ドリームランド
ゴールデンウィーク二日目。佐伯家の二人と秋斗は朝早く起き、手早く朝食を済ませて七時前には家を出た。そして勲の運転する車でドリームランドへ向かう。途中渋滞に巻き込まれたりもしたが、それでも朝早く出た甲斐もあり、開園時間の少し後に到着することができた。
「それじゃあ秋斗君、奏を頼むよ」
「はい。勲さんも気をつけて」
そう言って二人は勲と一度別れた。勲はこれから車でホテルへ向かうことになっている。チェックインはまだできないが、手続きをしておけば荷物を部屋に運んでくれ、また夜になって帰ってきても部屋へ案内してもらえる。今日は最後のパレードまで楽しむ予定なので、勲がホテルのあれこれをやってくれることになったのだ。ちなみにホテルはドリームランドと提携しているホテルで、まさに夢の国一色になっている。
先にホテルへ向かった勲だが、もちろん彼も後でちゃんと合流する。ホテルとドリームランドの間にはバスが運行していて、そのバスを使って彼はドリームランドへ来る予定だった。入場した後は携帯で連絡を取り合い、合流する手筈になっている。
「じゃあ、行こうか。奏ちゃん」
「はい!」
見るからにウキウキした様子の奏と一緒に、秋斗は入場手続きをする。ドリームランドへ足を踏み入れると、そこはまさに現実とは隔絶した世界だった。まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような、そんな印象さえ受ける。そしてそう思わせている時点で、ドリームランド側の狙いは十分に達せられたと言えるだろう。
(しっかし、本当にファンタジーな感じだなぁ。いや、ファンシー? まあどっちでもいいけど、アナザーワールドじゃあ、比べものにならない)
[向こうは殺伐としているからな。むしろ世紀末覇者的な世界観に近いだろう、アッチは。いや、人間がいないのだからさらに悪いか?]
まったくシキの言うとおりで、そのひどい対比に秋斗は内心で苦笑する。アナザーワールドよりファンタジーな世界がリアルワールドにあるというのは、人間の営みの勝利と言えるかもしれない。そんな、柄にもなく哲学的なことを考えてしまった秋斗に、奏が大きく手を振りながら声をかけた。
「秋斗さん、秋斗さん! 早く行きましょう!」
奏が興奮した様子で秋斗を急かす。ドリームランドでは大雑把に分けてアトラクションとショーの二種類を楽しむことができるのだが、勲が合流するまでは絶叫系のアトラクションを満喫する予定だ。そしてどのアトラクションから楽しむのかも、車の中で決めてある。秋斗はゆっくりと奏の後を追った。
シキにナビしてもらいながら、広いテーマパーク内を二人は迷わず目的のアトラクションへ向かう。その間もオブジェクトが置いてあったり、着ぐるみがファンサービスをしていたりと、目が飽きることがない。
さて最初の絶叫系アトラクションで思いっきり歓声を上げたあと、二人はすぐに次のアトラクションへ向かった。その途中で着ぐるみと記念撮影ができる場所があり、それを見た奏は目を輝かせて秋斗にこう言った。
「秋斗さん、写真を撮ってもらいましょう!」
そう言うなり、秋斗の返事も聞かずに奏は走り出した。その背中を、秋斗は小さく苦笑してから追う。そして二人の順番になると、彼は他のお客さんを参考にしつつポーズを決めた。正直ちょっと恥ずかしいのだが、ここはむしろ阿呆になりきるのが正解だろう。ちなみに奏は着ぐるみに抱きついていた。
「はい、チ~ズ」
スマホを渡したスタッフが写真を撮ってくれる。奏はスマホを受け取ると、出来映えに満足したのか、スタッフに笑顔でお礼を言ってからその場を後にした。そして歩きながらその写真を秋斗に見せる。そして彼にこう言った。
「あとで、秋斗さんのスマホにも送っておきますね」
「あ~、うん、そうだね。送っておいて」
さすが手慣れたスタッフが撮っただけあって、写真は上手に撮られている。だが自分がいつもなら絶対にしないポーズを決めている写真を改めて見せられると、どうにも気恥ずかしい。それでも秋斗は「お祭りの記念みたいなものだから」と考えて、写真を送ってもらうことにした。
(これで……)
これで奏の乙女のプライドは守られただろうか。秋斗はふとそんなことを考える。写真に写る男女は楽しげだ。テーマパークを満喫している様子が伝わってくる。ただ真ん中に着ぐるみがいることもあって、特別親しげには見えない。もっともこうして一緒に写真に写ること自体が、親しい証拠と言えなくもないが。
まあ、どの程度で十分と判断するかは、結局奏次第。スポンサー様のご意向には従うさ、と秋斗は小さく肩をすくめた。とはいえ、やり過ぎてはむしろ煽っているととらえられて反感を買うのではないか。彼自身の羞恥心のためにも、ほどほどで済ませて欲しいと秋斗は思うのだった。
