第三章 第二の青春、請求書付き 『タダだと思いましたか?(失笑) By 今は十五歳 美少女高校生』
「!!!!!!」
次の日、ホームルームで紹介された帰国子女の姿を見て、輪は叫びそうな声を必死で堪えながらも、顔全体で驚愕を表していた。
銀色のキラキラ輝く髪に、金色とまではいかないが、黄色の双眸。肌は同じ人間とは思えないぐらいに白く綺麗で、ドレス越しにはあまりわからなかった胸もきっちり着こなしたブレザー越しではかなり大きいことがわかる。
他人の空似ではすまされないぐらいに、教卓の前でニコリと笑みを浮かべる美少女は、輪をこの時代に誘った女神だった。
誰もが絵に描いたような美少女転校生の姿に、男子どころか同性すらも、まるで芸術品を見るような感じで息を呑んだが、
「蒼砥シリウスです。兄の輪共々、よろしくお願いします」
その自己紹介をした途端にクラスの視線が一斉に輪の方を向いた。
「なに、あんた。妹いたの?」
代表して尋ねたコノハの質問に、
「いや、いるわけないだろ。何年の付き合いだと思っているんだ」
カノープスのメンバーとは小学生来の付き合いだ。大体の家族構成は皆把握している。
大体、どんな突然変異が起きれば、こんな美少女が平均的よりもやや上の容姿をしているだけの小鳥と修二の遺伝子から産まれるというのか。
「じゃあ、どういうことよ!」
そんなの俺が聞きたい。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げたら、拍手喝采。男子の中には指笛を吹き、スタンディングオベーションをするものもいた。まるでアイドルのライブ終わりの雰囲気の中、未だに状況が呑み込めない輪に、
「これからよろしくお願いしますね。お兄様」
と整った顔立ちに張り付けた何かを画策するような笑みを浮かべる女神。
「……」
一体何を考えているのかはわからないが、やっぱりあの女神だと。
それだけは輪の中で確信できた。
『あのさ、俺の妹が転校してきたんだけど』
シリウスに直接問いただしたい輪だが、休み時間の度に彼女の前では人だかりが出来てしまうので、たった数十センチの距離なのに、話しかけることもままならなかった。
「ねぇ、どこの国から来たの?」
「日本語上手いね」
「髪も肌もとても綺麗だね。何か特別なお手入れでもしてるの?」
「輪君と本当に兄妹なの?」
そんな次から次へと飛んでくる質問に、まるで深層の令嬢かの如く、
「イギリスです」
「小学生までは日本に住んでいたので」
「特別なことは何も。むしろ向こうで使っていたシャンプーやリンスがこちらでは手に入らないので、良いものがありましたら教えて欲しいです」
「はい、といっても義理ですけど」
全ての質問を想定していたかのように、時々微笑を混ぜながらスラスラと答えていく。
誰もがその姿に見惚れていたが、本性を知っているのと、小さい頃から人を疑うような目で観る癖がついてしまった輪には、嘘くせぇ~という感想しか抱かなかった。
決して、照れたり、可愛いとか思ったりしたら精神的に屈服することになるので、耐えているのではないことを輪の名誉の為に注釈しておくが。
一限目と二限目の間に送った小鳥へのメールが返ってきたのは昼休みだった。
頭がおかしいと思われるかもしれないとさえ、覚悟したのに。
『え~何言っているの、リンちゃん。
ちゃんと春休み前に説明したじゃない!(プンプン)
お父さんの知り合いの娘さんだけど。ご両親とも事故でお亡くなりになってしまって(シクシク)身寄りがないからいっそう家の子にしちゃいました(パチパチパチ)!』
とても三十後半に思えない、絵文字付きのキラキラしたメールを見た輪がガクリと肩を落とし、大仰に吐いた溜息は春のうららかな空気に溶けていく。
小鳥ショックで何かを見失いかけるが、すぐに状況を理解する。
