第六章 追放。そして新たな道へ 『決してシリウスルートではない。 By生粋のドМさん』
五月十一日
前回と同様。野活が終わり、土日を挟んだ月曜日の放課後に野活の総括をするという名目の元、カノープスのメンバーは部室に集合していた。以前と違うのはコノハがいないことだった。
「風邪でお休みらしいわ」
とクラスメイトのことなのに、クラスメイト以外の人から欠席理由を聞いている輪の心境はなんとも複雑だ。
そして希空の司会の元、会議は適宜進んでいく。
「以上が今回の反省点だ。後、依頼がいくつか来ているので、また皆に手伝ってもらいたいので、頼む。
それじゃ、他に何か意見はあるかな?」
そして前回同様、輪の右隣に座っていた慎吾が立ち上がり、
「蒼砥輪のカノープスからの解任を要求します」
そう言った。
希空が深刻な顔で慎吾を見つめ、驚愕の表情を浮かべる恭平と喜瀬羅が前回と同様に反発する。
「ちょっと、シン君。何言っているの」
「おい、事情はちゃんと説明しただろう?」
恭平の言葉には怒気が孕んでいた。
何故なら事情を説明した時に、委員長として輪のフォローを頼むと依頼したのに、何一つそのような行動を慎吾が取らなかったからだ。
しかし慎吾はニコリと不敵な笑みを浮かべて、身振り手振りを使って自分の意見の正当性を主張する。
「それは内々のことだろう?
でも、オフィシャルは違う。輪が班員を放ってどっか行ったという事実しか残っていない。そしてその状況を望んだのは輪だ。
詳しく事情を説明できない以上、俺もフォローのしようがない。
そしてもはやカノープスは仲良しこよしのお友達グループじゃない。
生徒会ほどの権限は当然持っていないが、影響力はそれ以上だ。つまり何かしらの処分を輪に下さないと、周りに示しがつかない。
企業が不手際を働いた社員を罰するのと一緒だ」
慎吾の説明に中々恭平も喜瀬羅も言葉が出てこない。
やっぱりすごいなこいつ。
そして追及を受けている当の本人は感心していた。
交渉術とまではいかないが、自分の意見を押し通すためには手段を選ばないのはもはや才能だ。
以前の輪ならそんなことを考える余裕なんてなかったが、今は慎吾の主張を微笑みながら聞くことが出来た。
「慎吾の主張はよくわかった。
でも、流石に退陣というのはいささか行き過ぎだ」
希空の主張に恭平も喜瀬羅も同意する。しかし、それを遮ったのは輪の言葉だった。
「リーダーちょっといいかな」
そう言って立ち上がった輪はこの会議が始まる前、もっといえば野活が終わる頃から用意していた言葉を吐き出す。
「今日をもって、俺こと蒼砥輪はカノープスを退部します」
沈黙が包んだ部室に輪のきっぱりとしたなんの未練もない言葉の余韻が残り、誰も何も言えない。慎吾すらも。
「今までありがとう。じゃあ」
深く頭を下げて、そのまま部室を去ろうとする輪。
未だに呆けている希空を見かねて、喜瀬羅が引き留める。
「ちょっと、どういうこと!」
「どうって、そのままの意味だが」
首を傾げる輪に喜瀬羅はあり得ないものを見たかのような表情を浮かべる。
「いや、おかしいよ。どうしてそんな結論になるの!」
「いや、前から考えていたんだ。
俺にはお前らみたいな才はないし、どう考えても陰キャで凡人の俺がお前らのような人の中心に立つような人物の中にいるのはおかしいと。
だからやめる。それだけだ」
「そんなことないよ、ベル君にだって良いところいっぱいある。
私達にはベル君が必要だよ!」
そこには涙を浮かべる喜瀬羅の姿があった。そんな彼女の肩をポンと叩いて、輪は微笑みながらいう。
「大丈夫だ。前回と同じようなことには決してならない。きっと大丈夫だ」
真っすぐ自分を見つめる輪の表情をじっと見つめる喜瀬羅。
もちろん輪の言葉の意味なんて、全くわからない。でも、本能的にわかった。
ここで引き留めなくても、取り返しのつかないことには決してならないと。
喜瀬羅は涙をぬぐいながら。
「わかった。今までお疲れ様」
「ああ、じゃあ、また」
「うん、また」
そう言って輪は部室のドアを開いて廊下に出て、しばらく扉を背に立ち止まった。遠くから、吹奏楽の音や金属バットの音が聞こえてくる。
「……よし」
覚悟を決めるように、自分を鼓舞するように輪は扉から離れて、駆けだそうとした時だった。
「ベル!」
恭平に呼びかけられて、部室から少し離れた場所で二人は対峙する。
慌てて追ってきた恭平は呼吸を整えて、輪を睨みつける。
「おい、どういうことだよ!」
「どういうことも。こういうことだ」
「勝手すぎんだろ!」
苦いものを吐き出すように、目を逸らすように俯く。
輪はそんな彼に背を向けて、廊下の
窓から青い空を見上げる。
まるで遠い未来を見るように。
「なぁ、恭平。俺さ、あのラーメン屋で言いたかった言葉があるんだ」
「はぁ、何言って」
「俺たち…………友達だよな?」
呆ける恭平。しかし背を向ける輪の背中が小刻みに震えているのがわかって、思わず吹き出した。
「ハハハ、何、お前こっぱずかしいこと言ってんだ」
