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八百万 怨念  作者: マー・TY
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67.最期の話

 ゆっくりとただ無言で、里桜は歩く。

 右手には、2つの御守りが握られていた。

 1つは雪村から受け取り、恭也達に奪われずにポケットに入っていたもの。

 そしてもう1つは、朱莉から託されたものだ。

 ドアの前に立つと、一気に開ける。

 炎で明るく照らされている廊下に出た。


「あっ……はっ……ははっ……」


 弱々しいが、快楽に満ちたような笑い声がする。

 階段側に目を向けると、大の字で仰向けに倒れている恭也と、こちらに背を向けてそれを見下ろす万桜の姿があった。

 恭也の目や鼻、口等、体中の穴という穴から血が流れ出ていた。

 ズボンが濡れており、失禁しているのも解る。

 そんな状態にも関わらず、その表情は幸せ一色だった。

 万桜の方はというと、人の形を保っている。

 とはいえ、周りを黒い煙が漂っているのは変わらない。


「万桜!」


【……………】


 万桜がゆっくりと振り返る。

 里桜と目が合ったからなのか、万桜に再び煙が集まった。

 黒い煙の塊となり、里桜に突進していく。


「ッ……!!!」


 里桜は間一髪回避した。

 万桜は壁に激突する。

 その部分が少し砕け、瓦礫が少し崩れ落ちた。

 万桜は尚も里桜に向かっていった。


「万桜…!くっ……!!」


 里桜は避けるのに精一杯だった。

 一度万桜が袖を掠め、その部分が破ける。

 ここまでに、あの煙の塊からバラバラにされた知基の身体が落ちたのを見た。

 ついさっき呑み込まれた恭也もまた、今は正気を失い出血している。

 呑み込まれたり、触ったらマズい。

 里桜は本能的にそう感じていた。


(だけど……このままじゃ……!)


 里桜は手の中の2つの御守りを見つめた。


『“御守り”です。我々はそう呼んでいます。袋の中に“除霊石”という、霊や怪異を祓う石を入れています。弱い怪異ならばこれを持っているだけで近づかなくなり、当てれば消滅します』


『これ、万桜にも効くんですか?』


『……そうですね。消滅までには至らないでしょうが』


 御守りを貰った時の、雪村との会話を思い出す。

 弱い怪異が消滅する程の物が、手の中に2つもある。

 これさえあれば、煙だけでも祓えるかもしれない。

 万桜と話をするためには、煙を何とかしなければならない気がした。


『きばって、里桜。……しゃんと、……万桜と…、向き合ぉて、……話して、……決着……つけんねん…で……』


 朱莉の言葉に後押しされ、里桜は万桜の前に立つ。

 万桜は再び里桜へと突進していった。


「あぁあああああああああああああああ―――――――――!!!!」


 里桜は叫びながら、御守りを握った拳を万桜にぶつけた。

 

【ゔっ……あ”あ”ぁああああぁ…ああ”あああ”あ”ああ!!!!】


 万桜は苦悶の声を上げながら後退る。

 その際、黒い煙が分散していくのが見えた。

 里桜はさらに、御守りを万桜に向ける。

 万桜が苦痛を感じているのには気が引けたが、煙が晴れていくのが確かだった。

 そうしていくうちに、藻掻き苦しむ万桜の姿が露わとなった。


「ッ……!!万桜……!!!」


 里桜は御守りを捨て、万桜の体を抱き留める。

 その体は、氷のように冷たかった。




 怖い。

 苦しい。

 悲しい。

 憎い。

 様々な負の感情に支配された万桜は、暴走状態に陥っていた。

 自身の意志とは関係無しに、黒い煙に囚われ、勝手に体が動いてしまう。

 感情のままに、ただ暴れる。

 飛び回り、壊し、殺す。

 今の万桜は、ほぼ意識の無い化け物と化していた。

 そんな時、万桜が見ていた暗い景色の中に、突然光が生まれた。

 あまりに眩しすぎる光で、黒一色の景色が明るく白いものとなっていく。

 

「万桜!……万桜……!!」


 意識が戻っていくと同時に、耳元に懐かしいような、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。

 だんだんと視界が戻っていく。

 見えてきたのは、親友の顔が見えた。


【里……桜………?】


「万桜!……よかった!やっぱり煙がいけなかったんだ……」


 涙ぐんだ顔で里桜はそう言い、万桜を抱き締めた。

 仄かに温かさを感じる。

 自然と里桜の背中へと、手が伸びた。

 触れた瞬間、何故だか涙が溢れてきた。


【……里桜……あなたなのね……】


「そうだよ万桜!ていうか、万桜に言いたいこといっぱいあるんだから!マジで!」


 里桜は再び万桜に向き直った。

 