「なるほど、流石女神様だな」
辻褄を合わせは完璧と。
「あ、やっぱりここにいた!」
非常階段の手すりにもたれかかり、スマホ片手にコンビニで買ったパンを齧っていた輪は、後ろから声をかけられたので振り返ると、そこには喜瀬羅と恭平が立っていた。
長い黒髪のロングヘアーを耳にかけながら、彼女は隣にいる恭平にニコリとほほ笑む。
「賭けは私の勝ちだね」
「くそ~屋上だと思ったのに。わかった買ってくるよ。ミルクティーで良いんだな?ベルは?」
「…………コーヒーで?」
「お、どうしたのベル君。コーヒーなんて」
物珍しそうに見てくる喜瀬羅から視線を逸らす輪。
「放っておけ」
「わかった!じゃあ、ちょっくら行ってくる」
そう言って、恭平は小走りに非常階段を一段飛ばしで駆け降りていく。
「人を賭けのダシに使うなよ」
喜瀬羅は「あは」と笑って、階段の踊り場のところにシートを引いて、その上に座る。
「良いじゃない。ちゃんと負けた方がベル君の分のジュースも奢るってことにしたんだから、プラス要素しかないよ」
そう言いながら喜瀬羅は明らかに一人が食べるには量の多い弁当を広げた。
「一緒に食べようよ!そんな味気のないパン食べてないで」
ここで拒否したら「そうか、ベル君は私の手料理なんて食べたくないんだね」とか言って、わざとらしく落ち込み非常に面倒なことになるので拒みはしないが。
「恭平が帰ってきたらな」
「あは、そういうところ、本当に律儀だよね。
なのに、どうして私達以外に友達いないんだろ?」
そう言って喜瀬羅は頤に人差し指を当てて、小さく首を傾げる。
「うるせぇ。それよりもあまり俺の世話を焼きすぎると、恭平が哭くぞ」
そうなったら今度は輪の身が危険に晒される。
「私が構う分はいいんだよ!
むしろ、恭平がベル君を構う方が危険だから、こうやって私が構わないと」
「どういう理屈だ」
頭もよく、美男美女のカップルのくせして、時々異次元の会話をするので、輪は全くついていけなくなる。
むしろついていきたくなかった。
「喜瀬羅と結婚した恭平の苦労が分かる気がする」
ラーメン屋で愚痴っていた恭平の姿を思い出し、輪は苦笑いを浮かべる。
「え?」
喜瀬羅が頬をピンク色に染めるのを見て、口を滑らしたことに気が付いた。
「あは、気が早いよ。ベル君!」
しかしあまり気にしてない様子。
この頃から喧嘩も多かったが、この二人は間違いなく結婚するだろうと思っていたので、SNSで結婚したことを知った時にも、輪の中で驚きはなかった。
この二人なら輪がパーフェクトスクールライフを望んだところで、決して不幸な道には進まないだろう。
いや、そうしてはいけない。
「むしろ、お前らが別々の奴と結婚するのを想像する方が難しいよ」
「本当にどうしちゃったの、ベル君」
「お待たせ。ん?どうした?」
「あ、聞いてよ、きょうちゃん!ベル君がね」
照れながらも嬉しそうに恭平に報告する喜瀬羅。それを、顔を真っ赤にしながら聞く恭平。なんとも仲睦まじいその光景に輪の顔も穏やかになる。
前回の人生でカノープスを追い出された後も、喜瀬羅と恭平は輪を気にかけてくれた。
しかし、それが当時の輪にとって、哀れみのように見えて、
「もぅ、俺にかまうな」
そう吐き捨てて、切り捨てた。
それでも卒業式の日まで二人は輪を見捨てなかった。
しかし最後まで伸ばしてくれた手を輪が握ることはなく、卒業と同時にスマホを機種変した。
その時にアドレスも、電番も変え、データの引継ぎも一切しなかった。
「今度は離さないようにしないとな」
そう言いながら、メモを開いて『野外活動を完璧に乗り切る』の次に『恭平と喜瀬羅と友達で居続け、二人が結婚する』と付け足した。
「ほら、飯食うぞ。時間なくなる」
「おぅ、って、なんで俺が真ん中に座らないといけないんだよ」
