58.逃げられない話
懐中電灯で足元を照らしながら、想を先頭に5人は進む。
ゴミが落ち、雑草が生い茂り、たまに聞こえてくるカラスや猫の鳴き声。
そして、周囲を包む闇。
日中でも醸し出されるその不気味さは、夜になることでさらに際立っていた。
「何か……全体的に暗いね…」
「せやなぁ……」
「どこから何が出てくるか解りません。気をつけてください」
「わっ、解ってるわよ……。本当にここに乃愛と晶子が居るんでしょうね?」
華絵は気になるところに片っ端から懐中電灯を向ける。
気丈に振る舞ってはいるが、その行動から不安が見て取れた。
「ヒッ、ヒヒヒ…ヒ……。そ、それにしても意外だなぁ〜……、ま、まさか、白川華絵……。君が…こ、ここに、く、く、来るなんてねぇ……!」
十海人が華絵をからかう。
いつも通りの格好付けた言い方だが、声は震えていた。
「コイツもビビってるな」と、朱莉達は感じ取った。
「だ、だって……。乃愛と晶子とはいつも一緒だったし……。わ、私自身自分が一番大事よ!……でも、あの2人が死んじゃったら、目覚めが悪いじゃない!何か文句あんのこの陰キャ!!」
「ヒィ!!」
「はいはい、そこまでや」
華絵に詰め寄られ、十海人は怯む。
そんな2人の間に、朱莉が割って入った。
「十海人もおとろしいくせにいちいち挑発せぇへん。華絵も、素直に大切な友達やからって言うたらええやん」
「べっ、別にそんなんじゃ……」
「うあ……ああああああああああああああああ!!!!」
唐突に聞こえてきた叫び声で、華絵の言葉が遮られる。
5人が何事かと思った瞬間、グシャッという音と共にそれは止む。
少しの間、沈黙が訪れた。
「ね、ねぇ……今の……」
「はい。男性の声でしたね。音的にも近くでしょう」
「な、なんしか行くで」
「ちょっ、朱莉さん!」
想の制止を振り切り、朱莉は音のした方へと駆けていく。
悲鳴に加えて何かが激突したような音。
秀一が落下死した時の状況とよく似ていた。
足元も気にすることなく走る。
廃マンションの下に辿り着いた時、それは見つかった。
「うっ………」
懐中電灯を向けた先に居たのは、血溜まりの中心に大の字で仰向けに倒れ、頭部が割れて両目が飛びれ、体をピクピクと痙攣させる少年。
到底生きているとは思えないその少年だが、朱莉はその姿に見覚えがあった。
「………徹…なん?」
「朱莉さん!先に行かないでください!」
想、知基、華絵、十海人の4人、それと雪村達3人も追いつく。
「みんな、徹が……」
「ッ……!!あの人、徹君なのですか……?」
「ちょっ、嘘でしょ……?」
徹の死体を目の当たりにして、場は騒然となった。
想と知基、華絵はもちろん、十海人まで言葉を失う。
すぐに動いたのは警官だった。
「皆さん落ちついて。あまり見ない方がいいでしょう。岩尾さん、外のメンバーに連絡を」
雪村が梶と共に辺りを警戒する。
その隙に岩尾がトランシーバーで救援を呼ぼうとした。
……が、それはできなかった。
“ゴッ”
“ガシャァァン!!”
