6.目の話
「…………んっ」
朝6時。
里桜は目を覚まし、ベッドから起き上がった。
ふと自分の体を見て、制服のままであることに気づく。
昨晩メロンパンを食べ終えた後横になり、そのまま眠ってしまったのだった。
「シャワー浴びてないじゃん。歯も磨いてないし……」
髪の毛を触ると、少しベタついていた。
このまま学校に行くのは気持ちが悪かった。
ホームルームが始まるまで、まだ時間がある。
里桜は着替えを持ち、浴室に向かった。
「行ってきまーす」
朝7時に、里桜は家を出た。
家族からの見送りの声は無かった。
天気は晴天。
小鳥のさえずりが聞こえ、秋の涼しい風が吹く。
その自然の雰囲気をぶち壊すように、腹の虫が鳴った。
「……お腹空いたなぁ」
そう呟きながら腹部を擦る。
九重家のご飯は母親が作っているが、里桜の分は作られることはない。
両親は2人共、里菜だけに愛情を注いでいる。
昔は里桜も里菜も平等に愛されていた。
しかし勉強も習い事も、全て里菜の方が出来ていた。
里桜がどんなに頑張っても、里菜はすぐに上に行く。
そのうえ、愛想の無い里桜に対し、里菜は愛想が良く、皆から好かれていた。
そういうこともあり、両親の里桜に対する愛はだんだん薄れていった。
今では里桜に興味を示さないどころか、里菜も一緒になって蔑んでいる。
初めの頃は里桜は悲しみや悔しさを感じていたが、時間が経つに連れ、そんな感情もどこかに行ってしまった。
「……万桜、アタシ……今日も頑張るよ」
里桜は空を見上げ、亡き親友にそう告げた。
一方出席番号9番欅太一は、朝から理解し難い事態に巻き込まれていた。
「何なんだよこれ……」
太一のは視線は、自室の天井に向けられていた。
天井には、大量の目が隙間なくびっしりとくっついていたのだ。
目は全て太一のことを凝視していた。
「マジで何なんだよ……気持ちわりぃ!」
太一は体を震わせ、天井から目を逸らした。
天井に広がるのは、人の目の集合体。
謎の目に見つめられるだけでも不気味だが、それがたくさん集まるだけでも恐怖を感じる者は多い。
太一もまた、集合体恐怖症だった。
「くっそ!何でこんなことに……。やっぱあれか!?あれなのかよ!」
太一には心当たりがあった。
昨夜スマホをいじっている時に、とあるサイトを見つけた。
そのサイトに入ると、最初に出てきたのは真っ暗な画面。
不思議に思いながら画面を見続けると、真っ暗な画面の奥に何かが現れた。
はじめは小さくて見えなかったが、それはゆっくりと接近してきた。
近づいてくるそれの正体が、血塗れの女子高生であることが解った。
しかも、制服は太一が通う神凪高校のものだった。
流石に不気味に思った太一はバックボタンを押し、サイトを閉じようとする。
しかし閉じることはできなかった。
何度押しても同じだった。
その間も、女子高生は近づいてくる。
太一は今度は電源ボタンを押してみたが、スマホの電源が落ちることもなかった。
焦って何度も押し続ける間、女子高生は腰が見えなくなる位置まで近づいていた。
すると、そこで女子高生の姿が消えた。
太一は一瞬、「助かった」と思った。
しかしその束の間、何もない空間からあの女子高生が現れ、一気に顔を近づかせてきた。
その顔面は、大小様々なサイズの目で覆われていた。
太一は仰天し、スマホを投げ捨てる。
【いつも見てるわよ】
女子高生は野太い声でそう言うと、一瞬で消えた。
スマホは勝手にホーム画面に戻っていた。
その時の太一は急に眠気に襲われ、ベッドに倒れたのだった。
「絶対あれのせいだろ!……何だよ、いつも見てるって!」
太一は両手で頭を掻きむしる。
ふと、天井以外からも視線を感じた。
壁の方に目を向ける。
「!?」
壁に3つの目が付いていた。
それらは天井のものと同じように太一を見つめていた。
「はっ!?……あっ……!」
壁の目はそれだけでは済まなかった。
新たなに閉じた目が、いくつも浮かび上がってきたのだ。
それらは目を開け、2、3度瞬きをすると、太一に視線を送り始めた。
そのようにして、壁一面が目に浸食されていった。
「うわぁあああああああ!!!」
太一は毛布を被り、ベッドに蹲った。
(何だよあれ!どうなってんだよあの目は!)
震えが止まらなくなる。
生気のないその大量の目を、太一は恐れていた。
「ッ!?」
太一は再び驚いた。
彼が隠れている毛布の中にも、目が浸食していたのだ。
相も変わらず太一のことを凝視している。
慌てて毛布を払い除け、ベッドから出た。
勢いあまり、転んでしまう。
「………はっ?」
太一を待っていたのは、目で覆い尽くされた部屋だった。
ドア、窓、机、鞄、服、スマホ、ゲーム機─────。
部屋の中の全ての物が、目に侵されていた。
それらが一斉に太一に注目する。
太一は恐怖で声さえ出なかった。
「太一~?いつまで寝てるの?早く起きなさい」
母親の声で、太一は我に返る。
彼はゆっくりと床から起き上がった。
「あはは……。俺まだ寝ぼけてんのかな?…ははっ、そうだよな。現実でこんなのあり得ねぇよ。……顔でも洗って目ぇ覚ますか」
太一は現実逃避するかのように、そう自分に言い聞かせた。
大量の目に見送られながら自室を出る。
洗面所に着くと水を出し、両手に注いで顔にかけた。
「ふ~……流石にこれで目は消えただろ」
太一はゆっくり顔を上げ、鏡を見た。
「ッ!!?」
そこに映っていたのは、目に浸食された自分の顔だった。
普通の両目だけでなく、頬や額、首元に至るまで、大小様々な目が付いていた。
頭髪からは、とりわけ大きな目が突き出ている。
それらは鏡を通し、一斉に太一のことを見た。
「うわっ……ああ……ああああああああ────────!!!!!」
家中に太一の悲鳴が響き渡る。
そんな彼の手には、また新たな目が生まれようとしていた。
欅太一
ネットサーフィンが趣味。