身長が二人ともスラリと高く、輪は高校一年男子の平均身長よりも低めなので、これじゃまるで、若夫婦とその子供じゃないか。
いや、連行される宇宙人とも捉えられる。
「いや、その今はその恥ずかしくて」「ねぇ~ベル君がそんな恥ずかしいこというから」
屏風扱いすることを堂々宣言され、隣でモジモジやられるのも鬱陶しいので、それ以上の不平は言わない。
それに一体いつぶりだろうかという、喜瀬羅の手料理をタイムオーバーで食べ損ねるのは流石に勿体ないと思ったのが大きかった。
「そういえばあれらしいね。妹出来たんだよね」
喜瀬羅は思い出したように話題を切り出した。
「あ~ウチのクラスの男子も騒いでいたよ。すげぇ~美人らしいな」
「……きょう君」
藪蛇だったようだ。
「いやいや、ただ単に聞いただけで、一切見には行ってません。私めは、キララ一筋です!」
「お前ら、俺が何も言わなくてもいちゃつくじゃねぇか」
このバカップル。
「じゃあ、お前も彼女作って、四人でいちゃつこうぜ!」
決してそこは否定しないんだな。
爽やかな笑顔を向ける恭平を横目で見ながら、チビチビとおにぎりを齧る輪。
「しかし、びっくりだよ。ベル君にそんな子いたんだね」
俺もびっくりです。
むしろ輪が一番驚いてるといっても過言ではない。
「色々事情があって、春休み前に急に一緒に住むって言われたんだよ」
全く覚えはなかったが、輪の中で既にシリウスがチート人間になっていて、否定したところで、ごしつけ、屁理屈、非合法な解釈で論理的に捻じ曲げられて、彼女が都合よくことを運びそうなので荒波を立てず、ただ流れに任せることにした。
細かい事情は端折ったが、どこをどう見ても血の繋がった兄妹には見えないし、コノハ達と一緒で小学生からの付き合いの二人が、全くその存在を知らないわけがないので、そこは旨いこと解釈して、納得してくれたらしく、それ以上、疑いの目を向けられることはなかった。
「まぁ、良かったじゃねぇか。可愛い女の子と一つ屋根の下で過ごすんだろ?」
「良かねぇよ。着替えもトイレも風呂だって、気を遣うことになるだろうから、堅苦しいよ」
そういう知識はラノベとかで得ているので、スラスラと出た。
げんなりする輪に喜瀬羅が微笑かける。
「本当にそういうところ、律儀だよねベル君は。でも、義理か~希空は荒れそうだな~」
「ん?なんで、そこで希空が出てくるんだよ」
疑念を向ける輪の視線を受けながらも、喜瀬羅はニコリと笑った。
「なんでもないよ。さぁ、早く食べちゃおう。昼休み終わっちゃう」
何かを誤魔化すように打たれた柏手に、それ以上追及は許さないという雰囲気で、喜瀬羅はおかずを盛り付けた小皿を輪に渡す。
「お、ありがとう」
それを受け取ると同時にスマホがメールを受信した。
『お兄様。今日は一緒に帰りましょうね』
「…………」
女子からのお誘いメールなのに、輪の中で嬉しさなんて、全くなかった。
「いつの間に俺のアドレスを」
本当になんでもありだな。あの女神様。
放課後。自席で帰り支度をしていると色々な誘いを断って、シリウスが輪の席の前に立った。
「さぁ、帰りましょう!」
「……ああ」
男子からの嫉妬の視線なんて気にならないぐらいに未だに動揺している輪は立ち上がり、シリウスと並んで、教室を後にした。
家に着くと共働きの両親はいなかった。
「!!!」
初めて女子と家で二人っきりになることとか、これから本当に家に美少女がいる生活になるんだとか、そんなあれやこれやの緊張が吹き飛ぶ程に、
「いや、これは流石におかしいだろう!」
目の前の光景はあり得なかった。
今日家を出た時には確実に一段のシングルだった自室のベッドが、二段ベッドになっていて、箪笥が置かれていた場所にはもう一つ学習机が置かれていて、そこには参考書や小さな鏡面台やメイクバックが置かれていて、とても今朝まで何もなかったと思えないぐらいにそこには女子高生の生活感があった。
