66.友の話
1Kの部屋の廊下を、恭也はゆっくりと歩む。
手の中でナイフをくるくると回しながら。
ターゲットの2人は、部屋の奥で待っていた。
「なんだ。てっきり待ち伏せでもしてるかと思ったのに。市松君はけっこう考えてたよ。殺したけど」
「恭也……!!」
緊張した面持ちで、里桜は身構える。
朱莉もまたスタンガンを取り出し、恭也の方へ向ける。
「敢えて訊くで恭也。アンタ、人殺すことに、ほんまに罪悪感は無いの?ほんでほんまに万桜が受け入れてくれると思うてるん?」
「まだそんなこと訊くわけ?僕は万桜のために……万桜に尽くすって決めたんだ。万桜が望んだから僕は君達を殺す。万桜が赦せば殺さない。それだけだ」
「一喜を殺した時も、何の感情も無かったん?親友やったんやろ?」
「別に。……ていうか誰?」
恭也は呆れながら首を傾げた。
朱莉からすれば、恭也の思考が未だに信じられなかった。
親友が死んだという点では共通している。
未だに日和のことが頭から離れず、悪夢すら見る程だ。
それに対して恭也には、親友を殺したにも関わらず、何の後ろめたさも無い。
「違うと思うよ……。そういうの……」
「はぁ?」
苛立ちからなのか、恭也の顔が歪む。
朱莉が隣に目を向けると、里桜が恭也を見据えていた。
「アンタのこと見てて解った……」
「何が?」
「万桜がアンタに何を言ったのかは解らない。アタシとアンタの“好き”が同じかどうかも解らない。けど、好きな相手の言うこと全部聞くの、間違ってると思う……」
「どうして?好きな相手に尽くすのは当然でしょ。この期に及んで説得?尽くせない君に何を言われても雑音と変わらないんだけど」
「違う。尽くすだけじゃ、きっと万桜のためにならない!」
「里桜……」
芯の通った里桜の声を聞いて、朱莉が目を丸くした。
恭也は訳も解らないといった反応をする。
「尽くすだけ……だって?」
「アタシがいろいろどうでも良くなって、自分のこと大事にしてなかった時、万桜は悲しんで、叱ってくれた。その時、アタシのこと想ってくれてるんだっていうのが伝わってきて、嬉しかった」
「は?何?今度は惚気話?『アタシの方が万桜に好かれてます〜』って、マウント取りたいの?」
「そういうこと伝えたいんじゃない。本当に大切だって思ってる人には、間違えたらちゃんと叱ってあげないと……正してあげないといけないんだ。尽くすだけじゃ、万桜がホントにダメになる!」
演説は苦手だったが、里桜は思ったこと全てを吐き出した。
朱莉は安心したように微笑む。
しかし空気の変化を感じ、再び気を引き締めた。
恭也から怒りを感じたからだ。
「万桜のためにならないだって……?万桜に何もできてないくせに……偉そうなこと言うなぁああああああああああああ!!!」
怒鳴り声を上げ、恭也が襲い掛かってきた。
「ッ!!!」
恭也が一歩目を踏み込むところで、里桜も動く。
ここはもともと、晶子と乃愛と共に拘束され、閉じ込められていた部屋だ。
再び朱莉と逃げ込んだ時、解いた縄を拾っていた。
里桜は縄を鞭のように扱い、思いっきり恭也に叩きつけた。
「ぐっ…!!!」
縄が顔面に命中し、恭也が怯む。
里桜は必死に何度も縄を打ち続けた。
「今や!」
恭也が動けない隙を突き、朱莉がスタンガンを恭也の首に当てた。
“バチバチバチバチバチ!!!”
「ぐがっ―――――――――!!!」
スタンガンの音が響き渡り、電気が暗い部屋をチカチカと照らした。
恭也の体は立ったまま痙攣する。
完全に起き上がれないようにするために、朱莉はできるだけ長く当て続けた。
体の痙攣でバランスを崩した恭也は、そのまま前のめりに倒れた。
「あっ……」
「……やりすぎた?」
2人は恭也をまじまじと見つめる。
こうして倒れられると、少し気が引けた。
とはいえ、恭也を無力化できたことで、安心感が生まれた。
「……死んだ?けっこう電撃強めだったような……」
「いや…どうやろ……?流石に人殺すくらいの威力は無いと思うけど……。とりあえず念には念や……」
また暴れられたらたまらない。
朱莉はひとまず、縄で恭也を拘束することにした。
まずは両手から縛ろうとした。
その時――――。
“ガッ!!”
