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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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納品クエストその2


「オークにゴキブリ扱いされた……。屈辱だ……!」


 山岳道路エリアから燻されて逃げ帰ってきた秋斗は、呼吸が落ち着くと盛大に顔を歪めてそう呟いた。顔をしかめながらポンチョを脱いでストレージに片付け、それから展望台の欄干に背中を預けて空を見上げた。


 オーク自体はそれほど厄介なモンスターではない。雷魔法が効くし、浸透攻撃も効く。だが数が揃うと厄介だ。特に斜面から多数のオークに弓で攻撃されたのには肝を冷やした。あんなところにあれだけの数を潜ませているとは思わなかったのだ。


「なあ、弓を放ってきたオークって、全部で何体くらいいた?」


[正確には分からないが。二〇~三〇と言ったところだろう]


 飛んできた弓矢の数からするとそれくらいだ、とシキは言う。つまりあの拠点にいたオークの半分以上は、あの斜面に潜んでいたことになる。初見殺しだろ、と秋斗はぼやくように悪態をついた。


「どうしよう、もう一回チャレンジしてみようか」


 秋斗は迷ってそう呟いた。斜面に多数の弓兵が潜んでいることは分かったのだから、次はもうちょっと上手くやれるだろう。つまり駐車場にいたオークをおびき出して、先に倒してしまえば良いのだ。大剣を持っていたオークは手強そうだが、それでも全力で戦えば負ける気はしない。あそこまでの移動も、バイクを使えばすぐだ。


[アキがそのつもりなら、わたしはサポートするだけだ。ただ、一つ言っておくことがある]


「ん? なんだ」


[回収してきた、あの“車のようなオブジェクト”だが、恐らく鑑定できないぞ]


「……なんで?」


[持てないだろう?]


 シキにそう言われ、秋斗は「あ~」と声を上げた。手に入れたアイテムを鑑定するために、彼は【鑑定の石版】を使っている。具体的にはその石版の上に物品を載せて、鑑定を行わせているのだ。


 だが今回手に入れた“車のようなオブジェクト”は、それこそ車のような大きさと重量があり、つまり秋斗一人では持ち上げることができない。【鑑定の石版】のほうを動かせれば何とかなるのかも知れないが、アレは固定されている。下手に手を出して機能が失われては元も子もない。


 つまり現状、“車のようなオブジェクト”は鑑定不能ということだ。シキのほうでもいろいろと調べているらしいが、いかんせん基礎知識が足りない。「お手上げ状態だな」とシキはやや投げやりな口調で語った。


「東京に行ったときに、勲さんから鑑定のモノクルを借りるか」


[それが良い]


 秋斗とシキはそう目途をつける。ただ裏を返せば、それまでは塩漬けということだ。そして塩漬けにするためにわざわざオブジェクトを回収しに行くというのは、ちょっと気乗りしなかった。


「……弁当食って帰るか」


 少し考えてから、秋斗はそう呟いた。そしてリュックサックからおにぎりの入ったタッパを取り出す。展望台からの見晴らしは抜群だ。水筒に入れてきたお茶も用意して、秋斗は少し早めの昼食と洒落込むのだった。


 さて、新学期が始まり、秋斗は高校三年生になった。学校の授業はまだ完全に受験モードではないとはいえ、それでも受験を見据えてのカリキュラムがいろいろと始まっている。クラスでの話題も、進路に関するものが多くなった。


 それで秋斗の様子はと言うと、これまでとあまり変わったところはない。彼はもともと大学進学を志望していて、二年生の頃からそのための準備をいろいろとしてきた。三年生になったからと言って、浮き足立つことはない。


 まあここへ来て「志望校を変えるかも」という話を進路指導の先生にしたらなんとも言えない顔をされたが。幸い、レベルや受験教科的には許容範囲内だったので、「次の模試で書いてみたら」とのお言葉をいただいた。


 紗希らと行っている週一の勉強会も継続されている。三年生になると、受験対策のために希望者を対象に放課後の補習があるという話を聞いていたのだが、それが本格的に始まるのは夏休み明けだという。なのでそれまではひとまず勉強会も続けることになった。


「あ~あ、このユルい感じが好きだったんだけどなぁ」


 休憩時間にお菓子をつまみながら、紗希は残念そうにそう嘆いた。確かに学校側が主催する補習では、こうしてお菓子をつまんだりあれこれとおしゃべりしたりすることはできないだろう。だが補習に出れば先生がいるし、教材も用意してもらえる。しっかりと勉強したいのなら、補習に出た方が環境が整っているのは確かだ。


 紗希もそれくらいのことは分かっている。そもそも彼女の口ぶりからして、補習が始まったら勉強会を終えるのは既定路線。彼女が嘆いているのは、要するに楽しい時間が一つなくなることなのだ。秋斗は彼女の社交性がまた一つ垣間見えた気がした。


「なら、休みの日にでもどこかに集まらない?」


 そう提案したのは、紗希の友達の女子生徒だった。受験生ともなれば、学校のない日も家で勉強するのは当然だ。それなら一緒に集まって勉強してもおかしくはない。「図書館で勉強して、帰りにどこそこに寄ろうよ」なんてことを話した。なお、実際にやるかは不明である。


