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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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お茶会2


「魔道炉」とは、魔素を集めて使いやすいエネルギーに変換するための装置である。そして魔道炉の登場は、秋斗がアナザーワールドと呼ぶこの世界の歴史の大きな転換点となった。


 端的に言えば、魔道炉の登場によって魔素が資源になったのである。メリットがデメリットを上回ったのだ。


 魔道炉は魔素を別の使いやすいエネルギーに変換する。つまり魔道炉を使えばその周辺の魔素の濃度が下がるのだ。それはすなわち、モンスターの出現を抑制できることを意味している。


「魔道炉の登場によって人類は、いや文明は安全を手に入れたのじゃ」


 菓子を口に運びながら、アリスはそう語った。もちろん、魔道炉は登場してすぐに世界中へ行き渡ったわけではないから、モンスターによる被害がすぐになったわけではない。いや、世界中に行き渡った後でも、モンスターによる被害はゼロにはならなかった。だが魔道炉の登場から一〇〇年後には、モンスターによって街が滅ぼされることはなくなっていた。


 さて魔道炉の登場によってモンスターの脅威は極めて小さくなった。より正確に言えば、モンスターの脅威は徐々に小さくなっていった。そして人類社会は次の段階へ移ることになる。拡大と、そして衝突だ。


 魔道炉の登場以前から、人間は人間同士で頻繁に争ってきた。だがそれでも、その頃の人類には「主敵はモンスターである」という共通の認識があった。モンスターという災害はあまりにも強力であり、敵であろうと手を取り合わなければ双方が生き残れなかったのだ。モンスターという共通の敵が、人類の最後の一線を守っていたのである。


「皮肉、いや逆説的というべきかな。モンスターという脅威が人類を誇り高くしていたのじゃ。魔道炉以前の歴史はそうであったと、データベースには書かれておる」


 アリスは小さく苦笑してそう話した。データベースに書かれている事柄には、書いた者の主観が混じっている。「昔は良かった」という懐古主義的な情念がそこには混じっているのだろう。アリスの口ぶりから秋斗はそう感じた。とは言え、まったく的外れというわけでもないように思える。


「共通の敵が強大であるほど、人類の結束は固くなるわけだ」


「うむ。その通りじゃ」


「それなのに、強大であったはずの敵が強大ではなくなってしまった」


 それは大きな変化だったに違いない。魔道炉の登場によってモンスターは人類の主敵ではなくなった。人類の敵は人類になったのだ。その後の歴史において人間同士の争いはその凄惨さを増していく。


 モンスターではなく人間が街と国を滅ぼし、人々はモンスターの代わりにヒトを憎んだ。流された血の量はおびただしく、涙の量はその数百倍はあるに違いない。魔道炉の登場前と後で、果たしてどちらの時代が人類にとって幸福であったのか、歴史書は黙して語らない。


「それでも人類全体としては徐々にその数を増やして勢力圏を広げ、文明もまた発達を遂げていった。そして次なる問題が持ち上がる」


「次なる問題?」


「うむ。魔素の不足じゃ」


 それまで人類と文明の前進を支えていたのは、魔道炉が供給するエネルギーであり、その大本は魔素だった。もちろん人類は魔素以外のエネルギーも活用していた。ただメインは魔素だった。


 魔素は世界中に存在する。その特性が人類の未開拓領域への進出を後押しした。だが魔素は無尽蔵のエネルギーではなかった。他と同じ限られた資源だった。人類がそのことに気付いた時、人類にはまた一つ争う理由が増えた。すなわち魔素の奪い合いである。


 前述した通り、魔素は世界中に存在する。ただし均一に存在するわけではなかった。他の多くの資源と同じように、魔素もまた偏在した。魔素の湧き出る土地があり、魔素が溜まりやすい土地がある。それらを求めて人類は争った。


(どの世界も同じか……。歴史は繰り返すってヤツかね?)


[世界が違うのだから、繰り返しているわけではないだろう……。だが世界が違っても同じような理由で争うとは、知的生命体は業が深いな]


 アリスの話を聞きながら、秋斗とシキはそう話し合った。アリスはリアルワールドの歴史を知らないだろう。だが彼らは知っている。リアルワールドにおいても資源の争奪は戦争の主たる理由の一つだった。知的生命体というヤツはどの世界においても愚かであるらしい。その端くれである秋斗としては、あまり誇らしくない話である。


 閑話休題。アリスの話は続いている。彼女は空になったマグカップを手のひらでもてあそびながら、さらにこう語った。


「我が開発されたのは、ちょうどそんな時代であった」


 アリスはそう語り始めた。その時代、人々の生活は必ずしも魔道炉が供給するエネルギーのみには依存していなかった。リアルワールドがそうであるように、他にもエネルギー源となるものが存在したからだ。


 だがある分野において、魔素は極めて重要なエネルギーだった。軍事という分野である。魔道炉を介して魔素から得られる「魔道エネルギー」は、極めて軍事利用しやすいエネルギーだったのだ。


