プラントが建設されエネルギーを供給していた。だがベヘモスはそれらのプラントを全て破壊したのだ。


 ベヘモスがもたらした被害のために、かの国ではエネルギー供給量が一気に二割弱も低下した。その影響は各方面に及び、長期間国内外に大きな混乱をもたらすことになった。だがこの件における最大の問題は、それらの「エネルギー不足に起因する混乱」ではなかった。


 ベヘモスがもたらした取り返しの付かない被害。それは破壊された魔道炉プラントの再建ができなかったことだ。


 魔素溜まりに建設された魔道炉プラントは、エネルギーを供給する他にも、「魔素溜まりの魔素を消費してモンスターの出現を抑制する」という役割も担っていた。ではそれらのプラントが破壊されたとき一体何が起こるのか。言うまでもなくモンスターが出現するのだ。


 しかも、である。次元坑掘削計画の影響で魔素の流入量は増大しており、つまり魔素溜まりに集まる魔素の量も増大している。それこそ多数の魔道炉プラントがあったにもかかわらず、ベヘモスが出現してしまうくらいに。それなのに、いわば抑制装置を兼ねていたプラントが全て破壊されてしまったのだ。


 その魔素溜まりは絶え間なくモンスターを吐き出すようになった。その中にはベヘモスクラスのモンスターさえ多数含まれた。次元坑掘削計画によって開いたのが地獄の門であるのなら、そこはまさに地獄の一丁目1番地であった。


 そのような状況下で魔道炉プラントの再建を行えるはずもない。いや、再建どころか瓦礫の撤去さえままならない状態だった。そもそもプラント再建の前に魔素溜まりからあふれ出てくるモンスターをどうにかして防がなければ国家の存亡自体が危ぶまれる。以降、この国は無限の物量を持つモンスターとの消耗戦に突入することになる。


「それは、ひどいな……。すり潰されるのは時間の問題、ってことじゃないか」


「うむ。まさに絶望的な戦いと言うヤツじゃ。だが世界全体の状況はさらに絶望的じゃった」


 先ほどアリスはベヘモスの事件について「象徴的な事件」と語った。つまり程度の差はともかくとして、似たような事件が世界各地で頻発したのだ。


 それにより人類社会はその地力を削られていくことになる。軍事力とか経済力とか、あるいは国力だとか、もはやそんなレベルの話ではなくなっていた。


「なにより皮肉と言えるのは、それらの被害をもろにくらうことになったのが、当時大国や先進国と言われていた国々であったことじゃ」


 それはなぜか。それらの国々の多くは魔素溜まりを保有していたからだ。そこから得られる廉価で安定したエネルギーを使い、それらの国々は発展したのだ。だが今や魔素溜まりは猛毒となった。それらの国々はその毒のためにのたうち回った。


「その力を背景に周囲を威圧し、我が物顔で振る舞った傲慢な大国。魔素溜まりを持ちながらそれでも足りぬと次元坑掘削計画を推進した欲深い先進国。ふふ、因果応報よな」


 そう言ってアリスは薄く笑った。「守護天使計画」をぶっ立てたのはそういう大国や先進国に翻弄されていた小国の一つ。彼女なりに思うところがあるのかも知れない。


 閑話休題。魔素のために人類は滅亡の危機に瀕した。このまま行けば、人類は滅亡する。人々は嫌が応でもそのことを認識しなければならなくなった。そして人類が存続し続けるために、またある計画が立ち上げられた。「惑星脱出計画」である。


アリス「大国め、毒まんじゅうを喰らうが良い!」

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