 自炊クラブの方も活動は続いている。相変わらず参加者は二人だけだが。内容のほうはまあそれなりだ。紗希はいろいろとレパートリーが増えてきた。秋斗は相変わらず冷凍食品を悪びれずに投入している。レシピの交換などもしていて、まあまあ有意義な時間と言っていいだろう。もっとも二人とも、“意義”はあまり気にしていないのだが。


 ともかくそんな感じで、秋斗の高校生活最後の1年は始まった。部活動や学校行事など、三年生が中心になる場面は多々あるが、秋斗に限ればそういうものからは距離を取っている。紗希などは「やる気が感じられないぞっ」と言っていたが、彼にとってやる気を向ける先は学校ではないのだ。


 秋斗の興味や関心は、やはりアナザーワールドへ向いている。新学期に入ってからも、彼は頻度を落とさずにアナザーワールドの探索を行っていた。バイクを駆使してあちこちへと足を伸ばし、マッピングの範囲を広げている。そのかいもあって、彼は先日、新たな石版を発見した。


 見つけたのは【クエストの石版】で、内容は納品クエストだった。以前にも同種の石版を見つけていたことがあり、秋斗の理解は早い。またストレージの中には大量のアイテムの在庫がある。手持ちのアイテムで間に合う分については、その場でせっせと納品を行った。


「まさか、納品リストに『ゴブリンの腰蓑』が入っているとは……」


[回収しておいて良かっただろう? 東京まで確保しに行かねばならないところだったぞ]


「はいはい、シキさんのお手柄です。……でもこれ、納品した先で誰がどう使うんだ?」


[さてな。だが納品した先まで気にする必要はないだろう。報酬が出たと言うことは要件を満たしたと言うこと。クライアントがいたとして、それを満足させられるかどうかはこちらの関知するところではない]


「まあ、そうなんだけど。でもクライアントがいるとして、ゴブリンの腰蓑を欲しがる理由が気になる……」


[「好奇心、猫を殺す」という言葉もあるぞ]


「そんなに物騒な理由なの!?」


 ギャーギャー騒ぎながら、秋斗は納品リストを消化していく。ちなみに「ゴブリンの腰蓑」を五つ納品した際の報酬は「あったか腹巻き」だった。鑑定してみても「暖かい」としか出てこず、彼は口の端をヒクヒクさせてしまった。時期的なこともあって使う気にならず、タンスの肥やしになっている。


 そんなこんなありつつ、秋斗は納品リストのおよそ三分の二を手持ちのアイテムで消化することができた。報酬はさまざまで、例えば新しい探索服やブーツ、手袋などもあった。特に探索服は一番最初に手に入れたモノがそろそろ限界になっていたので、ちょうど良く入れ替えることができた。


 また報酬の中には「セキュリティーカード」もあり、これを使ってトレント・キングがドロップした宝箱(黒)を開けることができた。中身は「魔水晶(高品質)」。魔水晶とは魔力を溜め込む性質を持つ結晶体で、秋斗は主にドールの動力源として使っている。そして今回、高品質の魔水晶を手に入れたことで、なんとナイトの起動に成功したのだ。


 ただし、すぐに実戦で使えるわけではなかった。起動はしたものの、いざ動かしてみるとあちこちガタガタで、大がかりなメンテナンスが必要だった。ただメンテナンスしようにも限界がある。ドールとは違い、交換用のパーツが少ないのだ。それで実戦投入の目途は立っていないのが実情だった。


[ドールのパーツを流用できないものか……。いや、いっそ作ったほうが早いか……? うぅむ、大変な仕事だな、これは!]


「シキさんが楽しそうで何よりだよ」


 ナイトの件をシキに丸投げしつつ、秋斗がふと考えたのはアリスのことだった。トレント・キングを吹っ飛ばしたのは実のところ彼女なのだが、あれ以来アリスとは再会できていない。おかげで用意したペットボトルのミルクティーとガムシロップは未だ出番がない状態だ。


(いろいろ聞きたいことがあるんだけど、どこで何をしているのやら)


 内心でそう呟いてみても、分からないものは分からない。そして秋斗の方からアリスを探す手段がない以上は、彼女の方から接触してくるのを待つしかない。彼は肩をすくめて、自分のできる事に意識を戻した。


 当面のところ、秋斗の課題は手持ちのアイテムで消化しきれなかった納品リストの品々である。手持ちがないだけで入手のアテがあるものもあるが、名前すら聞いたことのないアイテムも複数ある。卒業までにコンプリートできたらいいなぁ、と秋斗はちょっと黄昏れてしまった。


[勲氏にも問い合わせてみたらどうだ? 向こうには在庫があるかもしれない]


「ああ、それは良いな」


 シキに提案され、入手のアテが今のところないアイテムを一覧にして勲に問い合わせて見たところ、幾つかについては心当たりがあるとのことだった。また彼のほうでも必要なアイテムが幾つかあり、そのうち秋斗が持っている物については、「ゴールデンウィークに物々交換で」ということになった。


 そしてアナザーワールドの探索を始めてから二度目のゴールデンウィークがやってくる。


???「さてゴブリンの腰蓑で腹巻きを作るか」

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