「……うるせぇ、俺もこんなに恥ずかしいとは思わなかった」
精神年齢は二十五歳だ。そういうところにも耐性がついていると思ったのに、どうやら全くのようだ。
本当に精神年齢大人なのか疑う程に、その羞恥心はリアルだった。
ひとしきり笑い、恭平は涙を拭いながら、きりっとした笑顔で輪を見る。
「あれは大丈夫だよ!」
そう言った喜瀬羅の言葉が恭平もようやく理解できた。
彼がカノープスを止めても、自分たちから距離を置くことはしないと。
「もちろんだ!だから、これからもよろしくな!」
そう言って出された手を輪は一発叩いた。
「この爽やかイケメンが」
背一杯の恨み節を吐いて、輪は去っていく。
恭平の姿が見えなくなったところで立ち止り、顔を真っ赤にして頭を抱える。
「恥ずかしすぎるだろう」
「そうですね。恥ずかしすぎます」
いつの間にか壁に寄りかかりながら隣にいたシリウスはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「しかし、我が兄様ながら、ここまで馬鹿とは思いませんでした」
「うるせぇ」
「なんですか?あなたはわざわざ越えないといけない壁を大きくしないといけない性癖でもあるんですか?」
輪がカノープスを、自主退部をする。
それを聞いた第三者はこう判断する。
後ろめたいことがある。
「一部の生徒の中ではあなたが女の子を突き落としたという噂もありますよ」
「うわぁ、人の悪意怖いな~」
「でも、あなたがカノープスを自主退部することで、その意見を助長しかけませんよ」
どこまでも正論なシリウスの意見に輪は目を逸らすことぐらいしかできなかった。
「悪かったな。気づいたんだよ。今の俺にカノープスの一員というのが邪魔だって」
「生粋のⅯか飛びぬけた馬鹿じゃないですか」
「ああ、そうだよ。そしてお前はその馬鹿兄貴の妹なんだよな~」
「なんですか、もはや開き直るんですか?」
「ああ、もぅ、怖いものなんてなにもないね」
シリウスは大きな溜息を吐く。
「だから、格好つけたいなら、もっとちゃんと態度に出してください。
そんな震える体と声で言われても」
「うるせぇ、これが俺の通常営業なんだよ」
震える手を抑えるように輪は右手で左手を掴んだ。
でも、いつもと違ってその震えは思ったより早く止まった。
だって。
「お前が一緒にいてくれるんだろう?それともあの時の約束はなしか?」
シリウスは目を大きくパチクリさせると、その真っ白な頬を僅かにピンク色に染めて微笑む。
「言ったでしょう?私、嘘もつきますし、自分を偽りもします。
でも、約束は守ります。ちゃんとあなたが高校生活終わるまで、何があっても味方をしてあげますよ」
そう言って胸に手を置くシリウスの姿は輪にとって本当に女神のようだ。
「しかし、本当に良いんですか?多分、兄様はまだ、本当の意味でわかっていませんよ?今から歩む道のりの険しさを」
含みのある言い方に輪は首を傾げる。
「どういうことだよ」
「いえ、すぐにわかることなので。じゃあ、がんばってくださ~い」
そう言ってシリウスは踵を返して去っていく。
嫌な予感しかしないのだが、もぅ、決めたのだ。
この道を進むと。
もちろん全く後悔はないと言われたら、嘘になるがそれでも決めたのだ。
この道でパーフェクトスクールライフを目指すことを。
「どれだけあったら間違いじゃない~」
前回の人生で入社してから聞き始めたアーティストの歌を口ずさむ輪の顔は晴れやかで、やがてその足はスピードを上げて、気が付けば駆けだしていた。
「佐藤さん!」
帰り道。丁度、以前に帰った時、野活に来ることを約束したあの場所で輪と香那は向かいあう。
「良かった。間に合った」
ビクリと肩を揺らして、呼びかけられた香那は自分の目の前で立ち止まった輪を見つめる。
息を切らして必死で走ってきた輪の呼吸は中々整わず、ずっと俯く。
いや、それはしんどいだけじゃない。
何故なら彼の体は小刻みに震えているからだ。膝に置いた手がそれをとらえ、パンと叩き上体を起こし、ビクリと体を震えさせた香那の困惑するキャラメル色の瞳をじっと見つめながら、震える声と小刻みに震える口で輪は叫ぶ。
「君のことが好きだ、付き合って欲しい!」
しばらく何を言われたのか理解できず呆けていた香那だったが、やがて、顔を真っ赤にしながら……気絶した。
そして次に意識を取り戻した香那は告白されたことを綺麗さっぱり……忘れていた。
蒼砥輪。彼のパーフェクトスクールライフ達成の道はまだまだ険しいみたいだ。
蒼砥輪様の五月十一日終了時点の返済状況。
・グループからの脱退。-300sd
・友情を確かめ合う(青春の醍醐味です) +550sd
・告白(結果が保留ですから、評価は低めです) +2,500sd
返済額残高 74233sd=¥8,446,273
査定者コメント。
さぁ、一か月が経ちましたね。まだまだ道のりは険しいですが、この先の青春、悔いはあっても、後悔だけはしないでください。