7.激怒する話
「……何ていうか、欠席多ない?」
朱莉が教室中を見渡し、そう呟いた。
一緒にいた日和も相槌を打ち、里桜も一度頷く。
ホームルームが終わり、1時限目が始まる前、3人は里桜の机の周りに集まって談笑していた。
正確に言うと、里桜が一人静かに座っているところに、朱莉と日和が集まってきて今に至る。
こんな状況に困惑しつつも、里桜は今朝の出席確認を思い出す。
今日の欠席は、明石雄大、魚住栄太、榎本由美、鎌倉早苗、欅太一、瀬川信吾、園田竜平、津秋心愛、西村萌花、羽田勇二、の計10人だ。
(雄大達はサボりだろうけど。……他の人達は……)
「栄太なんかは前まで元気やったのに、急に来なくなったよなぁ。何かあったんかなぁ?」
「早苗も彼氏のこと、楽しそうに話してたのにね~」
朱莉と日和は顔を見合わせて、心配そうにしている。
そこに、恭也と一喜が会話に入ってきた。
「病気とかが原因なんじゃないかな?気温も下がってきてるし……」
「いやまだインフルエンザなんかが流行るにしては暖かいだろ。そういうニュースも観ねぇぞ?」
「なに?2人も欠席多いの気になってんの?」
「そりゃなぁ。栄太なんか今まで休んだこともねぇのに、もう3日くらい来てねぇからなぁ」
「これからも欠席が増えるかもって、丁度一喜と話してたところ」
「そんな縁起の悪い話やめてぇや。……それにしても、何が原因なんやろうなぁ……」
「ヒヒヒ…。僕は解ってるよぉ…」
背後から聞こえた不気味な声が聞こえ、里桜達は反射的に振り向いた。
そこにいたのは、ボサボサの黒髪にヒョロリとした体形が特徴の男子生徒だった。
出席番号29番蛇石十海人。
それが彼の名前である。
朱莉と日和は眉をひそめた。
「何やアンタか」
「あたし達、アンタとは話してないんだけどー」
朱莉と日和は、明らかに十海人のことを嫌っている。
そのことが気になり、里桜は首を傾げた。
「解ってるって何を?」
恭也が前に出て言う。
十海人が何を知っているのか、気になるようだ。
「ちょっと恭也!」
「ヒヒヒ。流石は恭也クン。この僕の話を聞いてくれるとは。そこの2人とは違うねぇ」
「御託はいいから教えてくれない?」
「ヒヒヒ、いいだろう」
十海人は面白そうに笑い、そして叫んだ。
「これは、三日月万桜の呪いだぁ!!!」
「はっ?」
「呪いだって?」
日和や恭也達がポカンとする中、里桜は目を見開いていた。
他のクラスメイトも何事かと注目しだす。
「三日月万桜が自分だけが死に、これから先学校生活ができないことを寂しく感じた。だから今、この2年3組に呪いを掛け、道連れにしようとしている!」
「道連れってアンタ……」
「三日月万桜が死に、魚住栄太が最初の犠牲になるまで約一週間!力を貯え、計画を立てるのには充分な時間だった!そしてその間に、協力者として九重里桜を選んだ!」
十海人は里桜を指差してそう言った。
クラスメイトの視線は、今度は里桜に集まった。
里桜は糸が切れた人形のように下を向いている。
「魚住栄太は九重里桜が登校して来た次の日に来なくなった!妙だと思わないか!?九重里桜はよく学校をサボっていたのに、三日月万桜が死んだ一週間後から登校を続けている!それはつまり、三日月万桜が九重里桜を利用し、僕達に呪いを掛けているということだ!!明日もまた、学校に来なくなる奴が出てくるぞ!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
十海人は早口でまくし立て、狂ったように笑い出す。