アニメだったら作画崩壊のレベルじゃない程に登校時と様変わりした部屋の様子に、輪の頭痛は止まらない。
というか箪笥どこ行った。
「細かいことは気にしてはいけませんよ!」
そう言って、シリウスはバックを机に置くと同時にあろうことか服を脱ぎだしたので、輪は慌てて引き留める。
「ちょっと待て!」
「え?あ~エッチ~」
そう言いながらも脱ぎ続けるシリウスに輪は慌てて、後ろを向いた。
「少しは恥じらいを持て!」
「すいません。あんな煽情的なものをずっと着せられていたので、羞恥心は当の昔になくなりました。正直パンティーとかブラすらも鬱陶しいです」
「今は外すな!」
「ウブですね。まぁ、私の美しい体を
見て、それで発情したところで問題は
ありませんよ。
だけど、触れたり、犯罪紛いのことをしたりしたら、借金の方が桁違いに膨れあがりますので。
フフフ、触れたくても、触れられない。まさに生殺しですね~」
背中越しに聞こえるその笑い声からは悪意しか感じない。
本当に性格が悪い。
「大丈夫ですよ。振り返ってもらって」
そう言われて、恐る恐る振り返るとそこにはスウェット姿のシリウスが立っていた。
輪は上と下に交互に視線を向けると。
「ちゃんと履いているんだろうな」
そう尋ねると、シリウスはニヤ、と笑って「確かめてみます」と言って、スウェットを下ろそうと手をかけたので、輪は顔を真っ赤にして止めた。
「やめろ。いい!」
「フフフ、本当に男ってサルですね。
好きな人がいても、ちゃんと他の女にも欲情するなんて。
あ、ベッドは私が上ですよ。人間に見下ろされながら寝るなんて、耐えられませんので」
そう言いながら、シリウスは梯子も使わずに見事な跳躍で二段ベッドの上に飛び乗った。
「あ~ベッドなんて久しぶり!」
神経をこれでもかとすり減らした体をデスクの椅子におろして、輪は溜息を吐いた。
「女神も寝るのか?」
仰向けにベッドに寝転ぶシリウスに輪はそう問いかけた。
「女神といっても、今は単に頭脳明晰で、運動神経抜群の普通の人間の美少女レベルなので、お腹も空きますし、疲れもしますし、怪我だってしますし、排出もします。
だから私のことは本当に可愛い妹レベルだと思ってください。
だけど惚れないでくださいね。好意を向けられたところで、お答えは出来ませんので」
「誰がお前みたいな性悪女神に」
「あ~酷いな。折角心配性のお兄様の為に可愛い妹がサポートとして馳せ参じたのに。
あ、ちなみに私とのことは一切『アオハルマネー』にはノーカウントになるので、別の人との交流で借金を返してくださいね」
聞き慣れない二つの言葉に輪は首を傾げる。
「そういえばさっきも借金とか言ってたな。
それになんだ。その、アオハルなんとかっていうのは?」
「え、気づいてないのですか?スマホの中のアイコンにあるでしょう?」
驚いた表情を浮かべたシリウスがベッドから顔をのぞかせる。
一々見下ろされるこの構図に輪は釈然といかないながらも、スマホを開き、画面を右にスクロールしていくと、最交尾に『青春アプリ』と明記されたアイコンがあった。
「なんだこれ」
見覚えのないそのアイコンをタップすると、まるでクレジットカードの明細表のように突如画面に金額が表示された。
『あなたの借金は現在80,315sdです。
日本円にして約九百万円。
返済期限は北稜学園卒業式の日となります』
「なんだよ、これ!」
今まで抱えたことのない金額の借金に輪は驚きながらも、その下に書かれた内訳という表示をタップした。
コンテンツ使用料年間 500sd。
タイムリープ料 50,000sd
女神出張料年間 30,000sd(食費などの諸経費を含む)
手数料 15sd
「……」
