石版
【突然に、それもこのような仕方であなた達を巻き込んだことを申し訳なく思う。だが我々が滅びを免れるにはこうするしかなかったのだ。とはいえあなた達にとっては関係のない話だ。あなた達からすれば、我々の所業は利己的で醜悪で罪深いものであるに違いない。ゆえに許しを乞おうとは思わない。我々にその資格はないからだ。ただ幸運だけを願っている】
- * -
宗方秋斗は夢を見ていた。夢と分かる夢だ。その夢の中で彼は走っていた。否、追いかけられていた。カタカタと、あるいはカシャカシャと、ともすればガシャギャシャと音を立てながら、何かが彼の後を追う。
「クソッ、何なんだよ!?」
秋斗が悪態を吐く。夢の中だというのに、その声は妙にハッキリと響いた。全力疾走しているのに口が回るのは、やはり夢だからだろう。ただ息切れはするし、肺の奥も痛む。それでも足はまだ動いた。
彼を追う何かは、相変わらず執拗に後を追ってくる。カタカタと、カシャカシャと、ガシャガシャと音を立てながら。必死に足を動かしながら、彼は背後を振り返る。追ってくるのは白い人骨。ゲーム風な表現をするならスケルトンだ。手には錆びた剣を一本、持っている。
「クソッ、覚めろ、覚めろよ! 夢だろ!?」
秋斗がまた悪態を吐く。彼はこれが夢だと自覚している。だから「覚めろ、覚めろ」と念じるのだが、いっこうに夢から覚める気配はない。妙にリアルだが、夢だと分かるくらいにはあやふやなこの世界に、彼は囚われている。もう、一体なにがなんだか分からなかった。
――――抗え。
不意に囁くようなその声が響く。初めて聞いたような気もするし、さっきからずっと聞こえていたような気もする。そもそもこれが本当に音なのかも分からない。頭に直接メッセージを送り込まれているような、そんな気さえした。
――――抗え。
「ああ、クソッ。うるさいっ!」
走りながらそう叫ぶ。「抗え」というのは、要するに「戦え」という意味だろう。だが宗方秋斗は平和な日本で暮らすただの高校二年生だ。今までにスケルトンと戦った経験はないし、この先もそんな予定はなかった。「戦え」と言われて、いきなり戦えるはずもない。
だがいい加減、逃げ回るだけではこの夢から抜けられないことも分かってきた。タイムリミットがあるのかは分からないが、あるのかも分からないそれをアテにしてこのホラー展開を続けるのも、そろそろ限界である。
――――抗え。
「ああ、クソッ、やってやるよっ!」
ヤケクソになってそう叫び、秋斗はスケルトンに向き直る。途端に全ての音が消えた。スケルトンの動きもゆっくりになる。それが一体どういう状況なのかは分からない。しかしそれをチャンスと思い、彼はスケルトンに体当たりした。
「ああああぁああぁぁぁあっ!」
雄叫びと言うよりは奇声を上げながら、秋斗はスケルトンにタックルをかます。骨だけな分、スケルトンの体重は軽いのだろう。彼はあっさりとスケルトンを後ろに押し倒した。ただし勢い余って彼も一緒に倒れ込んでいる。
「カタカタッ、カタカタッ、カタカタッ」
しゃれこうべをカタカタ言わせながら、スケルトンがでたらめに腕を振り回す。殴っているのか、ひっかいているのか。ともかく硬い骨が秋斗の顔や肩に当たって痛い。だが懐に入った間合いの関係で、剣の刃は彼に届かない。
秋斗にとっては、この間合いだけが勝てる可能性のある土俵と言っていい。なので痛いのを我慢して必死に食らい付く。これが夢だという意識はもう彼の中にはない。彼はスケルトンの腕を両手で押さえ込み、すると文字通り手が空かないので、一瞬迷ってからもがくしゃれこうべに頭突きをかました。
「~~~っ!」
夢の中でも痛みはリアルだ。それでもドーパミンが出て多少は和らいでいるのだろう。秋斗は顔を歪めながらさらに二度三度と頭突きする。さすがに耐えかねたのか、スケルトンは錆びた剣を手放し、両腕を使って彼を突き飛ばした。
それに合わせて秋斗もスケルトンから距離を取る。ただし、横に転がるようにして。そうやって彼が手を伸ばしたのは、スケルトンが手放した剣である。それを必死になって確保し、立ち上がるのと同時に持ち上げて構えた。
夢の中のせいなのか、初めて持った剣は重いようで軽く、また軽いようで重いようにも思えた。とはいえ今の秋斗にそんなことを気にしている余裕はない。彼はへっぴり腰になりながら錆びた剣を両手で構え、立ち上がろうとしているスケルトンに斬りかかった。
