山岳道路エリア2
鋭い音を立てて矢が飛ぶ。オークは秋斗にまったく気付いておらず、その矢は見事オークの頭にヒットした。
「よしっ」
ヘッドショットを決め、秋斗は歓声を上げる。だがオークは倒れなかった。それどころか頭に矢を突き刺したまま、オークは秋斗の方を振り返る。赤々とした両目には、当然ながら激烈な怒りが宿っていた。
「ブオォッォォォオオオ!」
オークが怒り声を上げながら、秋斗へ向かって突進する。オークの足は決して遅くない。秋斗はその迫力にやや気圧されながらも、慌てずに二の矢を放った。矢はオークの右太ももを射貫き、オークはつんのめって倒れた。
秋斗はすかさず、そこへ次の矢を放つ。三射目も当たったが、しかし倒すことはできず、彼はさらに次の矢を射る。十射目を超えたところで冷や汗をかき始め、十六射目でハリネズミになったオークをようやく倒すことができた。
「……ふぅぅ」
秋斗は息を吐きながら、十七射目をつがえていた弓を緩めた。矢筒を見れば、残りは数本しか無い。予想外に手間がかかってしまった。
「まさか、頭に矢が刺さったまま突進してくるとは思わなかった……」
ややおののきながら、秋斗は小さくそう呟く。ゴブリンなら最初のヘッドショットで倒せていた。仮に頭に当たらなかったとしても、二射か三射で倒せただろう。だがオークの場合、その五倍以上だ。驚くべきタフネス、と言って良い。
もしオークの足を止められなかったら、弓矢で倒しきることはできなかっただろう。もっと接近されて六角棒で殴り合うことになっていたはずだ。もちろんそれでも負ける気はない。だが弓は効きが悪いと思った方が良さそうだ。
「弓は最初から手足を狙った方が良さそうだな」
[うむ。機動力を奪うなりできれば、その後は有利に戦えるだろう]
「あとは、雷魔法がどれくらい効くか、だな。次で試してみよう」
シキとそう話してから、秋斗は弓と矢筒をストレージに片付け、ロア・ダイト製の六角棒を手に持ってオークがいた場所へ近づいた。倒したオークはすでに黒い光の粒子になって消えている。あとには魔石と、矢だけが残っていた。
放った矢の内、数本は折れてしまっている。だが秋斗はそれも含めて全て回収した。そして最後に魔石を拾い上げる。オークの魔石はゴブリンの魔石と比べ、やや大きいように思えた。ゴブリンとオークでは、後者の方がモンスターとしての格が上なのだろう。
ただ今回手に入れた魔石は、ゴブリン・ロードの魔石と比べると明らかに小さい。やはりボスは別格、ということだ。ということは、例えばオーク・ロードがいるとしたら、そいつはゴブリン・ロードよりさらに強いのだろうか。秋斗はそんなことを考えて、ちょっとゲンナリした。
まあそれはともかくとして。戦利品を回収すると、秋斗はまた再び歩き始めた。エンカウント率はそれほど高くない。次のモンスターと遭遇するまで数分かかった。現われたのはオーク。ただし今度は二体だ。
秋斗は左手に魔石を握る。隱行のポンチョの効果で、二体のオークはまだ彼に気付いていない。彼は魔石に思念を込めながらスルスルと敵に近づく。あと数歩ということで、片方のオークがようやく彼に気付いた。
「ブォオッ」
「……っ」
オークが声を上げるのと同時に、秋斗は思念を込めた魔石を投じた。次の瞬間、雷魔法が発動して紫電がまき散らかされる。二体のオークは全身を紫電で焼かれ、たまらずに膝をついた。
(やっぱり倒せないか……!)