画面をみたまま固まる輪を不敵な笑みで見下ろすシリウス。
「まさか、タイムリープというものが、タダで出来ると思ってました?」
目を逸らすように顔をそむけたのが、その答えだった。
「当選って言葉だけで、何も考えなかった俺が悪いな」
確かに。どこのライブやコンサートや演劇に、当選したところで、無料で見られるものがある。
「あれ?もっと、絶望してくれた方が嬉しいのに」
「お前が絶対そういう表情を期待しているとわかったら、嫌でも堪えるよ」
「ひねてくれてますね~中には泣き叫ぶ子もいるぐらいなのに」
「十分、ショックを受けてるよ。因みにこれ、キャンセルとかは?」
「できません。右手の掌を見て下さい」
そう言われて、輪は掌を見る。すると先ほどまで、明らかに何もなかった右手の掌いっぱいに、黒色で帆船の絵が描かれていた。
「それが契約の証です。アプリを起動したら見えるようになります。
消すことは出来ませんし、他の人に見えることもないので、ご安心ください」
「一体いつ……手を握った時か」
「ご明察。因みにその時説明しましたよね。キャンセルもクーリングオフも出来ないと」
「正確には握った後だ」
「あれ、そうでしたっけ?」
あざとく小首を傾げるシリウス。
「うぜぇ、因みにこれ借金返せなかったらどうなる?」
「寿命をもらいます。もちろん、二十五歳のあなた基準の寿命です」
「……はぁ?」
思わず立ち上がる。
流石に反応せざるを得なかった。
確かに人生に嫌気がさしていた輪だったが、流石に自殺願望はない。
明日のアニメは見ないといけないし、来月発売のライトノベルに続きが気になる続刊だってあるのだから。まぁ、タイムリープしてしまったので、その続刊を見るのは十年後なのだが、それでも死にたいとは全く思わない。
「因みに、その借金返済にどれくらいの寿命が必要なんだ?」
「それはお答え出来ませんが、長生きは出来ないでしょうね」
輪は椅子に倒れこむように座って、しばらく項垂れていたが。
「……それで、このアプリ何が出来る?」
ボソリと言われたその言葉に、シリウスはあまりの立ち直りの早さに目をしばしばさせたが、すぐにニコリと微笑んだ。まるで予想していたかの如く。
「アプリの右上のヘルプボタンをタップしてください」
言われたとおりに右上にある『?』ボタンをタップするとそこにはこのアプリの説明書きが映し出された。
当アプリの主な機能は以下の三つになります。
尚、これから表示される金額は全てアオハルマネーでの表示になります。単位はseed略してsdとなります。天空為替市場によって、変動は起きます。因みに四月六日現在は1sd=\114となっております。
1.お客様が必要な時に必要な情報を有料にて閲覧できます。金額は希少性や量によって変化します。
2.お客様が第二の青春を迎えられるに当たってかかった必要経費の、現時点での返済状況の表示(1でかかったお金もここに表示されます)。
3.お客様が稼いだアオハルマネーの表示。
4.アオハルマネーの現金化。
「アオハルマネー?」
そう言えばさっき、シリウスもそう言っていたような。
聞いたことのない言葉に首を傾げながらも、輪は説明の続きに目を通す。
『アオハルマネーとはお客様が青春を過ごされる上で発生する様々なイベントが、いくら価値があるのかをこちらで査定させて頂いて、数値化したものです。尚査定基準に関してのお問い合わせは一切受けつけておりません』
まるで小説の新人賞の選考文のような記述で絞められた説明だったが、ようは本当にお金を稼がないといけない訳ではないことに安堵した輪だったが、次のアオハルマネーを稼ぐ為の一覧(一部抜粋)を見て、固まる。
1.手を繋ぐ 100sd~(異性や感情によって変化、恋人繋ぎが一番の査定)
2.テストの得点 50sd~(順位変動。カンニングは罰金。絶対ダメ!)