クラスメイトはただ、薄気味悪がって見ているだけだった。
そんな中、里桜が乱暴に机を叩き、椅子から立った。
大きく床を踏み鳴らしながら十海人に近づくと、両手で彼の胸倉を掴み、棚の方に押しつけた。
「黙って聞いてりゃデタラメばかり言いやがって……」
「ヒィ!」
里桜の剣幕に圧され、十海人は縮み上がった。
先程の饒舌さはどこかに行ってしまっていた。
「お前に、アタシと万桜の何が解るんだよ!!?」
怒る里桜は右拳を振り上げる。
そのまま十海人の顔を潰すつもりだったが、恭也がそれを阻止した。
「九重さん、ダメだよ」
「恭也!コイツは────!」
「解ってる。だけど手を出したら、罰を受けるのは九重さんだよ。こんな奴のために、手を汚す必要はないよ」
「…………ッ!!」
里桜は乱暴に十海人から手を離し、背を向けた。
バランスを崩し、尻餅を着いた十海人は咳き込む。
ふと、目線を上げた。
「ヒィッ!!?」
十海人が見たのは、自分を睨み付ける恭也の姿だった。
その目には、明らかな殺意が宿っていた。
その頃、雄大と勇二は繁華街の路地裏で屯していた。
2人共スマホをいじりながらタバコを吸っている。
しばらくして、勇二が話を切り出した。
「信吾と竜平、どうなったかなぁ」
「……さぁな」
「『さぁな』って、冷たくねw」
「あァ?お前だって俺と一緒に逃げただろうがよ。そういう意味じゃ共犯だろうがよ」
「まぁなw」
勇二はヘラヘラと笑いながら応えた。
昨晩、雄大と勇二は袋を被った人間の集団に襲われ、信吾と竜平を置き去りにして逃げてきた。
あれ以来、2人とは連絡が着かない。
今までは4人一緒だったが、人数が半分減っただけで賑やかではなくなっていた。
とはいえ、勇二自身2人のことを、もうどうでも良く感じていたのだった。
「にしても何だったのかねぇ?あの袋の奴ら」
「あァ?知らねぇよ。やべぇ宗教か何かだろ」
「でもさ、ありゃ人間技じゃなかったよなぁ。気に入らない奴真っ先に潰すお前も逃げるくらいだしなぁw」
「うっせぇなぁ!!今テメェぶっ潰してもいいんだぞ!!」
「ははっ、冗談冗談…」
雄大の機嫌を損ねてしまったため、勇二は宥めにかかる。
「ちょっと待て」というように、両掌を雄大の方に向けた時だった。
「ッ!!?」
突然勇二は右手を後ろに隠した。
その素早い動きに、雄大は少し驚く。
「はっ?何だよ急に」
「い、いやぁ……何でもねぇよ?」
勇二は冷や汗を掻き、そっぽを向いて応える。
今の右手は、とても見せられるものではなかった。
「里桜~、今から気分転換にクレープでも食べに行かへん?」
放課後、帰り支度をしている里桜を、朱莉が誘いに来た。
それに対し、里桜は残念そうに応える。
「ごめん。バイトあるから無理」
「えぇっ!里桜ってバイトやってたんや!」
「うん。ハンバーガーショップでね」
妹の里菜は月に1万円程小遣いを貰っているが、里桜は当然貰えていなかった。
そのため、アルバイトを始め、小遣い稼ぎをしていた。
「う~ん……。ちょっと残念やけど、まぁ、仕方ないなぁ。頑張ってな」
「うん。ありがとう」
「……十海人のことやけどな」
明るい声から暗い声に切り替え、朱莉は続けた。
「あいつ、今朝みたいに人を不安して楽しむような奴やねん。だから……」
「解ってる。アタシも冷静じゃなかった」
里桜は柔らかい声色で返した。
鞄を肩に掛け、朱莉に言う。
「また、明日ね」
「……うん」
里桜は朱莉に背を向け、教室から出て行った。
蛇石十海人
皆の不安を煽るのが好き。