4.眠気の話
信吾や竜平が袋人間の集団に襲われたのと同時刻。
行き交う人が多い繁華街を、里桜はフラフラと歩いていた。
何か当てがあるわけでもない。
目的地もあるわけでもない。
夜9時を過ぎても消えない建物の灯りをボーッと眺めながら、ただ歩いているだけだった。
「………お腹空いたな」
腹の虫が鳴った。
里桜はまだ夕食を摂っていない。
腹部を擦りながら、キョロキョロと辺りを見渡す。
一番最初に目に入ったのは、コンビニだった。
「……メロンパンでも買うかな」
朱莉と日和に「もっと栄養があるものを食べるように」と言われたばかりだが、あまり金を使いたくはなかった。
その点メロンパンは1個100円の安さで充分腹を満たすことができる。
里桜にとっても好物だった。
人混みを避けながら、早速コンビニに入る。
「らっしゃーせー」
気が抜けた店員の挨拶を無視し、メロンパンを探し始める。
雑誌コーナーに並んでいる女性向けの漫画が気になりつつも、店内を歩き回った。
そして、菓子コーナーに来た時だった。
「────えっ?あれ?里桜じゃね?」
「あっ、ホントだ里桜じゃん」
「うわ~。超久しぶり」
お菓子を見ていた3人組の女子高生に話しかけられる。
彼女達を里桜はよく知っていた。
出席番号22番西村萌花。
出席番号30番星井結子。
出席番号35番森谷魅杏。
信吾や竜平と同じく、里桜は彼女達とよく連んでいた。
「萌花……。結子……。魅杏………」
「あっ、ウチらのこと覚えてたんだ」
「いや萌花w確かに里桜っていつもボーっとしてるけどさぁ、そこまで馬鹿じゃないでしょw」
「何考えてるかわかんないしねー」
3人はケタケタ笑って盛り上がる。
里桜は気に留めることなく、菓子コーナーから離れようとした。
「あ~、ごめん!冗談冗談!ちょっと待ってよ!」
萌花に腕を掴まれ、里桜は足を止めた。
香水の甘ったるい匂いが鼻を刺激する。
彼女はカラオケにでも誘うような調子で言った。
「ねぇ里桜、またアレやらない?めっちゃ楽しいよ?お小遣い稼げるし、気持ちいいし。結子と魅杏誘っても、最近全然乗って来なくてさぁ」
萌花の言う「アレ」とは、援助交際のことだ。
里桜も最初はお試し感覚でやってみていたが、楽しさは見出せなかった。
しかし萌花は、すっかりハマってしまっているらしい。
里桜は萌花の手を振り払った。
「えっ?里桜……?」
「ごめん。アタシ、そういうのやめたんだ」
「……そう?」
萌花は少し残念そうに呟いた。
結子と魅杏は目をぱちくりとさせながら見つめている。
この状況を気にせずに買い物をできそうになかった。
「……じゃあ、アタシもう行くから。またね」
「あっ、ちょっと里桜!」
萌花の呼び止める声に構うことなく、里桜はコンビニから出て行った。
「何?あの娘」
「久々に会ったのに素っ気なさ過ぎ~。あの調子じゃもう連むのムリじゃね?」
結子と魅杏は不満そうな表情を見合わせる。
萌花もまた、俯いて腹部に手を当てた。
一方その頃、出席番号4番の榎本由美は、自室で明日の授業の予習を行っていた。
数学の教科書を見ながらノートにシャーペンを走らせる。
(うぅ……。眠い…)
由美は眼鏡を外し、隈ができた目を擦った。
予習といっても、ただ教科書の内容をノートに写しているだけ。
あまり頭に入ってはいなかった。
(はぁ……。もうやめようかな。………でも……)
由美は机の横にあるベッドに視線を向けた。
最近よく、ベッドの下から出てきた男に殺されるといった悪夢を見てしまう。
それが原因であまり寝つけずにいた。
夢の中とはいえ、殺される際の恐怖や痛みは鮮明だった。
そのため、由美は寝ることを恐れていた。
(もう夢の中で死ぬのはなぁ。でも寝ないは寝ないで死んじゃうだろうし……)
海外に寝ずにゲームを続けた結果、死亡してしまった人物がいるという話を聞いたことがあった。
やはり睡眠は生命の維持には不可欠なものなのだ。
(……でも殺されたくない!ホントに怖いから!)
由美は頭を抱える。
もう少し勉強しようと考え、今度は現代文の教科書を手に取った。
「………うぅ」
しかし、現代文だけあって載っているのは文字の列。
眠気を誘うのに充分なものだった。
「……連絡とか来てるかな」
今度はスマホを起動させてみる。
LINEの通知も無く、Twitterを見ても面白い呟きは見つからなかった。
「はぁ……」
スマホを机に置き、背もたれに寄り掛かる。
頭がボーっとして、上手く働かない。
そのまま寝落ちしてしまいたかった。
【寝よう。寝ちゃいましょう】
頭の中に、聞き覚えのある女性の声が響き渡った。
それ程疲れているのだろうと、由美は感じ取る。
【大丈夫よ~。今日は悪夢見ないかもよ~】
声はとても甘いものだった。
そもそも悪夢を見始めたきっかけも解らない。
声の言う通り、突然終わる可能性だってあった。
「ちょっとだけ……。ちょっとだけ……ね……」
由美は吸い寄せられるようにベッドに入り、横になった。
布団の温もりで、徐々に瞼が落ちていく。
少し横になるだけと考えていたが、すぐに寝息を立てて眠りに落ちてしまった。
【フフフ】
声は上品に、それでいて愉快に笑う。
同時にゴソゴソと音がした。
ベッドの下から、全身黒ずくめの格好をした男が這い出てきた。
「………」
男は冷めた目で、眠る由美を見下ろす。
ベッドに上がり、ポケットからイヤホンを取り出した。
男は由美の首に、イヤホンのコード巻き付ける。
「……じゃあね。榎本さん」
男は両手で持ったコードを、思い切り左右に引っ張った。
西村萌花
かつて里桜とよく連んでいた。ビッチ。
星井結子
かつて里桜とよく連んでいた。ギャル。
森谷魅杏
かつて里桜とよく連んでいた。お洒落好き。
榎本由美
眼鏡っ娘。男性アイドルが好き。