3.好きな人と隣の席 300sd~(運も実力のうち)
4.下校イベント 500sd~(異性や寄り道により更に査定があがるかも)
5.ハグ 800sd~(最低金額です。相手の感情によって変化。男同士もありかも)
6.キス 5,000sd~(部位によります)
7.手料理 2,500sd~(愛情がこもっていたら味は査定に入りません。普通の料理よりもお弁当の方が高評価)
8.その他にも会話等、様々なイベントが査定に加わりますので、是非積極的に部活や委員会やイベントに参加してください。
尚、望まないことやセクハラはマイナス査定になりますので、決してしないように。あくまで両者の同意の元、アオハルマネーを稼いでください。
「……」
どこまでも事務的な文章を読み終えた輪の感想は無だったが、一つ納得がいった。
「なるほど、これがお前の言っていたサポートか」
「はい、一つは私。そして一つはそのアプリで得られる情報です。
ただ、本当に気を付けてください自己破産=死ですから」
「まさに命かげのやり直しということか。シリウスはどこまで協力してくれるんだ?」
「さっきも言ったように特別な能力はないので、まぁ、相談ぐらいにはのりますよ」
「ちっ」
「今、舌打ちしましたね」
「使えね~」
「そういう言葉は心の中に秘めろ」
どうやら前みたいに、心が詠めないようなので本当に単なる一、女子高生ということは確かなようだ。
輪はしばらく考えるように俯いていたが、やがてニコリと笑って、シリウスを見上げた。
「わかった。やってやるよ!」
元々パーフェクトスクールライフ(まぁ、妄想ですけど)のかぎかっこ部分を取るために、輪はタイムリープをすることを決意したのだ。一覧表を見たところ、どれもがその過程で出来るものばかりだ。
「嬉しい思いをして、更にお金までもらえるなんて、一石二鳥じゃないか!」
そう叫んだ輪を見て、先ほどまでの邪悪な笑みではなく、どこか虚勢を張る我が子を微笑ましく見る子供のような笑みを浮かべるシリウス。
「そういうことはもうちょっと、格好よい表情で、格好よい態度で言ってください」
輪の手は震えているし、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。
当たり前だ。
失敗したら死が待っているのだ。
まさに命がけのやり直し。
今にも気絶しそうだし、失禁しないだけ、むしろ輪のメンタルは強い方だ。
そんな姿を見てやっぱりリスクを負ってまで、やってきて正解だったとシリウスは思えた。
「大丈夫です!」
そう言って、シリウスはベッドから飛び降りて、輪の横に降り立った。その姿は女神というよりも、天使だった。
彼女は俯く、輪の頭にポンと手を置いた。
「確かに私に何が出来るかはわかりませんけど、これだけは約束できます」
顔を上げた輪に彼女は満面の笑みを向けた。
「高校卒業まで、私はあなたの味方で、何があっても、あなたを裏切りません」
それはとても曖昧なもので、年間約二百万にしては、とても不釣り合いなものだった。
だが、それでも。
「ああ、頼むぜ相棒」
今の輪には何より欲しいものだった。
「相棒じゃなくて、妹です!」
前回とはちょっと違う。
いや、かなり違う蒼砥輪の二回目の高校生活が、本当の意味でスタートを切った瞬間だった。
蒼砥輪様の4月6日現在の返済状況。査定者のコメント付き。
4月5日
・異性と登校 +200sd(美人なのでプラスです)
4月6日
・異性の手作り弁当 +2,500sd(いきなり手作り弁当なんて恨めしすぎる)
・青春アプリ初回ログインボーナス+10sd
残り77,805sd=¥8,565,650(1sd=¥114)
輪コメント「所々私利私欲入ってません?」