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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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ノーマンズワンダーランド1


 アナザーワールドへのダイブインを宣言すると、秋斗の視界は一瞬で切り替わった。夢の国とがっちり業務提携したホテルの一室から、夜風を感じる外へと一瞬で移動する。視線を巡らして初めてのエリアの様子を窺い、秋斗は頬を引きつらせた。


「おいおい、どこの夢の国だ、ここは」


 見渡した周囲の風景は、日中に遊び倒したドリームランドのそれとよく似ていた。もちろん似ているだけで同じではない。建物の造りは似ているが、ドリームランドには多様な建築様式があったのに対して、こちらは様式が統一されている。またこちらにアトラクションの類いはない。


 また雰囲気も異なる。ドリームランドは意図されたものであるにしろ、煌びやかで楽しげな雰囲気だった。大勢のお客で賑わっていて、活気があった。それでいてスタッフの目と仕事が行き届いており、園内は清潔に保たれていた。


 だがここは違う。まず人影が何もない。そのせいでひどく寂れている。照明はあるものの必要最低限以下で、つまり全体的に薄暗い。人の気配はしないのに建物だけは立派で、それがかえって不気味だった。


[リアル夢の国か。アナザーワールドなのにな]


「夢は夢でも、悪夢の類いじゃねぇか、これ」


 軽口を叩きつつ、秋斗は暗視を発動させてさらに良く周囲を見渡した。重厚な造りの建物がぼんやりと明かりに照らされて不気味さを増している。先ほどは「照明」と述べたが、その明かりを放っているのは道ばたに植えられた街路樹だ。より正確に言えば、街路樹になる実が明かりを放っている。


 普通ならば幻想的な光景だろう。だが街路樹自体がまばらで光量が足りておらず、それが人の気配のない無機質な雰囲気とあいまっていっそ寒々しい。空に星が輝いていればまた違ったのだろうに、秋斗が見上げた空は重たい雲に覆われて真っ暗である。


「夢の跡エリア、とでも呼ぼうか」


 秋斗はそう呟いた。どうもドリームランドに意識が引きずられている気がしないでもないが、まあそれはいい。ともかく彼は探索を始めようと思い、もう一度、今度は自分の周囲を見渡す。彼が立っているのは小さな公園の様だった。ただ人の手が入っていないことは明らかで、草木は無秩序に繁茂している。


 視線を上げれば、正面に見えるのは尖塔の立ち並ぶ西洋風のお城。白塗りの壁は美しいはずなのだが、今はやはり不気味さの方が強く感じる。正面の正門の上には広いバルコニーがあって、在りし日にはそこから誰かが演説でもしたのだろうか、と秋斗は益体もないことを考えた。


「……っ、シキ、バルコニーに誰かいなかったか?」


[ここからでは、確認できないが]


 シキはそう答えたが、秋斗はそこで何かが動いたような気がしていた。普通に考えるならモンスターだろう。何より気になるのなら近づいてみれば良い。だが彼は直感に動かされるようにしてシキにこう言った。


「シキ、遠視を使えるようにしてくれ」


[了解した。リソースを投入する。……完了だ]


 秋斗は「よし」と呟いてから、両手の指を使って空中に四角形を作る。そして遠視を発動した。尖塔の城がぐんぐんと近くなり、バルコニーの様子がはっきりと見えるようになる。そしてそこには確かに人影があった。


 彼女は、そう人影は女性だった。ノースリーブのドレスは喪服のように黒一色で、両腕につけた長い手袋も同じ。顔はやはり黒いベールで隠しているが、眩いばかりの金髪は隠せていない。そして秋斗は彼女に見覚えがあった。


「アリス……?」


 バルコニーの人影は、どうもアリスのように思えた。というよりアナザーワールドで金髪の女性と言えば、思い当たる人物はアリスしかいない。だが彼女は純白のドレスを着ていたはず。それが今は喪服のように真っ黒になっている。彼女くらいになればドレスの色くらいいくらでも変えられるのかも知れないが、何かあったと考えるのが妥当だろう。


 遠視の視界の中で、黒いドレスを纏った女性は一度空を見上げた。そして何事かを呟いた、ように見える。それから彼女は小さく頭を振り、身を翻して建物の中へ入っていった。バルコニーが無人になったところで秋斗も遠視を切る。


[それでアキ、どうする?]


「どうするって、そりゃ、行くしかないだろ。ったく、アリスめ。分かりやすい落ち込み方しやがって……」


 ぶつくさ言いつつも、秋斗はストレージからロア・ダイト製の六角棒を取り出す。そして尖塔の城へ向かって歩き始めた。彼がいた小さな公園から城までは、一本の道が通っている。だが彼は簡単に城へたどり着けたわけではなかった。


「っち、やっぱり出てきたか……!」


 秋斗が舌打ちをしながら六角棒を構える。暗がりの中から出てきたのは色とりどりの着ぐるみ達。見たことのないキャラクターばかりだが、それぞれデフォルメされていて可愛らしい。ただし赤々とした目を爛々と輝かせて武器を持っていなければ、だが。


「本当に悪夢だな、こりゃ」


[どちらかというと、ホラーではないのか?]