「万桜の気持ち解るよ。滅茶苦茶頑張ってるのに死んじゃって……馬鹿にしてきた奴らは生きてて……、アタシでもおかしくなりそうだよ。だけど、万桜がやってきたことは取り返しのつかないことなんだよ……。多分、生きてても償いきれないくらいの……」


【ッ……!】


「……馬鹿なアタシでも解るよ。どんなに酷いことされても、馬鹿にされても、憎くても……人の命を奪っちゃダメなんだ……。クラスの皆はきっと、最期まで生きたいと思ってた筈なんだ……。……アタシは、少しでも早く万桜に止まってほしかった。万桜に一人も……殺してほしくなかった……!」


【里桜……】


「何で……」


【ッ……!!】


「何で最初にアタシに会いに来てくれなかったの?アタシじゃ万桜に空いた穴……埋められなかった……?」


 今まで溜めていたものを、里桜は全てを吐き出した。

 

【…………里桜…】


 今度は万桜が里桜を抱き寄せた。


【ごめんなさい………】


 感情が抑えられずに泣き出してしまった里桜に、万桜は謝ることしかできなかった。




“ドガァアアアア――――――!!!!”


 突然爆音が響き渡った。

 その衝撃に、里桜と万桜は吹き飛ばされる。

 何事かと思って見てみると、階段側に火の手が上がっており、近くに居た恭也が巻き込まれていた。


「ぐギっ!……がグぁあ!!ぎひゃァあああアあああアああああああああああああ!!!」


 あまりの熱さに恭也はのたうち回ったが、元々弱っていたのも手伝い、すぐに動かなくなった。


「……急に…何なの…?」


【……もしかしたら、恭也が仕掛けてた爆弾に、火が燃え移ったのかも……】


「そんな……!」


 里桜が焦っている間も容赦なく、再び爆発が起こった。

 今度は連続して3度。

 里桜達が居る10階で直接起こったわけではないが、衝撃は大きく、10階の廊下の階段側半分が崩れ落ちた。


【里桜、こっち!】


「くっ……!!」


 里桜と万桜は、近くにあった部屋に避難した。

 火の明るさで、ベランダの方が照らされ、部屋が明るくなっていた。


「このままだと……多分……」


【ここも、危ないでしょうね】


 里桜は試しにベランダに出た。

 熱気がジリジリと肌を刺激し、焦げ臭さも伝わってくる。

 廃マンションの周囲は火の海だった。

 消防車はもう到着している頃だろうが、この状況ではここまで救助隊が来るのにもかなり時間が掛かるだろう。

 里桜は部屋に戻った。


「……ねぇ万桜。アタシ、生きて帰れると思う?」


【………絶望的な、状況ね…】


「だよね……」


【……いいえ、里桜。あなたは死なせない……!】


 万桜は両手をかざした。

 焦ったような、難しそうな表情を浮かべて唸る。

 あの黒い煙を発生させようとしているみたいだが、手の周りには黒い靄しか集まらない。

 

【……何故?…どうして……?】


「……もしかして、あの煙出そうとしてる?」


【そう。あれさえ使えれば、きっとあなたを逃がせる……!……ッ…どうして出てくれないの……?】


「……多分だけど、万桜に御守りを当てたのと、正気に戻ったのが原因なのかも……」


【………なるほどね。不思議と今は、憎悪とかそういうのを感じないわ……。だけど……、こんな時に使えないなんて……】


 万桜は悔しそうに爪を噛んだ。

 そんな中、再び外で爆発が起こった。

 ドアが吹き飛び、ついに部屋にも火が入ってきた。


【ッ……!!早くしないと……!!】


「……もういいよ。万桜」


 里桜は万桜の腕に手を置いた。

 その表情はどこか穏やかで、万桜は呆気に取られる。


【里桜……?何を言ってるの……?】


「あの煙、きっと良くないものだったんだ……。あの煙が出たら、万桜がまた暴走しちゃう気がする。アタシは……また万桜にそうなってほしくない……」


【だけど……このままじゃあなたは……】


「うん……。いいんだ、もう」


【ッ……!!?】


 里桜は寂しそうに返事をした。


【……里桜……あなた、死にたいの……?】


「そういう訳じゃないよ……。でもこの状況を見たら……ね」


【里桜………】


「万桜……抱き締めて、いいかな?」


【……うん…】


 里桜は万桜を抱き締めた。

 その体は、小刻みに震えていた。

 やはり、死ぬことが怖くない訳ではないようだ。


「……学校行くようになってさ、朱莉達と接するのが楽しくなってたんだ。だけど、心のどこかにいつも万桜が居て、また話したいって思ってた。だから、こうしてまた会えて……助けられて……解り合えて……本当に良かった」


