61.打ち砕かれる話
最後に部屋から出てきた里桜は、ゆっくりとドアを閉めた。
ドアノブを掴む手が震える。
目覚めていなければ、自分も乃愛のようにされていたのではないかと思うと、恐怖を覚えた。
それと同時に、自分の無力さを痛感させられた。
乃愛が殺されたことに対して、罪悪感が込み上げてきていた。
「里桜は悪くないで。ほんまに悪いのは、恭也達やねんから」
「……うん。そうかもね……」
そんな心境を察してか、朱莉が里桜の肩を優しく叩く。
それでも乃愛の死体にまいってしまっているようで、その場に崩れ落ちてしまった。
「里桜……」
「……ごめん朱莉。こんなことしてる場合じゃないよね……」
「……いや、ちょっと休もか。いろいろあったもんな。ええやんな?」
「気持ちの整理をするという意味では有りですね。知基達を待ちたいですし……」
「………」
華絵もまた、無言でその場に座り込む。
一方想はキョロキョロと周りを見回している。
「晶子さんが居ませんね……」
「せやなぁ!あの娘どこ行ったん!?」
晶子を見たのは、乃愛の部屋に入った時が最後だ。
全員それっきり彼女の姿を見ていなかった。
里桜が顔を上げ、ムクリと立ち上がった。
「探そう」
「里桜、無理しのうてええで」
「ちょっとは楽になったし大丈夫。それより晶子が危ないって。スマホとか持ってなさそうだし。アタシも今持ってないし」
「盗られたんやろうな。どっかに隠してあるとか?まずスマホ探す?」
「いい。探してる時間が惜しいから」
里桜はそう言いつつ、座り込んでいる華絵の前に立った。
「……何よ?」
「探すよ。晶子、友達なんでしょ?」
「……本気で言ってんの?無理よ……。あんなことする奴が彷徨いてるような所なのよここ……」
「うっさい!いいから立て!」
暗い態度にイラついたのか、里桜は華絵を無理矢理立たせた。
朱莉と想は呆気に取られる。
「何すんのよ!?」
「ショックなのは解るけど、晶子まで死んでいいわけ!?後悔するくらいだったら手ぇ伸ばせよ!」
「はぁ!?意味解んないんだけど!アンタ、バーガーショップの時のこと根に持ってるわけ!?」
「あぁそうだよ根に持ってるよ!普通にムカついたからね!あん時の威勢どこ行った!?ダンゴムシみたいに塞ぎ込んでたいならそうしてろ!」
「解ったわよ!探せばいいんでしょ探せば!」
華絵は怒鳴り散らしながら、階段の方へと向かっていく。
困惑しつつも、想がその後を追っていった。
「里桜も言うようになったなぁ」
「……朱莉、流石に無神経だったかな?」
「ええんちゃう?元気になったわけやし。ほら、ウチらも行くで」
「うん」
里桜と朱莉もまた、晶子を探しに歩き出した。
廊下の壁に寄り掛かかった晶子は、息が絶え絶えの状態になっていた。
変わり果てた乃愛の姿は、あまりにグロテスクで、刺激の強いものだった。
思わず8階まで駆け下りてしまい、そこで思いっきり吐いてしまった。
「ぜぇ……ぜぇ………うぷっ………、はぁ……」
中のものはもう出そうもないに、まだ吐き気がする。
そのせいか体が怠く、動く気力が出ない。
勉強ばかりではなく、もっと運動をしていればここまてきつくなかったのではないか。
少しそんなことを考え、すぐに掻き消した。
今は乃愛のことしか頭に無い。
(嘘だ。乃愛があんなことになるなんて……!嘘!絶対嘘!だってあんなの……!……夢だよね!?これ悪い夢だよね!?早く覚めてよ!!)
現実を受け入れられず、頬や腕をつねったりして、自身に痛みを与える。
しかしこれは夢ではない。
晶子が必死に行うそれは、気を紛らわす行為でしかなかった。
(……もう嫌だ。私がいったい何したっていうのよ……?)
“タッ”
「ヒッ!?」
泣きそうになる晶子の耳に、足音が聞こえてきた。
階段を上がっている。
もしくは下りている。
「華絵!?」
自分を追いかけて来てくれたのだと思い、晶子は思わず声を出した。
しかしそれが命取りだったようだ。
声に反応したように、足音のテンポが速くなる。
そして晶子の目の前に現れたのは……。
「居たねぇ!ここに居たんだねぇ!」
「ッ……!!?」
肉叩きとフォークを持った男、魚沼だった。
晶子が悲鳴を上げるよりも先に、魚沼はその口を塞ぐ。
そしてそのまま近くの部屋に、晶子を押し込んだ。
「いっ……嫌……!」
「いいねぇいいねぇ!最近の若い娘は、本当に肉付きがいいねぇ!」
このままでは殺される。
容易に予想できた晶子は、必死に暴れた。
魚沼は困ったような表情になる。
「う〜ん。活きが良すぎるのも考えものだねぇ!ちょっと静かにしようねぇ!」
魚沼は晶子を突き飛ばした。
床に倒れたと同時に、右足を掴まれる。
その数秒後、激しい痛みが走った。
見ると右脚が、向いてはいけない方向に曲がっていた。
「いっ……痛ぁあああ……!!!」
「いいねぇいいねぇ!これで大人しくなったねぇ」
魚沼は晶子の足を掴んでいる方とは逆の手に、肉叩きを構えていた。
それで脚の骨を砕かれたのだ。
魚沼は今度は晶子の左足を持つと、同じように叩き折った。
そちらは一撃では砕けず、3発与えた。
あまりの激痛に、晶子は失神寸前となっていた。
白目を向き、口をパクパクと開閉している。
「あっ……あがっ………」
「さ〜〜て、それじゃあそろそろ始めようねぇ!」
魚沼は背負っていたリュックサックを下ろし、中から包丁を取り出した。
晶子はそれに気づくことなく、ただ弱った魚のようにピクピクと体を震わせるだけだった。
そんな晶子の喉元に、魚沼は喜々としながら刃を当てた。
「十海人君早く」
「だっ…黙れ!この俺様を誰だと思っている!?」
「虚勢張ってないでさっさと歩いてよ」
知基は十海人を引き連れて階段を上がっていた。
とはいえ未だに2階。
十海人が恐怖で震えてばかりいるせいか、思うように進めない。
「なっ、何で貴様は平気なんだ!?」
「いや…、僕一人だけだったら怖かったかもね。でも怖がってる人が一緒だと寧ろ冷静になれるっていうか……」
「こっ、怖がってなんているものか!俺様は平常だ!」
「解ったから、そんなに大声出さないで。さっきの男が来ちゃう」
文句を言いつつ、知基は階段を先に上がっていく。
置いていかれてはたまらないと、十海人は必死に追いかけた。
そうしているうちに、知基は先に3階に着いた。
「一番上まで、まだまだ掛かりそうだなぁ……ん?」
3階の階段の隅に何かがある。
知基は近くに寄って観察した。
それは黒い箱だった。
「何これ?」
そう呟いた時、その箱から“ピーピー”と、機械音が鳴り始めた。
危機察知能力が働き、知基はすぐに後退る。
「おい!置いてくな―――――――!!」
追いついてきた十海人がそう声をかけたところで、その箱は爆発した。