さて、二つ目のアトラクションはずぶ濡れ系の絶叫マシンで、二人は歓声をあげつつしっかり頭から水を浴びた。その瞬間は写真に収められていて、希望者にはスマホへデータを送るというサービスをしている。秋斗と奏はその写真も手に入れた。こっちは恥ずかしくないので、人に見せるのはコッチにしようと秋斗は思った。
三つ目の絶叫系アトラクションを楽しんだ後、二人は広場の屋台でお菓子と飲み物を買って小休止を挟んだ。ちょうどその時に勲から電話があり、秋斗は彼に居場所を伝え、そのまま合流を待った。
「やあ、遅くなった。車が混んでいてね。思いのほか時間がかかったよ」
そう言って片手を上げ、朗らかに合流した勲の姿を見て、秋斗は一瞬絶句した。彼は頭に、マスコットキャラの耳を模したかぶり物を被っていたのだ。商社を長年率い、ともすれば厳つく思われがちな勲だが、今の彼はすっかり好々爺である。
秋斗は「さすがだ」と思うと同時に、「負けた」と思った。今の勲を見て、彼がドリームランドを楽しんでいないと思う人はいないだろう。どこか斜に構えてしまっている自分が、なんだかひどくつまらない人間に思えてしまったのだ。
「……いえ。それより、勲さんもどうですか?」
「ああ、そうだね。飲み物だけ頼むよ。甘くないやつを頼む」
「分かりました」
そう言って秋斗はまた屋台へ向かう。まあ、支払いはどのみち勲持ちなのだが。甘くない飲み物を手に戻ってくると、奏と勲が楽しそうに話をしている。奏は勲のかぶり物が気になるようで、手を伸ばしてその作り物の耳に触っていた。
勲が飲み物を飲み終えると、三人は次のアトラクションへ向かった。絶叫系だけでなく、3Dを駆使したものや、比較的ゆったりとしたアトラクションも楽しむ。奏は頻繁に写真を撮り、その中には秋斗とのツーショットも多数あった。
「勲さんと写ったらどうだ? オレが撮るよ」
「あ、いいですね! おじいちゃん、撮ろう!」
「いやあ、秋斗君。悪いねぇ」
勲はまんざらでもない様子で孫とのツーショットに収まった。奏も楽しげな様子だ。だがここには他に一緒に写るべき人たちがいない。つまり奏の両親だ。その寂しさを最も噛みしめているのは、他でもない勲と奏の二人だろう。
だが二人の楽しげな表情からは、その寂しさは少しも感じられない。二人とも純粋にこの時間を楽しんでいる。秋斗はそれを大したものだと思うし、またその一方で勲と奏の間にあるしっかりとした家族の絆を少々うらやましく思ったりもするのだ。
(ふう……)
写真を撮ったスマホをのぞき込む二人の様子を見ながら、秋斗は内心でため息を吐いて小さく肩をすくめた。うらやましいのは事実としても、決して妬ましいわけではない。比較的自由に動ける今の状況に、彼は満足している。身近に彼を思う家族がいたら、彼は今日のようにアナザーワールドを探索することはできなかっただろう。
[楽しめよ、アキ。せっかく来ているんだ]
(ああ、そうだな)
シキにそう答えてから、秋斗は二人に声を掛けた。奏が楽しみにしていた、ショーの時間が近くなっていたのだ。プリンセスがテーマのそのショーは、秋斗の趣味からは著しく外れている。だが音楽や照明などを駆使して作り上げられるそのショーは、彼に「すごい」との感想を抱かせるのに十分だった。
三人は一日中、朝から晩までドリームランドを堪能した。個人的に秋斗の印象に残ったのは食事だ。アニメやゲームで出てきそうなその食事は、狙ってそういう雰囲気を出しているのだと分かっていても、思わず「おお……!」と感嘆の声を出してしまう。写真を何枚も撮ったのは言うまでもない。
そしてこの日のハイライトは何と言っても夜のパレード。煌びやかなパレードが練り歩くのを、奏は歓声を上げながら手を振って見物する。秋斗はというと、心理的にはそれより一歩下がった位置にいるが、楽しんでいるのは同様だ。そして勲はそんな二人のことを微笑ましく見守っているのだった。
パレードが終わると、客達は皆、ぞろぞろと帰路につく。その流れに乗って、秋斗たちも園外へ出た。そしてバスに乗って事前に予約しておいたホテルへ向かう。すでに勲が手続きをしてくれていたおかげで、ホテルに到着すると三人はすぐに部屋へ案内してもらえた。荷物もすでに部屋へ運ばれている。
「では秋斗君、また明日」
「おやすみなさい、秋斗さん」
「おやすみなさい、勲さん、奏ちゃん」
勲が予約したのは二部屋で、ツインとシングルを一部屋ずつだ。秋斗が使うのはシングル。その部屋はまさに夢の国の続きだった。
「ここまであからさまだと、かえって醒めないかな?」
[皆が皆、アキのようにひねくれてはいないのだろうさ]
シキにそう言われ、秋斗は肩をすくめる。そして気分を切り替え、視線を鋭くして「よし」と呟く。シングルの部屋を使えることは、事前に聞いて分かっていた。そしてそれを聞いた時に彼はこう思ったのだ。「こんなチャンス、たぶんもう二度とない」と。
つまり彼はやるつもりだった。アナザーワールドの探索を。まずは幸運のペンデュラムを取り出してそれを発動させる。それから彼はダイブインを宣言した。
秋斗「どう考えてもディ○ニーランド……」
作者「ドリームランドです」