秋斗は六角棒を握りしめて一気に間合いを詰める。雷魔法でオークを倒せないことは最初から予測していた。それで彼の動きに迷いはない。二体のうち右側のオークに狙いを定め、その胸もとへ六角棒をねじ込む。そして浸透打撃を放った。
「ブ……!?」
オークが声を上げかけ、その途中で破裂して死ぬ。全力で放ったとはいえ、秋斗はその威力に若干引いた。とはいえ動きは止めない。彼はすぐに六角棒を水平に振るい、もう一体のオークの顔面を横殴りにした。
さらにそのまま、秋斗はオークに連打を叩き込む。軽やかに三連撃を入れ、そこから鋭く踏み込んで六角棒の先端を肩の辺りに突き込んだ。オークはバランスを崩して道路の上に倒れたが、赤々とした両目の輝きはまだ強い。
「っち」
舌打ちをもらし、秋斗はさらに六角棒を縦横無尽に振り回した。彼はオークに何もさせず、一方的に戦いを続ける。だが何十回六角棒を叩きつけても、通常の打撃ではなかなかオークを仕留められない。
秋斗はついに身体強化を使った。裂帛の一撃がオークのみぞおちに突き刺さる。そしてオークを大きく突き飛ばした。オークは道路の上を数回バウンドして転がり、そのまま動かなくなる。そして黒い光の粒子になって消えた。
「あ~、デカいヤツはタフだから嫌いだ」
顔をしかめながら秋斗が愚痴る。ゴブリン・ロードしかり、ドラゴン・ゾンビしかり、大きくてタフなモンスターが出てくると、秋斗はいつも苦戦する。このエリアでは雑魚でさえこんなにタフなのかと思うと、彼はややうんざりした。
[やり方次第だろう。雷魔法は良く効いているようだった]
「ああ、それは確かに。被弾面積が大きいからかな」
[タフな分だけ被弾面積も大きくて、結果としてゴブリンと同程度には効いているのだろう]
「どういう計算だよ」
シキの分析を聞いて、秋斗は笑いながらそう答えた。とはいえ、雷魔法が良く効くというのは朗報である。そして浸透打撃も良く効いた。むしろ強力すぎて引いたくらいだが、先ほどは全力で放ったわけだから、威力を絞る分にはそれほど難しく無い。
問題は二体目。終始優勢を保ってはいたが、その一方で決め手を欠いた。ゴブリン・ロードと同じパターンである。そして結局、最後は身体強化を使って強引に倒した。そのせいで秋斗は愚痴ったわけだが、そこはシキの言うとおりやり方次第だろう。
「雷魔法は使える。あとは、得物かな」
[うむ。槍か剣を使えば良かろう。浸透攻撃を多用するなら、話はまた違ってくるが]
「浸透攻撃は、あんまり使わない方向で」
[出し惜しみしたからと言って、価値が上がるようなモノでもないぞ]
「出し惜しみしているつもりはないぞ。まだいろいろと検証することがあるってだけだ」
そう答えてから、秋斗は六角棒をストレージにしまい、代わりに槍を取り出した。バスタードソードはすでに腰に吊ってある。先ほどは六角棒で倒すことに拘ったので使わなかったが、今後はそういうこだわりは無しにするつもりだ。
オーク二体分の魔石を回収してから、秋斗はさらに先へ進む。道路は一本道で、景色も変化に乏しい。エンカウント率もあまり高くなく、つまりただ歩いている時間が結構長い。少し退屈だった。
とはいえ、だからといって道路から外れて山の中へ入っていこうとは思わない。別に遭難を心配しているわけではないが、急峻な斜面はどう見ても移動が大変そうだ。それに今後バイクを使うことも考えると、やはりこの道を使う方が何かと便利だ。
「何か文明の残り香みたいのがあるかもしれないしな」
秋斗はそう呟いた。舗装された道路があるということは、誰かがこの道を造り、そして使っていたと言うこと。つまりそれだけの技術と需要を持った文明、もしくは社会があったと言うことだ。
もちろん、かつてそれが実在していたのかは分からない。“運営側”が定めた設定という可能性もある。だがどちらにしても、そういう背景があるのならそれに合致するオブジェクト、もしくはアイテムが用意されているのではないか。秋斗はそう期待している。
[車か、バイクか。その辺りが期待できるのではないか?]
「トラックがいいなぁ。荷台に荷物満載のヤツ」
そんな皮算用はさておき。次に現われたオークは一体。コストの問題で雷魔法を使う気にはなれず、秋斗は槍を握りしめて間合いを詰める。あと少しのところで気付かれてしまったが、それでも初手は取れた。
「ブォオ!?」
槍の黒い穂先がオークの太ももを貫く。オークは悲鳴を上げ、咄嗟に傷口を手で押えた。秋斗はその隙に側面へ回り、今度はオークの上腕を槍で突く。オークは慌てて腕を振り回したが、秋斗はそれを軽々と回避する。そしてがら空きになったみぞおちへ槍の穂先をねじ込んだ。
「ブォ……!?」
短い絶叫を残し、オークが前のめりに倒れる。秋斗は槍を引き抜き、後ろへ下がってそれを避けた。やがてオークは黒い光の粒子になって消えた。
「ふう」
秋斗は一つ息を吐いた。六角棒を使った時と比べると、呆気ないほど簡単に倒せた。オークの肌は少なくとも耐刃性が高いわけではないらしい。要するに、刃物なら切れるし刺さる。ならやはり、この山岳道路エリアでは槍や剣をメインウェポンにするべきだろう。
そんなことを考えながら、秋斗は倒したオークの魔石を回収する。そしてまた道路の上を歩き始めた。
秋斗「一本道のRPGってつまらないよね」
シキ[リアルにやる分には楽だがな]