「うぐっ……!!」
恭也の左手が、朱莉の首を鷲掴みにした。
「がっ……げふっ………!!」
「朱莉!!」
かなり強く絞められているのだろう。
朱莉の顔色がだんだん悪くなってきていた。
恭也の体がゆっくりと起き上がっていき、朱莉の頭を床に叩きつけた。
朱莉の手からスタンガンが落ちる。
「殺す……殺す………」
「朱莉!!!」
尚も朱莉の首を絞め続ける恭也に、里桜が蹴りを入れた。
蹴りは顎に直撃し、恭也は再び倒れた。
「朱莉、早く!」
「げほっ……里桜……!」
里桜は恭也から朱莉を離そうと、必死になる。
顎を蹴られていたにも関わらず、その間にも恭也はゆっくりと起き上がっていた。
「……ンの野郎……」
恭也は近くに落としていたナイフを拾い直していた。
視線の先には里桜が居た。
朱莉はいち早くそれに気づく。
「ッ……!!里桜!!」
朱莉は里桜を押し飛ばした。
“ドスッ!!”
その一瞬のことだった。
朱莉の背中に、恭也がナイフを突き立てた。
「がっ…ぁ……!!!」
「朱莉!!!」
刺された朱莉は顔を真っ青にし、口をパクパクと動かしている。
恭也はほぼ白目を剥いており、口からは涎が垂れている。
正気は無く、ただ里桜と朱莉を殺すためだけに動いているようだ。
恭也は刺したナイフを力尽くで動かしていく。
その度に鮮血が吹き出し、傷が広がっていき、朱莉はさらに苦しんだ。
ついには口からも血を吐いてしまう。
「やめろ!!」
里桜は朱莉から恭也を離そうとするか、かなり力が強く、引き剥がすことができない。
苦戦しているところで、床に落ちたスタンガンが目に入った。
里桜は素早くそれを拾い、スイッチを入れて恭也の顔面に当てた。
“バチバチッ!!”
「ぐあっ!!!」
今度は当てている時間が短かったが、恭也を怯ませるのに充分だった。
離れた恭也を殴り飛ばすと、里桜は朱莉を抱き寄せた。
「朱莉!!朱莉!!!」
「ゼェ……ゼェ……」
朱莉は虚空を眺めながら、必死に呼吸をしていた。
背中からはまだ温かい血が流れ出ていて、里桜の片手に大量に溢れた。
ナイフは刺さったままになっており、引き抜いていいものか迷ってしまう。
そうなっている時、“ギシリ”という音が耳に入り、里桜はハッとして顔を上げた。
目の前には恭也が立っていた。
「後は……お前だけだ……」
「まっ…待って……!」
恭也の手が朱莉に刺さったナイフに伸ばされる。
ダメだ。
ただでさえ朱莉は、出血多量で危険な状態だ。
早く止血しなければならないのに、今襲われてはタダでは済まない。
里桜は必死に朱莉を恭也から遠ざけようとした。
“ドガッ!!!”
急に玄関の方から、何かが破壊される音がした。
その後一瞬のうちに、3人の前に黒い煙の塊が姿を現した。
「ッ!!?」
「あっ……、あぁあ……、万桜!!」
恭也は歓喜に満ちた声を上げる。
黒い煙は、そんな恭也を包み込んだ。
「あぁああ!!あぁあああああああああああハハハハ!!万桜!!万桜ぉおおおおおお!!」
この状況に陥れば、常人ならばパニックを引き起こすだろう。
しかし恭也は甲高い声で笑い、寧ろ喜んでいるようにも見える。
恭也は乱れた足取りで、フラフラと玄関の方へと歩いて行った。
「万桜……」
「……里…桜…」
「ッ!!」
里桜の腕の中で、朱莉が少し意識を取り戻していた。
相変わらず、呼吸が激しい。
「げほっゴホッ……堪忍な……。ウチも……もう、あかん……みたいや……」
「何言ってんの!?まだ…まだ朱莉は生きてるじゃん!」
「自分……の…体……やからかな?……解んねん。……目が、霞んできて……寒うて……眠うて……」
朱莉は弱々しく微笑みながら、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「喋らないで!もうダメじゃない!朱莉まで居なくなったら…、アタシは……!!」
「ごめんな……里桜…。……短い間…やったけど……、楽しかったで……。日和と……同じくらい、里桜の……こと、好きやったで……」
朱莉は最後の力を振り絞り、上着のポケットの中を漁り、御守りを取り出して里桜の胸に当てた。
「里桜に……これ、託すよ……。ウチには……もう、必要……ないもん……やから………」
「そんなこと言わないでよ!ねぇ……お願いだから!」
「きばって、里桜。……しゃんと、……万桜と…、向き合ぉて、……話して、……決着……つけんねん…で……」
「朱莉……!」
「里…桜……最…期…まで、……ありがと……な…」
朱莉はそこまで言い終えた後、息を引き取った。
里桜の胸元には、まだ御守りを握った朱莉の手が置かれている。
里桜は涙を拭うと、その手から御守りを受け取った。
その後、背中に刺さったナイフを抜き捨て、優しく床に寝かせた。
「朱莉……。……今まで……ありがとう……」
里桜は涙声で、朱莉に感謝した。
次回、最終回