鈍い音に続き、物が落ちて砕ける音が響く。
すぐ近くを、椅子の残骸のようなものが転がる。
それから、首があり得ない方向に曲がった岩尾が、その場に倒れた。
「嘘やろ……?」
「岩尾さん!」
「岩尾!」
岩尾の元に梶が走る。
するとそれに合わせるように、廃マンションの方から人影が飛び出してきた。
それに反応できず、頭に衝撃を受け、梶の体が吹っ飛んだ。
「梶さん!」
「いいねぇいいねぇ!この感覚いいねぇ!」
梶を殴り飛ばした男、魚沼は興奮した様子で言う。
右手に血が付いた肉叩き。
そして左手には、大きなフォークのようなものを持っている。
雪村はその魚沼に拳銃を向けた。
「動くな!凶器を捨てなさい!」
「お〜怖い怖い。怖いねぇ」
魚沼は両手を挙げ、凶器を落とす。
そんな状態にも関わらず、表情は変わらずにこやかなものだった。
朱莉は少し違和感を覚えた。
「雪村さん気いつけて!そいつ何か 隠してるかも!」
「いやだねぇ。疑り深いのは良くないねぇ。おじさんは別に何も隠してないのにねぇ。それにしても、お巡りさんが来るなんて聞いてないねぇ」
「魚沼宣雄。まさか指名手配中のあなたがここに居るとは……。九重里桜、栗山晶子、明利乃愛。……この3人のこと、知っていますよね?居場所を教えてほしいのですが」
「おぉ!その娘達のことなら知ってるねぇ!あぁでも、おじさんドジでねぇ。1人殺しちゃったんだよねぇ。ごめんね」
「貴様……!」
雪村の表情に怒りが見えた。
「若いねぇ若いねぇ!一旦落ち着こうねぇ!残りの2人だったらこの廃ビルの最上階の部屋に居るからねぇ!頑張って助け出してねぇ!」
「……矢野口恭也と協力関係にあるようですね。あなたと彼以外に協力者は?」
「おじさんと恭也君と万桜ちゃんしか居ないねぇ。強いて言うならあと徹君だねぇ。そこで死んじゃってるみたいだけどねぇ」
「……そうですか」
雪村は魚沼から視線を離すことなく、朱莉達に指示を出した。
「皆さん、入口まで走れますか?ここは逃げてください」
「そんな!里桜達はどうなんねん?それと、雪村さんも!」
「救出は我々に任せてください。朱莉さん達は自分の身を―――――――――!!」
“ドカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!”
突然の背後からの巨大な爆発音と衝撃の後、周囲が明るくなる。
振り返ると、来た道に火が上がっていた。
さらにそこへ、古くなった電柱が傾き、そして倒れる。
退路は完全に塞がれた。
「嘘でしょ……?」
「ヒェエエエ!」
「爆発!?何で!?」
「……まさか、恭也が仕掛けとった?」
「当たりだねぇ!関西弁のお嬢ちゃん!」
隙を見た魚沼が、フォークを拾ってすぐそこまで迫っていた。
爆発に気を取られていた雪村の反応が遅れる。
銃を使うよりも早く、魚沼のフォークが雪村の胸部に突き刺さった。
「ぐっ…!!!」
「雪村さん!」
「まだまだだねぇ!」
魚沼はフォークを引き抜くと、雪村の体を滅多打ちにする。
その間に拳銃が手から飛ぶ。
雪村がうつ伏せに倒れると、その背中に何度も刺し始めた。
耐えきれなくなったのか、華絵と十海人が悲鳴を上げ、バラバラに逃げ出し、想と知基がその後を追う。
「雪村さん!!」
「朱莉…、さんも……!…早く……逃げて……!」
雪村は刺されながら、1人残った朱莉を諭す。
「せっ……せやけど……」
「いい……から………逃げなさい!!!」
「ッ!!」
雪村は痛みに耐えながら怒鳴る。
朱莉は何も言えなかった。
これ以上居座れば、雪村の覚悟を無駄にすることになるだろう。
「……雪村さん、堪忍な!!」
朱莉は震える声で言うと、その場を走り去った。
朱莉の後ろ姿を確認した雪村は、弱々しく微笑む。
(そうです。そのまま逃げ切ってください。神凪高校2年3組の皆さん……。最後まで……役立たずでごめんなさい……)
心の中での謝罪を最後に、雪村の意識は遠退いていった。