「「「ギュゥゥゥゥゥゥウウウ!!」」」


 着ぐるみのモンスターたちが雄叫びを上げる。そして一斉に秋斗目掛けて殺到した。その光景は子供の夢をハンマーでかち割るくらいには衝撃的だ。夢の国に憧れるお子様には、とてもお見せできない。


 秋斗も六角棒で応戦する。着ぐるみの一体一体はそれほど強くない。動きが俊敏とは言いがたく、体重も軽いように思える。きっと中の人はいないのだろう。だが秋斗の表情は険しい。


 数が多いのだ。倒しても倒しても、それこそ湧いて出てくる。秋斗の視界に表示される俯瞰図は、いつの間にか赤の領域が半分以上を占めている。その数の多さに秋斗は思わず舌打ちをした。雷魔法が有効に思えたが、如何せん魔石に思念を込める暇がない。


[アキ、一度後退したらどうだ? 後方は敵密度が薄いぞ]


 シキの言うとおり、敵は秋斗の前方、つまり尖塔の城との間にその大部分がつぎ込まれている。後ろに下がるのはそれほど難しくないだろう。だが敵のこの配置の偏りは、まるでアリスの心そのものであるように秋斗には思える。ならここで退くわけにはいかない。


「このまま突破する!」


 秋斗は腹をくくった。身体強化も駆使して敵陣を突破しようとしたが、その前にシキが彼にこう言った。


[アキ、少し待て。ちょうど良いモノがある。突破をサポートするぞ]


 シキがそう言うので、秋斗は六角棒を振り回して敵の猛攻の波に数秒の空白を作り出す。その時間を使い、シキがストレージからそれを出撃させる。ナイトだ。ついにシキがこの兵器を動けるようにしたのだ。


 城砦エリアで見つけた当初、ナイトは破壊されて動かず、また外観も薄汚れていた。それが今は力強く駆動しており、外観も美しく磨き上げられている。秋斗にとっては、ずっと心待ちにしていた頼りになる味方戦力だ。


[突撃だ!]


 シキがそう命令を下す。するとフルプレートの魔道人形は、突撃槍ランスと盾を構えて敵陣へ猛然と突撃した。そして着ぐるみ達を強引にかき分けて道を作っていく。その光景はまるで、除雪車が雪を押しのけていくかのようだった。


「おお!」


 歓声を上げながら、秋斗はナイトのすぐ後ろについて切り開かれた道を走った。前方からは絶え間なく鈍い音が響いている。弾き飛ばされた着ぐるみのモンスターが頭上を舞うこともあり、彼は姿勢を低くしながらナイトの背中にぴったりとくっついて走った。


 しかしナイトの快進撃は長く続かない。ナイトは全力で前進していた。人間で言えば全力疾走しているわけだ。つまりガス欠になるのも早い。また鎧も装備も傷ついている。そしていよいよシキの声が秋斗の頭に響いた。


[そろそろナイトが限界だ。カウント3で回収する。いくぞ、……3,2,1,0!]


 シキのカウントに合せ、秋斗の前を疾駆していたナイトが、前のめりに倒れるようにしてストレージへ回収される。そしてストレージが閉じるより早く、秋斗はまず魔石を投げて雷魔法を発動させた。走りながら思念を込めていたのである。


「「「ギュゥゥゥゥゥゥウウウ!?」」」


 紫電に焼かれた多数の着ぐるみが悲鳴を上げた。ストレージはもう閉じている。その瞬間、秋斗は身体強化を駆使して爆発的に加速した。六角棒を振り回し、群がる着ぐるみを突き飛ばし、しばき倒し、弾き飛ばす。止めをさすことには拘らず、ただ目の前から排除することだけに集中して、彼は尖塔の城を目指した。


 そしていよいよ尖塔の城の正門を目前に捉えた。相変わらず着ぐるみのモンスターはうじゃうじゃいるが、門番と思しきモンスターは見当たらない。それがまたアリスの心そのものに思えて、秋斗は小さく舌打ちした。


 ギアをトップに入れる。秋斗は群がる着ぐるみを力任せに払いのけ、そのまま強引に城の正門を蹴破った。着ぐるみのモンスターたちは、城の中には入ってこない。彼はいったん身体強化を解き、大きく深呼吸して呼吸を整えた。


 玄関ホールの正面には∩形の優美な階段があり、秋斗はその階段を上って二階へあがる。正門の上のエントランスに人影はない。であればあのアリスと思しき女性は城の中にいるのだろう。彼は階段を上ってすぐのところにある、大きな二枚扉を開いてその中へ入った。


 どうやらそこは謁見の間であるらしかった。広々とした部屋で、一番奥には玉座が据えられている。そしてその玉座には、気怠げに腰掛ける女の姿があった。彼女は喪服のように黒いドレスを身に纏い、顔も黒いベールで隠している。


「アリスなんだろう?」


 薄暗い謁見の間で、秋斗はそう声を掛けた。そして一歩ずつ、ゆっくりと彼女へ近づいていく。やがて彼女は気怠そうにしたまま首を動かし、ベールの向こうから視線を彼に向けた。そしてこう声を響かせる。


「ここはノーマンズワンダーランド。人々が去った後の不思議の国。残された者どもは怪物になりはて、されど在りし日の幻想に縋り付く」


「アリス、一体何を言って……」


 女の声は間違いなくアリスのものだ。だが彼女が何を言っているのか、秋斗には分からない。困惑げに彼は聞き返したが、しかしアリスは彼を無視して立ち上がり、天井を仰いでさらに両手で顔を覆った。そしてこう叫ぶ。


「我は踊ろう! ここで! 狂ったように! 何も期待されていない者にはそれがお似合いだ!」


 アリスは右手を勢いよく横に振るった。するとその手にまるで死神が振るうような大鎌が現われる。柄は漆黒で、しかし刃だけが銀色に輝く大鎌だ。その大鎌をアリスは大きく振りかぶった。


着ぐるみさん「中の人などいないっ!」

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