 例えば電気というエネルギーがある。リアルワールドでも広く使われている、とても便利なエネルギーだ。しかし電気エネルギーをそのまま破壊力に変換することは大変難しい。できないことはない。だがそのためには大がかりな設備が必要になる。少なくとも「持ち運びが可能な放電式の爆弾」なんてモノは、あまりにも非現実的だ。


 だが魔素を利用すれば、それはあまりにも簡単に実現可能だ。秋斗が使う「雷魔法」である。彼が雷魔法を使うのに特別な設備は必要ない。ただ魔石が一つあれば良い。いや、今となっては魔石すら必要ない。集気法によって魔素を集めれば良いのだから、彼は身一つで雷魔法を発動できる。それくらい手軽だ。


 もちろんアリスが開発された時代において、個々人が使う魔法が軍事的な主力であったわけではない。だが魔道エネルギーは間違いなく軍事の中核を担った。魔道エネルギーを動力源とする兵器が次々に開発され、そして実戦に投入された。アリスもまたそんな兵器の一つだった。


「我を、いや我の前身を開発したのは、大国に翻弄される小国の一つじゃ。特に特徴のない国での、だからこそいつ地図上から消えるのかと戦々恐々としておった」


 だからこそ、その国は力を求めた。国防のための力を。それが戦略兵器「守護天使」開発計画へ繋がった。


「開発コンセプトは、『より多くの魔素を操る自立型兵器』」


 魔素が意識に惹かれる性質を持つことは、この時代までにすでに広く知られていた。つまりより多くの魔素を操るためには、そこに意識がなければならない。余談になるが、この性質こそがこの世界において戦争の主役が人間であり続けた理由と言って良い。


 一方で「守護天使」は人間ではない。バイオロイドと呼ぶのが最も近いか。何にしてもそれは自意識を持ちつつも「製造」されるものであり、だからこそ国防の要となりえる戦略兵器だった。


 折しも「守護天使計画」が進む中で戦争が起こった。ある大国が別の小国へ攻め込んだのだ。計画を進める小国が直接戦火に巻き込まれることはなかったものの、その戦争はかの小国にとって決して他人事ではなかった。


「恐れたのじゃ。小国とは惨めよな。いつの世も大国に翻弄される」


 アリスはそう嘆いた。同じ嘆きをより強く感じていたのは、この時代にこの国に暮らしていた人たちだろう。いつこの祖国が蹂躙されてしまうのか。それが明日だとしてもおかしくはない。


 守りたまえ、守りたまえ、守りたまえ。多くの者がそう祈った。守護天使計画に関わっていた者たちも同様だ。むしろ彼らの方がその情念はより純粋であったかもしれない。そしてその想いは守護天使のプロトタイプ【アリス】へと捧げられた。


 いや、彼らが求めたのはすでに守護天使ではなくなっていた。彼らが求めたのは【神】。祖国を救いたもう神だ。だが人が神を造るなど烏滸がましい。そもそも人の手が届かないからこそ神は神なのだ。ならばせめて神に近しき存在を。【アリス】へと捧げられる想いは徐々にそう変わっていった。


 もっとも、その想いが結実するかは別問題である。結論から言えば、【アリス】は起動することなく封印処理されて長い眠りにつくことになった。その後、かの小国がどうなったのかアリスは知らない。データベースの情報は封印処理された時点から更新されていないからだ。


「……我はな、欠陥品なのじゃよ。いや失敗作と言うべきかの。求められた時に役に立つことができなかった。愚かしい話よな」


 アリスは自嘲しながらそう語った。そこにどれだけの無念が込められているのか、秋斗には分からない。それで彼はそこに触れるのを躊躇い、代わりにこう尋ねた。


「……なら、なんでアリスは目覚めたんだ?」


「我を目覚めさせたのはお主であろう?」


 そう返され、秋斗は思わずしかめっ面を浮かべた。それを見てアリスが小さく笑う。それから彼女はこう続けた。


「正確なところは分からぬ。調べようがないからの。だがまあ、魔素の影響であろうよ」


 アリスは淡々とそう話した。【アリス】に捧げられた想いに魔素が反応し、「そうあれかし」と願われた姿に彼女を再誕させた。そう考えるのは非科学的だろうか。いずれにしてもこの世界に大量の魔素があったからこそ彼女は目覚めたのだ。


 ではその大量の魔素はどこから来たのか。それは当然の疑問だろう。そもそもここまでの話の中で、「魔素の不足」が新たな火種となったのではなかったのか。それなのに今この世界には有り余るほどの魔素があり、そのためにアリスは目覚めた。一体何がどうしてこうなったのか。アリスはゆっくりと口を開いた。


秋斗「アリスは、甘党の設定だったんだろうか……?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更だが「魔道」(魔の道。魔の(ような)生き方・考え方 )なんだな。 「魔導」(魔を導くこと)かなと思ってたが・・・
[一言] 味覚が成熟してないと甘党になる気がする 子供舌
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