【ッ……!!】


「……こんなアタシと出会ってくれて、優しくしてくれて、出会ってくれて、そして……友達になってくれて、本当にありがとう。……大好きだよ、万桜」

 

 涙を流しながら、里桜は万桜に感謝した。

 万桜は全身に温もりを感じた。

 そんな中、指先に少し違和感を感じた。

 万桜は里桜から離れると、両手を見た。

 両手の指先が、白く光る霧となって消え始めていた。


「万桜…指が……!」


【……これは。……もしかして、成仏しようとしてるの?】


 こうして戸惑っている間にも指先から霧散していき、付け根にまで達していた。


「成仏って……万桜があの世に行っちゃうってこと?」


【……あは……ははは……。私は皆を不幸にしたのに、いっぱい殺したのに……。恭也にだって、悪いことをしたわ。なのに、何の償いも無しに消えることになるなんて……きっと、地獄行きね……】


 万桜は泣きながら、自虐的に笑った。

 涙を拭うことなく、里桜の顔を見た。


【里桜、お礼を言うのは私の方よ……】


「万桜……?」


【馬鹿にされて、虐待されていた私にとって、あなたは救いだった。家まで送ってくれたことも、ジュースを奢ってくれたことも、1番じゃなくても褒めてくれたことも、全部嬉しかった。化け物同然となった私の目も、覚まさせてくれた……。あなたには、感謝してもしきれない……。本当にありがとう、里桜。大好きよ】


 万桜もまた、里桜に感謝を述べた。

 その瞬間、霧散が全身へと広がった。

 万桜の体全体が白く光っているようにも見える。


「成仏が…早まったの…?」


【こんな私を成仏させるなんて……。神様も何を考えているのか解らないわね……】


 霧散のスピードは思ったよりも速く、腕や太腿、髪の毛の先辺りは消滅してきていた。


【もう、時間みたいね……。先に行ってるわ……】


「……ここで、お別れなんて……。万桜といろんなことしたかったよ……。遊園地行ったり、スイーツ食べたり……一緒に暮らしてみたりとか……」


【フフフ。良いわね。普通の家に生まれて、普通に育っていたら、全部やりたかったわ。ここでまたお別れするくらいなら、もっと早くあなたと会いたかった……】


「……あの世で会えない……かな?」


【難しいかも……。あなたは天国、私は地獄に行くでしょうし……。……だけど里桜、もし生まれ変わって再開したら、また友達になってくれる?】


「もちろん!今度は万桜と、いっぱい楽しいことするんだから!!」


【それが聞けて……安心したわ……】


 万桜が纏う光が、強くなっていく。

 その表情は、とても安らかだった。


「万桜!!!」


【ごめんなさい。それと……ありがとう、里桜。私の……大切な人……】


 その言葉を残し、万桜は消滅した。

 部屋に明るい光が散っていく。


「………ありがとう……万桜……」


 一人残された里桜は、消えゆく光に手を伸ばした。

 炎はもう、里桜の居るリビングへと入ってきていた。

 煙で呼吸も苦しくなっていく。

 そんな中でも、里桜はゆっくりとベランダに出た。

 隣のベランダを隔てる隔板もまた、燃えて黒焦げになっていた。

 

「父さんと母さん、里菜は、どう思うかな……?雪村さんは、めっちゃ謝ってきそうだな……。逆に恭也には、ザマァ見ろって言われそう。朱莉には、怒られちゃうかな?」


 苦笑してそんなことを呟きつつ、里桜はベランダのフェンスによじ登ると、そこに座った。

 遥か下の地面は真っ暗で、辛うじて炎だけが解るという状況。

 まさに地獄そのものだった。

 そんな光景を前にしても、里桜は動じていなかった。

 少し寂しげな表情を浮かべている。


「万桜、アタシも行くよ……」


 そう小さく呟くと、里桜は何の迷いもなく、フェンスから飛び降りた。

 かなりのスピードで落ちている筈だが、移り行く景色はゆっくりに見えた。


(今度はちゃんと……生きたいな……)


 目を閉じて、心の中でそう願う。

 里桜は儚げに笑い、燃える地面へと激突する。

 その後里桜の身体は、すぐに炎に包まれていった。

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