いや、斬ると言うよりは叩くと言った方が近いかも知れない。つまり剣の使い方としてはまったくなっていなかった。素人丸出しの攻撃だったが、それでも腹をくくっている分だけ勢いはある。錆びた刃はスケルトンの肋骨を斜めに砕き、そのまま床(地面?)を叩いた。
「……っ!」
硬い床を打ってしまい、その反動で秋斗の手がしびれる。彼は顔を歪め、しかし気合いで両手に力を込める。そしてスケルトンにぶつけるようにしながら、剣を振り上げた。その勢いに吹き飛ばされ、スケルトンはまた仰向けに倒れた。
「うああぁぁああああ!!」
もはや悲鳴を上げながら、秋斗はスケルトンに追い打ちする。彼は何度も何度も、倒れたスケルトンに錆びた刃を喰らわせた。スケルトンが動かなくなっても、彼はそれに気付かずに攻撃を続ける。結局彼が動きを止めたのは、スケルトンが黒い光になって消えた後だった。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息を繰り返す秋斗。気付けば握っていたはずの錆びた剣もいつの間にか失くなっている。彼が呼吸を整え、改めて周囲を見渡すと、そこには見慣れない石板が一つ浮かんでいた。
「うお!?」
石板の唐突な出現に、秋斗は思わずのけぞった。そのまま身構えるが、石板が襲ってくる様子はない。彼は少々びくつきながらも警戒を解き、それからまじまじと石板を観察する。そして眉をひそめた。
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石板に書かれている文字は、見たこともない文字だった。当然、何が書かれているのかはさっぱり分からない。訳が分からないまま、秋斗は無意識に手を伸ばす。そして石板に触れた。
「ぐあ!?」
その瞬間、頭に杭を打たれたかのような痛みが秋斗を襲った。彼は頭を押さえてうずくまる。心臓が脈打つのに合わせてズキズキと頭が痛む。すぅ、と意識が遠のき、彼はそのまま夢の中で意識を失った。
- * -
秋斗が目を覚ましたのは、朝のまだ薄暗い時間だった。時計を確認すると、まだ五時前である。いつもなら二度寝を敢行するのだが、妙に目がさえているのと、膀胱が限界を訴えているので彼はしかたなく布団から出てトイレに向かった。
(何か……)
何か、妙な夢を見たような。そんなことを考えながらトイレに入って用を足す。ちなみに大惨事を起こさないよう、座ってした。手を洗い、口をゆすぎ、それから水を一杯飲む。フェイスタオルを取り出して顔を洗うと、ようやくぼんやりしていた頭がしゃっきりしてきた。
「…………っ」
すると唐突に、自分の頭の中に身に覚えのない情報がインストールされている事に気付き、秋斗は目を見開いて顔色を失った。しかもそれらの情報は妙にはっきりと自己主張していて、少し意識を向ければまるで本でも読むかのように記憶の中から取り出すことができるのだ。
「何だコレ何だコレ何だコレ」
混乱する秋斗。身に覚えのない情報が勝手に頭に入っているのは、どう考えても気味が悪い。だが目を背けて放置していても良いことはないだろう。これが身体の外のことならともかく、身体の内側の事なのだから。彼は覚悟を決めて身に覚えのない情報と向き合った。
幸いにも、というべきか。ざっと確認した限り、致命的なもの、例えば「十日後に死ぬ」みたいなのはない。ただしそれとは別の意味で、情報の中身は衝撃的だった。秋斗はもう一度情報を確認して、要点を紙に書き出した。
1,自分は「アナザーワールド」と呼ばれる世界にアクセスする権利を得た。
2,「アナザーワールド、ダイブイン」というキーワードで向こうへ行ける。
3,帰るときのキーワードは「ダイブアウト」。
4,2と3はキーワードだけでなくその意思が必要。
5,帰ってきた際、アナザーワールドでの活動時間に関わりなく、リアルワールドでは一秒だけ時間が経過する。
6,アナザーワールドでの経験や成長、ダメージはリアルワールドにも反映される。ただし老化はしない。
7,「あなたは孤独ではあっても一人ではない」
8,「挑め。この世に何かを刻みつけたいのなら」
スケルトンさん「いや~、ヒロインより先に出演オファーをいただきましてね」